AWC 僕は君だけは許せない  6   永山智也


        
#4640/5495 長編
★タイトル (AZA     )  98/10/31   2: 3  (199)
僕は君だけは許せない  6   永山智也
★内容
 そんなことはどうでもいいのだ、僕にとっては。僕にとって少しばかり興味
深かったのは、佐川ら二人が帰ったあとなのである。
 場所は洗面所の前。僕は、テニスでかいた汗を流そうと、浴場の方へ向かっ
ていた。その途中、聞いてしまったのだ。田原と黒沼さんが話をしているのを。
ためらうことなく、立ち聞き。
「ねえ、黒沼さん。自分のこと、妬いてくれた?」
 田原は佐川がいなくなった途端、こんな話を持ち出したのだ。図々しいなあ。
僕は黒沼さんと田原が二人きりで会話を交わすのを妬むよりも先に、呆れてし
まった。
 黒沼さんもおかしく思ったらしく、こんな答を返していた。
「何を言うかと思ったら……。そんなつもりで、佐川さんや山田屋さんに声を
かけたの、ヨシ君?」
「そうだよ。そりゃ、少しはいいなとは思ったけど。特に、佐川さんの方はね」
「ふーん」
 すねたような響きを持たせ、黒沼さんは受け止めている。
「だから、これまでのことは、自分と君との間にちょっと危機感を持たせたら、
少しは新しい進展があるかなって期待しての行動なんだ」
「回りくどいやり方ねえ。最初から私は、ヨシ君のことも好きなんだから」
 「ヨシ君のことも」の「も」がポイントである。
「またその答かあ。かなわないな」
「考えてはいるみたいよ、お父さんは」
 唐突にお父さんなんて単語が飛び出したものだから、僕は面食らった。田原
だって同じだろう。
「え?」
「あなたがお父さんの会社に入って、いい結果を出してくれたら娘に、って…
…」
 耳が高性能の集音機みたいになる。聞き捨てならない話だ。
「本当に?」
 田原の声がうわずっている。さしものこいつも、こうまで具体的な話には興
奮するものらしい。
「さあね」
「どうなんだよ、おい」
「お父さんが言っていたのは本当よ」
「そうか……」
 田原の嬉しそうな口ぶりが、嫌でも耳に届く。
 衝撃を受けてしまった。黒沼さん自身の意志はまだ不明であるものの、彼女
の親父さんは田原を買っているようだ。やっぱり、ソフト会社にとって、田原
の腕は魅力であるに違いない。この点、僕は田原には残念ながら足元にも及ば
ない。
「黒沼さん、君自身はどうなのかな?」
「私はね、どうかしら」
 はぐらかす黒沼さん。僕にとってもはや、それだけが救いだ。見る限り、男
としての田原は、さほどいい人間とは言えないと思う。これは僕が田原に対し
て競争心を抱いているからだけではない。誰だって、田原は軽い性格の奴、い
い加減な奴と見るだろう。
「もし」
 台詞に間を置いてから、黒沼さんが口を開いた。
「もし、私のことを、『えり子』って呼ぶようになったら、期待しているよう
になる確率は高くなると思っていいわ」
 鉄槌で殴られたような、大きな衝撃だった。
 この言い方は……黒沼さんも田原にある程度の好意を持っているのは間違い
ない。いくらこういった方面に疎い僕でも、今度のパターンぐらいは察するこ
とができる。
 それにしたって、何て話を立ち聞きしてしまったんだ。これなら、耳を塞い
でそのまま通り過ぎればよかった。何とかして、田原の足を引っ張ってやろう
か。気が急いて、僕はそんなことまで忙しく考えた。
 まだ分からないが、もし、このまま黒沼さんと田原が親密になるようだと、
僕は態度を決めよう。僕は、田原が本当に黒沼さんにふさわしい人間かどうか、
徹底的にマークしてやる。それであいつが合格ラインに達すれば、何の邪魔も
せず、身を引こう。そうでなかったときは……その時点で考える。
 僕は名字の通り、くらい気持ちになって、その場から離れた。

 合宿最後の日は、特筆すべき事項はない。その理由には、僕がショックを受
けて全員を観察する気が起こらなかったこと、観察していたのは田原と黒沼さ
んだけだったこととが挙げられる。
 そうだ、これだけは言っておこう。僕は田原を見直した。少しだけだが。
 彼は、自分が黒沼さんからわずかでも意識されていると自覚したためか、非
常に献身的な態度になって、黒沼さんに接するようになった。意地悪な見方を
すれば、ただ単に、佐川ふみえがいなくなったからとも受け取れなくはないが、
今のところは好意的に見てやるつもりだ。
 とにかく、例年よりは色んなことがあった上で、恒例の夏合宿は幕を閉じた
のだった。


