#4556/5495 長編
★タイトル (AZA ) 98/ 7/31 9:50 (200)
そばにいるだけで 26−1 寺嶋公香
★内容
(自分は誰が好きなんだろう?)
清水から予想外の告白−−純子にとったら誰から告白されても「予想外」で
ある――をされた日から数日間、純子の頭の中は、もやもやと霞がかかった状
態になっていた。
いつもの四人で町田の家に集まったときも、それは変わらない。
「ねえ、郁江」
「んあ?」
隣でチョコレートコーティングされた菓子パンをちぎっては食べ、ちぎって
は食べしていた富井の返事は、不明瞭な声音だった。カフェオレで流し込んで、
ようやく聞き取れる言葉を発する。
「なぁに、純ちゃん」
「今の私達ぐらいの年齢になると全員、誰それが好きとか恋とか言い出すもの
なのかなあ」
「おやっ、めーずらしい」
この反応は富井ではなく、井口からのもの。
「純子からそんな話を持ち出すなんて、どういう風の吹き回し?」
「と、特にきっかけなんてなくて、ただ何となく。でも、近頃、少し不安にな
ってきたかな」
「不安?」
「私って遅れてるのかしらって」
「自分で分かっただけ、偉いじゃん」
ポテトチップの欠片を飲み込むと、さばけた口調で町田がにやりと笑う、が。
「そうかぁ、やっぱり遅れてるのね」
「おいおい」
純子のストレートに過ぎる反応に、町田のみならず、三人はちょっと慌てた
様子で顔を見合わせた。
「ま、何て言うかな」
空白が生まれぬように、間を保とうとするかのように、町田は舌で唇をひと
なめして続ける。
「恋だの愛だのを口にしても、おかしくはない年齢にやっと達したって感じで
すか。世間の目ってやつから見ての話だけれど。だからって、無理矢理合わせ
る必要はないとも思うが」
「その割には、郁江も久仁香も芙美も、みんな揃いも揃って……」
純子の抗議めいた疑義に、井口が反応する。
「待ってよ。純子はどうなのよ。相手を見付けようって気持ち、あるわけ?」
「うん……どうなのか、自分のことなのによく分かんないんだけれど。同じよ
うにしてみたら、みんなの気持ちも理解できるかな、なんて」
純子は足を引き寄せ、両膝を抱いた。そこへ横に向けた頭を持たせかける。
「なるほどね。やってみる価値はあるかも」
「でも、芙美。それは相手あっての話で」
町田と井口が議論を戦わせようとする隣で、富井は純子に尋ねてきた。
「琥珀の王子様を探すの?」
「あのねえ……そういうのじゃなくって、もっと身近な、目に見える範囲の話
です」
「じゃあ、誰か気になる男子を見つけたんだね?」
膝立ちし、両手を組み合わせてお祈りするときのような格好をする富井。も
っとも、両目はぱっちり開いている。
純子は顔を起こしてから、首を水平方向にゆっくり振った。
「そういうのでもないみたい。ほんと、分かんない」
「何にしても、目覚めたのはめでたい兆しよ」
町田は、音を立てずに拍手の形だけをする。
「相手を誰々君にするかはこれからゆっくりじっくり決めればいいことで、大
事なのは、そういう意識を持って異性を見る、これだわね」
「ちょ、ちょっと。そこまで一気に行くつもりはなくて……」
「何言ってんの。踏み出したら前進あるのみ。それともまさか」
「え?」
町田に真っ直ぐ見据えられて、純子は背筋を伸ばした。
「あの後輩の女の子とどうにかなろうっていう気?」
「違ーう! 何にもなんないっ」
息を乱して力一杯否定すると、かえって笑われてしまった。
「冗談だってのに。ほんと、こういうことになると本気で受け取るんだから」
「こっちは真面目に相談してるのにー」
「結論をずばっと言っちゃうと、すぐ終わるから面白くない。だいたいさあ、
純がその気になったら、四、五人ぐらい楽に掴まえられるって」
「そ、そうかな……じゃなくて!」
一瞬、照れて背筋を伸ばした純子だが、即座に平常心に戻る。
「みんな、どれだけ真剣なの? 四、五人だなんて、私には想像できない」
「純子が言う真剣て?」
「それは……」
井口からの質問に即答できず、語尾を濁す。隙を衝くように、富井が何故か
顔を赤らめながら言った。
「純ちゃん、生真面目だから、もしかして結婚まで考えるとかあ?」
「結婚……そうなったらいいじゃない」
純子は真顔で返事した。たちまち、町田、井口、富井から反論を食らう。
「理想としては純の言う通りかもしれないわよ。だけど、はなからそこまで思
い詰めてやろうとしたら疲れるし、なかなか進まないんじゃない?」
「そうそう。相手だって嫌がるよ、きっと」
「難しく考えずにさあ、純ちゃん。楽しかったらとりあえずいいじゃない?
