#4562/5495 長編
★タイトル (AZA ) 98/ 7/31 9:59 (200)
そばにいるだけで 26−7 寺嶋公香
★内容
「見れば分かるだろ、この健康体。それに比べて、さすがお嬢さん育ち。デリ
ケートにできてるみたいだなっと」
「そんな言い方ってないと思うわ。心配じゃないの」
「心配してるさ。軽いジョークだよ」
純子のきつい口調に、慌てて付け足す唐沢。
(もうっ。人の不幸を笑いにしないでよ)
相羽が話を戻しにかかる。
「今は保健の先生が看ている。お腹を壊して熱があるって。他の病状は出てい
ないそうだから、きっと大丈夫だと思う。治ったら肝試しも出るって言ってる
ぐらいだしね。それで、順番のことなんだけど、僕らと涼原さん達が入れ代わ
りになりそうなんだ」
「……ああ。白沼さんが治るのをできるだけ待つのね」
「うん。一人で肝試しは御免だから。ははは」
さすがにうつろな笑いの相羽。一人では「ただの肝試し」になってしまう。
白沼のことをどう思っているかに関係なく、ここは絶対二人がいい。
ともかく、純子と唐沢は列の先頭に移動した。
最後尾にいたから目立たなかったのだろう。前に行くにつれ、唐沢への声援
だか歓声だかが増える。それも百パーセント女子からのものだ。
「人気あるよね。恨まれちゃいそう」
手を振って応えている唐沢の横で、純子は肩をすくめた。居心地悪い。
「そんな心配はご無用。みーんなとバランスよく付き合ってるから」
「ああのねっ。私は入ってないんですからね」
「そりゃまそうだけど」
ちょっと不満そうに、口を尖らせる唐沢。十組の先頭に着いて立ち止まった。
小菅先生が時計を見ている。
「一度、デート−−」
続けようとした唐沢の台詞を遮るように、「はい。スタートして」という先
生の合図が入った。
肝試しの仕掛けは、中学生相手にしては幼稚だったと言えるかもしれない。
さすがに、茂みの中から細い水を掛けられたときは、純子も悲鳴を上げたも
のの、あとは大したことなし。懐中電灯や蛍光塗料を使った視覚効果、あるい
はおどろおどろしい音を流すなど、先生(多分、間違いないだろう)達も努力
していたのは認めるが、せいぜい瞬間的びくりとする程度で、逃げ出すほどで
はもちろんなかった。
ゴールはお寺の入り口だった。門の脇に置いてあるノートに名前を書いて、
ゲーム終了。
「恐いと言うより、面白かったよね」
テントに戻る道すがら、純子は笑みを交えて唐沢に話しかける。
「水にはびっくりしたけれど。あれ、水鉄砲を使ったんだわ」
「濡れ方はひどくないか?」
唐沢が見下ろしてくる。純子は首を右に傾け、「平気」と答えた。
「もうほとんど乾いたわ」
「それならいいか。先生も暇だよな。コース沿いに、何人隠れていたのやら」
「私、思うんだけれど、先生達は脅かすよりも見張るのが重要なのよ」
「見張るぅ?」
唐沢が頓狂な声を上げたので、純子はくすっと笑った。
「そう。こうやって男女ペアで送り出して、途中でコースを逸れる生徒が出た
ら困るから」
「ははあ。俺はまた、男女で肝試しなんて粋な計らいしてくれるから、てっき
り、信用されてるんだと」
空を仰ぎ見ながら唐沢。本気か冗談かは判別できない。
「そんなこと言って唐沢君、もしもうまく本命の人とペアになれたら、エスケ
ープするつもりだったんじゃないの? うふふ」
「本命、ね」
独り言にも似たおうむ返し。唐沢は軽く二度うなずいた。それから前髪をか
き上げると、純子の左手を優しく取る。
「唐沢君?」
「涼原さん……」
