AWC そばにいるだけで 26−14   寺嶋公香


        
#4569/5495 長編
★タイトル (AZA     )  98/ 7/31  10:13  (200)
そばにいるだけで 26−14   寺嶋公香
★内容

 相羽は畳の上に正座。
 純子は前に足を伸ばした姿勢で座っていた。
 “事情聴取”は、林間学校の閉校式を前に、ペンションの一室で行われた。
「最初に、さっきの騒ぎを確かめておくけれど」
 報告のための記録だろうか、メモを手にした小菅先生が口火を切る。
「相羽君が……覗いたんじゃないのね」
「はい」
 こくりとうなずく相羽。それ以外、何も言わない。
 浴室で純子が叫び声を上げ、小菅先生や富井達が駆けつけたときも、相羽は
何も言わず、純子の説明に任せていた(もっとも、純子はタオルを巻き付ける
のが精一杯という状態。相羽は浴室から出るに出られなかったせいもあるが)。
「涼原さん、あなたが間違って入ってしまった。そうなのね?」
「は、はい。ぼんやりしてて、気が付かなかったんです、中にいるなんて」
 純子は合わせる顔がなくて、下を向いてばかりいた。意味もなく、い草の編
み込みを数えてしまう。
「何も問題はなかったとしていいわけね? あとになって違うことを言い出さ
れても困るから、今、はっきりさせておくのよ」
 念押ししてくる先生に、純子は顔を上げ、しっかり首肯した。混乱のまだ収
まっていない気持ちを押し込め、堅苦しい口調で答える。
「何もありません。私がお風呂場を女子専用と勘違いしていただけです」
 この返答に先生もようやく安心できたらしく、はた目にも分かるほど大きく
息をつく。メモ用紙の上の方に、大きく丸を書き込むのが分かった。
「それでは次……。オリエンテーリングのときに迷ったいきさつを聞かせてち
ょうだい」
 これには相羽が説明役を買って出た。
 落とした時計を探すため立ち止まったこと、純子がそれに付き合ってくれた
こと、そのおかげで他の四人とはぐれたこと、そしてみんなに追い付こうと急
ぐ内に分岐点を間違えたらしいことを伝える。
 問題のY字路の位置確認を地図上でした後、先生は重ねて聞いてきた。
「怪我を負った状況はどうなのかしら」
「それは」
 言葉を切って、純子の方を見やってくる相羽。
 純子は逡巡し、自分で言おうと決めた。
「迷ってから、道を引き返してたんです。その途中でいきなり、蜂が出て来て、
私、びっくりして走り出してしまって……それで足を滑らせました」
 客観的に見ても、かなり慌て者だなと反省する。
(でも、迷子になって、心細かったせいもあるのよ。うん)
 心の内で自己弁護しておく。
「災難だったのねえ。それからは?」
「えっと、しばらく気を失ってたみたい……」
 純子は相羽に視線を送った。先生も同様にして、尋ねる。
「相羽君、そうなの? それはどのぐらいの時間?」
「はい。ただ、じゅ−−涼原さんがなかなか気が付かないので、時計を見る余
裕なんてなくて……多分、三十分ぐらいだったかな」
「三十分」
 先生の表情に少し不安げな色が差す。
「涼原さん、あなた、頭が痛いなんてことはないわね?」
「え? はい。今は何ともないです」
 片手を側頭部に当て、首を傾げる純子。
 小菅先生は安堵して、何やら書き込んでいく。
「そのあと、崖を登ろうとして−−」
 残りはほとんど相羽が話した。
 全ての状況に説明が着き、小菅先生も納得の笑みを見せる。
「よろしい、よく分かったわ。標識の件は、学校側からキャンプ側へ確認を取
るとして……二人とも、気を付けるのよ」
 さすがに険しい顔つきになる。純子と相羽は肩を縮こまらせた。
「あなた達はクラス委員なんだし、もっと自覚を持って、慎重に行動してくれ
ないといけないわね」
「はい……ごめんなさい」
「オリエンテーリングにしても、早い遅い、勝ち負けよりも仲間との協力が大
事なの。だから、はぐれるようなことは避けて、みんな一緒にいるべきだった
と思うのだけれど、どうかしら」
「そうだと……思います。すぐ見つけて追いつけるだろうって、気軽に考えて
いました」
 相羽の回答に、小菅先生は満足した風に微笑んだ。
「分かってくれたらいいのよ。いい勉強をしたと思って、これからに活かして。
次は失敗しないように」
 そこまで言うと、急に涙目になる先生。
「本当に……見つかってよかったわ」
 相羽、純子の順で抱き寄せ、頭を撫でる。
「あなた達が迷子になっている間、悪いことばかり考えてしまって、心配で心
配で……十組は他に白沼さんもあんな風になっていて、どうしたらいいのかお
ろおろしてしまって……。二人とも、あまり無茶はしないで」
 先生と名の付く人が泣くのなんて、初めて見た。
 純子達は改めて迷惑を掛けたことを痛感して、申し訳なくなる。
「先生、ご、ごめんなさい」
 消え入りそうな声で言う純子と相羽に、先生は首を横に振った。
「もういいのよ。先生がこんなことじゃいけないんだわ。大変だったわね、涼
原さんも相羽君も。よく頑張ったわ」
 何故かしら、自分達も泣きそうになった。

