#4596/5495 長編
★タイトル (AZA ) 98/ 9/21 12:45 (200)
そばにいるだけで 27−4 寺嶋公香
★内容
朝方から上がり込んできた富井は、まるで小型竜巻だった。
「ねえ、純ちゃん、純ちゃん! 起きてよ、純ちゃん! 時間だよー!」
「きゃっ。……な、なぁに?」
タオルケットを引き剥がされた純子は、ばね仕掛けのごとく、びくりと上体
を起こし、目をこする。しばしの時間が経過してから、富井の姿を認識できた。
富井はベッドの上にのっかり、真正面から突き付けんばかりに笑顔を寄せて
きた。さっきの竜巻から一転、今度は悪戯好きなリスかウサギといった風情を
醸す。
「呼びに来たよ、夏祭りですよ!」
「あ、そっか……でも、この起こし方はひどいと思う」
髪の毛を手櫛で直しながら、純子はあくびをかみ殺した。さらにパジャマの
しわを伸ばして、小粒ないちごの柄をじっと見る。
「純ちゃんのお母さんのお許しはもらったもんね。昨日、何かしてたの? こ
んなに起きないなんて珍しいよね」
「まあ、ちょっと」
曖昧に返事し、ベッドから降りる。まだ眠気を引きずっている眼で、時計を
一瞥。
(こんな時間……。呼びに来てくれるように言っておいてよかった)
寝坊するんじゃないかとの予感から、前もって頼んでいたわけだ。約束して
おいて待ち合わせの時刻に遅れるのは、純子の信条に反する。それを回避する
ための最終手段である。
では、何を原因として、寝坊の予感を抱いたのか。
「どうせ、お稽古ごとってやつでしょうが」
町田の声に顔を上げると、戸口のところに彼女の姿があった。
「芙美ったら、いつの間に」
「私ゃ郁ほど図々しくないんだけど、待ってるのが焦れったくなってね、つい」
「久仁香も来てるの?」
「うんにゃ。あの子は家の用事で遠出だってことで、今日はパス。昨日の初日、
一緒だったからまあいいかって言ってた。それよりも、純。昨日は踊りやら声
楽やらを習ってたんでしょ?」
部屋の中には入ってこずに、町田は質問を繰り返した。
こくんとうなずく純子。
「怪我で遅れた分を取り戻すために、まとめて……」
またもやあくびが出そうになって、急いで手を口元にあてがった。
「そこまでして、何か成果は出てるのかいな。そもそも、ファッションモデル
だけやるんなら、踊りも声楽もいらんと思う」
「え……ま、今は修行中の身ですから」
深く尋ねられないようにと、笑みを作った純子。さらに、話題を完全にシャ
ットアウトするために、言葉をつなげる。
「着替えるから、出ててくれないかなぁ。少しだけ待ってて」
「分かった。行こう、郁」
町田に呼ばれ、富井もベッドを離れる。が、部屋のドアまで達したところで、
足を止めた。と、おもむろに振り返る。
「――な、何」
純子は視線を感じて、行動を起こすのを中断した。
事実、富井が興味ありげに見つめてきている。
「ブラジャーをするのかな、どうかなあ、と思って。どんなの買ったの?」
「もうっ、ばかなこと言ってないで、早く出てよー。それだけ遅れちゃうじゃ
ない!」
顔がかすかに赤らむのを自覚しつつ、純子は声で友人達を追い払った。
富井は薄桃色のブラウスに水色のフレアスカート、町田は白黒の横縞シャツ
と肩に掛けるタイプのジーパン。そして純子は髪を上げての浴衣姿だ。これは、
なるべく日焼けしないようにと事務所サイドから指示が出ているのと、林間学
校の際に怪我をした腕の痕がまだ治りきっていないという二つの理由から、夏
場でも袖の長い着物が求められ、必然的に浴衣となった次第。
(いざというときのために日焼けしない方がいいって言われたけれど、そうい