間を取った後、唐沢は空いている方の手を斜め前に突き出した。
「テントまで送るよ。短い距離だが」
「は、はい……ありがとう」
どことなくいつもと違う空気に、首を傾げる純子だった。
テントへと送り届けてもらった純子だが、そのまま独り静かに待つ状況には
ない。
(芙美か久仁香のところに行こうかしら)
ばらばらにしていた髪をまとめつつ、そう考えていた矢先、テントの幕をノ
ック――おかしな表現かもしれない――する音が。
「はあい。誰?」
答えて、顔を覗かせるよりも早く、「僕」という相羽の声が返ってくる。
「何なの」
首から上だけをテントから出すと、相羽のびっくり顔と出くわした。
「ん?」
何も言わない相羽に、先を促そうとする。
「一瞬、テントを間違えたかと思った。髪型が変わったから」
「あ、これ? 髪が乾いたからゴムで留めたの。それで何よ?」
焦れったくなって、純子は外へ這い出た。靴をつま先へ突っかけるようにし
て立つ。
「白沼さんの具合がよくならないから、先生にどうしましょうかって聞いたん
だ。そうしたら、『最初に終わった涼原さんに聞いてみて、いいって言ったら
二人で行きなさい』ということに……」
「本当に?」
「うん。だめだったら、僕と小菅先生で行くという話も出てるよ」
苦笑を浮かべて説明する相羽。
純子は楽しくなってしまった。
「あは。先生と行くのも面白いんじゃない?」
「ひょっとしたら面白いかもしれない。でも、お化けよりも先生の方が恐かっ
たりして」
冗談混じりに相羽も応じた。それがまた純子の笑みを誘う。
「あははっ。ようし、いいわ。ペアになってあげる」
と答えてから、やや気になることを思い浮かべた純子。
「待って。あ、あの。他の子じゃだめ?」
「え?」
「郁江とか……遠野さんとか」
「確か富井さんと遠野さんは、クラスでもあとの方だったから、時間的に忙し
ないんじゃない?」
純子も記憶を手繰ってみて、相羽の言う通りだと思い出した。
(郁江だったら、立て続けのスタートになったって、あなたとペアになれるな
ら喜んで引き受けると思うんだけどな)
そこまで考えたが、これ以上、富井や遠野を推薦するのはかえってあの二人
に悪いかもしれない。多分、二人とも正式な告白はしていないはずなのだから。
また、他のクラスの井口の存在も無視できないし。
「分かったわ。私でよければ」
「−−お願いします」
脚本めいた台詞の応酬に二人は微笑み、そしてスタート地点へ向かう。
* *
悔しい!
お腹の周りにタオルケットを巻き付け、抱きしめるようにして体育座りをし
ている白沼は、しかし感情を声に出すことはできなかった。
口を開くと、腹痛がこらえきれなくなる。
力を入れているから、脂汗がひっきりなしに出て来る。暑くて毛布は邪魔な
ぐらいなのだが、お腹を冷やすと悪化しそうで手放せない。
「困ったわ、白沼さん。なかなか収まらないわね」
保健の先生が絞った手ぬぐいで額を拭いてくれる。ここは保健行為用にあて
がわれた、キャンプ場内にあるペンションの一室だ。
白沼の方は礼を言おうにも、「うぅ」と短いうめき声ぐらいしか出せない。
(誰よ。使い切ったからって、ミネラルウォーターの瓶に生水入れておくなん
て。信じられないわ)
頭の中で、恨み言が繰り返される。白沼とて、身体に合うかどうか分からな
い生水をがぶがぶ飲むようなばかな真似はしない。勘違いしただけだ。付け加
えると、暑さに強い方でないし、肌が焼けるのばかり気にしていたし……。
ただ、代償は大きかった。
(何のために相羽君とペアになったんだか!)
