AWC そばにいるだけで 26−13   寺嶋公香


        
#4568/5495 長編
★タイトル (AZA     )  98/ 7/31  10: 7  (200)
そばにいるだけで 26−13   寺嶋公香
★内容
 気が付くと、相羽が腕に掛かった純子の髪をすくい、後ろに回してくれてい
た。目線が合って、相羽が戸惑ったように答える。
「あ。あの、汚れるといけないから。腕の怪我とか泥で……」
「うん。いいの。汚れたっていい」
(私を運ぶために負った怪我だもん)
 また目を閉じる。
 雷が何度となく鳴ったが、相羽がいてくれるおかげだろうか、さほど恐怖心
は起こらない。
「何かで気を紛らわした方がいい?」
 相羽の提案に、純子は顔を起こし、しばらく経ってからうなずいた。
「それじゃ……昨日のあれの正解を教えるよ」
「あれって?」
 顔を起こし、相羽を見返す純子。
「三並べの必勝パターンの一つ」
「あぁ」
「とっくの昔に解いてしまったって言うのなら、他のを考えるけど」
「ううん、まだ」
「じゃ、覚えてる? こんな配置だったよね」
 と、洞窟内の地面に、木切れを使って線を引く相羽。

            ・−−−−−・
            |X|Y|X|
            |−+−+−|
            | |X|Y|
            |−+−+−|
            | |Y| |
            ・−−−−−・

「思い出した。次にYがどう行くか、だったわね。バスの中であれこれ考えて
みたの。でも、パターンが多くてこんがらがって」
「難しく考えなくていいんだ。ほんの少し、発想を換えて、敵の動きを封じる
ことを狙えばいい」
 きっぱり言うと、相羽は次のような図を手際よく描いた。

            ・−−−−−・
            |X|Y|X|
            |−+−+−|
            |Y|X|Y|
            |−+−+−|
            | | | |
            ・−−−−−・

「これでYの勝ちさ」
「……どうして?」
「考えて。次、Xがどう動くか」
 相羽が試すような口ぶりで言ったので、純子にも挑戦心が生まれた。元気が
出てきた。
 ただし、純子が思考する余地はなかった。何故なら、Xが行ける手順は一つ
しかないのだから。
「あっ。Xはこの真ん中にある石しか動かせないわ。つまり……その空いた升
目に上からYが入れば、一列完成ってわけね!」

(参照図)
        ・−−−−−・     ・−−−−−・
        |X|Y|X|     |X| |X|
        |−+−+−|     |−+−+−|
        |Y| |Y|  →  |Y|Y|Y|
        |−+−+−|     |−+−+−|
        | |X| |     | |X| |
        ・−−−−−・     ・−−−−−・

「その通り。理解が早くて助かる、うん」
 おどけて言う相羽に、純子も思わず笑顔になる。
「この形に持っていければ必勝なんだけど、問題はこの形にこぎ着けるのが大
変だってことかな」
「あはははっ、頼りない必勝法ねぇ」
 このあとも相羽は色々な話をしてくれた。パズルや手品のこと、西洋の民話、
ここへ来てから見つけた昆虫。星の話について、相羽が随分詳しくなっている
様子なのには、感心させられた。
「−−小降りになってる」
 相羽のつぶやきに、純子も外を見た。雷は収まり、雨は勢いをなくしつつあ
った。道の状態はよくないが、出歩けなくはない。
「出発してまた大雨になったら、こんなにうまく雨宿りできないかもしれない
な。それでもいい?」
「ええ。行きましょ」
 もうしばらく待つと、雨もほとんど上がった。
 背負ってもらうのも三度目になると、ちょっと慣れてくる。そう、運動会の
ゲームとでも思うことにすれば。
「ごめんね、ほんとに……。いてくれて感謝してる。さっきなんて、私、一人
だったら」
「困ったときはお互い様、でしょ。それより今は忙しくて……転ばないように
しなくちゃ」
 足元に神経を集中する相羽の真剣な表情に、純子は口をつぐむ。転ばれたら
大変な目に遭ってしまう。
 幸い、相羽の足取りは確かなものだった。
「寒くはない?」
「大したことないわ。これぐらいは我慢、我慢」
 そして、洞穴から五百メートルほど歩いた頃だった。
「涼原ーっ! 相羽ーっ!」
 青っぽいレインコートを着た大人――誰だか判然としないが、先生に違いな
い−−が数名、大声を張り上げながら近くを過ぎ行くのが見えた。お互いのい
る道は並行していて別れているが、距離的には目と鼻の先。
「やった」
 純子達二人は小さく叫び、次に声を振り絞る。
「こっちこっち! ここにいますーっ!」
 数分後。
「見つかってよかった」
 現れたのは、牟田先生と体育の平岩(ひらいわ)先生、それに担任の小菅先
生の三人だった。
「すみません、その、心配をおかけして」
 先生達の顔を見て、純子は相羽の背中に乗ったまま、いの一番にそう言った。
 が、相羽は何より先に、「お願いします」と、純子を先生に預けようとする。
「そんな話、後回しでいい」
 牟田先生が純子の言葉を受けて、強く言った。
 体格のよい平岩先生が、相羽から純子をしっかり受け取った。とにかくキャ
ンプ場に戻ろうと、歩き出す。
「涼原さん、大丈夫? 歩けないほど、どこかひどい怪我をしたの?」
 小菅先生のおろおろした不安顔があった。
 純子の視界がぼんやり、フォギー状態になっているのは、雨粒が目に入った
か、安堵感からか。
「捻挫と足の皮がめくれて……」
「まぁ−−痛む? 保健の先生は待機されてるのよ。離れるわけにいかなくて」
「で、でも、相羽君が助けてくれたから、大丈夫です」
 先生達の目が相羽に向けられる。
「相羽君、あなたは? 腕の傷はどうなの?」
「血は止まったから、何ともないです。ただ、お腹が空いちゃって」
 照れたように笑った。
「帰ったら、飯があるからな。それよりも先に、風呂を使わせてもらえるよう
に頼んでおいたから、入って暖まれ」
「あの、唐沢達−−僕らの班の他の人達は?」
「ああ、ちゃんと戻って来てるぞ。そいつらが知らせてくれたんだ、あとで感
謝しとけ」
「はいっ」
 妙に威勢よく返事した相羽だった。

