#4635/5495 長編
★タイトル (AZA ) 98/10/31 1:55 (200)
僕は君だけは許せない 1 永山智也
★内容
0.部分的なエピローグ
部屋は静かになった。ようやく興奮が去りつつある。
「僕の最愛の人――たとえ、他人に打ち明けることのできない恋愛感情であっ
ても――を、あんな目に遭わせるなんて……」
『殺人者』は言った。いささか芝居がかった台詞だったが、聞く者は誰もい
ない。
殺人者の足元には、女が横たわっている。血の気の引いた肌からも分かるよ
うに、それは生きてはいなかった。誰がどう見ても他殺の判定をするに違いな
いと断言できるほど、むごたらしい死に様だった。
「僕は……君だけは許せなかったんだ……」
再び殺人者はつぶやくと、筆ペンを手に取った。
(遺書を書かないと)
殺人者は、これまでのことを思い起こしながら、複雑な感情になっていった。
ふと気付くと、窓からは朝の光が差し込んでいる。どうでもいいことなのだ
が、何故か明りを消したくなり、殺人者は左手を伸ばした。壁のスイッチを切
る。
その手で片肘をつくと、不思議にもほっとした気分になり、殺人者は安らか
に文章を書き始めることができた。自分は精神的に幼いと思っていたが、意外
と冷静でいられる。それは、殺人者にとって、一つの新しい発見だった。と言
っても、もう無意味だが。
<……僕、倉井巽がふみえを殺した……>
殺人者は、そんな書き出しで始めた。
1.種は撒かれた
僕がちょっとお腹を押さえてただけなのに、本庄郁江は大きな声で言ってき
た。
「巽、どうした?」
人目ある廊下だぞ、ここは。女のくせしてがさつなんだから。格好は充分に
女らしいが、話す言葉は男と変わりがない。
「何でもない」
「ちゃんとした物、食べないとだめだよ。いくら下宿だからって」
「大きなお世話だ」
だいたい、お腹を押さえたのは食べ物のせいじゃないと、続けようとしたと
ころ、さらに話の輪に加わる声があった。男二人に女一人だ。
「相変わらずだね。たっちゃんも、いくちゃんも」
黒沼えり子。たっちゃんなんて呼ばれるのは、本来なら嫌なのだが、彼女が
言うなら許せる。女らしくて、黒髪がきれいだ。僕が理想とする女性像。
「もめてないで、早く飯に行こうぜ」
「そうそう、混む前に」
最初の台詞が三木宏実で、後者が田原義男。
三木は<岩石巌>のような顔身体だが、気はいい奴。その証拠に、もう結婚
していると聞くが、まだ当のお嫁さんには会ったことがない。
田原は金持ちの子で、はっきり言っておぼっちゃんだが、顔が某タレントに
似ていることもあって女にもてる。こちらは独身。
いつものメンバーが揃ったところで、食堂に向かう。セルフサービスとなっ
ていて、パートのおばさんの前で注文を告げるのだ。
「何にする?」
「私、貝のドリア」
昼間からこってりとした物を頼むのは、本庄。よく食べる割には、スタイル
がいい。不思議だ。
「そんな時間のかかる物選んで、間が持たなくなっても知らないよ」
「いいの」
「俺はいつも通り、カレー」
キレンジャーのようにほとんど毎日カレーライスを食べるのは、三木。体格
の方も似てきてると気付いているのかね。
「よく飽きないなあ。自分はえっと……きのこスパ」
と、これは僕、倉井巽の注文。きのこスパゲッティというのがあるのだ。
「小食ねえ。まじでお腹どうかしたんじゃないの?」
本庄が相変わらずちょっかいを出してくるので、
「やかましい」
と言ってやった。
「Aランチは……チキンフリッターか。なら、これにしよう」
田原は鳥肉の料理がお好みで、これか親子丼を注文することが多い。
「ミックスサンドがいい」
最後に黒沼さんが言った。耳に心地のよい、しっとりとした声だ。
そんな風にしてメニューが決まったところで、話題は自然と、授業のことに
なる。口火を切ったのは、三木だ。
「コンピュータのハードやソフトの開発の歴史なんて、意味あんのかね? こ
っちとしたら早いとこ、実際にやってみたいのに」