先ほど−−と言っても何分前なのか感覚があやふやだが、とにかく、相羽が
最後の組としてスタートを切ったと聞いた。力が抜けた白沼は、またトイレに
かけ込む羽目になった。
そして今頃になって、トイレに行く頻度は激減した。腹痛は残っているが、
あとほんの少しでもましになっていたら、這ってでも肝試しに行ったかもしれ
ない。
(弱々しいところをアピールすれば、効き目あったかもしれないわね)
過ぎ去ったことを夢想する白沼。気がいくらかでも紛れた。
が、改めて考えると、眉間にしわが寄った。
(お腹を壊しているっていうのは、全然ロマンチックじゃないわね。風邪ぐら
いが適当でいいのに)
黙り込んで下を見つめていると、部屋の戸がこんこんと穏やかに鳴った。
「はい? どなた?」
先生が応答する。大声ではないのだろうが、今の白沼にとっては耳障りに聞
こえてしまう。人の話し声だけでなく、何もかもが。
だが、ドアの向こうからくぐもった風に聞こえてきた返事は、白沼の気分を
よくさせた。
「白沼さんの具合はどうでしょうか?」
「ああ、十組の委員長さんね」
ドアを開けながら保健の先生が言うのへ、相羽は首を振って「副委員長です」
と答えた。
(相羽君! よかったぁ、様子見に来るなんて、気にしてくれてたんだわ。や
っぱり、優しい)
内心では小躍りする白沼だが、身体が言うことを聞かない。口元にどうにか
笑みを浮かべるにとどまる。
「そうそう、そうだったわ。保健委員さんは?」
先生が悠揚たる口調で言った。
「それが……白沼さんが保健委員なんです」
「だったら仕方ないか」
苦笑いをしてから、白沼の方を見やる先生。
それを回り込むようにして、相羽が近寄ってきた。
「白沼さん。具合はどう? 顔色は少しだけよくなったみたいだけれど」
「え。ええ」
演じているのではなく、本当に苦しげな声で答える白沼。実際のところ、相
羽の姿を間近で見て、気分は回復したように思う。
「何か……邪魔になりそう。早く休んだ方がいいんじゃあ」
白沼の声に尋常でないものを感じたか、相羽は視線を彼女と先生との間で往
復させた。
先生が口を開くよりも先に、白沼が答える。
「いい。邪魔じゃなくってよ。いて」
「いて?」
怪訝そうに眉を寄せる相羽。白沼の喋りのアクセントは、通常に比べたらち
ょっと変だ。微妙にずれている。
普段なら、笑みの一つも返しながら早口で言い直したかもしれないが、現状
ではそうも行かない。深呼吸をして、ゆっくりと話す。
「ここにいて……しばらくでいいから」
「もちろん、かまわないよ。でも、無理だけはするな。折角の旅行が台無しに
なるから」
うなずき、近くにしゃがむ相羽。白沼は、相手の息づかいを感じられたよう
な気がした。彼の体操服の肩口辺りが濡れているのに気が付いたが、そんなこ
とよりもこの雰囲気を利用しない手はない。
「ううん」
自分でも信じられないぐらい、か細い声が出た。決して演技ではない。
「もうとっくに台無しになっている。でも、これでいい思い出ができたわ。せ
めてもの救いよ」
そこまで言って、相羽の手に縋り付く。
瞬間、相羽の腕の筋肉が緊張するのが分かった。戸惑った様子を見せた彼だ
が、やがて白沼の手を両手でそっと包み返してきた。
(やった! ようやく一歩前進よ!)
精神的には一足飛びに絶好調になった。
熱っぽい気がしないでもないが、これは病気のせいなんかじゃなく、相羽が
すぐ近くにいるためかもしれない。
「落ち着いた?」
「ええ……いえ、まだ」
優しげな問い掛けに心地よくなって、肯定の返事を、つい。はっと気が付き、
急いで訂正する。
「もう少しだけ。こうしてると安心できるの」
見上げると、相羽が再び黙ってうなずくのが分かった。
白沼は額を相手の胸に押し当てた。思い切り、甘えよう。
「長居は困るよ」
保健の先生が静かに言った。無情な調子に、気分が壊れる。
(うるさいわね!)
白沼にいつもの元気があれば、怒鳴り返していたかも。
−−つづく