AWC 妖精城のワルキューレ@          つきかげ


        
#4548/5495 長編
★タイトル (CWM     )  98/ 6/22  14: 7  (196)
妖精城のワルキューレ@          つきかげ
★内容
 砦を囲む森。森は、原始の闇に支配されている。月も、星も無く塗りつぶされた
ように昏い夜の下で、ギースはそう思った。
  夜の森。ギースの目の前のそれは、固形物のような闇で満たされていた。原始の、
神々が果てしのない戦いを繰り広げていた時代。その魔法が圧倒的な力によって、
世界を覆っていた時代の闇だと、ギースは思う。
  ユグドラシルを中心として、トラウスを囲む山稜。その円弧を描く山稜の外側に、
サリエルの砦があった。ギースはその砦の入り口で、見張りをしている。
  この砦の位置からでは、天を覆う大樹といわれるユグドラシルを見ることができ
ない。しかし、ギースは闇色の巨人のように聳える山稜を超えると、ユグドラシル
が見えることを知っている。
  このサリエルの砦は、昔中原の各地から王国の首都トラウスへ向かうルートとし
て使用されていた街道の途中に、築かれていた。しかし、王国は戦乱の時代となり
トラウスの力が衰退すると共にこの砦も忘れ去られてゆき、今では半ば廃墟となっ
ている。
  ギースたちは、レッドソード団と呼ばれる盗賊であった。背後の砦の中庭では、
略奪を終えたギースの仲間が祝杯をあげている。かつては王国の街道を守った砦も、
今では盗賊の隠れ家にすぎない。
  本来、砦の入り口の見張りは、二人で行うものであるが、相棒は中庭の祝宴に行
ったきり帰ってこない。この深夜に、闇に閉ざされた森を超えてまで砦へ来る者も
いない為、見張りといってもあまり意味がないのだ。
  ギースは、背後の歓声を聞きながら、昏い森を見つめていた。太古より佇む巨人
のような森の木。その木々を包む闇は、生きているように思える。
  森の闇は様々な生命の小さな囁きや、息吹に満ちていた。それは、夜の生き物た
ちの気配である。
  黒い水のように、森を満たす闇。原始的な生命体のように蠢く闇が、一瞬裂けた。
ギースは、白い影を見る。
  気が付くと、目の前に彼女がいた。
  身の丈が、4メートルを超えるかのような、巨人。巨人の身につけた純白の鎧、
純白のマントは、新雪のように汚れなく輝いている。黄金の炎を思わす髪に縁取ら
れた巨人の顔は、神話の女神のごとき美貌であった。
  ギースは、闇を蹴散らして出現したようなその巨人を目の当たりにし、言葉を失
う。砦も、森も、黒く塗りつぶされた夜空も全て、ギースの頭から消し飛んでいた。
  ギースの瞳の中には、巨人しかいない。白く輝く、巨人。その四肢は、巨人族に
ありがちな奇形的に歪んだところは無く、通常の人間以上に完璧な比率の肢体であ
る。
  サファイアのように、青く輝く瞳はギースを見下ろしていた。その真冬の空を思
わす輝きを持った瞳に、ギースはどう映っているのか。
「通るぞ」
  巨人は、あたり前のように、ギースの前を、通り過ぎようとする。ギースは、辛
うじて声を出すことに成功した。
「待て!」
  巨人は、一瞬哀れむように、ギースを見る。しかし、すぐに青い瞳は冴え冴えと
した冷たい輝きを取り戻す。
  一瞬、金属質の煌めきが、はしる。ギースは、黒い空を見ていた。心の中で、剣
を抜こうとしたはずだと思う。身を起こすと、自分の足が視界に入った。下半身が、
立っている。自分は、胴を両断され、地に倒れたのだ。
  ギースは、抜き身の剣を持つ、白い巨人を見た。巨人は、既にギースを見ていな
い。ギースは絶叫をあげようとしたが、意識は昏い闇に飲み込まれた。

「この砦だな、ロキよ」
  巨人は、自分の背後へ声をかける。森の闇の一部が切り取られたような、漆黒の
男がいた。ロキと呼ばれたその男は、闇色のマントと、やはり黒い色をした鍔広の
帽子を身につけている。
「そうだ、フレヤよ。妖精族の王女は、ここに囚われている」
  フレヤと呼ばれた巨人は少し鼻をならすと、巨大な剣を振り上げ肩に担いだ。そ
の剣は切っ先が戦斧のように平たくなった、半ばメイスのような、巨大な鉄材を思
わす剣である。
  その無骨な外見に似合わず、ドワーフの鍛えたものに特有のきめ細かな輝きが、
その剣にはあった。先程一人の人間の胴を両断したにも関わらず、繊細な光に曇り
は無い。
  その剣を担いだまま、フレヤは歩き出す。砦の中庭へ向かって。