う『いざ』なんて来るのかしら? 来ればいいな)
手にした淡い紫のうちわで自らを扇ぎながら、純子は思った。
と、不意に足先が引っかかる感じを覚え、つまずきそうになった。捻挫の方
はほぼ治っていたが、履き慣れない草履風のサンダルのせい。人通りが穏やか
な現時点でこれでは、先が思いやられるというもの。
「あ、いたいた。遠野さーん、前田さーん!」
先頭をずんずん突き進む町田が大きく手を振ると、相手もすぐさま気が付い
た。お互い駆け寄って、距離を縮める。
純子はつい、二人の服に注意を向けた。引き続いて、ため息。遠野はグレー
がかったワンピース、前田はチェック柄のポロシャツにジーパンとあっては、
一人浴衣の純子の肩身はますます狭くなる。
「涼しそうな感じでいいわね。新しく買ったの?」
「ううん」
前田の問い掛けに首を横に振る。
「前からあった物。だけど、着る機会がなかなかなくて」
「ほー。前からって、小学一年生とか?」
にやにや笑って、からかい口調なのは町田。
「そんなことあるわけないでしょ!」
「そうかな。だって、純たら成長が本当に遅いから――わっ、ごめんちゃい、
冗談です」
純子がうつむき加減になって、左手に握り拳を作り、ついでにその腕をわな
なかせると、町田は素早く白旗を掲げた。周りの者は一様に手で口元を押さえ、
笑いをかみ殺している。
「もう……。これで全員揃ってるの?」
純子は再び嘆息してから、皆に問うた。徐々に人が増え始めているので、端
に寄る。
「全員だよ。試験勉強なんかのときと違って、男子はなしなんだから」
富井は、つまらなさそうな口ぶりになっている。
「去年みたいに、偶然でいいから会えるといいなあ、相羽君達と」
「郁はそればっかなんだから。昨日、お祭りで一緒だったくせに」
「昨日と今日は話が別だよ。ねえ、前田さん?」
富井から話を振られた前田は微笑を解いて、きょとんと目を丸くする。
「どうして私に同意を求めるのかな」
「もっちろん、立島君とのことを言ってるんですー」
「――」
途端に前田の顔に赤みが差した。
(これだけ公認カップルでも、やっぱり恥ずかしいものなんだ?)
純子は不思議に感じつつも、微笑ましくなった。自分だったらどうかな、な
んて想像してみる。
(そうね。六年生の頃は散々、冷やかされたし、中学生になってからでも色々
とハプニング続きだから、もう開き直れるかも。今さら――)
そこまで考えて、はたと気付く。一気に体温が上がって、全身が火照った。
(な、な、何考えてんのよ、私ったら! 勝手に相羽君のこと思い浮かべてる
なんて!)
思わず両手で頬を押さえる。瞬きの回数が多くなった。
(そ、そりゃあ、最近、少しはいいなって思うけど、でも、でも……違うのよ、
これは。好きとかじゃなくて……じゃなくて……)
純子の胸の内の独り言は、町田の声で遮られた。
「何してんの、純? 行くよ」
視界にあるのは、肩車された小さな子やふわふわ揺れるウサギ顔の風船。大
きな大きなぬいぐるみは何かの景品に違いない。
純子は他の四人と離れ離れになっていた。
はぐれたわけではない。ある人と偶然出会って、事情を知る町田達が気を利
かせて(?)くれたのだ。そして現在、純子はその人と二人きりで歩いている。
「これってもう、運命の糸を感じるんですよね」
椎名恵の口からは、今日何度目かの同じ台詞がこぼれ出た。
「これだけ人が多いのに、涼原先輩と会えたなんて、奇跡です」
「恵ちゃん、それは大げさ」
純子は苦笑いをすると、分からぬようにため息をついた。
「近くの学校に通う子は、たいてい来るわ。会えても不思議じゃないでしょ?
