AWC そばにいるだけで 25−6   寺嶋公香


        
#4541/5495 長編
★タイトル (AZA     )  98/ 6/20  13:58  (200)
そばにいるだけで 25−6   寺嶋公香
★内容
 顎をしゃくり、再び町田に尋ねる牟礼田。
「……多分、真ん中」
 町田は目を凝らし、慎重な物言いで答えた。
 すると牟礼田は笑顔を作り、真ん中のコップに手を載せる。
「素晴らしい集中力! 正解だよ」
 大げさに言い放つや、コップを傾ける。と、中から赤い玉が転がり出た。
 町田は得意がっていいものかどうか、戸惑った風に周囲と顔を見合わせてい
る。それも道理で、牟礼田の手さばきは素早くはあったが、目で充分追えるス
ピードだったから。
「ただ……残念なことに」
 牟礼田が声のトーンを変える。
「先ほどの回は、集中力がない、ぼんやりした人にでも当てられるんだよ」
 言いながら、彼は残る二つのコップに左右の手を置き、同時に開けた。
 あっ−−全員が驚きの声を短く上げた。
 どういうわけか、それら二つからも赤い玉が出て来たのである。
(いつの間に? だ、だいたい、赤いボールは一つしかなかったんじゃあ?)
 純子の頭の中を様々な疑問が回る。
 その他の面々も同様らしい。ざわざわと感嘆の息をこぼしている。
 いや、相羽だけは違った。一人、楽しげに目を細めていたのだ。
「では、もう一度やってみせるから、よく見ておいて」
 牟礼田はコップと玉を使った奇術を立て続けに行ったが、あるときは一つの
コップから三つの玉が現れたり、またあるときはどれにも入っていなかったは
ずなのに再度見直すと全てに入っていたりと、やる度に結果が違っており、純
子達から歓声と拍手を何度も引き出した。
「分かんねーっ」
 必死に首を捻っていた唐沢がギブアップ宣言をする。それを待っていたかの
ように、牟礼田は赤玉を人差し指と中指とでつまみ上げた。
「コップの中に隠すから分かりにくい。君達の手の中に入れたら、見間違えよ
うがないね。それでは、えっと、そこのぽっちゃりしたお嬢ちゃん」
 指名された富井は自らを指差してから、一歩進み出る。
「どっちでもいいから、手を出してくれるかい」
「はい、こうですかぁ?」
 おっかなびっくりといった雰囲気で、富井は右手を真っ直ぐに出す。
「手の平を上に向けて、開いて」
「はい」
 牟礼田は富井の手を取り、その中央辺りにさっきの赤い玉を置く。と思った
ら、また離してかざす。
「こういう風に置くから、しっかり握り込んでね。強く強く、ぎゅうっと」
「はあ」
「本当に強くだよ。バーゲンで狙った服を掴むときみたいに」
 笑いが起こる。ふと見れば、純子達以外にも見物人の取り巻きが出来ていた。
「は、はい」
 一人笑っていない富井が、固い調子でうなずく。
 牟礼田は赤い玉を富井の手の中に置くと、そのまま握らせる。マジシャンの
大きな両手が、富井の手を包み込む感じになった。
「いいですか、お嬢さん。さっきも言ったように、強ーく、握ってよ?」
「に、握ってまぁす」
「今、玉はありますね?」
「え? ええ、も、もちろん、あります」
 そう言いつつも自信がないのか、きょろきょろと首を巡らし、純子や井口に
助けを求めるような眼差しをよこした富井。
(すっかりペースにはまった感じだね)
 種を見破ろうなんて気持ちを早々に捨てた純子は、微笑み返すだけにした。
「いくつあるか、分かる?」
「一個に決まってます」
 牟礼田のこの質問には、さすがにむっと来たらしく、富井は唇を尖らせた。
頬もちょっと膨らんだか。
「ほんとに? 自信あるかな」
「だって……一個しか使ってないです」
「そうだった。でもね、こうやって」
 マジシャンがぱちんと指を鳴らした。
「音を立てると、赤い玉はびっくりして割れちゃうんだ」
 何のこと?という、訝しむような空気が広がる。
「さあ、開いてみよう」
 牟礼田に促され、富井は右手の拳を解いた。
