#4638/5495 長編
★タイトル (AZA ) 98/10/31 2: 0 (200)
僕は君だけは許せない 4 永山智也
★内容
「ちょっと休憩して、何か喋ろう」
誰が言い出したのかは忘れてしまったけれど、そんな風に事態は流れて行っ
た。皆、崩れかかった車座になって、話をする。こうなってくると、スナック
菓子と清涼飲料が手放せない。
話の内容は、学校での友達がどうの、ファッションのセンスがこうの、俳優
の誰それが好きだ嫌いだ、という具合いに多岐に渡っていはいたが、中身に乏
しいものとなった。楽しければいいのだ。
ふと気付いてみれば、0時が近かった。他の宿泊客がいなければ、もう少し
ぐらい遅くまで騒いでもいいんだけど、現実はそうもいかなかった。
明日もあるってことで、そこで散会。麻雀組がどうなったのかは、自分はよ
く知らない。
次の日は、水泳を中心に遊んだ。立派なプールがあって、とても国民宿舎と
は思えないほど。
僕は自分の身体に自信がある方ではない。短く言い直すと、自信がないのだ。
それなりにすらりとしていて、足は長い方だと思うのだが、いかんせん、肉付
きがよくない。自覚はしているものの、こうして水着姿になると、改めて自分
の痩せぶりを痛感させられる。
「おーい!」
遠くから田原が手を振っていた。一足先にプールに出ていたらしく、準備体
操も万全といったところか。黒沼さんや会長達と一緒に近付くと、汗をうっす
らとかいていた。やる気に溢れている。
田原は体型がいい上に、胸板も厚い。これでコンピュータプログラミングが
得意だなんて、とても思えない。文武両道が海パンをはいて歩いているってと
こか。
これに対し、三木は全体的にがっしりした身体つき。スタイルは典型的な日
本人に近いんだけど、頼りになりそうな感じはする。もう結婚しているのもう
なずけるってもの。
他の一、二回生の男どもも、それなりに格好がいい。文芸思考の男のためか、
平均よりも身長が足りないようだが。
女性陣に目を向けると、言うまでもなく、僕の注意は真っ先に黒沼さんへ行
く。黒っぽいワンピースで、どちらかと言えば大人しく控え目の水着。胸の辺
りにワンポイントで金メラのひらひらがあるのが、かわいらしい。髪をまとめ
上げているのが、いつもと違う、ボーイッシュな印象を与えてくれる。
本庄郁江は派手なオレンジっぽい色のワンピース。ほんと、オレンジジュー
スの缶のデザインみたいで、何の種類か知らないが、花柄がプリントされてい
る。
「相も変わらず、痩せてるね!」
と、本庄は僕の背中をぴしゃりと叩いた。余計なお世話。見ろ、黒沼さんに
も笑われてしまった。
一、二回生の女子も、まあ、いい身体をしている。ひょっとすると、この子
達にも体格的に負けてしまうかもしれない。うー、情けない。
自分達文芸サークルが貸切りの形でプールを使用していた。そうとなれば、
始まることは絞られてくる。水の掛け合いから、いつの間にやら鬼ごっこへと
移行。鬼にタッチされた者は、たった今まで鬼だった人へとタッチを返しては
いけないルールだ。
コースを区切るロープをくぐり、僕は逃げる。今の鬼は田原だ。つかまって
たまるもんか。
水の中を潜っていると、はっきりと識別できる足が見えた。急いで近付き、
至近距離で顔を上げる。思った通り、そこには黒沼さんの顔があった。
「! あーあ、びっくりした」
「驚いた?」
「驚いたわよ。たっちゃん、鬼じゃないんでしょ?」
警戒しながらも、彼女は聞いてきた。首をそっと傾けている仕草がかわいら
しい。ついつい、嘘をついてやろうかなんて気分に駆られたけど、
「違うよ。今は田原」
と正直に言ってから、僕は、皆がかたまっている方へ振り向いた。
おや? 田原の姿が見えない。
と思った瞬間、片足を引っ張られた。
「わっ」
声にならない声を上げて、僕は水の中に頭からひっくり返る。足の先を見る
と、田原が嬉しそうに立っていた。
「やったね。ほら、タッチしたぞ! 黒沼さん、逃げなきゃ」
田原はしてやったりという表情。僕は、すぐにでもあいつを鬼にしてやりた