  砦の中庭は、祝宴のただ中にあった。盗賊たちは、炎で炙った獣の肉を喰らい、
浴びるように酒を呑んでいる。捕らえられてきた女たちは悲鳴をあげながら、男た
ちに組み敷かれていた。
  盗賊たちは、凶暴な笑い声をあげながら、あるものは、博打に興じ、別のものは
女の柔肌を楽しんでいる。裸に剥かれた女が踊りを強制され、燃えさかる篝火のそ
ばで、白い肌を手で隠し震えていた。
  中庭には男達の怒号と笑い声、女達の悲鳴が満ちている。中央で燃えさかる炎が、
全てを紅く染めていた。
  揺らめく炎の輝きが、盗賊の男たちを魔物のように見せる。それは、あたかも魔
族に呼び出された邪悪な精霊たちが繰り広げる、魔界の夜の饗宴に見えた。
  全裸に剥かれて震えていた女の一人が、盗賊の隙を見て逃げ出そうとする。男た
ちは、笑い声をあげながら女を追う。
  女は、丁度入ってきた白い巨人と鉢合わせた。女はその神の美しさをそなえた巨
人を目の当たりにし、意識を失いその場に倒れる。
 巨人は、冴えた真冬の空を思わせる青い瞳で盗賊たちを、見下ろす。音が撃ち殺
されたように、静寂が中庭を包んだ。白い巨人はゆっくりと、女を跨ぎ越す。
 美貌の巨人は砦の中庭に、降臨した女神のごとく立った。女を追っていた男たち
は、呻きながら後ずさる。
  盗賊の男たちは、その場に凍りついた。その姿は、地上を蹂躙しているうちに天
使と出会ってしまった邪悪な精霊を思わせる。古の神々の墓のような静寂につつま
れた砦の中庭で、美貌の巨人が宣告するように言った。
「おまえたちの望みは、虫けらの生か、戦士としての死か?好きなほうを、選べ」
 盗賊たちは、かろうじて剣を手にとった。天上の美貌をもった真白き巨人に、男
たちは魂を奪われている。
  魅入られたように、盗賊たちは剣を構えた。フレヤは、嘲るような笑みを浮かべ
る。フレヤの長大な剣が、天へ掲げられた。
「では、戦いの神に祈るがいい。最後まで戦士の誇りを、守りぬけるようにとな」
  フレヤの剣が、蒼い風となる。

  ティエンフォウは、書物から顔をあげる。切れ長の瞳に、真っ直ぐな黒い髪を持
つその青年には、凛とした美しさがあった。
  ティエンフォウは扉に目を向け、ノックに応える。
「入りたまえ」
  盗賊の一人が、死人のように蒼ざめた顔で部屋へ入る。
「お頭、大変です。このままでは、全滅です!」
  ティエンフォウは、立ち上がった。切れ長の黒い瞳は酷薄さを湛え、冷たく輝く。
その威圧感に、盗賊は少し後ずさった。
「落ち着け。トラウス軍の夜襲か?」
「いや、その。巨人です」
  ティエンフォウは形のいい細い眉を寄せ、怪訝な顔をする。
「巨人というとあの伝説のか?」
「姿は、伝説の通りですが」
「馬鹿な」
  ティエンフォウは、伝説の巨人が北のラーゴスで甦ったという情報は得ていた。
しかし、自分の支配する砦に出現するとは、想像したこともなかった為、ひどく奇
妙な感覚を覚える。まるで、自分が吟遊詩人の歌う物語に取り込まれたような。
  ティエンフォウは気を取り直し、部下に指示する。
「私はすぐに行く。もう少しもたせろ」
  盗賊は、ティエンフォウの瞳に宿った殺気に気圧され、後ろにさがる。そのまま
一礼すると、部屋を出ていった。
  ティエンフォウは、壁に架けていた自らの剣を手にする。漆黒の木でできた鞘に
収まっている、片刃の剣であった。柄には銀色に染められた、絹糸が巻かれている。
刀身には、僅かな反りがあった。
  戦場刀としての厚みや長さを持ってはいるものの、実際に鎧をつけての戦闘に使
用する剣としては華奢に見える。ティエンフォウは、一気にその剣を抜く。
  その場にティエンフォウ以外の人間がいれば、確実に冷気を感じただろう。物理
的な感覚をもたらす程の妖気を秘めたその剣が、姿を現す。
  それは漆黒の剣である。瘴気が陽炎のように、立ち上った。生命力の弱っている
者がいればあっさり命を奪われる程の、強力な瘴気だ。
  その、あらゆる光を吸収している中空に浮かんだ影を思わせる刀身には、とてつ
もない魔力が秘められていた。普段は、鞘に刻まれた封印の魔法により眠らされて
いるが、一度目覚めると血を得ずして眠ることは無い。
  ティエンフォウ自身も生命力を削られ、頬が死人のように蒼ざめてゆく。この剣
は、生きていた。斬鉄剣という、名を持つ。
  東方の、クメンとバグダッシュの間に広がる密林地帯。そこには、黒砂蟲と呼ば
れる不定形生命がいる。その黒砂蟲は、自らの表面を黒い鉄砂で覆い、体表を鋼鉄
以上の硬度にすることができた。
  斬鉄剣は、剣の表面をその黒砂蟲でコーティングした剣である。黒砂蟲は、魔法
的な力で剣の表面に固着していた。
  その剣は、魔法的生命体である黒砂蟲の持つ妖力を発している。魔法で封じ込ま
れているものの、その妖力は剣を手にしたものに、大きな影響力を持つ。
  黒砂蟲が生きるには、人間の血肉が必要である。普段は鞘の中で眠っているが、
一度抜き放たれれば、黒砂蟲は強烈な飢えに囚われた。そして、それは、剣を持つ
ものにも影響を及ぼす。
  黒砂蟲は妖気を発し、剣の持ち主を狂わせた。その剣を抜いたものは、人を斬ら
ずにはおられなくなる。黒砂蟲はその、斬られた者の血肉を啜るのだ。
  ティエンフォウの心の中へ、灯りが点ったように殺気が生じる。それは、地の底
で燃えさかる紅蓮の炎のように、ティエンフォウの心を焦がした。
  ティエンフォウのように若く、女性のような美貌を持った男が盗賊の首領となれ
たのは、この漆黒の剣を持っていた為だ。闇色の剣を抜いた時、ティエンフォウは
血に飢えた凶戦士となる。盗賊たちは、恐怖によって支配されていた。
  ティエンフォウは、熱病のように心を支配してゆく殺戮への欲望を制御する。頭
の中に魔法文様をイメージし、集中した。
  剣の根本に紅い魔法文字が、鬼火のように浮かびあがる。死人と見まがう程に蒼
ざめたティエンフォウの瞳には、かろうじて理性が戻ってきた。
  ティエンフォウは既に人では無く、半ば魔法的な精霊に憑依された状態といえる。
四肢には異様な力が漲り、意識は空気の流れさえ感じ取れる程冴え渡った。
  ティエンフォウは、抜き身の剣を下げたまま、肩にかかる黒い長髪を靡かせ、中
庭へ向かう。下げられた剣は、血に飢えた唸りを耳には聞こえない声で発していた。

