#4549/5495 長編
★タイトル (GVJ ) 98/ 6/30 19:48 (160)
お題>ショータイム(上) 青木無常
★内容
ダンス。ひらめく四肢。汗と情熱。視線。いつまでもつづく。とまらない。
閉じた時間は円環。踊りつづける。
ヴァーミリオン・ハディ。だれもがその名を知っている。あまねく銀河にいきわ
たっている。
美しさで? そう、たしかに美女にはちがいない。すれちがえば、十人が十人と
もふりかえるだろう。ただし希有とはいいがたい。百人の美貌のなかになら、確実
にうもれてしまう。ただ一点をのぞいては。
そのひととなり? たしかに蠱惑にあふれている。多くの男は敬遠するだろう。
足をとられれば二度とぬけだせないと、あからさまに直感させるから。気まぐれ。
率直。欲望に忠実で、媚びることとおなじくらい、高慢さも磨きぬかれている。つ
ねに君臨するはずだ。愛とは彼女にとって、つまさきで踏みにじり弄ぶ玩具のこと
にほかならない。が、しかし、それでも希有とはいいがたい。魅かれた者はおぼれ
ずにはいられぬが、蠱毒にみちた妖婦もまた、裏街あたりにはありふれている。
躍動する肉体だけが、突出していた。ダンス。ダンス。ダンス。踊っているとき、
ハディは巫女となる。淫蕩なる美の顕現。あらゆる真理の代弁者。
その魂のみめかたちと同様、その過去もまたつまびらかではない。スラムの出だ
と噂される。さる没落貴族の落胤だった、とつけ加えられることもある。さらにそ
の美貌。とうぜんのごとく、世界にかかわる最初の手段は淫売だったと。
どぶ泥の底で美貌を疲労に売りわたすかわりに、美神の息吹が少女を救いだす。
踊っているとき、ハディはすべてを忘却の胸におしわたすことができた。熱狂。忘
我。至福が躍動する肉体のすみずみにまでいきわたり、思うよりもさきにおとずれ
る情動が、そのままかたちとなって狂乱の舞踏と同化する。
幸運だったのか不幸だったのか、さだかではない。ハディ自身にいわせれば、そ
の両方なのだとうそぶくだろう。どうあれ、躍動は踊り手自身のみならず、その波
動を身にうけたすべてのひとびとに狂熱を伝搬した。その肉体や美貌以上に、否、
それらすべてがはるかに及ばぬ神域で、ひとびとはただ茫漠とその表現する至高の
美に魅了され取り込まれ、そう、むさぼり食われずにはいられないのだ。
小便と反吐の汚臭にあふれた路地裏から街へ、そして世界へと、伝搬する狂乱は
拡大する。その過程でハディ自身、ひとには容易に語りえぬ醜悪な手段を弄して上
昇への足がかりとしたことも少なくはないと認めている。それがどうだというのだ
ろう。いかなる汚辱も、彼女の踊りの美と深淵とをさまたげることなどできはしな
い。否。それらはハディの表現するものに、より一層のかがやきと深みとを与えて
やまぬのだ。
あらゆる形容は炎へと直結する。ヴァーミリオン・ハディ。燃える紅蓮の炎。渇
えた魂を完膚なきまでに焼きつくす、妥協なき恍惚の炎。
魅かれ、奪われ、奴隷と化した魂は数知れず。だがそのどれひとつとして、彼女
を手に入れることなどできはしない。なぜなら、舞踏の神に選ばれることによって
彼女自身がすべての偉大なるものを、その驕慢なる足もとに踏みにじる資格を得た
のだから。
ムスタル・サムデイ。これも呼び名だ。意味はさだかではない。ふるいふるい、
人類がまだ地球という名の単一の世界に居住していたころの神話にでてくる悪神の
名だと噂される。神の名は男にはふさわしくはないが、悪はまさに体現していた。
その行動で? それもある。だがなによりも、その外面で。すれちがう者、十人が
十人、ふりかえりたい衝動をおさえきることなどできはしない。その衝動はむろん、
恥辱、そして侮蔑と手をとりあっている。
醜悪。それが唯一にしてすべての形容だ。
そもそもの発端は、これも伝説の域に属している。真偽のほどはさだかでない。
両親からして、美とは対極に位置する容貌であったという。どちらもおのれのみめ
に絶望し、狂おしいほどの憧憬を世のうるわしき姿かたちに食いいらせていたと。