かったが、先のルールがある。悔しいが、ここは目標変更だ。
変更先は決まっている。黒沼さんだ。幸い、彼女が僕の一番近くにいるのだ
から、彼女ばかりを追いかけても不自然ではない。ここぞとばかり、僕は彼女
を追った。
黒沼さんの方は、田原に教えられたせいもあって、早くから逃げの体勢に入
っている。結構、距離を開けられたかな。でも、僕は体格には自信がないけれ
ども、泳ぎには自信がある。彼女に追い付くなんて造作もない。潜水の要領で
すーっと近付き、さっき脅かしたときと同じような位置まで持ってきた。タイ
ミングを計る。
「それっ!」
と、僕は彼女の肩にタッチした。そのとき、びっくりして止まった黒沼さん
と、僕はもつれ合い、プールの底に向かって倒れ込む格好になってしまった。
嬉しいものの、どうも情けない。
「おーい、何をじゃれ合ってんだ! 鬼さんこちら!」
誰かの声が聞こえたが、どうでもいいや。僕は水上に顔を出すと、黒沼さん
の手を取り、引き起こしてあげた。
「ありがとね」
「いや、こっちこそ、倒れかかっちゃって」
「ううん。立ち止まった私が悪いのよ。さあ、追っかけなくちゃ」
そう言うと、彼女は「獲物」のたくさん群れている方へと向きを換えた。僕
は、しばらく鬼に追われる心配もなく、彼女のきれいな肌をした背中を目で追
っかける。目の保養という表現はしたくない。本当に美しく、さわってみると
すべすべしているんだろう。真珠を思わせる。
ふっと気になったのは、彼女が誰を追っかけるかということ。ひょっとして
田原を追っかけるのだとしたら、黒沼さんは田原に……と勘ぐってしまうだろ
う。しかし、僕は安心できた。彼女は、一回生の女の子をつかまえたのだ。
いい加減、泳ぎ疲れて(遊び疲れて、とすべきかな?)プールから上がった
のは、昼前の十一時三十分。ちょっと早いが、昼ご飯ということで、着替えて
からまた集まった。夕食や朝食と違い、昼は旅館の方が用意してくれない。自
由に取るシステムなのだ。もちろん、代金もその場支払い。
食堂に行ってみると、偶然なのか、またあの短大生二人と出くわした。
「あ、おはよう……て言うか、こんにちは、かな」
佐川が、明るい声で話しかけてきた。その対象は、田原が主なのだろう。
「おはようございまーす」
山田屋は昨日と変わらず、年下らしい挨拶をしてくれた。別に年功序列を主
張するつもりはないんだけど、付き合いの短さから考えて、佐川のそれは程度
を過ぎている気がする。
「何してたの?」
「水泳だよ。目、充血してるだろ?」
田原は、両目の瞼を指で引っ張り上げながら言っている。
「ほんと。そっか、水泳していたのね。私達、テニスだったの」
「また一緒にできると思ってたのに、残念がってたんですよ」
山田屋が付け加えた。
「そりゃ、もったいなかったな。ちゃんと約束していればよかった」
「水着、持って来てないの?」
唐突に本庄が割って入った。いつもと変わらないなあ。
「もちろん、持って来てますよ」
「じゃ、あとで一緒に泳がない? プールも結構、楽しかったんだけど」
「どうしようか」
相談する様子の二人組。
それを見て、本庄が男性陣に向き直って、こう言った。
「ねえ、みんなも見たいよね、佐川さんや山田屋さんの水着姿を」
「あのなあ。俺は朝だけで、しんどいんだぞ」
呆れたように言ったのは、三木会長。彼だって嫌いじゃないはずだが、とき
と場合のことを考えているのだろう。
「僕は見たいな」
田原は、息を漏らすような笑い方をした。それがいやらしく見えないのがし
ゃくにさわる。
「でも、ばっちりと決めなきゃ、損だよ。僕らの方にもきれいどころのおねー
さんは一杯いるから」
ふざけた口調になって、続ける田原。いい気なものである。
「特に黒沼さんがスタイルいいから、彼女と比べられても負けないぐらいにね」
なるほど、こうつないできたか。ここで、田原は黒沼さんに対するマイナス
の印象を帳消しにするつもりらしい。
黒沼さんの方は、ちょっとだけ頬を赤らめたように見えるけど、悪い気はし
ていないだろう。男に言われれば、誰だって悪い気はしないものだ。