たとえば去年ね、女子校に行ってる友達とたまたま会えたんだから」
「ええ? 私、去年も来ましたけど、涼原さんに会えなかった。……運命じゃ
なかったってことでしょうか」
椎名がしょんぼりした様子になったものだから、純子は焦った。裾が乱れぬ
ように注意を払いつつ、後輩の顔を覗き込む。
「私が言ったのは、偶然会えても不思議じゃないってことだから。ほら、逆に
言えば、会えなくたってそれは普通で……」
必死さが伝わったのか、椎名はくすっと笑うと、明るい表情を取り戻す。
「じゃあ、喜んでいいんですね」
「え、と……まあ、そうなるかな」
わけが分からないまま、肯定の返事をした。
椎名の方は当初にも増して、張り切った様子になる。もし冬場なら、服の袖
を腕まくりしかねない勢いだ。
「さあ! 回らないともったいないですから、急ぎましょうよ、涼原さん」
とりあえずの目安として、二時間後には町田らと再合流する約束になってい
る。しかも椎名は、同学年の友達と一緒に回っていたのを切り上げてのことだ
から、彼女にとって、今の二人だけの時間は大変貴重。熱もこもろう。
そういうわけで、お面屋に風船屋、金魚すくい、投げ輪、ヨーヨー釣り等々
を急いで回る。
中でも椎名がご執心なのは、アクセサリーを始めとする小物を扱う出店。
「あのぉ、涼原さんにお願いがあるんですけど」
「改まって、どうしたの? 何だかコワイ」
背中を押されて店前まで連れて来られた純子は、肩越しに振り返りながらそ
う尋ねた。腰を折っていた椎名が笑顔で見上げてくる。
「図々しいのは分かってるんです。でも、涼原さんからもらいたくて」
「なあんだ、ほしい物があるのね」
台を一瞥する。そこにずらりと並ぶのは、色とりどりのアクセサリー。輝き
を放っているが、どれも模造品で、小学生でも楽に買える値段だ。
「恵ちゃん。自分でも充分買えるんじゃないの?」
念のために聞いてみた純子に、椎名は強い口調で応じてきた。
「ですから、涼原さんに買ってもらいたいっ。正確に言うなら、古羽相一郎か
らっていう気分なんですけれど」
「ん、分かった。いいわ――じゃない、いいよ」
意識的に男っぽい喋りにして、純子は微笑を作った。内心では苦笑してしま
ったけれども。
(浴衣姿でやっても、全然さまにならないね)
横に並んだ椎名は、まるで本物を選ぶときみたいに真剣な表情になっている。
「これがいいです。サイズもぴったり」
たっぷり時間をかけて選び取ったのは、ルビーを思わせる赤い玉の付いた指
輪。リング自体も三本の線が寄り合うようなデザインで、なかなか凝っている。
「決めた? ――これください」
店を預かるおじさん――若いかもしれないが――に伝えると、猫のイラスト
がプリントされた小さな紙袋に包装してくれた。代金と交換する際、
「はいよ。妹思いの優しいお姉ちゃんに、おまけ」
と、何かを手渡された。お礼を言って、歩き出してから確かめると、紙袋と
同じ柄のリボンだった。髪をまとめるのにちょうどよさそう。
「よかったですね、先輩」
「うん。それにしても、あの人、私達のことを姉妹だと思ってたね。そう見え
るのかな?」
つぶやきながら、椎名の顔を見やる純子。やはりタイプが異なると思った。
すると、椎名がしたり顔で、左手の人差し指を立てる。同じ手の薬指には、
買ったばかりの指輪が早速光っていた。
「それはきっと、姉妹でもないのに女から女にプレゼントするのって、男の人
には理解できないんだわ。想像力ないんだから、男って」
「そ、それはちょっと言いすぎだと思うけれど」
「……ええ、そうですよね。相羽先輩は別格です」
口ぶりを改めて、椎名が答えた。
純子は心中、どきっとしながら、表面では平静を保つ。知らず、周囲へも目
を配った。大丈夫、顔見知りはいない。
「どうして相羽君の名前が出て来るの。仲のいい男子はクラスにいない?」
「全然! 用事のあるときだけ、話してます。この頃思うんですよね、女子校
へ行った方がよかったかもって。だけど、そうしてたら涼原さんの後輩になれ
なかったんだし。悩んじゃいます」
「あははは……はぁ」
冗談半分に聞き流せないので、ため息混じりの苦笑となってしまう。
そんな気も知らず、椎名は話題を転じてきた。
「そう言えば今日、相羽さんの姿がなかったですけど、どうかしたんですか」
「特に何も。いつも一緒に行動してるわけじゃないんだから」
そう答えてみたものの、寂しさにも似た物足りない感覚が、どこかしらある。
(いた方が、もっとにぎやかで楽しいかもしれない。あいつほど話があう友達
なんて、女子でも他にいない)
相羽の顔を思い浮かべている自分に気付き、純子は首を振った。
(まただわ。郁江や久仁香の病気が伝染したかな。あはは)
そのとき、不意に椎名が叫んだ。
「いっけない、忘れてた!」
「どうかした?」
歩みを遅くして尋ねる純子に、大きく頭を下げる椎名。
「お礼を言うのを忘れていました。ありがとうございます、涼原さん。これ、
大事にしますね」
笑顔で言って、指輪をこちらに向ける後輩に、純子は小さく肩をすくめた。
――つづく