#4542/5495 長編
★タイトル (AZA ) 98/ 6/20 13:59 (200)
そばにいるだけで 25−7 寺嶋公香
★内容
「あ、もちろん、門限があるのだったら、そっちを先に行ってもいいし」
この台詞は主に遠野へ向けられたもの。純子の家に関しては、相羽もそこそ
こ承知しているのだから。
「門限にはまだあるけれど、早い方がいいっていつも言われてる……」
遠野は、様子を窺うような口調で答えた。
「距離はほとんど差がないんだね? じゃ、遠野さんの家から行くことで……
涼原さん、いい?」
「私は平気だけれど、あなたの方は大丈夫?」
今日は相羽の計画に従って動いていたから、彼が最後まで付き合うのも当た
り前のように受け止めていた。
(おばさんのお手伝い、いいの?)
二人きりだったら口にしたであろう質問を、ぐっと飲み込む。
「問題なし。宿題は昨日の内に済ませたし、親の許しももらってるから」
「それならいいわ」
納得して、段々と黒みを帯びる空の下、三人で歩く。車道側には当然のよう
に相羽がいて、真ん中が遠野、そして純子という並び。
道すがら、相羽は話の種が尽きかけてきたか、パズルの出題を始めた。思え
ば、今日という一日、話を途切れさせぬために常に話題を振り続けていたのが
相羽だったような気がする。
「−−次も有名な問題。『ある男が湖の畔に立ち、石を拾って投げ込んだ。す
るとその石は軽石でもないのに、水に着いた途端、潜ったり沈んだりし始めた。
どうしてでしょうか?』」
「そんなことって、普通はないよね……」
遠野が考え込むと、歩くスピードも若干遅くなる。
相羽は何も言わず、反応を楽しむみたいに微笑んだ。
純子は苦し紛れに一つ、言ってみた。
「石に紐が着いていたんじゃない? ゴム紐が伸びて……」
「紐なんて、問題文の中にないだろ。手がかりは全て言いました」
「だって、たまに大事なことを飛ばしている問題、出すじゃないの。ええっと、
たとえば、『紅茶の中に指輪を落としたけれど、指輪は全く濡れなかった。何
故か』ってやつ」
「うーん、あれは固定観念の盲点を突いたところが面白いんであって」
「難しいこと言わないの。面白かったことは面白かったけど、ずるい感じ」
「あの」
純子と相羽が取るに足りない議論を始めたところへ、遠野が静かな調子で聞
いてくる。
「その問題の答はなぁに? 気になって、最初の方に集中できなくなりそう」
「あ、そっか。聞いて。紅茶は紅茶でも、葉っぱだったって言うのよ。紅茶の
葉っぱなら濡れないのは確かよね。でも、遠野さんはどう思う?」
「……なるほどねえ、納得できた」
援護射撃を期待していたのに、遠野は感心することしきり。純子は首を傾げ、
ため息をついた。
「もう……。石を投げ込んだ問題も、どうせ似た感じでしょう?」
「いや、違うよ。引っかけ問題なのは同じと言えるかな」
「ヒントちょうだい。このままだと、遠野さんのお家に着いちゃうわ。ね、遠
野さんも答を聞かないと帰れないでしょ?」
「そ、それほどでも」
この返事に、再びがくっと来る純子。
相羽がかみ殺したような苦笑をこぼしている。
「笑うなーっ」
「ごめんごめん。ヒントは……問題文をよく思い出してください」
「……どこがヒントなのよ?」
「しょうがないな。もう一度言うから、よく聞いてて。『ある男が湖の畔に立
ち、石を拾って投げ込んだ。するとその石は軽石でもないのに、水に着いた途
端、潜ったり沈んだりし始めた。どうしてでしょうか?』−−さあ、どこかに
変なところがある」
朗々と語った相羽を前に、純子と遠野は相変わらず首を傾げるしかなかった。
相羽は右手の人差し指をまっすぐに立てた。
「サービスにもう一回だけ。よーく聞いてたら絶対に分かるよ。『ある男が湖
の畔に立ち、石を拾って投げ込んだ。するとその石は軽石でもないのに、水に
着いた途端、モグッタリシズンダリし始めた。どうしてでしょうか?』」
今度はアクセントの置き方が明らかに誇張されている。「モグッタリシズン
ダリ」に差し掛かるときは、声も一際大きくなった。
(「モグッタリシズンダリ」? 潜る、沈む……!)
