AWC そばにいるだけで 29−4   寺嶋公香


        
#4630/5495 長編
★タイトル (AZA     )  98/10/31   1:48  (200)
そばにいるだけで 29−4   寺嶋公香
★内容

           *           *

「あれ?」
 下校途中で書店に立ち寄った相羽は、そこで意外な顔を見つけた。ワゴンに
大量の本を載せ、向こうから来る店員に見覚えがある。
(あの人……一年ぐらい前に会った高校生。純子ちゃんのパンを取り上げたの
がきっかけで)
 一言ぐらい挨拶すべきかどうか、迷う。以前会ったときに名乗り合ったわけ
でもないが、知らんぷりするのは気が引けた。
 すぐ隣にまで来たとき、思い切って声を出した。
「すみません」
「はい、何でしょうか?」
 店の青い前掛けをしたその彼は、ワゴンを押す手を止め、少しばかりうわず
った口調で応じてきた。バイトらしく、接客にはまだ慣れていないようだ。
「あのときはどうも。覚えておられないかもしれませんけど……」
 相羽は、仕事中に話しかけるのはまずかったかなと後悔しつつ、とにかく続
けた。
 相手の方はしばらくの間、目をしばたたかせ、思い出そうと努める風だった
が、不意に大きくうなずいた。
「−−ああ、おまえ、あんときの……何か懐かしいな」
 そこまで言って、口を押さえる。
「……お客様にこういう言葉遣いはいけねえんだった。えっと」
「いいです、もうこれで。大した用はありませんから」
 申し訳なくなって、両手を振り、頭を軽く下げる相羽。やはり仕事中はまず
かった。
「そうか? あとでなら時間作れるから、遠慮するな」
「……そう言えば……学校はどうなってんですか?」
 ふと浮かんだ疑問を口にしてから、聞いてよかったのかどうか後悔した。
 幸い、特別な事情はないらしく、相手は軽い調子で応じる。
「休みだよ、休み。体育祭終わって、その代休。当然、こんな早い時間のバイ
トは今日だけで、普段は放課後オンリーってやつよ」
「そうなんですか」
 ともかく、あとで会おうと約束して、一旦別れた。
 おかしな成り行きに相羽は苦笑を覚えつつ、
(折角だし、『聞き込み』の真似事でもしてみようか。学校から一番近い書店)
 と、そんなことを考えていた。