2.反面鏡

 夏期休暇が終わると、大学が始まったと肌で感じる間もなしに、学園祭準備
に追われる日々へと雪崩れ込む。部に入っている者なら、誰でも感じることだ
ろう。
 これまでの二年は、たこ焼きの屋台作りばかりしていたけれど、今回はやり
がいがある。初めてまともな文芸らしい催し物ができるのだから。加えて、黒
沼さんと常に一緒にいられる(予定である)。
 話の流れは少し逸れるが、僕はまだ、黒沼さんを完全にはあきらめていない。
田原が黒沼さんにふさわしくないと判断できれば、もしくは黒沼さんが田原を
ふれば、すぐにでも彼女にアプローチしたいと思っている。
 で、学園祭の準備の話だ。
 今年の学園祭は、十月三十一日から十一月三日までの四日間に決定。土日を
含んでいるし、文化の日もあるので、かなりの来客が期待できそうで、まこと
に結構である。
 展示室は運のいいことに第一希望通り、一〇七号室が割り当てられた。うま
くすれば、千客万来となる……?
 それよりも、僕を現在悩ましているのは、犯人当てのアイディアである。そ
うそううまい案が浮かぶ訳がない。本職の作家でも難しいと耳にする作業なの
に、僕なんかにできるとは……いや、ここはできると信じなくては。
 気張って書こうとしても、何分にも、犯人当てのアイディアが浮かばなけれ
ば筆が進むはずもない。僕はワープロ派だから、タイピングが進まないとでも
すべきだろうか。とにかく、頭に浮かんだイメージを単語あるいは短い文章に
してディスプレイに箇条書し、にらめっこしている毎日が続いている。
 ふと、どんな人が読んでくれるのだろうかと、想像を巡らせてみる。
 懸賞の内容は、抽選で一名に現金一万円をプレゼント、となった。その他、
正解者の中から十人ほどに、テレフォンカードを出そうという話が出ているの
だが、犯人当てに似合った、いい図案のテレフォンカードがまだ見つかってな
くて、最終的にどうなるかは未定。
 懸賞目当ての応募は、意外と少ないんじゃないかと思う。テレビコマーシャ
ルの懸賞に応募するのも、家計を預かる主婦が大部分だと聞くから――という
のは理由になっていないかな。
 積極的に応募してくれるのは、やはり、推理小説が好きな人、パズルとかク
イズが好きな人、文芸そのものに興味がある人……。そうだ、負けず嫌いな性
格の人も、応募してくるかもしれない。挑戦されては黙っていられないってい
うタイプだね。そんな人こそ、こちらの思う壷。
 次に、去年の客層を思い浮かべてみる。
 途端に、暗たんたる気分になってしまう。何故って、うちの大学は、周囲に
女子高があるせいで、そこの集団が押し掛けて来て、上を下への大騒乱状態に
なったことがあるのだ。女子高校生の大半は、犯人当てみたいな知的ゲームに
は縁がないように思えるのは、僕の偏見だろうか。
 客層から何か創作のヒントを掴もうと思っていたのに、これでは逆効果。僕
は、気を取り直して、推理小説のトリックネタばらし本を一冊、本棚から選び
出した。ぱらぱらとめくっていく。
 このアイディア発想法がよい手段でないのは、自分でも分かっている。どう
しても、既成のトリックに似てしまうからだ。トリックの再使用が必ずしもい
けないとは思っていないが、犯人当てのような場合は絶対に避けるべきだと考
えている。だいたい、犯人当てで他人の真似をしていたら、すぐに真相を見破
られてしまう可能性が高いしねえ。
 気分転換に、僕はワープロの電源を切り、適当な紙とボールペンを手にした。
でたらめな絵を描いていく。それによって、文章では出てきにくい三次元の発
想が得られることを期待しての行動だ。ボールペンの黒が、のたくたと紙の上
に増えていく。
 が、何も閃かない。最後には、右手に持ったボールペンのキャップで、己の
額をつつくばかりになってしまった。
 結局、それでもいいアイディアは浮かばず、窮余の一策として、昔の自作を
引っ張り出そうと決めた。確か、犯人当てにできる作品があったはずだ。某推
理クイズ問題募集の懸賞に投じて佳作だった作品で、公にされてはいない。長
さは結構あるが、会誌に載せるんだから、長い方が貫禄が出るというもんじゃ
なかろうか。
 僕は早速、見直しを始めた。

