AWC そばにいるだけで 29−5   寺嶋公香


        
#4631/5495 長編
★タイトル (AZA     )  98/10/31   1:49  (199)
そばにいるだけで 29−5   寺嶋公香
★内容

 当日は快晴、清涼な気温にも恵まれ、絶好の運動日和となった。
「なかなかよい感じだな」
 体操着に着替えて教室からグラウンドへ移動する途中、唐沢が空をちらりと
見上げる。場の雰囲気は体育祭を前にざわついているのに、彼は余裕綽々。
「何が」
 勝馬、相羽がステレオ放送で尋ね返す。
 と、唐沢はわざわざ立ち止まって、空を今度は仰ぎ見た。
「ヒーローが活躍する舞台を、天が整えてくれたのだなあ……と」
「そういう戯言は、せめてキミのファンの前だけにしときなさい」
 唐沢を置いて、さっさと去る男子二人。
 後ろから着いてきていた純子や富井は、くすくす笑ってしまった。
「そんなにおかしい?」
 めげた様子は微塵もなく、唐沢は純子達の隣を歩き出した。
「コントみたい」
「俺は大真面目ですよ。いいところを見せて、女の子にアピールする格好の舞
台だよ、今日は」
「これ以上アピールしなくても、充分じゃなあい?」
「そうそう」
 富井と純子が顔を見合わせてまた笑うと、唐沢は少し間を取った。
「いやあ、全然。まだまだ足りない。もっと俺に黄色い歓声を!ってね。そん
じゃま、頑張りますか。相羽だけじゃなく、俺にも声援よろしくお願い、だぜ」
「もっちろん」
 応援席に着くと、男女別になる。向かって左が男子、右が女子という風に整
然と並ぶわけだ。と言っても、競技が始まればこんな列なんて、あっさりと崩
れるのだが。
 タオルや応援グッズを席に置くと、入場門の方へと向かわねばならない。開
会式が始まる。
 整列しようとする最中、純子の肩に触れた者が。
「リレー、勝つのよ」
「白沼さん――。ええ、全力を出すわ」
 純子は白沼の真剣な眼差しを前に、しっかりうなずいた。