折角青春真っ直中にいるんだしぃ」
三人がかりで説得されて、純子も表面上はうなずくことにした。
「分かったわ。なるべく気持ちを楽にして考えてみようっと」
その日は朝から、学校に着くなりトラブルに見舞われたと言える。
純子がぺたんとしりもちをつき、足をM字型にしている前で、相羽もやはり
腰を落として片足を抱える風に曲げている。
走っていなかったのが幸いした。
教室から出て来た純子と、登校してきたばかりの相羽が正面衝突のようにぶ
つかったのだが、物理的な衝撃よりも驚きの方が先に立つ。
(あ、危なかった。ま、また……キスするところだった……かもしれない)
間近に相羽の顔を見て、純子は胸の真ん中を押さえた。
「ごめん、よく見てなくて……」
相羽は先に起き上がり、純子へ話しかける。周りはそんな二人に多大な注意
を向けることもなく、気ままに流れていく。朝の慌ただしさがそこにはあった。
「ううん、私も。−−ごめんなさい、急いでるの」
そそくさと立ち上がり、相羽の放り出された鞄をまたいで、駆け出していく。
戸惑ったように、しばし動きを止める相羽の姿が、視界の端で捉えられたけ
れども、純子は実際それどころではなかった。
(行き先、聞かれなくて助かったよね)
トイレの前まで来たとき、純子は思わず苦笑いを浮かべた。気持ちがどうに
か落ち着いてくる。
用を済ませて廊下に踏み出すと−−ちょうど清水がいた。
「あ」
どちらからともなく、短い声がこぼれる。
純子は心持ち下を向いて、足早に去ろうとする。が、そこへ清水の声が遠慮
がちに飛ぶ。蚊の鳴くようなと言っては大げさに過ぎるが、普段と比較して極
端に小さい音量であるのは事実。
「な、なあ」
「−−何?」
かすれ気味の声で応じた。告白の記憶がまだまだ生々しくて、まともに顔を
合わせるには気恥ずかしさや熱っぽさなんかが消えていない。
「誰にも言ってないよな、あのこと」
「信用してよ」
「そうか。それから……聞くのは我慢しよう、しようとするんだけど、やっぱ
気になるんだよな。−−涼原、おまえ、好きな奴っているのか?」
「い、いきなり、こんなところで何よ。そんな質問、どうして答えなくちゃな
らないのっ?」
瞬時に廊下を見通す純子。
白沼を始めとする何人かの女子が通り過ぎたところだったが、グループ内の
お喋りに夢中らしかった。
「名前を聞こうってんじゃないぜ。いるかいないか、それだけだ。教えてくれ、
頼む。眠れなくなっちまう」
「お、大げさなんだから」
辺りへの注意を怠らず、純子は考える。
(それぐらいならいいか)
現在の状況を脱して、早く教室に戻りたい気持ちが優先された。
「いないわ。これでいいでしょ」
早口で答え、歩き出す。
清水はまだ何か念押しするような台詞を口走ったらしかったが、純子は前を
見つめたまま、首を振るだけにした。
十組にたどり着くと、今度は相羽の姿が目に入り、ついさっきの出来事を思
い起こしてしまう。収まりかけていた顔の火照りが、別の形で急速にぶり返し
てきた。
なるべく相羽の方を見ないようにして、着席した。
授業には何とか集中できるまでになっていたのに、朝の一件で逆戻りしてし
まった。レンアイ問題にすっかりはまり込んでしまいそう。
(他に打ち込めることを見つけないと……探すまでもないわね。レッスンを受
けてる間は、きっと何もかも忘れられる)