 キャンプ場に着くなり、純子は保健の先生に診てもらった。
「ほっぺたはかすり傷ね。手の怪我も痕は残らないから問題なし」
 簡単なところから手当てが進む。
 体操服をめくって、脇に手を添えた。
「脇腹のこれは……中が痛くはない? 骨に影響があったら、ずきんずきんぐ
らいじゃすまない痛みがあるものなんだけど」
「ありません」
「そう。なら、これも大丈夫と。さて、足は」
 少し考える様子の先生。眼鏡を押し上げた。
 純子の足を載せた丸椅子の横にはもう一つ椅子があって、その上では結び合
わされた二枚の布切れが小さな円錐を形作っている。足首を固定しようと、純
子と相羽のハンカチをつないだ物だ。
「まず捻挫に間違いないでしょう。ただ、湿布をするわけだけど、このあとお
風呂でしょ?」
「はい」
「だったら、入浴後がいいんじゃないかしら。もちろん、辛抱できないぐらい
痛いなら、やめるべきよ」
「いえ、それほどではないです」
 疲労感を覚え、純子の返答は極力短いものになる。やはり身体が冷えていた
のか、早くシャワーを浴びたいと切に願った。
「そういうことなら、あとにしましょう。左足の怪我は、絆創膏を貼っておく
わね。上がったらまた貼り直しますから」
「ありがとうございました」
 手当てが終わると、今度は遠野と富井の助けを借りて、浴室までえっちらお
っちら行く。同じ班の女子ということで、手伝ってくれたのだ。左足の傷も、
絆創膏を貼ってもらっただけで、痛みが随分と違い、比較的歩きやすい。心理
的な作用もあるのかもしれない。
「ほんとにほんとに、本当に、心配したんだからあ」
 怒ったような富井の口ぶりも、今の純子には嬉しかった。
「みんな、ごめんね。私がどじだったばっかりに、オリエンテーリングも失格
になって」
「そんなこと、もう、どうでもいい」
 遠野まで、声を大きくして注意してくれる。
「怪我はしたけど、一応、無事に帰ってきたんだから……よかった」
 何だか湿っぽくなりつつある。
 タイミングよく浴室前に到達し、純子はことさら明るく言った。
「ありがとう。ここからは一人でやるから」
「一緒に入らなくていい?」
「そこまでしなくたって、私は大丈夫。唐沢君や勝馬君にも、とりあえず先に、
ごめんなさいって。ううん、全員に謝らなくちゃいけないんだけど」
「あぁ、そういうのはいいから、早く入りなよ、純ちゃん!」
 富井の声に押される風にして、純子は脱衣所に入った。
 ようやく人心地つけて、気が抜けたようにぼーっとする。大きな安堵感で身
体中が満たされた。
 右足の具合のせいで、服を脱ぐのに手間取った。片足立ちが難しいため、壁
に手を突きながらの作業になる。
(早くあったまろうっと)
 二分近くかけてようやく脱ぎ終わり、純子は気分的に焦っていた。
 だから、浴室内から音が聞こえてこようが、あるいは脱衣篭がもう一つ、使
用されていようが、別段留意しなかったのも至極当然。「ああ、誰かいるのか
な」程度の認識はあったかもしれないが。
 扉に手を掛け、横に引く。
 湯気の向こうに、シャワーを浴びている人の姿を見つけた。誰だか分かるの
に数秒を要する。
「……相羽君」
 小さく小さくつぶやいた。
(そうよね、相羽君も当然、シャワーを浴びてるのね……)
 そこまで頭で考えた直後、回路がつながる。事態を把握し、意識のスクリー
ンと実際の視界とがぴったり重なった。
 タイルをバックに、相羽が濡れた髪をかき上げながら、出入り口へと振り返
る映像が展開され−−。
「きゃあっ! いやぁ!」
 ドアを力一杯閉め、その場を離れようとしたが、足の動きがおぼつかない。
ぺたりと座り込む格好になってしまった。
「じゅ、純子ちゃん?」
 遠慮と戸惑いが入り交じった響きで、相羽の声が聞こえた。戸口の曇りガラ
スに影が映る。
「だめ! 開けないで! 開けたら絶交だから!」
 叫ぶように忠告しながら、服を着直すのが精一杯だった。
(見られた?)
 全身が沸騰するような、気恥ずかしさの塊が体内を行き交っている。
 もう一つ、塊はある。
(見ちゃった……)

−−つづく




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