 男二人、ハンバーガーショップで顔を付き合わせるのは、意外と目立たなか
った。他にもそういった組み合わせは結構いる。無論、そうでない組み合わせ
やグループの方が圧倒的に多いのではあるが。
 さておき−−今さらという気がしないでもなかったが、最初は名乗り合うこ
とから始める。
「相羽とは珍しいな。俺なんか平凡だから」
 佐藤一彦(さとうかずひこ)と自己紹介をした高校生は、本心からうらやん
でいるような調子で言った。
「ついでに、あの子は何ていう名前なんだ? 教えろよ」
「あの子って、佐藤さんがパンを取り上げた子のことですか」
 冷静な物腰の相羽に、佐藤は「それを言うなよ」と困った表情を見せる。
「あのことは本当に反省した。もうああいう真似はやってないぜ」
「そんなつもりで言ったんじゃないです。ただ、本人の承諾なしで教えるのは」
「お、案外、固いんだな。それとも−−」
 フライドポテトを飲み込むと、顎に手を当て、したり顔になった佐藤。
「ははん。やっぱ、好きなんだな、あの子のことが」
「……そりゃそうですけど」
 答えてからジュースをストローですする相羽。立場が逆転しそうな情勢だ。
「うまいことやってるか? 俺だって経験豊富とまでは言わないが、何か困っ
たことがあったら相談に乗ってやるぜ。へへっ」
 冗談のつもりなのだろう。自分で言ったことに、愉快そうに反応する佐藤。
「残念ながら、全く進展してませんから、困ったことが起きる以前の問題で」
「なぬ? おいおい、まじか? 一年前、あんだけ仲良さそうだったじゃねえ
か。それから進んでないだと?」
「はあ」
 話が妙な方向に行っていると感じながらも、そこから脱出できない。
「信じられんぞ。まさか、手も握ったことないとか言うんじゃないだろうな」
「並んで歩くときに、互いに握り合うっていう意味なら、ありませんねえ」
 半ば投げ遣りに答える相羽。
「うーん、中坊の頃って、そんなんだったっけな。周りの連中はどうよ? お
まえ達だけ遅れてんじゃねえの?」
「特にそうでもないと思いますけど」
(だから、スタート地点にも立っていないってのに)
 ふてくされそうになるのをこらえ、潮時と判断した相羽は口元を拭った。
「もういいじゃないですか、そういうことは。今度はこっちの話、聞いてくだ
さい」
「分かったよ。何だ?」
「佐藤さんはここしばらく、あの書店でアルバイトをしているんですよね。お
客の顔なんか、覚えていますか?」
「あ?」
 面食らったか、佐藤は食べる動作を中断して聞き返した。
「うーん、覚えてないよなあ。レジでもやってれば別かもしれねえけど、俺は
立つこと、ほとんどないんだよ。二、三回ってとこだ」
 思い出す風に天井を向いていた視線が、ふっと相羽に向けられる。
「妙だな。何でそんなことを聞く?」
「格好悪い話なんですが」
 そう前置きして、悪戯の一件を聞いてもらう相羽。
 果たして、佐藤は最後まで聞き届ける前に、爆笑を始めてしまった。
「何だよ、それ。おもしれーっ。おまえに仕掛けるなんざ、いいとこついてん
じゃねえの?」
「愛嬌のある悪ふざけと分かっていたら、僕だってこんなに真剣に探しやしま
せんけどね」
「するってえと、何か。おまえを本気で困らせようと思っての悪戯かもしれな
いってか?」
 真顔になった佐藤に、相羽は無言でうなずいた。
「心当たりがあるのか? その、何て言うか、具体的な相手じゃなく、恨まれ
る覚えってもんが」
「いえ、そういうんじゃなくて……」
 今度は首を横に振った相羽。実際のところ、念を入れて男子の何人かにそれ
となく鎌を掛けてみてはいたが、いずれも空振り、手応えなしに終わっている。
 ともかく、質のよくない悪戯だと考える根拠も説明しておく。
「――こういうわけで、もしかしたら、あの店で買っていたかもしれないから」
「そういや、おまえんとこの中学、近いんだよな。生徒ばかりか教師まで来て
るみたいだぜ」
「どうして先生だと分かるんです?」
 気にかかって、わけを尋ねる。
「学校の方に付けるからだよ、教師ってのは。ああ、そうだ。俺は見てないけ
ど、図書室に入れる本をまとめ買いするときなんざ、結構目立つらしい」
「なるほど」
 うなずいてから、話を元に戻す。脳裏には閃きが一つ。
「その手の雑誌を中学生が買おうとしたら、当然ストップかかりますよね」
「まあな。学校が近いから、甘いことやってると即、突き上げ食らうんで、割
と厳しい対処してる」
「制服を着てなくても、ばれます?」
「老け顔の奴だったら分からないかもしれねえぞ。ははは。いや、たいていは
ばれる」
 佐藤の答に相羽は満足した。確信にはほど遠いが、考えを改めるきっかけを
得ていた。

