#4637/5495 長編
★タイトル (AZA ) 98/10/31 1:58 (200)
僕は君だけは許せない 3 永山智也
★内容
これだけ田原と佐川が話していても、黒沼さんは何とも思っていないみたい。
僕から言わせれば、「黒沼さん一筋」のはずの田原のこの言動は許し難いんだ
けどな。まあ、「黒沼さん一筋」という台詞を聞いていなければ、率先して友
好に努めている風にも見えるんだから、何ともしようがない。
やがてお宿にたどり着いた。僕がやきもきしている間に、食事のあと、短大
生二人が僕らの部屋に遊びに来るという話がまとまったらしい。
お風呂から上がり、一人、部屋で涼んでいると、同じく湯上がり直後の黒沼
さんが入って来た。かと思ったら、すたすたと早歩きでこちらに駆け寄って、
目の前でちょこんと膝をついた。
「ねえ、学園祭はどうする?」
二人きりでどんな話かと期待したら、何だ、学祭の話か。それなら僕と黒沼
さんの二人きりでも不思議じゃない。
「例によって、会誌には推理小説を書くつもりだけど。前に電話で話した通り」
まだ濡れている彼女の黒髪を眺めながら、僕はなるべく平静な調子を保って
答えた……つもりである。
「私、そっちのジャンルは詳しくないけど、面白くなりそう?」
「大丈夫だって。親に見せて、最後まで二人とも解けなかったし、真相に何も
文句を付けてこなかったから」
解けなかったからといって面白いミステリーだとは限らないのだが、僕は誇
らしく言った。
「それなら安心かな」
「黒沼さん」
僕は、唐突だなと自分でも感じながら、話題を転じた。
「何?」
「田原のこと、どう思っているの?」
「え?」
一瞬、戸惑ったような表情になった彼女だったけど、あどけない笑いを返し
て来ながら、言葉を続けた。
「嫌ね、たっちゃん」
「好きなの?」
「好きなことは好きだけど、それはみんなだってそうよ。会長さんもいくちゃ
んも、たっちゃん、あなたも」
彼女は、軽い調子で言ってくれた。
それだけでも嬉しくなってしまう僕だが、何とか話を続ける。
「そういう意味じゃなくて……」
「分かっているわよ。分かってる分かってる」
と言って、また笑う黒沼さん。ごまかすつもりがあるのかどうか、僕には判
断しかねる。
「あの、どうしてこういうことを聞いたかって言うとさ、田原が最初に佐川さ
んや山田屋さんに声をかけたとき、ちょっと悲しそうな顔を、黒沼さんがした
から……だから、気になって」
「そのことかぁ……」
さすがに、ちょっと言い淀む。小首を傾げたその様子が、彼女をより大人っ
ぽく見せた。
「そりゃ、最初はね、がっかりしちゃったの、私」
「がっかり?」
僕は思わず、叫び声になりそうだった。どうにか普通のトーンに抑える。
「あっ、変な意味じゃなくて、折角、文芸サークルのみんなで来たんだから、
私達だけで合宿を楽しみたいなって、私は考えていたの。それをヨシ君たら、
来た早々にあっさりと、他の女の子に声をかけるものだから、ちょっとがっか
りしたって意味よ。
でも、あとから思い直して、まあいいかなって考えることにしたの。これま
での二年間は先輩に主導権を握られていたから、他の大学との交流もまともに
なかったんだし、今年ぐらいはいいかなって」
なるほど、そういう理由だったの。何となく、ほっとした。
「向こうの人達、文芸にはあまり縁がなさそうだから、それが残念ね」
そこで黒沼さんは言葉を切り、僕の顔をまじまじと見てきた。何かと思って、
異常なぐらいどきどきしてしまう。
「心配してくれてたんだ。ありがとうっ」
彼女はそう言ったかと思うと、いきなり僕の身体に手を回してきた。これは、
『抱きついてきた』のだろうか?