そうやって自身の内で結論付けた純子へ、休み時間に入るなり、富井が話し
かけてきた。見れば、遠野も同行している。
「カムリンが歌出すの、知ってる?」
「何か、聞いたような。あっ、ドラマの関連で。挿入歌だっけ」
「それそれ。今度の金曜日に発売になるでしょ。買いに行こうと思うんだけど、
純ちゃんも一緒にどう?」
「待って。遠野さんも買いに行くの? 同じ物を?」
「そのつもりなの」
どこかしら照れたように首をすくめる遠野。
「みんなで一つ買って、ダビングすればいいのに」
「ううん、それじゃあだめ。関連グッズは何でも手元に置いておきたいの。そ
れに今回はポスターの特典もあって」
「……ということは、予約してたんだ?」
純子は遠野をまじまじと見てから、富井にも視線を移した。彼女もまたしっ
かりとうなずいたところを見ると、やはり予約した口らしい。
「だったら、私はいい。遠野さんか郁江からダビングさせてもらおうっと。そ
れで充分」
「でも、『天使は青ざめた』のサントラ盤も出るよぉ」
富井が妙な引き留め方をしてきたので、純子はほとんど考えることなしに一
つの推測を立てる。
「もしかして、私にサントラ盤を買わせようとしてるな」
「その通り!」
元気よく片手を挙げて、笑顔になる富井。横で遠野は小さくなっている。
「あのドラマが気に入ってるっていってたでしょ、純ちゃん。だったら、ちょ
うどいいんじゃないかなぁって思って」
「もう……」
呆れた調子で息をつく純子。
少し以前なら、お小遣いが足りないと言って拒絶していたのだが、今の純子
は幸か不幸か仕事のおかげでそこそこ裕福。大半は母親に預けているものの、
目的をきちんと説明すれば出してくれる。
「しょうがないなあ。一応、行くわ。香村綸のファンじゃないんだからね。買
うかどうかは視聴してから決める」
「やったあ」
人の話をちゃんと聞いているのかいないのか、富井達が手を取り合って喜ぶ
のを見て、純子はため息をまたつきたくなった。
が、突然の乱入者にそれどころでなくなる。
「あら。みんな香村綸のファンなの? 子供っぽいのね」
いつから聞いていたのか、通りかかった風情の白沼がくちばしを差し挟んで
きた。
「子供っぽくないですよーだ」
富井が言った。いつもに比べて、つんつんした物言いになっている。
白沼は芝居がかり、大げさに首を傾げると、顎先に右の人差し指を当てた。
「そうかしらっ? 自分と同じ年頃の芸能人に憧れるのは、近くにいい男の子
を見つけられない証拠よね。じゃなかったら、逆に相手にされてないってこと
じゃなくって? 要するに、見る目がないのよ。その辺が子供っぽいと思うん
だけれどなあ。違う?」
白沼が相羽のことを言っているのは明らかだった。
さすがに富井も感づいたようで、ぶすっとした表情になる。
「それとこれとは別っ」
「そういう区別をする考え方自体、子供なのよ」
腰に手を当て、余裕のある仕種で首を振る白沼。
(まずいわ。止めないと)
こわごわ、仲裁に入ろうとした純子。
だが、その必要はなくなった。天の配剤か、休み時間の終わりを告げるチャ
イムが鳴り響く。
互いにそっぽを向くようにして、白沼と富井は正反対の方角に歩き出した。
「……じゃ、じゃあ、遠野さん。詳しい話はまたあとでね」
「え、ええ」
純子は遠野とそんなやり取りをしつつも、富井の様子が気になった。
(こじれてほしくないんだけど……)
−−つづく