「−−わっ?」
 途端に富井は右手を激しく上下に振り、その場を飛び退く。周囲からも悲鳴
に似た歓声が湧き起こり、さらに小さく笑いも混じる。
 見物客達を驚嘆させたのは、富井の右手から、何十分の一かに縮んだ赤玉が
三十個ほど、わらわらとこぼれ出たからだった。
「び、び、びっくりしたぁっ!」
 富井が皆の背に隠れるようにして、心臓のどきどき音が聞こえそうな口調で
感想を漏らす。
「赤い玉ばかりか、みんなまで驚かせてしまった」
 とぼけた口ぶりで言って、軽く黙礼する牟礼田。
(さすが、こういうところでやってるだけのことあるわ。相羽君もこの人から
習ったのかな? 話し方なんか、ちょっと似てる感じだし)
 そんな推測から、相羽の横顔を見やった純子。
 相羽は、多分、何度も見たことがある手品だろうに、目を輝かせて心底から
楽しんでる様子だった。
 それはさておき、牟礼田のパフォーマンスは少なからず効果があったと言え
るだろう。
 コップとボールの演技のあと、コインやカード等を用いたマジックも披露し
てくれたのだが、その結果、何人かのお客が奇術用品を買っていったのだ。
「おじさん。女の子にもてそう手品でお薦めなのは?」
 他の客が一通り立ち去ったところで、唐沢が尋ねた。
「ほう。君なら手品なんていらないように見えるが、違うかね」
 牟礼田の言い様に追随して、町田が横から口を出す。
「そうなんですよ。そこへ手品を教えたら、こいつの魔手に引っかかる犠牲者
が増えますから、教えないでください」
「余計なこと言うなよ」
 唐沢が振り返って、きっ、とにらむと、町田は素早く知らんぷり。
「唐沢にはいらないから、僕に教えてください」
 かがんでいる勝馬が笑み混じりに、ガラスケースに両手をかける。
「あなたは買わないの?」
 ケースの中を覗き込んでいた純子は顔を上げ、隣に立つ相羽に尋ねた。
 相羽は回転式のラックにかかる奇術道具やパズル用品を触れていたが、その
手を止め、目線を落としてくる。
「売り上げには、これまでにたっぷり協力させてもらったからね」
「買わないのね?」
「うーん、ほしい物はあるけれど、小遣いが苦しくなる。それに、買うところ
を見られたら、みんなの前でやれないじゃないか」
「あ、それもそうね。うふふ」
 相羽の言葉がどこまで本心かは知らないけれど、純子は納得できて、ついつ
い微笑してしまった。
 牟礼田にお礼を何遍も言ってから、純子達はおもちゃ売り場をあとにした。

 日がオレンジ色がかり始める頃、グループデートも幕を迎える。
「こんなのでよかったのかな」
 陽光を避けるために深緑色のブラインドを降ろした窓を横に、相羽が独り言
のような調子で尋ねた。
「俺が採点するのも変だろうが」
 前置きして始めたのは唐沢。
「ある意味で参考になった。他人のやり方って面白いよな」
「面白いってどういう意味だよ?」
「興味深かった、てな感じさ。メモしとこう」
 いつもの調子で言って、手帳にメモ書きする仕種をしてみせる唐沢。
「……おまえに聞いたわけじゃないんだった。涼原さん達、どうだった?」
 女子の一団に振り向く相羽。
 富井と井口が意味不明に近い甲高い声で応じるのへ、町田の解説が重なった。
「この顔と声を見れば、説明いらないと思いますけど」
「……よかったと解釈していいの?」
「もちろん。純も遠野さんも、ね?」
 町田に話を向けられて、純子と遠野は急いで首を縦に振り、反応した。
 そのあとも町田が続ける。
「強いて言えば、動き回り過ぎかな。普通は遊園地ともう一箇所ぐらいですま
せてもオッケーだと思うけれど」
「おや。町田さん、詳しいじゃないですか。見かけによらず、経験豊富なのか
いな」
 唐沢が例によって余計な一言を挟む。
 結果、町田が話の輪を外れて、代わって富井達がしきりによかった、楽しか
ったと主張を開始する。
「また連れてってね」
「え。今日ので精一杯なんだけどな。この次があったって、目新しいことなん