「あ、あの」
僕が気の利いた言葉を口にしようと、頭の中でぐるぐると考えを巡らせてい
る間に、彼女の方は何事もなかった風に手を離してしまった。
「みんなは?」
「あ、確か、下のお土産屋さんに行っていると思う」
「そうだったの。じゃ、私達も行こう! どうせ、そのまま食事になるんでし
ょうし。ご飯、七時からだったよね」
僕は、ぼーっとしている意識を何とか働かせ、時計を見た。もうすぐ、夕食
の時間だった。
下の店でみんなと合流し、食堂に向かう。入ってみると、
「こっちこっち!」
なんて声が聞こえた。その声のする方に目を向けると、佐川ふみえに山田屋
節子だった。二人用のテーブルに、向かい合って座っている。
「席は決められているはずだけど」
と言いながら、黒沼さんが近付くと、佐川の方が黙って隣のテーブルを指さ
した。そこにある立て札には、「**大学文芸サークル様」と記してあった。
「なるほど、偶然、隣り合っていたって訳なのね」
本庄は状況を認識すると、早速、席に着いてしまった。そこがおひつに一番
近い場所だったのは、考えてのことなのだろうか。勘ぐってしまうよ。
「この幸運に感謝!」
とか何とかつぶやいて、田原は佐川に一番近くになるように席に選ぶ。その
隣に黒沼さんで、そのまた隣に僕、倉井が収まる。もちろん、意識してのこと。
「こちらのヘアバンドしている方が佐川ふみえさんで、こちらの眼鏡をしてい
る方が山田屋節子さん」
事情は聞いているものの、顔を合わせるのは初めてになる三木会長ら五人。
その彼らに一生懸命、説明しているのは、例の渉外担当である。
「そんじゃま、二校の交流と発展を祈るってことで、乾杯と行きますか!」
三木が会長ぶりを発揮して、音頭を取った。未成年者ももちろんいるけれど、
そんなこと気にしていたら、楽しむことなんかできないからね。
「乾杯!」
食事はこういうところの団体客用メニューではよくある鉄板焼。この分だと、
明日は鍋かすき焼きかな?
「こっちには、いつまでいるんですか?」
山田屋が聞いてきた。彼女、テニスのときはしていなかったけれど、普段は
眼鏡をするみたい。と言っても、食事が始まってすぐに外した。鉄板からもう
もうと沸き上がる煙ですぐに曇ってしまうからかな。
近い距離にいる田原は佐川と黒沼さんの相手で忙しそうだから、山田屋の質
問には僕が答えることになる。
「三泊四日の予定だから、四明後日まで」
「そうなんですか。私達は二泊三日なんです。ね、ふみえ」
「そうよ」
感心なことに、こちらの会話もちゃんと聞いていたらしく、佐川は友人の呼
びかけに即、反応した。
「ねえ、あなた達は何学科なの?」
黒沼さんが言った。佐川がこちらの会話に入ったおかげで、黒沼さんも輪の
中に加わってくれそうなのはありがたい。
「私は国文科」
「私は英米文学なんです」
前者は佐川、後者は山田屋の答。意外なことに、我が文芸サークルと接点は
あった訳である。
「そうなの! うれしいなあ。そちらの学校って、家政学科が有名だから、期
待していなかったんだけど」
黒沼さんが手を止めてはしゃいでいる。
「あんまり期待しないでくださいよ。私達の大学で、国文科だの英米文学だの
と言ったら、他に何も取柄がないから選ぶみたいなところがあるんですから」
謙遜しているのかどうか、佐川が言った。額の上のヘアバンドは、テニスの
ときとは柄が違っている。要するに、普段からファッションとして、ヘアバン
ドを身に着けているのだろう。
「そんな。私達の方こそ、ただ書くのが好きなだけなのよ」
「書くことさえしないのが多いけれど」
僕は横から言ってやった。もちろん、これは田原に向けたもので、視線も彼
に合わせてやった。自然、佐川と山田屋の目も田原へと注がれる。
「あー、僕は感想を書くぐらいだけなんだ。批評専門」
田原は照れた様子もなく、しゃあしゃあと言ってのけた。批評専門と言うが、
それさえも滅多にしないくせに、こいつめ。
「じゃ、どうして文芸に入ったんですか?」
山田屋はおかしそうに聞いてきた。当然の質問だろう。
「実は一回生のときは、コンピュータクラブに入っていたんだ。だけど、そこ
がとんでもない部でね。僕はコンピュータプログラミングなんかをびしばしや
っているものだと信じて入ったんだけど……」
「違ったの?」