「ああっ!」
純子と遠野が高い声を上げたのは、全く同時と言ってよかった。
「分かったよね?」
相羽が先ほどとは別の意味合いの微笑を覗かせる頃、一行は遠野の家のすぐ
そばに来ていた。
* *
「なあなあ、町田さん」
唐沢は先を行く町田の背中に声をかけた。
ついさっき、富井を送り届けたばかりである。
「おーい、町田さん、町田さん」
返事がないので繰り返し呼ぶ。が、状況は変わらない。
唐沢は唇をひとなめして、新たな手段に出た。
「芙美! こっち向け」
「−−気安く下の名前で呼ばないでくれる!」
町田の気持ちはどうあれ、とにかく振り向かせることに成功。
「無視するからだぜ」
「私の勝手でしょ。だいたい、呼び捨てとは何ごと?」
「ちゃん付けしたらしたで、怒るくせして」
「当ったり前よ」
「だったら素直に、最初から反応してくれよん」
「……」
唐沢のなよっとした物言いに、町田はげんなりした風に肩を落とした。
「……クレヨンでもサインペンでもいいから、さっさと言いなさいよ」
「教えてほしくってさ。町田さんに聞くのがいいのかどうか分からねえけど」
「焦らさないでくれる?」
「焦らしてねえ。そっちがせっかちなんだ。……と、こんなんだから話が進ま
ないんだよな。要するに、富井さんと井口さんて相羽が好きなのか?ってこと」
「……聞いてどうしようっての」
町田は足早だった歩みを緩め、唐沢の横に並んだ。
「いや、どうしようって言われても困るが、何となく。誘ったきっかけやあの
二人の振る舞いを見ていると、そうなんじゃないかなあと思いまして。今日だ
けじゃないぜ。これまでのことも合わせて」
「見たままでいいじゃないの。私がどうこう言わなくたって」
唐沢を見ずに答える町田。
「遠野さんにもそういう気配、ちょっとあるよな」
「はいはい。あんたの観察力は素晴らしいですわ。それで? 自分を無視して
まで相羽君狙いの子がいると悔しいのかしら?」
「うーむ。ま、それもないとは言わないが」
唐沢は歩きながら腕組みをし、天を見上げる。夕暮れ空に鳥のシルエットが
あった。
「……で?」
続きを言わない唐沢に対して町田が発した言葉には、しびれを切らした響き
があった。
「答える前にもう一つ。町田さんや涼原さんは、何で今日、参加したんだよ?