美容整形ならありふれた手段だ。高価ではあっても安全で安定した人工の美を手
に入れることは、容易ではないが決してとどかぬ困難でもない。事実、少なからぬ
富を得た。かろうじて手がとどくほどの富。
それを渇望の充足にあてていれば、ことはそれほど悲劇的にもならず、結果とし
て立志伝にムスタルの名がきざまれることもなかったはずだ。
凡俗なる欲望は愚かさに直結している。両親は自身の渇望を、授かったばかりの
幼子に投影した。ひとはうつくしいものとして、はぐくまれるべきだ。ゆがんだ投
影に付与された理屈だけなら、それなりに真実を含んでいたかもしれない。
遺伝子治療。胎内ですこやかに成長していく、未生の肉体に刻みこまれた傷の名
前。ありふれた治療法だ。多くの病がこの技術によって未然に駆逐されたし、美容
整形としてもいくつもの実績を残している。失敗例がないわけではないが、それは
死をもふくめて通常の諦念の範疇におさまる程度のものだった。
刻みこめば、生得のものとかわらぬ輝きを約束される。そのはずだった。計算外
だったのは、美貌の対極が刻印されてしまったこと。
責任の所在はいまだに明確ではないらしい。施術にたずさわった医師団の弁によ
れば、設計図は完璧だったという。紙一重を、こえてしまったのかもしれない。あ
らゆる汚辱の集大成のごとき醜貌は、幼子から人間らしさすら奪いつくした。さら
にその後ながいながい年月にわたり、くりかえしくりかえし施されるあらゆる美容
術を強固に拒否し、はねつけつづけることとなる。その顕現をのぞけば、すべて予
定どおりの頑強なる効果。
嘆きかなしみ怨嗟の化身となった両親のもとで、実りなき裁判のくりかえしをな
がめあげながら育った息子は、汚物のごとき己が容貌におしつぶされることなく、
日々年々果ても知れずにくりかえされる恥辱と侮蔑に鍛えられ、鋼よりも強固な意
志を手に入れる。
魂の強固さだけを推進力に、手に入れられるものすべてを貪欲にむさぼりつづけ、
たどりついた。
シャリカト・リハイ。銀河を裏から掌握しつづけてきた超巨大企業“カージャ”
の凋落によってできた空席に、いちはやくすべりこみ、年を経るごとに加速度的に
その地位をより堅固により高く推移させてきた、パワー・オブ・パワー、常人には
あおぎ見ることすらできぬ、まがうかたなき頂点のひとつ。
そして、幾多のバベルの塔よりその頂きを突出させるに多大の貢献を、ムスタル
はもたらしたのだという。
いまや、巨大企業の睥睨のもと、実質的にすべての動きを支配する三人の巨頭の
ひとりとして、まさにその権勢をほしいままにしている。
自由にならぬのは時間だけだが、それでも下界の俗事からは脱却している。金な
ど空気よりも身近だ。飴玉ひとつぶから惑星まで、欲しいと思えば手に入れられぬ
ものなどない。手に入らぬのは――もっともありふれたもの、ひとの心。
醜貌はときにひとをひきつける。武器として使うこともできぬではなかっただろ
むう。謀略と知を背にした武力のかわりに、それを駆使して人生を築いていれば、
あるいはいまよりも大きな何かを手にすることができたかもしれない。あいにく、
ムスタルにとってそれは思いもつかぬ手段にほかならなかった。
美女ならば手に入れるのはたやすい。銀河規模で名の知れた女優から、あらゆる
手練を知りつくした娼婦、あるいは汚れを知らぬ無垢なる少女まで、望めばいつで
も組み伏せることができる。
そんなものには辟易していた。あがけばあがくほど手に入れられなかった昔日の
恋の対象でさえ、金でしゃぶりつくすことができた。喜びはいつもはかなく、かな
えば砂をかむよりもまだ絶望に近いことを思い知らされるばかり。渇望に煩悶して
いたころのほうが、まだましだった。
飢えばかりが増殖していく。希有なる踊り子に出くわしたのは、そんなころのこ
とだった。辺境で名が売れだしたものの、自身の希求する場所からはまだはるかに
隔たった位置でハディが踊りつづけていたころのこと。