て考えられないよ。――そうだ、勝馬。次はおまえが考えてくれよ」
「何? 俺に計画立てさせたら、ゲーセン巡りとか映画とか、そんぐらいだぜ」
「映画はともかく、ゲーム尽くしにしてどうするんだ?」
「だから、こういうことは専門家に任せた方が賢いって」
 勝馬が唐沢を横目で見やると、みんなうんうんうなずく。
 それが収まったところで、富井が付け足した。
「でも、相羽君もいいよー」
 お喋りに興じる内に、朝集まった駅に帰り着いた。
 それからは途中までみんな同じ方角だが、徐々にばらける。
 最初は町田、唐沢のご近所同士に富井を加えた三人。
「ここでお別れなのね。寂しい」
 特に名残惜しそうな富井。もちろん目当ては相羽。放っておくと遠回りもい
とわない様子で、右の人差し指を口元に当てている。
「気を付けてね。唐沢がちゃんと送ってくれるよ」
 相羽は富井の「寂しい」をどう受け取ったか、そう言った。
「任せなさい。こういうことには慣れている」
 胸を叩くポーズの唐沢に、町田が背を向けたまま、「そうでしょうとも」と
つぶやく。
「何か言ったか?」
「べっつにー。さ、郁江。いつまでぐずぐずしてんの。明日、学校で会えるで
しょうが」
 町田が富井の服のひらひらをつんと引っ張った。それでやっと動き出す。
「うん。相羽君、ありがとうねー」
 気を取り直したように大きな声の富井は、大きく両手を振った。
 相羽のみならず、他の五人も手を振って「また明日」云々と応じる。
 町田達が見えなくなって、勝馬がぽつりと言う。
「唐沢より町田さんの方が強そうだ」
「−−あはははっ」
 一斉に笑いが湧き起こる。相羽と遠野は控え目に、純子と井口は遠慮なく。
「そ、それは、芙美に、悪い」
「涼原さんも笑ってるくせに」
 大元の発言をした勝馬はにやにや笑って、責任逃れしようとする。
「でもま、唐沢の右腕、太くなってきたよな。力もあるみたいだ」
「ああ、そうそう。ラケット振ってるせいだろうな、やっぱり」
 男子二人の会話に、純子はそうだったかしらと記憶を蘇らせようと試みる。
が、意識して見ることなんて滅多にないので、分からなかった。
 歩く内に、井口がお別れする番になった。
 家の前までみんなで行き、先ほどと似た感じで言葉を交わす。
 相羽達四人が帰り際に、井口は純子を呼び止めた。
「何、久仁香?」
「羨ましいなと思って。何かいい話が聞けたら、あとで教えてね」
「え、うん。いいわよ」
 いい話ってどんなのだろうと疑問に感じつつ、純子は承諾した。
 またしばらく経つと、今度は勝馬の家のそばを通りかかったらしい。らしい
というのは、純子は彼の家がどこにあるかを知らなかったから。
「何か、ボディガード役になんなかったな、俺」
 勝馬はY字路を前に、嘆くように言った。太陽はすでに赤っぽくなっている。
「そんなことないわよ。人数が多いほどにぎやかだもん」
「はは。枯れ木も山のにぎわいって言うもんな」
「そういう意味じゃなくて」
 純子が続けようとするのを、勝馬は手を振って遮った。
「いいっていいって。さて、相羽クン。二人をしっかり送るように」
「言われなくとも了解。勝馬はここでいいのか?」
「中二になる男をどうこうしようっていう物好きは、まあいないと思うぞ」
 薄く苦笑いを浮かべると、勝馬は改めて純子と遠野にひょっこり頭を下げる。
「どーも、どーも。今日は楽しかったです。よかったらまた遊んでやってくだ
さいな」
「よかったらだなんて」
「またみんなで行きましょ」
 女子二人の返事に、「遠野さんも涼原さんも優しいなあ」とおどけて答える
と、勝馬は駆け出して行った。時々こちらを振り返るものだから、危うくつん
のめりそうになりつつも。
「前をよく見ろよ! −−で、ここからはどっちの家が近いの?」
 相羽は二人の顔を交互に見ながら聞いた。

−−つづく




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