前の花見やスケートとは、ちょっと趣が違うだろ」
「私は−−情けないけれど興味本位が最大の理由。ま、友達だし。純は、私が
引っ張って入れたの」
「そうか」
小刻みに二度三度とうなずき、唐沢は唇を噛みしめた。
「じゃ、あとは俺達の側の問題かな」
「何のこと?」
「何でもねえよ。おっ、やっと家が見えてきた」
手で庇を作る唐沢。そのまま足早に立ち去ろうとするのを、町田の声が止め
に入る。
「ちょっと。さっきの続きは?」
「んー? 何だっけ?」
「あんたね、若いくせにもうぼけ始めてんの?」
「さて。年は取りたくないもんだのう。ごほごほ」
いい加減な応対をして、早々に逃げ出してしまった。町田の怒声を散々浴び
せられながら。
「こらーっ!」
* *
(私ってばか)
距離を置いて歩きながら、何度目かの心のつぶやきをする純子。
(この順番で帰っていったら最終的に二人きりになるのを、すっかり忘れてた
なんて。郁江達に悪いよ)
帽子を握りしめ、前を行く相羽にちらりと視線を送った。
遠野の家を離れてから、三分あまりが経過している。
「あのね、相羽君」
「はい」
弾む口調で返事し、相羽が肩越しに振り返る。
「もういいよ。凄く遠回りになるでしょ。私、一人で帰れるから」
「ここまで送ったんだから、最後まで付き合う」
一転して頑なな口ぶりになる相羽。純子はため息をついた。陽はだいぶ落ち
ているから、相羽は気付かなかっただろう。
「言い出したら聞かないよね」
「場合によりけりだよ。少なくとも今日は絶対に最後まで責任持たないと、ま
ずいでしょ」
「そういうものかなぁ」
「……涼原さんが嫌だったら、やめて帰る」
「ううん! それはない!」
相羽に余計な気を遣わせてしまって、純子は急いで首を横に振った。
「じゃ、決まりだね」
相羽はまた笑顔に戻ると、純子の隣まで下がってきた。
「……ねえ、相羽君」
富井や井口らに対する引け目から、せめて何か話を聞き出しておこうと口を
開いた純子。
「今度は何?」
「えっと、あの……唐沢君がよく来てくれたわね」
考える先に口が動いていたので、どうも的外れな切り出し方をしてしまった。
案の定、相羽は不思議そうに目を丸くしている。
「はい?」
「つ、つまり、あれだけ他の女子と仲よくしてる唐沢君が……」
「お花見やスケートのときだって、来たじゃないか」
「それはそうだけど……三回続けてだから」
「想像だけど、今日来た涼原さんの友達って、誰も唐沢には興味ないって感じ
じゃない? それで唐沢の方が逆に色々話してみたいと思ってるんじゃないか
な。だからこそ、最優先に誘いに乗った」
「ひょっとしたら、そうかも」
感嘆に納得していると、さらに相羽からの言葉が。
「勝馬の方はそういう風に見えないわけ? わざわざ参加してくれたって」
「う……勝馬君には言わないで」
「分かってる」
ゆったりとうなずく相羽の表情には、苦笑が張り付いていた。
純子は目元が赤くなるのを意識しながら、話題を換えようと試みる。もっと
も、自ら始めた話題だけに、なかなかよい糸口は見つからない。
次に口を開いたのは相羽だった。
「遠慮なしに答えてほしいんだけど、今日、本当によかった?」
「それはもう、ばっちり。郁江達も喜んでたわ。個人的なこと言えば、プラネ
タリウムや博物館があったらもっとよかった、なんて」
「プラネタリウムは涼原さんの専門でしょ。とてもかなわない。博物館ならま
だ何とかなる。あと、僕がどうにか格好つけられそうなのは……ピアノのコン
サートとか」
「ふふふ、じゃ、次があれば博物館に化石を見に行きましょ。そのあとコンサ
ート。でも、コンサートって高そう」
「大丈夫だよ」
「あ、私だったら、あなたの演奏で充分よ。みんなも楽しがると思うなぁ。リ
クエスト聞いてくれるだろうし」
「冗談。僕なんか……。それより心配なのは、他のみんなが楽しいかどうか。
特に化石」
顎に手を当て、真顔で悩む仕種を見せた相羽。
「僕と涼原さんだけ楽しんでも悪い」
「そっか。……でもさ」
間を取って、純子は言葉を継ぎ足す。
「みんなを引き込めたらいいと思わない?」
「それは思う」
「じゃあ、やっぱり次は博物館。何だったら、プラネタリウムも。私が頑張っ
てみんなに教えるの」
「そのときは僕も教えてもらいたいな。あ、何だ。考えたら、それって涼原さ
んが全部の計画を立てればいいことじゃない?」
−−つづく