           *           *

 昼休み前の授業が終わり、第一理科室を出ようとした十組の面々に、白衣を
羽織った関屋先生が声を掛けた。
「相羽君はもう行ってしまったかな?」
「あ、いえ、相羽の奴ならまだ。−−おおい、相羽! 先生が呼んでるぞ!」
 応じたのは立島。戸口を出て左に向かって、声を張り上げる。
 特に急いでいる風でもなかった相羽は、即座に方向転換をした。上履きの底
がきゅっと音を立てる。
 駆け戻り、立島に小声で礼を言ってから、先生へと向き直った。
「何でしょうか?」
「勉強の話ではないんですよ。今、暇はありますか? この間の続きで……子
守歌の中の」
「ああ、はい」
 何やら音楽談義らしきものを始めた生徒と教師。
 話しながら教室に戻ろうと目論んでいた風情の白沼が口をすぼめ、拍子抜け
したように横を通り抜けていく。
 気分は富井も同様らしく、純子の肩にしなだれかかってきた。
「女の子より、音楽に興味あるのかなあ」
「そこまで飛躍しなくても」
 小さく笑って、さあ歩き出そうとしたところ、囁くような小声が全く別の方
角から耳に届く。
「読むのはオトナの雑誌なら、趣味も大人ぶってるな」
 棘のある響きに振り返ると、目を細くした紅畑先生が立ち尽くしていた。相
羽と関屋先生の様子を眺めやっている。
(何? 何を言ってるの?)
 およそ教師が吐くとは思えない台詞に、呆然としてしまう。
 そんな純子達を意に介さぬ風に、紅畑先生はずいと前に進み出ると、
「さて、関屋先生。生徒と仲よくお喋りもよろしいですが、そこはいささか邪
魔になるんですよ。どいていただけますか」
「おっと。それは気づきませんで……失礼」
 相羽と関屋先生は立ち位置を一歩だけずらした。わずかではあるが、確かに
教室の扉を遮っていた。
「どうも」
「化学室に何の御用です? 差し出がましいが、教えてくれませんか」
 美術の紅畑が入ろうとしているのは、関屋先生の言葉の通り、化学室だった。
「――大したことではありません」
 足を止めて肩から上だけ向き直ると、ゆっくり唇の端を曲げて笑う紅畑先生。
「服を汚してしまいまして。あいにく、染み抜きの類が全て切れていたので、
代用できる物があればこちらからお借りしようと思いましてね」
 紅畑先生はそれだけ言い置くと、鍵を使って扉を開けた。そしてすぐ、会話
を打ち切りたいかのように、音を立ててぴたりと閉じる。
「そろそろ、お昼か」
 関屋先生は腕時計を一瞥し、悠然と言った。直前のやり取りを、まるで気に
していないようだ。
「引き止めて済まなかったね。これぐらいで切り上げますか。時間がたっぷり
あるとき、この続きをしましょう」
「はい」
 軽く礼をして、相羽は関屋先生の前を離れた。図らずも待つ形になっていた
純子と富井の二人に、自然と合流する。
「関屋先生とは気が合うみたいね。何か、羨ましい」
「そうかな。普通にしてるだけだよ」
「絶対、そうだよお!」
 富井が突然、力説。相羽のみならず、純子も目を向けると、重ねて言う。
「だって、紅畑先生なんかは正反対でしょう?」
「そんなつもりは……」
「あ、相羽君はさっきの、聞こえてない? すっごくやな感じで、紅畑先生が
言ってた」
 と、富井は最前の紅畑先生のつぶやきを伝える。
「うーん。てことは」
 階段の途中、腕を組む相羽。
「こちらにそんな気なくても、先生が僕を嫌ってるのかな、やっぱり」
「−−思い当たる節、あるの?」
 言葉の末尾を聞きとがめた純子は、先を行く相羽の背に尋ねる。
「授業のとき、注意されることが一人だけ多いような……気のせいかもしれな
いけれど。教え方にしたって何となく、ね。絵を描いてたら覗き込んできて、
『そんなやり方をしろとは言ってない』なんて、急に。まあ、第一印象がよく
なかっただろうから、仕方ないか」
「先生がそういうんじゃあ、だめだよぉ。抗議しなくちゃ」
 富井が憤慨するが、相羽は気にしていない風に手を振った。
「大丈夫。あの人がいるの、あと少しのはずだし」
 給食の準備に騒がしい教室へ着く。
 中へ入る間際、相羽は純子達に尋ねてきた。
「小菅先生は次の時間、どこか授業を受け持ってるんだっけ?」
「はい? ううん、知らない」
「私も」
 急な質問に純子と富井は顔を見合わせてから、再度視線を相羽へ。
「先生に用事でもあるの?」
「うん。ちょっとね」
 そう答えると、相羽は自分の席に向かった。踏みしめる足に、かなり力が入
っているように見えた。

−−つづく




前のメッセージ 次のメッセージ 
「長編」一覧 永山の作品
修正・削除する         


オプション検索 利用者登録 アドレス・ハンドル変更
TOP PAGE