#4544/5495 長編
★タイトル (AZA ) 98/ 6/20 14: 1 (192)
そばにいるだけで 25−9 寺嶋公香
★内容 16/06/08 22:43 修正 第2版
「今日は、一ヶ月先の林間学校について、班分けを始めとして色々と決めます」
ホームルームの時間は、先生からの説明で始まった。
「−−来年ある修学旅行の予行も兼ねています。特にオリエンテーリングを経
験することで、団体行動の素晴らしさや難しさを学んでください。もちろん、
その他にもキャンプファイヤーや肝試しなんて企画もあるから、思う存分楽し
んでくれたらいいんだけど、それもこれも団体行動ができてこその楽しさだか
ら」
そんな話のあとを受けて、委員長と副委員長の出番となる。
教室の前に立った純子は、あらかじめ渡されていたプリントを見ながら、口
を開いた。
「最初に班分けです。男子三人女子三人で一つの班を作って、全体では六班で
きることになります。班単位で飯ごう炊さんをしたり、オリエンテーリングを
したりします、と……。えっと、ただし夜眠るときは、男子女子別々になって、
三人で一つのテントを使います」
当たり前のことなので、喋っていて笑い出しそうになる。
「各班で班長と副班長を決める他、テント係と食事係をテント一つにつき一人
になるように置きます。テント係はテントの機材を運び、テントを立てるとき、
他の二人にきちんと指示を出す役目があります。そのためのリハーサルがある
ことになっています」
等々、伝えるべきことを伝えてから、具体的にどう分けるかの話に入った。
「くじびき」
「面倒だよ。なりたい者同士でなれば、すぐ決まる」
「団体行動を学ぶためだったら、でたらめに組んだ方がいいと思います」
いくつかの意見が出される。優勢なのはやはり、気の合った者同士で班を作
る方法だったが、問題も色々あるので、即採用とはならなかった。
そんな中、板書役に回っていた相羽が小さく手を挙げ、主に、先生に対して
話し始めた。
「みんながそれぞれ、一緒の班になりたい人の名前を紙に書いてから、それを
先生が集めて、見て、なるべく僕らの希望がかなうように班分けするのって、
無理ですか?」
「無理ではないわよ。だけど、あとで文句が出ないように分けられるかしら。
先生、頭が痛くなりそう」
冗談を交えた調子ではあったが、小菅先生は眉を寄せ気味に答える。生徒達
の間の関係を見てしまうのが、多少なりとも恐いのかもしれない。
「文句言わないよな?」
相羽はクラス全体へ向き直り、皆に尋ねる口ぶり。
「どうかなあ」
「そりゃ、絶対に文句言わないとは言えないよ」
「でも、なりたい者同士がなれるチャンスって、そのやり方しか残ってないわ
けだろ?」
「先生、本当になるたけ希望をかなえてくれます?」
再度の質問に小菅先生は咳払いを挟んで、答えた。
「当然です。そうだわね、両方が名前を書いていたら、その二人はほぼ確実に
同じ班になれるようにする。どちらか片方だけだったら、どうなるか分からな
いけれど。みんな、これでどうかしら?」
教室の反応は「賛成!」だった。
早速紙が配られる。
書ける人数は最大で五。自分が女子なら、女子二人と男子三人まで、男子な
ら、男子二人と女子三人までという制限付きだ。
皆と同じように席に戻った純子は、紙の上の方に自分の名前を記したあと、
ペンを片手に少々悩む。と言っても女子はすぐ決まった。
(やっぱり、郁江と遠野さんよね。男子は……書かなくてもいいんだけど、そ
うしといて、あんまり話が合わない子と一緒になったらがっかりだし。話が合
う男子……)
間髪入れず、相羽の顔が浮かんだ。
その自分の心の動きに、思わず苦笑いする純子だった。
(確かに、話は合うのよね。化石とかさ。うん、それに郁江や遠野さんと一緒
になれたときのことを考えたら、相羽君がいた方が喜ぶだろうし)
一人目の男子として、相羽新一の名を書いた。
(他は誰がいいかな? 立島君に唐沢君、勝馬君。あと、藤井君とか)
気が付くとクラスの男子全員の名前を頭の中で列挙していた。慌ててかぶり
を振る純子。
(だーめだわ、これじゃ。うーんと……結局、この間遊びに行ったときのみん
なを優先するのが無難かも。あ、でも、そうすると立島君が白沼さんと同じ班
になる確率がちょっとだけ高くなる。考え過ぎ?)