「そうそう。あんなの暗記してもさ、ほとんど役に立ちやしない。せいぜい、
情報二種の資格を取るのにちょっといるだけだ。これじゃ、体よく授業料を取
られているみたいだぜ、全く」
同調するのは田原。彼が五人の中では一番、プログラミングについて詳しい。
他の学科ならいざ知らず、ではあるが。
「でもさ、同じ吉原のプログラミング演習は、結構面白いわ。あのセンセー、
ゲームを中心に教えてくれるんだもの」
「言っちゃあ悪いけど、あの程度なら、独学でもできるわよ。ただの論理ゲー
ムなんだから」
「いいんだよ、本庄さん。黒沼さんは吉原助教授にひかれてるんだからさ」
「いやだあ」
会話を聞いて分かるかもしれないが、僕らは大学の情報科学科で勉強してい
る。さほど有名じゃない私立だけど、最近は業界の方から注目されつつあるの
が強み。この大学出身ということが一種のブランドになってくれたら、うれし
いことはうれしい。
話している内に、料理ができたらしく、三木のカレーから順に、手渡されて
行く。ピークの前だったからか、相当時間がかかるはずの貝のドリアも、割と
早く本庄のトレイに載せられた。まだ食堂が混んでいないからだろう。
さて席は、と見渡すと、北側のいい席が空いていた。何故、北がいい席かと
言えば、南は日当りがよすぎて夏でなくても暑いのだ。汗だくになって味わう
食事なんて、楽しくないに決まっている。
席に着くと、
「誰か、ゲームコンテストに応募しないのかなあ?」
と、本庄が実に唐突に言った。自分から話題を投げておいて、自分はまた食
事に没頭していく。
「ゲームコンテストってLINEXが主催する、あれ?」
「……そう」
水を一口飲んでいたため、本庄の僕に対する返事は一拍以上遅れた。しょう
のないヤツめ。
LINEXとは、大手のゲームメーカーの一つで、最近になってヒット商品
を連発、業績をぐんぐん伸ばしている。それでも飛ぶ鳥を落とす勢いとまでは
いかないのは、他のメーカーもいいソフトを発表しているからだ。当然のこと
ながら、うちのような大学は相手にしてもらえない。
それはともかく、LINEXは去年からアマチュアを対象にしたゲームソフ
トのコンテストを主催するようになっていた。そこで上位入選を果たせば、自
作ソフトの商品化はもちろん、プログラマーとして認められることも有り得る。
そんな特典もあってか、第一回から非常な評判を呼んだものだった。
「俺は遠慮するつもりだよ」
田原が言った。彼が言うと、この言葉も様にはなる。
「どうして? これで一番を取れたら名誉だし、就職にだって有利よ」
「三回生のときから、もう就職のこと、心配しているの」
「いいじゃない。先輩が苦しんでるの見たんだから」
本庄が言うのを軽く笑って、田原は言葉を継いだ。
「LINEXのコンテストは第一回の質が高かったからね。そのおかげで、今
年の第二回には、もっと凄い作品が集まるっていう評判だよ。そんなところに、
自分みたいに大学で中途半端なことしかやっていない人間が出展しても、専門
学校やプロ崩れの連中にかなうはずがない」
「大した謙遜だぜ、田原」
三木が言った。もう、カレーを平らげている。
「中途半端なことしかしていないだって? おまえが? 信じられないなあ。
ちょっと前、おまえの家に邪魔させてもらったとき、部屋を見たけど、あの本
や雑誌の山は何だって言うんだ」
半ば茶化すように、三木は田原に尋ねている。
「あれだって、中途半端には違いないんだよ。専門学校なんかと比べたら」
言い訳がましく、田原は苦笑いだ。
「そうよね。ヨシ君はLINEXなんかじゃなくて、私のお父さんの会社の力
になってくれるんだもんね」
黒沼さんが言った。彼女の父親は、小さいながらもソフト会社の社長さんな
のだ。彼女も卒業したあとは多分、そこで働くことになっているのだろう。
それにしても、こんなことを彼女から言われるなんて、田原の才能がちょっ
ぴり、ねたましくも羨ましい。
「あーあ、誰か応募しないのかな、コンテスト。うちのコンピュータクラブの