「うん、どっしようかな」
弾んだ声で、佐川は言った。その二つの目は、黒沼さんの方を見ているらし
いが、ライバル意識を燃やしているのだろうか? 僕には分からない。
「じゃ、三時ぐらいにプールに行くわ。見たい人はその頃に、プールに来てよ」
面白がっているのか、佐川は隣の友人の意見も聞かず、勝手に決めた。案の
定、山田屋が慌てる。
「ちょっとちょっと。私、自信なんかまるでないわよう」
「いいから。自信なければ、タオルにくるまってなさいよ」
きつい言い方に思えるのだが、佐川と山田屋の間では、これくらいのことは
普段から言い合ってるらしい。結局は、そのまま話がまとまった。
「もう、余計なこと言って」
黒沼さんは、佐川達の姿が見えなくなるとそう言って、田原を軽く叩く真似
をした。それでも彼女、心の中では嬉しく思っている様子。この辺りの口のう
まさは、僕は田原にかなわない。
「さあ、早く食べようぜ」
三木の声がした。
午後三時が来た。無論、おやつの時間ではない。
僕は、再び水着姿になることに気が進まなかった。だけど、田原が黒沼さん
を無理矢理にでも連れて行こうとするので、意地でもついて行くことに決めた。
さっきの水着、当り前だがまだ乾いていない。じっとりして、ちょっと気持
ち悪いかも……。
とにもかくにも、僕には楽しみもあった。また黒沼さんの水着姿が見られる
のだ。これに勝ることなし。
プールに行ってみると、二人組はすでに来ていた。
山田屋節子は、ほとんど焼けていない肌に、青いビキニ姿。さほどきわどい
物ではなく、流行に照らし会わせると、遅れていることになるんだろう。だけ
れども、その方が彼女に似合っているし、よさを引き出しているように感じた。
さて、問題は佐川ふみえの方だ。スタイルはよく、胸も大きいなと思っては
いたが、今、目の前にいる彼女の姿には驚かされてしまった。
自分のよさを最大限によく見せるには、どうすればいいかを心得ているらし
い。白を基調として、きれいな蝶の柄が浮き上がる感じで縫い込まれているハ
イレグワンピース。しかも、腰の少し上辺りは両側とも緩いラインで切り込ま
れ、肌が一部露出されていた。胸元にある小さなリボンが、アクセントとして
胸を強調している。
「どうかしら、田原さん?」
佐川が問いかける。田原は首を横にし、彼女と黒沼さんの二人を見比べるよ
うにする。
黒沼さんはさすがに恥ずかしそうにし、うつむいてしまった。
ここで田原が、佐川ふみえの方を選べば、僕としては結構なのであるが、黒
沼さんにとってはよくないだろう。
反対に、田原が黒沼さんを取れば、口のうまいこいつのことだ。一気呵成に、
彼女の気持ちを引き付けてしまうかもしれない。しかも、佐川に対してもそれ
なりに誉めながら、だ。
えーい、田原め。よくもこんな場面設定をしてくれたな!
「僕は」
効果を楽しむかのように、田原は言葉を区切った。
自信家らしい佐川だが、この瞬間ばかりは息を詰めている。
「ごめん。やっぱり、見慣れている黒沼さんの方が、きれいに見えるなあ」
こっちの答を選択したか、田原の奴。いや、最初にプールで会う約束をした
ときからこう言うつもりだったのかもしれない。
「あ、そう」
気抜けしたように言ったのは、佐川。プールサイドまで歩いて行ったかと思
ったら、ぺたんと腰を下ろして、足で水を蹴り始めた。ばしゃばしゃ、音がす
る。
「ヨシ君……」
「何?」
黒沼さんに心配そうに言われても、田原は平気な顔だ。
「あの、私って言ってくれたのは嬉しいんだけど……」
「分かってるって。ちょっと」
と言うと、彼は佐川ふみえを追っかけた。そして横に立つ。
水音に混じって、かすかに話し声が届く。
「いや、誤解しないでほしいんだけど、ふみえさんは僕の身の回りにないイメ
ージを持っているからさ。どうしても特別扱いしてしまうんだ。きれいな蝶と
きれいな花があっても、同列には論じられない」
「……いいわ」
佐川はプールの中に入ると、見上げる形で田原に言った。
「許してあげる。だから、また明日、テニスでもしましょうよ」
――続く