と、そこへ手を一度叩く音が大きく響いた。
「はい、もういいわね? 見えないように、しっかり折り畳んで。後ろから集
めるように」
迷っている内にタイムアップが来てしまった。男子の方は相羽一人を書いた
だけで、純子の紙も回収されていく。
集まった紙をひとまとめにしながら、先生が「どうしようかな」とつぶやく。
しばらくして、改めて大きな声で言った。
「私は職員室に戻って、班分けを決めてきますから、みんなは他のことを決め
ておくようにね。くれぐれも騒がないように。それじゃあ、涼原さんと相羽君、
お願いしたわよ」
先生が教室を出ていくと、いくら注意を受けたとは言っても、少なからず私
語のボリュームが大きくなった。
「静かにしてください。続けるから。プリントに書いてあることだけど、一日
目はお弁当を持ってくる。一日目の夕食はカレーですが、その材料は−−」
こんな調子で少し説明しては分からないところがないかを聞き、あればそれ
をメモしていく。
が、何だか知らないけれど脱線してしまう、どうでもいいような方向へ。た
とえば。
「肝試しって、やっぱり先生達が幽霊役か?」
「そんなことまでは聞いてないわよー」
「とか言って、純子も脅かす側に回るんじゃない? 委員長と副委員長の仕事」
「まさか」
再び平静が保たれたのは、十五分ほどして先生が戻って来てからだった。
「相羽君。黒板に書いていってちょうだい」
言いながらプリントを手渡す小菅先生。そのプリントの裏に各班の構成が書
いてあるということだろう。
紙を受け取った相羽をもしじっと観察していたのなら、その表情の明るさが
一段と増したのが分かったに違いない。
そして、黒板に書き始める。
指定された場所まで行くのは、低木が多くて歩きにくく、苦労を要した。も
っとも、そうでなければ内緒話には向いていないことになるだろう。
学生服姿の清水が、体育館裏手の壁に向かって、じっと立っていた。
そろそろ夕刻、日当たりがよくない時間帯だ。何だかうら寂しい。
「メモ書きを置いて行くなんて、あんたらしくないみたい」
純子はここへ来た途端に、普通じゃない空気を感じた。それを振り払うつも
りで気楽な物腰を心がける。
「涼原……他に誰も連れて来てないよな?」
清水はおもむろに向き直ると、強い調子でそう尋ねてきた。木の葉の擦れ合
う音がした。
「来てないわよ。メモに書かれてあった通り、一人だから」
清水の声が普段より小さかったので、純子は距離を詰めた。金木犀の植え込
みに肘が触れて、やはり葉擦れの音が起きる。
「それで? こんなところで何の用?」
「大事な話だ」
それから次の清水の言葉が聞けるまで、長い間があった。どうやら呼び出し
た当人が、ひどく緊張しているのが見て取れる。目は落ち着きがないし、両手
は盛んにグーパーを繰り返している。
それでも純子は待った。自分から促すのが、何となく恐かった。
どれぐらいの時間が経ったのか。主観的には長かったようだが、実際は短か
ったように想像できる。
清水が大きな深呼吸をしてから、口を開いた。
「今までさんざん悪いことしてきた。けどな、俺、おまえが好きだから」
「え」
(何なに? 何のこと? 清水ったら、一体何を喋り始めたの?)