連中は、全くのゲームプレイヤーに過ぎないし」
残念そうに、本庄が言っている。どうして、ゲームコンテストにこだわるん
だ? まさか入賞した男に近付こうなんて思っているんじゃあるまい。
「あ、そろそろ学園祭の模擬店、申し込み書を出さなきゃならないんだけど、
今年はどうする?」
三木が思い出したように言った。
自分達五人は名前ばかりの文芸サークルに所属している。元はコンピュータ
クラブに入っていたのが多いんだけれど、そのコンピュータクラブがさっき本
庄が言ったような状況だから、すぐに抜けたのだ。そして、少しでもコンピュ
ータ(要はワープロ)をさわるクラブということで、文芸を選んだ訳である。
クラブとかサークルのほとんどは、十月の下旬から十一月初めにかけて行わ
れる学園祭に、模擬店を出す。そのためには、夏休みに入る前に実行委員会と
いうところに、必要事項を記入した申し込み用紙を提出しなければならない。
これをしないと、場所が確保できないのである。
去年、二回生だった自分達は、先輩らの言うがまま、たこ焼き屋をやって、
それはそれで繁盛したのだったが、どうも文芸らしくない。特に、元から文芸
サークルだった僕や黒沼さんは不満だったのだ。
「絶対、展示をやりたい!」
思った通り、黒沼さんが真っ先に発言した。口幅ったい言い方になるけど、
文芸にかける自分達二人の情熱が一致したようで、嬉しくなってくる。
「それに、できたら販売も」
「あのさ、黒沼さん。そういうのは展示室を借りてやればいいんだってさ」
三木が、実行委員会から伝え聞いたらしい意見を口にした。展示室というの
は、外にテントを立ててやる模擬店と違い、普段、僕らが講義を受けている部
屋を借り切って何かを催す場合を指す。
「そうなの?」
「模擬店と展示室、同時に二つとも借りられるの?」
僕は気になった点を聞いてみた。
「借りてもいいらしいんだけど、充分に人数がいることが条件だって。つまり、
店を複数出すのはいいが、片方だけにかかり切りで、もう片方をお留守にして
は困るってことみたいだ」
「じゃ、いいや。幸い、メンバーは全員で十三人。文芸らしいことをやりたが
っているのは、自分に黒沼さん、他に一回生と二回生とで四人いるから、併せ
てだいたい半分の六人になるんじゃないかな? 模擬店をやりたいのはそちら
でやってくれればいい」
「あ、展示をやるなら、自分もそっちでやりたいな」
と言い出したのは、田原。僕は警戒しながら尋ねた。
「どういう風の吹き回し?」
「いや、一、二回とやってさ、外の模擬店は雨が降ったり、かんかん照りにな
ったり、どうも身体に悪いから。ハハ」
ふざけた言い回しだ。どうせ、黒沼さんが目当てなんだろう。
「おーい。こんなとこでもめないでくれ。早く出さなきゃいけないんだから、
応募の用紙を」
三木は、少しいらいらした表情になって、僕と田原の会話を遮った。
「で、どうする? 展示をするんなら、部屋番号の希望ができるんだ」
「じゃ、一〇六か一〇七じゃないかしら。どう? たっちゃん、ヨシ君」
黒沼さんが案を出す。なるほど、なるべく出入口に近い場所って訳なんだ。
「いいんじゃない」
「うん、異議なし」
こればかりは、田原との意見の一致を見たらしい。
「じゃあ、それでお願いするね」
「オーケー。模擬店の方は例年通り、たこ焼きでいいかな?」
「私はそれでいいわよ。後輩の意見は知らないけれど」
と、本庄。しばらく黙っていた成果が出たようで、ようやく貝のドリアを食
べ終わっている。
「よし。それじゃ、俺、出してくるから、先に行くな」
三木はトレイを持って立ち上がると、言葉ほど慌てている様子はなく、ゆっ
くりと出口に向かって行った。
「次、何だっけ?」
僕は三木を見送ってから、残ったみんなに聞いた。言うまでもなく、次に受
ける講義のことである。
「僕と三木は統計学総論」
そう言ってから、田原は右手で髪をなで上げた。その手首に高そうな腕時計
が光っている。
――続く