慣れ慣れしく聞いたのは佐川。どうやら彼女、田原の言葉――「普通に話そ
うよ」――を真に受けたみたい。別にかまわないけどさ。
「そうなんだ。部室にパソコンはあるけど、ゲーム専用の有様。他にファミコ
ン関係の機械がいっぱいあって、毎日がゲーム大会さ。これはだめだと思って、
僕は退部させてもらった。しばらくは帰宅部してたんだけど、やっぱり、どこ
かの部に入っている方が、友達が増えて楽しいし、試験や教授の情報がどこか
らともなしに入って来て便利だなと思って、探してた。で、文芸サークルに目
を留めた訳」
「どうして文芸なの?」
「ワープロを使っていると聞いたからね。部室に見学に行ったとき、パソコン
があるのも分かったし。まあ、これなら近いなと思ったんだ」
「なーるほど。そういう理屈だったのね」
楽しげに笑う佐川。山田屋もくすくすと笑っている。僕としては、何度も聞
かされたことだから、面白くも何ともないが。
ところで、僕は迷っている。ここで田原と佐川がうまく行くようにけしかけ
るべきかどうか。黒沼さんが、今の田原をどう思っていても構わないが、僕と
してはこいつの行動はやはり許せない。
実のところ、僕は驚きもしているのだ。田原が黒沼さんを好きなのは、何と
なく分かっていたのだが、今度の合宿でこうも簡単に他人に乗り換えるとは正
直、予想外だ。しかも、相手の佐川も田原を気に入って、お互いのフィーリン
グは合っているみたい。僕には好都合だが、どこか割り切れない。にわかに現
状を信じるのはためらわれる、そんなとこ。
「お肉、なくなっちゃうよ」
斜め前にいた本庄が、僕の思考を遮った。どうしてこうも、本庄は色気がな
いんだろう。まあ、授業中にパソコンをさわっている彼女を見れば、将来の姿
は楽に想像できる。仕事に生きる女、だ。だから、男の目は気にしていないの
かもしれない。
「じゃ、あとで部屋に寄せてもらうわね」
こう言って、短大組の二人は先に席を立った。僕は彼女らの歩きながら話す
後ろ姿を見やり、たった二人なのに賑やかだなと感じた。
僕らが部屋に戻るのを待ちかまえていたかのように、佐川と山田屋はやって
来た。十五人もの人数が収まるとしたら、女子にあてがわれた六人部屋しかな
い。いや、これでも狭いかな。
そう考えていたら、ありがたい申し出があった。
「こりゃ、無理だぜ。男は希望者募って、向こうで麻雀やるか」
会長の三木である。昼間、参加できなかった彼は、やる気満々らしい。
とにかく願ってもない話だ。昼間の麻雀陣プラス会長の五人は、部屋を移っ
て行った。これで十人だから、かなり余裕が出てくる。
「お約束ってことで、トランプかな」
僕は、持って来たカードを取り出しながら提案した。異存のあるはずもない。
「何をする?」
ババ抜き、七並べ、大富豪、ページワン等々、色んなカードゲームの名前が
飛び出したが、
「ページワンは地方ルールがあってやりにくいし、ウノを持ってきているから
そっちということで。三つを順番にやっていこうか。最初はババ抜きにしよう」
と、田原の一声でまとまる。
カードを取り出した者の不幸、僕はいきなり、全部のカードを配らされてし
まった。これって結構、手がだるくなると思う……。
「負けたら、『しっぺ』ね」
と本庄。この提案に対して、みんな、「えーっ」とか言いながらも、楽しん
でいる雰囲気だ。
誰がどんな順番で勝ったかは、何度もやったので分からない。覚えているの
は、罰ゲームのしっぺで、僕の手が黒沼さんの手と重なったときのことだ。僕
は、緊張して汗をかきそうだった。それでもなるべく長く、彼女の手に触れて
いたい。そんなことを思っていたから、一度などは、強烈にしっぺを食らわさ
れてしまった。田原が叩き役だったので、なおさら痛く感じるぜ!
七並べも大富豪も、似たような展開。ただ、僕の出したカードが黒沼さんに
とっていい方に働いたら、それが嬉しかった。反対に、彼女にとって悪く働い
た場合、心の中で謝ったぐらい。まるで小学生みたいだけど、本当なんだから
しょうがない。この心の動きは、自分でも制御がきかないもんらしい。
それからウノもやったけれど、だんだん疲れが出て来たのか、元気が多少な
くなる。ゲームに対する集中力が薄れてきているようだった。ビールとは言え、
アルコールが入っているせいもあったかな。
――続く