「これは、…」
  中庭に降り立ったティエンフォウは、思わず絶句する。ティエンフォウ自身、数
百人という人間を斬ってきたし、盗賊団の首領として略奪と殺戮の場面には慣れて
いた。
  しかし、今、目の当たりにしているものは、もっと別の異常なものだ。
 中庭に散らばっているのは、人間の破片である。紙でできた人間を、ナイフで切
り刻めばこうなるであろうといった惨状だ。
  かつて、彼の部下であった男たちは、既に人間として原型を留めていない。ある
ものは胴を両断され、あるものは四肢を分断され、あるものは身体を縦に斬られて
いる。顔を斜めに断ち切られている者もいれば、顔の中央で輪切りにされた者もい
た。身体のどこの部分ともしれぬ肉片が、白い肌を見せて無造作に転がっている。
  臓物は、火に紅く照らされ、生々しい質感を持ってあたりにばらまかれていた。
地面は血によって染められ、泥濘と化している。その泥濘の中に、切り落とされた
手や足が突き出していた。まるで、血の海に溺れる者が、助けを求めているように、
切断された手が宙を掴んでいる。
  それだけ凄惨な場面であるにもかかわらず狂気を感じさせないのは、断片に切断
された人間の肢体の切り口が、あまりに見事である為のようだ。つまり、人間を超
えた存在の成した技は、ある種の判断停止を起こさせる。
  そして、その死体の山を築いた本人が、目の前にいた。白い巨人。金色の髪が輝
く炎のように風に靡き、真冬の空を思わす青い色の瞳が、高みよりティエンフォウ
を見下ろしている。
  真白く輝く鎧を身につけた巨人は、ティエンフォウのほうへ、一歩踏み出す。
「おまえが、首領か。一応、おまえの部下は戦って死んだといっておこう」
  ティエンフォウは、奇妙な陶酔の中で、巨人の声を聞いた。
(嘘だ)
  ティエンフォウは心の中で呟く。
(ここで行われたのは、戦いや殺戮と呼べるものではなく、ただの、そう、ただの
死の降臨だったはずだ)
  そして、それは間違いなく自分にも訪れる、その予感がティエンフォウの心を白
い陶酔で満たしていく。巨人は言った。
「さて、私の望みはただひとつだ。妖精族の王女を渡してもらおう。ここに、捕ら
えられているはずだ」
  ティエンフォウは、自分の言葉を、他人が語っているように聞いた。
「帰れ、忌まわしい女トロール。おまえの巣穴へ、這い戻れ」
  ティエンフォウは、巨人の顔が神々しく輝くのを見た。その美しい微笑に、ティ
エンフォウは恍惚となる。
  ティエンフォウには巨人の剣が、見えなかった。ティエンフォウが、自らの剣を
掲げ巨人の剣を受けようとしたのは、彼の中の魔法と黒砂蟲の力である。
  しかし、それは全く無意味だった。ティエンフォウの鋼鉄より尚堅い剣は、ほん
の一瞬乾いた音を立てると、小枝のように折れる。ティエンフォウは、灼熱の蒼い
風が自分の中を通りすぎるのを、感じた。
  ティエンフォウは一瞬、縦に断ち切られた自分の左半身が地に沈んでいくのを見
る。しかし、自分もすぐに、闇の中へと飲み込まれていった。





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