 一年生のときに比べると、二年生は少し種目が増える。当然、一人で二つに
出場する者も何名かいるわけで、相羽や唐沢も男子百メートル走に出る。
 そのレースを前に、町田がはるばる十組の応援席までやって来た。
「お手並み拝見と行きましょうかね」
「芙美? どうしたの」
 隣に屈んだ町田に、純子が問う。
「だから、あの男がどれほどのものか見てやろうと」
「でも、ここに来たら声援が凄いよ」
「どこでも一緒。うるさいったらありゃしない」
 町田が肩をすくめたところへ、今度は井口がそそくさと歩み寄ってきた。
「相羽君の応援に来たよー」
 と、富井とハイタッチする。
「他クラスの応援、あからさまにできないでしょ。ここなら思いっ切りできる」
「大変ねえ」
 純子はそう応じつつ、一緒のクラスでよかったと思う。
「相羽君と唐沢君とじゃ、どっちが速いのかな?」
 井口が皆に聞く具合に見渡した。もうすぐ第一レースが開始されようかとい
うのに、そっちのけ。お目当ての出番まではまだ間がある。
「さあ? 練習のときだって、一緒に走ってなかったものね」
「体育の授業ではタイム計ったことあるらしいけど」
「直接対決となると、来年、あの二人が別々のクラスになって、しかもくじ運
がよければってことね」
 お喋りに興じて時間を費やしていると、まずは唐沢の番が回ってきた。
「ほら、からさ−−」
 町田の意識を引こうと純子が言いかけた瞬間、大きな歓声が起こった。高い
音で聞き取りにくいけれど、ほとんどが唐沢に対するものらしい。
 十組の女子(の半数程度)は無論のこと、他のクラスからも声が飛び、一年
生の人気も並でない。三年生からはさすがに少ないが、それでもテニス部の先
輩らしき人達から応援が掛かる。
「む、にゃんだぁ……」
 町田が表現しがたい声を漏らした。呆れたのと圧倒されたのとが混じり合っ
て、目を何度もしばたたいている。しまいには笑いさえこぼした。
「ふっふっふ。みんな、外面にだまされている」
「芙美ったら」
 周りの純子達は苦笑い。
 レースの方は、さすが自信満々なだけあって、唐沢が一着でゴール。しかも、
午後からのリレーに力を温存したような余裕ある走りだった。
「鼓膜が痛い」
 両耳に人差し指を突っ込みながら、ぼやく町田。
「そんなに嫌だったら見なきゃいいのに……気にしてる証拠よ」
 聞こえないと信じて純子は言ったのに、町田は「あん?」と反応を示した。
「何ですって、純子?」
「べ、別にっ。あははは……」
 ごまかしの笑いをしながら、横目でレースの進行ぶりを確かめる。うまい具
合に、相羽のいる組が次だ。
「ほ、ほら。次、相羽君よ。ね、応援しないと。おんなじ調理部の仲間として」
「……分かったわ」
 町田は追及をあきらめてくれた。
 コースに目を転じると、相羽の組にはもう一人、見知った顔があると気付く。
「長瀬君と一緒……。長瀬君て、長距離の選手じゃなかったわよね?」
「そうなると、我が部唯一人の男子は勝ち目薄いか」
 町田が至極当然の意見を述べる。
「やってみなきゃ分からないよ」
 富井が怒った口調で言う。顔の方も感情に合わせて、ふくれ面になっていた。
「絶対に負けるとは言ってないでしょうが。あ、ほれ、始まる」
 町田が顎をしゃくったその向こう、クラウチングスタートの姿勢を取る出場
者五名。相羽は純子らのいる位置から見やすい第五コース、長瀬は第一コース
だ。その他に強敵は見当たらない。
「頑張れーっ!」
「相羽君、しっかり!」
 よくよく聞くと、相羽への声援も、先ほどの唐沢に引けを取らないものがあ
る。音量では負けるかもしれないが、熱のこもった声。特に二年生の間では名
が知れ渡っている感があった。
 負けじと声を張り上げる富井や井口を横に、純子はいつぞやの噂話を思い起
こす。
(林間学校でのあのことが評判になって……ていうの、本当なのかなぁ。もし
かして、私の方も助けられた子って、知られちゃってる? 格好悪い……)
 気恥ずかしさがぶり返してきて、うなだれかけていた純子の気持ちを、スタ
ーターの音が引き戻した。
 はっとして顔を上げると、相羽はタイミングよく飛び出していた。一方、長
瀬は若干遅れた様子。でも、ほんのわずかな差だ。もちろんこの二人が現時点
の一位と二位。
「そのまま行けーっ!」
 この頃には純子も富井達と一緒になって、応援していた。
 しかし、やはり陸上部の者は強い。残された距離を活かして着実に距離を詰
め、ゴール直前で並んだ。
 ゴールインの瞬間、渦巻くような歓声。
 十数秒の競走、しかも一介の中学生達の勝負に、やけに盛り上がった。
 その結果は――。
「競技委員の連中、首を捻ってるぜ」
 誰か男子の声がした。確かにその通りで、着順に応じて競技者を並ばせるた
めの判定をする委員達が、何やら額を寄せ合って言葉を交わしている。
「同着っぽかったよね」
 町田が背伸びしながらぽつりと言った。
「そうかなあ? 相羽君が勝ったと思ったけどお」
 富井の言は、贔屓目があるかもしれない。
「後から追いかけてきた方が早く見えるってこともあるわね」
「ねえ、これって去年の水泳と状況が似てるよ」
「そう言えば、同タイムだっけ」
 そんな声もそこここで囁かれる。
「相羽君、速いんだ……」
 純子は感心することしきりであった。相羽が短距離走をするのを見る機会が
これまであまりなかったせいもある。ただ、速いとだけは聞いていたが、陸上
部と互角の戦いになるほどとは想像すらしてなかった。
(あの一生懸命な顔……そう、卒業アルバムを見せてもらったとき、同じ顔を
して走ってた、相羽君)
 さて、着順だが……写真判定なんてシステムが用意されているはずもなく、
記録上は同着とされた。ただし、競技種目のため順位ははっきりさせねばなら
ない。勝敗はくじ引きで決するという判断が示された。
 言うまでもないけれど、くじ引きそのものも用意されていなかったため、百
円硬貨を投げて出た表裏を当てる方式が取られることに。
 ざわめきが残る中、コイントス。どちらがどの面を指定したのか、客席には
伝わらなかった。
 やがて長瀬が苦笑いしながら、相羽の肩を片手で一度、叩く。その口は「今
回はおまえが勝つ番だったみたいだな」と動いているように見えた。