 雨上がりの午後に行われた閉校式に、純子は広場脇のベンチに座って参加し
た。一人だけ取り残されたような、それでいて目立ってしまう。ともかく、居
心地のいいものではない。
 おまけに、教頭先生の締め括りの挨拶中、「多少の問題は起こったが」云々
という話があって耳に痛かった。椅子の上、身がすくむ思い。
 白沼は皮肉なことに、今日の昼になって全快したと聞いた。現在は澄まし顔
をして列に加わっている。
 そんな式も滞りなく終わり、バスへの移動が始まる。
 もちろん、純子は一人で歩くのはつらい。同じ班のみんなに支えてもらった
り、荷物を持ってもらったりと、助けられてばかりだ。
 時間を要したがどうにか乗り込み、最前列、行きと同じ席に収まった。
 身体的にも気持ち的にもたっぷり疲れたせいだろう、バスが発進して数分後
には純子は眠りに落ちた。皆のお喋りは子守歌、車体の振動さえ優しい揺りか
ごにして。
(……ハンカチ、返さなくちゃ。きれいに洗って……)
 まどろみの中、脳裏をよぎったのはこんなこと。

           *           *

 ふと気が付くと、バスの中は静かになっていた。生徒の大部分は眠っている
ようだった。みんな、今になって疲れが出ているらしい。
 相羽の席から横を見ると、先生までうつらうつらしているのが分かった。
 当の相羽は、疲れているはずなのに、目が冴えている。そんな自覚があった。
 もう一度横を向き、純子の寝顔を見やる。かわいいと改めて思う反面、
(あの場面が頭の中をちらつく……)
 腕組みをし、つい、うーんと唸ってしまう。
 ぬるいシャワーのカーテン越しに見えた、純子の一糸まとわぬ姿。
 これが、眠るに眠れない大きな原因。
(鮮明に思い描けるのが何だか情けない……よな)
 落ち込む一方、赤面するのを止められない。
 相羽は手の平で顔を拭った。
(あれでまた嫌われるなんてこと、ならなければいいんだけど。あーあ、修行
が足りない、か。もっと、練習に打ち込んだ方がいいかもしれない)
 自然に純子へ視線が向く。
 この瞬間を切り取っておきたい、写真に撮りたい衝動に駆られるが、そうい
うことを黙ってできない性分なのは自分自身、よく分かっている。
(でも、寝顔を撮っていい?って聞くのは、もっと変だな)
 その場面を想像し、苦笑する。
 もちろん、想像の中と言っても純子からオーケーをもらえるわけもなく、あ
っさり断られる。
(……撮れなくてもいいや。今、見てるだけでいい)
 吹っ切って、相羽は肘掛けに左肘を突くと、想い人の安らかな表情を見守っ
た。真正面から見続ける勇気はないので、ちらちらと。
(そうだ。純子ちゃん、どうやって家まで帰るんだろ?)