我が耳を疑う間もなく、あとからあとから清水の言葉が押し寄せてくる。
「そ、それしか、涼原の気を引く方法がなくて。あれはほんと、ばかやってた
と反省してる」
「……」
「そ、それで、ずっと同じクラスできたけど、今年初めて違っちまって、がっ
くり来て……。何か、話すチャンスほとんどなくなったし、それにたまに会え
たときは、おまえの周りには他の男子が何人もいるだろ。こりゃもう遅れられ
ねえって思って……涼原! 付き合ってくれないか?」
「そんなこと言われても」
冷静に考えられないでいる。不意打ちを食らって、慌てふためくのに精一杯。
「涼原から好かれてないのは分かってる。だから、お、俺さ、これからは絶対
に意地悪しない。涼原が気に入らないとこは全部直す。野球やめろって言うん
なら、やめるからっ」
「ま、待ってよ」
やっとまともに返事ができた。
清水の表情が若干明るくなる。赤くなったままではあるが。
「何だ、涼原?」
「そ、そういうことされても、困るよ、私」
「どうして? おまえのためになると思ったから」
上半身を乗り出すようにして問い返してくる清水。
純子は半歩だけ後ずさり、首を横に振った。
「そんなの、清水じゃないよ。私に合わせて清水が変わっちゃうんだったら、
それは違うわ。たとえ無理して合わされたって……きっと好きになれない」
「じゃあ、どうすればいいんだよ?」
「そんなこと聞かれても」
「俺が今まで通りやってけば、涼原は俺のこと、認めてくれるのか」
「そんなの、最初から認めてる。友達だと思ってるわ。この頃、頑張っ−−」
「友達じゃないっ。好きになってくれるのかってことだよ。可能性、あるのか
ないのか。ここまで来たんだ、はっきり言ってくれよ」
「……ごめん、清水」
目をそらし気味に小声で謝って、その場を立ち去ろうとした。
が、純子の手を強く掴む清水。いつにも増して、俊敏な動きだった。
「待てよ、こっちを向いて言えよ。−−だめなのか? 俺じゃあ絶対にだめ?」
「……うん……」
面を上げず、首肯した純子。背中に空気が通って、ひやりとする。手首を握
る清水の手から、力が抜けていくのが嫌でも感じ取れた。
「清水は……意地悪だけど、面白いこと言うし、やりたいことなら一生懸命努
力する、そういう……友達。友達としてしか……考えられない」
「そうか」
清水の反応は早かった。純子の言葉を聞く間に、すでに心を決めていたのだ
ろうか。
手と手が離れた。
はっとして純子は顔を起こす。
清水は両手を突き上げて、大きく伸びをしていた。
「しょうがねえなあ! あきらめるか。凄く……悔しいけどな」
そしてまた純子に目を合わせてくる。
「おい、涼原」
「な、何」
びくりとして身構えてしまった。
瞬間、清水はすねたように首をすくめたが、そのまま続けて喋る。
「俺がこんなこと言ったって、誰にも言うなよ」
「言わないわよ」
「そうか。それと、さっきの言葉、本当だな? 友達としてなら認めてくれて
るんだな?」
「も、もちろん」
「だったら、ずっと友達でいてくれ。頼む」
「……分かったわ。清水。あ、あんたの意地悪がこれ以上ひどくならない限り」
「それは約束できねえけど、努力してみるぜ。へん、やりたいことには一生懸
命努力する人だからな、俺は」
ちょっと自棄気味な響きがなくもなかったが、清水はにかっと笑った。
純子の方はまだ笑えなかったけれど、少しだけ気が楽になった感じがする。
清水が純子の横をすり抜け、逃げるように歩き出したのを見て、純子は慌て
て口を開いた。最後に何か言っておきたかった。
「清水……野球、頑張って」
純子に背中を向けたまま、一瞬立ち止まった清水。
「ああ。たまには応援に来いよ」
振り返らずに答えて、あとは小走りに駆け出していった。
一人、残された純子。
安堵するとともに、ショックにも似た疲れが襲ってくる感覚があった。
(清水があんなこと言うなんて。ずっと悪がきのままだと思ってた……)
−−『そばにいるだけで 25』おわり