 中学も二年生ぐらいになると親と一緒に食事するのは避けたくなるものらし
く、昼休みに親元へ走るのは全体の半分といった程度。別に親を大事に思って
いないわけではなく、照れのためだろう。
「相羽君、何だか嬉しそう」
 遠野と富井のひそひそ声は、話題の主にもしっかり届いていた。
 相羽は振り返って、そのいかにも楽しげな表情のまま答えた。
「母さんが来るから」
「へえ、よかったじゃない。確か、去年は終わりの頃、ぎりぎりぐらいだった
んでしょ、おばさんが来られたの」
「うん」
 早く行きたいのか、返事が短い相羽。
 察した純子は、手を小さく振った。
「じゃ、またあとでね。リレーが楽しみだわ」
 相羽が走って行くのを、富井が名残惜しげに眺めていた。そしておもむろに
純子の左腕を引っ張る。
「さっさと会話切り上げちゃって、もったいなーい」
「迷惑かかるだけよ。さ、私達も」
 仲のいい女友達数人で集まる約束をしているのだ。
 あらかじめ決めておいた場所に着くと、いつもの顔ぶれ−−町田、井口、そ
して前田−−がすでに待っていた。
「遅れてごめーん! 待たせちゃった?」
「おー。いや、私らはいいんだけどさ」
 手を振って応じた町田が、純子を見上げながら言葉を発する。お弁当は開か
れていたが、まだ手を着けていない状態である。
「椎名恵ちゃん、だったわよね。あの一年生が来て、純のこと探していたよ」
「ええ? どこ?」
 膝を揃えてトリコロール柄のシート上に座りながら、息を弾ませ尋ねる純子。
「もうとっくの昔に行っちゃったよ。待ってればって言ったんだけど、またあ
とで来ますって」
「あ、一緒に食べようってわけじゃないんだ?」
 ちょっとほっとした。夏祭りに続いて、椎名の急なお願いに応えること自体
は容易いが、それでは他の友達に悪い。
「はっきりさせた方がいいわよ」
 前田がおかずに箸を着けた。
「何を?」
「だから、その椎名って子のこと。かなりご執心のように見えたわよ」
 前田の口振りには多少、脅かすような響きがあった。
 純子は水筒のキャップを開けた時点で手を止め、苦笑いで応じる。
「普通の友達。先輩後輩の間柄よ」
「とてもそういう感じじゃないわね、少なくとも相手の方は」
 前田が同意を求める風に、純子以外の顔を見渡す。真っ先に井口が反応した。
「そうだよね。同学年の友達ほっぽって、純子のところに飛んで来るとは、た
だ事じゃない」
「だよねー」
 富井はあからさまに面白がっている。口をもぐもぐさせ、中の物を飲み込ん
でから言葉を継ぐ。
「何てったって、古羽相一郎様!だもん。ちょっとやそっとの困難なんて、何
のその。純ちゃんも災難だわぁ」
「災難だなんて思ってないわ」
「じゃ、受け入れるのかいな」
 町田が一足飛びに話を進める。わざとやっているに違いない、意地悪げな笑
みを添えて。
「芙美、どうしてそういう話になるのっ」
「なははは。だってさ、純たら、男に興味ないみたいな顔してるから、そっち
方面の想像も、ついついしてしまって」
「興味がないわけじゃないのよ。よく分かんないってだけで」
 早口で言ってから、まだ全然片付いていない昼食に取りかかった。


−−つづく




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