 学園祭まであと二週間足らず。我が文芸サークルでも、模擬店グループは仕
入れ先の確保等に奔走中。それに対して僕や黒沼さんの展示室グループの面々
は、編集作業に取り掛かっている。
 それにしても、今回ほど、皆が締め切りを守ったのは珍しい。締め切りは延
ばすためにあるものだと言い切る連中ばかりなのに。
「これがたっちゃんの犯人当てね」
 黒沼さんが言いながら、僕の持って来たA4用紙の束を手に取った。
「すごい、だいぶ長いんだ。とりあえず、読ませてもらおうっと。いい?」
「どうぞどうぞ」
 僕は自信を持って促した。そして、次の点を付け加えた。
「でも、質問は受け付けませんから、あしからず」
 しばらくの合間、静かになる。
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犯人当て 時森邸の殺人   倉井巽

*登場人物
吉林達也(よしばやしたつや)  朝日田耕作(あさひだこうさく)
永室想介(ながむろそうすけ)  鳥丸ひろみ(とりまるひろみ)
井沢純子(いざわじゅんこ)   荒木聡美(あらきさとみ)
時森譲(ときもりゆずる)    時森夏子(ときもりなつこ)
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「こうして集まってもらうようになって、三年目だが」
 時森家の主、時森譲が言った。齢を重ねた人間らしい、いかめしい声だ。大
きなテーブルには彼を含め、八人が座っている。
 資産家の時森家は、交際範囲が広い。その中でも特に親しい付き合いの人達
を呼び、夏の休暇を時森邸と称する別荘で過ごすのが慣習となっていた。
 時森邸は瀬戸内海のある島に建てられた、平屋ながら大きな屋敷だった。当
然、本土との行き来には船を使う。時森家所有の大型ボートを動かせるのは、
時森譲と時森夏子の二人だけである。また、時森邸の形状は、上空から眺める
と「口」の字に見える。中庭を囲む形で、部屋が四角形の各辺を成しているの
だ。
 妻を早くに病気で失った譲は、一人娘の夏子にその愛情を注いでいた。その
夏子も十四年前に嫁いでいったのだが、結婚一年目にして夫が交通事故死し、
事故直前に授かった娘・荒木聡美を連れて時森家に戻った。これは、死んだ夫
が身寄りのない者だったせいもある。以来、時森家は三人だけで暮らしてきた。
 招かれるのは銀行員の吉林達也、推理作家の朝日田耕作、医者の永室想介の
若者三人と、聡美の家庭教師の井沢純子、ある事件で譲を助けたことで親しく
なった若き刑事の鳥丸ひろみの計五人。
 三人の若者は、それなりに時森譲ともつながりはあるのだが、本来の目的は
夏子を射止めることにあるのは、自他ともに認めるところだ。
「そろそろ、夏子の相手を決めようと思うっているんだがね」
 譲が続けると、吉林、朝日田、永室の三人だけでなく、招かれた者全員と聡
美が時森譲と時森夏子の方を向いた。
「前々から言っとるように、夏子の夫となるべき男はわしが選ぶ。以前、夏子
の気持ちだけを尊重しとったら、案の定、早死にしよった。これ以上、娘を悲
しいめに遭わしたくないからな、わしは」
 傲慢な言い方であったが、男達は言わずもがな、夏子も充分承知しているら
しく、文句一つ言わない。
「では、すぐにでも発表してください。すっきりとした気持ちで、休暇を過ご
したいですからね」
 そう言って煙草をもみ消したのは、推理作家の朝日田だ。アウトドア派の作
家らしく、日焼けした肌がたくましい。
「慌てるな、朝日田君。わしの心ん中では、ほぼ決まっとる。それは念のため、
文書の形でしたためてある。しかし、完全に決定した訳でもない。この休暇の
内に最終的な判断を下そうと思っているのだ。だから、今までの己の行動に自
信のない者は、びしっと決めてみよ。はははは」
 ひとしきり笑うと、譲は少しせき込みながら、また喋り始めた。
「で、このことは夏子も承知しておる。逆に、君達に確認しておきたいんじゃ
が、時森の人間となることには、何の障害もないんだろうな?」
「ありませんとも」
 三人の声が重なった。

――続く




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