           *           *

 単調だった揺れに、新たな振動が加わった。
「起きなさい、涼原さん。もうすぐ着くわよ」
 深い場所から一気に引き上げられたみたいに、すっきりと目が覚めた。
 小菅先生の手が、純子の左肩から離れる。
 純子は目尻を指先で拭いつつ、尋ねた。
「ふわ……ずっと寝てたんですが、私?」
「そうみたいよ。無理ないわね、大変な目に遭ったんだから。でも、気持ちよ
さそうに眠っていたから、楽しい夢でも見ていたのかしら?」
「そうでした? 全然、覚えてない……見てなかったと思うんですけど」
 起きると、足の痛みを思い出した。学校に着き、また一苦労して降車。
 夕暮れ時のグラウンドで簡単な集会を済ませて、解散となる。
 問題はこのあとだ。純子の帰宅手段を考えなくてはいけなかった。国旗掲揚
塔の真下で先生と相談する。
「先生に車があれば、送ってあげられるんだけれど……」
 小菅先生はあいにく、車を持っていない。加えて、家事に忙しい身でもある。
 他の先生達にしても、このあと慰労会を兼ねて一杯飲みに行く腹づもりだっ
たようで、自家用車で来ている者はいない様子だ。
「タクシーを呼ぶしかないわね。先生が行って、涼原さんのご家族に事情をお
話ししないといけないだろうし」
「先生、そんな大げさにしなくてもいいですよー。自分がどじだっただけなん
ですから。先生もこのあと、用事があってお忙しいんでしょう?」
「だって、どうやって帰るの?」
「えっと、父の帰宅を待って、電話して、迎えに来てもらおうかなって」
「それじゃあ、時間が掛かるじゃないの」
 まだ電話していないから絶対確実とは言えないが、この時間帯、父は帰宅し
ていないはず。
「いいんです」
 純子が固く拒んでいるのは、理由あってのこと。
(先生が来ると、お母さんに余計な心配かけるし、あとでお小言もらいそう。
平気なふりして帰って、ちょっと怪我しちゃったってことにしたいよ)
 こうして頭を捻っている間にも、生徒は次々と下校していく。
(郁江達、待ってるかな。先に帰っていいよって言っとけばよかった)
 一緒に帰るのが習いとなっているので、気になる。
「先生、二人乗りしていい?」
 相羽の声と土を踏みしめる音がした。振り返ると、自転車を手で押しながら
近付いてくる姿が。前篭は空、リュックは背負ったままである。
「何で自転車で来てるのよ」
 昨朝のことを思い出しつつ、割って入った純子は疑問を直にぶつけた。国旗
掲揚塔の柵にもたれかかる姿勢は、いささかバランスが悪くて、口調に勢いは
まるでないが。
「自転車通学じゃないでしょ」
「特別な理由はないけれど、昨日は自転車で来てもいいってことだったから」
 答えて、相羽は先生に向き直る。
「二人乗りの許可がもらえるんでしたら、僕が送ります」
 一方的に宣言する相羽の横で、純子は暫時、言葉をなくす。
「――な、何、勝手なこと言ってるのよ!」
「車がだめだとしたら、これしかないんじゃないか? まさかまたおんぶって
わけにいかないだろ。クラスで他に自転車で来ている奴、いないみたいだしさ。
ああ、それともおばさんに迎えに来てもらえるの?」
「それは……もうちょっとして、お父さんが帰って来てから」
「じゃあ。こうなったら最後まで面倒見る」
 あくまで本気らしい相羽に、純子は気を取り直して反駁を試みる。
「あのね、あんたのせいでこうなったんじゃないんだし、いいわよ、そこまで
してくれなくても」
「いいから乗りなよ」
 相羽は意に介した様子もなく、荷台の上を払った。
「……二人乗りは危ないわ」
 相羽の自転車を指差しながら、純子はいい点を突いたと自己満足の笑み。
 そしてそれ以上に−−
(クラスメートに見られたら、何言われるか分かったもんじゃない)
 そんな気持ちが強くある。
「大丈夫、安全運転で、ゆーっくり行くから」
 相羽は言うと、先ほどの質問への回答を求めるように、先生に顔を向ける。
 小菅先生は先生で、困った風に手を頬に当てる。「黙ったまま、行ってくれ
たらよかったのに」という気持ちがほのかに見え隠れ。立場上、二人乗りして
いいかと問われれば、だめと言うほかない。
「後ろに涼原さんを乗せて、手で押して行くのならいいわ」
「――はい。分かりました。ありがとうございまっす」
 歯を覗かせて笑い、頭を下げる相羽。

−−つづく




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