その舞踏の熱狂よりも、もしかするとムスタルの求めたものはハディの放つオー
ラそのものだったのかもしれない。熱の核、衰えを知らぬ忘我そのもの。手に入れ
ることができれば、今度こそこの渇望がいやされるかもしれぬ。増殖する絶望のス
パイスとして、いくどとなくムスタルを訪うてきた苦い夢。踏みにじっても踏みに
じっても雑草のように首をもたげるそれがまた、だがそれまでとは比べものになら
ぬほど鮮烈に、醜男ののどくびを絞めあげはじめる。
すべてのひとびとの魂を、おまえの踊りにささげよう。権力者の申し出に、踊り
子はあっさりと呼応する。ハディにとっては、ありふれた取引だった。ためらう理
由はかけらもない。特筆すべきは、ムスタルの醜貌さえもが、かけらですらためら
いにつながらなかったことだろう。みにくさを許容したからではない。他人のみめ
の美醜など、神に選ばれし巫女にはどうでもよいことだった。
媚びることも、踏みにじることも生まれながらにして身につけていた。床の技術
なら裏街で生きていたころから数かぎりなく手に入れている。微笑みはいつわりに
みちあふれ、見るだけでそうと知れたが、すくなくともだれにでも平等だった。口
調はやわらかく、言葉の裏は辛辣をきわめて。毒をふくんだ棘で、触れるものの古
傷を甘く深く狂おしく刺激しつづけ、甘美に苦悶する姿を見て満足の吐息を吹きか
ける。
ハディにとっては、生来のありかただった。なんら特別なことではない。すべて
いつもどおり。罠にかかった雄性が、手に入れられぬ渇望に煩悶し、やがて火中に
投げこまれた蛇のごとくのたうつようになることも。
踊り子は契約どおりのものを得て銀河の至宝の地位へとのぼりつめ、おなじく契
約どおりのものを手に入れたはずのムスタルには、もぎとられたあとの魂の空白だ
けが残される。
ほかのすべての男どもと同様、自分がハディの奴隷へと貶められてしまったこと
も自覚していた。
恥辱と侮蔑。
踊り子にとってそれは、狂熱の舞踏と同様、他者に下すべきあたりまえの感情に
すぎない。
ムスタルにとっては、ものごころつく以前からつきまとっていた、他者の視線そ
のものだった。
唾棄すべき、はねのけ、うちすえ、踏みにじりすりつぶすべき憎悪の対象そのも
のだ。
それを受けることをいま、みずからが望んですらいることに戦慄し、魅了され、
怒り、嘆き、うめきもだえた。手に入れることはできるかもしれない。手に入れれ
ば、それが真の地獄のはじまりだろう。だからこそ、膨れあがった欲望を抑えるこ
とはできそうになかった。
踊り子が偶像を超越して巫女の地位を手に入れていく姿を遠く狂おしくながめや
りながら、ムスタルは膨張する狂気にかたちを与えていく。
ダンス。ひらめく四肢。汗と情熱。視線。いつまでもつづく。とまらない。
閉じた時間は円環。踊りつづける。魔法の準備は整った。あとは獲物を罠にかけ
るだけ。昏い情熱が牙をむく。
最初に手に入れたのは、檻だった。とらえ得ぬはずの獲物をとらえ、逃さず、そ
してその美をとこしえに愛でつづけることができる檻。
魔術師と呼ばれる存在がいかなる理法にもとづくものなのかは知らない。きくと
ころによれば、帝国領内のある惑星に存在する“賢者の石”なる物質の作用で超常
的な能力を得るのだというが、それが何かの説明になっているとも思えなかった。
実際、魔術師の闊歩する帝国領内以外に居住する多くのひとびとと同様、ムスタル
自身もまたその存在を、単なるペテン師か超能力者の亜種程度にしか認識していな
かった。
が、腹心の部下がどこからかつれてきた老婆の起こす奇跡をまのあたりにして、
その認識を改めることになる。理屈はわからない。老婆の説明によると、物理的に
空間を閉鎖し、同時に認識を誘導して発展的に閉ざされた円環――螺旋のなかに意
識をとじこめるのだという。その説明はランプの魔神の魔力とおなじくなんの理解
ももたらすことはなかったが、ムスタルの望みに近い状態の“檻”を現出させるこ
とだけはまちがいなかった。権力者は多額の報酬とひきかえに、老婆を手もとに確
保する。