#4536/5495 長編
★タイトル (AZA ) 98/ 6/20 13:50 (172)
そばにいるだけで 25−1 寺嶋公香
★内容
夏の海での撮影も二度目となれば、だいぶ慣れた。
前回の経験から、日程の半分はリゾート感覚でいてかまわないとも分かって
いたし、何よりも皆と顔見知りになっていたことが大きかった。
(それに、天気が崩れなくてよかった)
飛行機の小さな窓から景色を眺めつつ、純子は思った。
空には若干の雲がかかっているが、快晴には違いない。お天道様の下、木々
の緑が風に揺れる様は、生気を分け与えるために奔放にまき散らしているかの
ようだ。
(飛行機にも慣れたし−−あっ)
窓枠に切り取られた風景が、少しずつ動き出した。
アナウンスが入って、離陸準備を改めて告げる。この瞬間は、さすがに緊張
するものだ。無意識にシートベルトへ手をやった。
「純子ちゃん、これ、食べない?」
隣に座る斉藤ルミナが、ミルクキャンディを取り出してかざす。もう飛行機
なんて全然珍しくない彼女は、さっきから電車かバスの中にいるのと変わりな
く振る舞っている。
「あ、ありがと」
何もこんなタイミングで……と思いながらも、純子はキャンディの包みを片
手で受け取った。
ルミナはキャンディを口に放り込むと、上体を前に少し傾け、窓を見やった。
「ここにAR**の撮影で来るの、もしかしたら今年が最後になるかもしれな
いと思うと、ちょっとセンチメンタルな気分」
「うん。そうね」
素直に同意。
大きくなったら当然、子供服のファッションモデルは難しくなってくる。発
育のよすぎる子は年齢に関係なく除外されることさえあると、純子は聞かされ
た。
(その点、私は……。喜んでいいのかしら。複雑)
AR**が出している衣料は対象年齢が幅広いため、このまま小学生高学年
から中学生向けの服のモデルをし続けることもあれば、少し上の服のモデルを
割り当てられる可能性もある。要するに、これからの一年の成長具合を見てか
らということらしい。
「耳は痛くならない?」
水平飛行に入り、着席の指定が解除される頃、前の席に座る相羽が話しかけ
てきた。去年同様、純子とルミナの暇つぶし?の相手として参加したのだ。
「今のところ平気よ。来るときだって、前みたいにならなかったし」
「それならいいんだ」
と応じた相羽へ、ルミナは黙ってキャンディを差し出した。
一瞬だけ目をぱちくりさせると、「サンキュ」と短く言って、受け取る相羽。
それから純子達二人のシートの様子を覗き込む。
「何でモデルがそんなにぱくぱく食べられるんだか」
どうやら、破いた包みの多さに気付いたらしい。
「これはほとんど、ルミナちゃんの物」
「純子ちゃんだって食べたわ」
「くれた分だけだから、三つよ」
変な言い合いを始めた女子達に、相羽は頭を抱える仕種。
「トランプでもしよう」
「やあよ」
言い合いをぴたりとやめ、顔を相羽へくるりと向けると、少女モデルの二人
は声を揃えた。
「相羽君、強いんだもん」
「全然かなわないから、やってて面白くない」
昨日の夜のことを持ち出した。七並べや五十一、神経衰弱と、純子もルミナ
も散々やられているのだ。
「ずるはしてないよ。たまたま運がよかっただけで」
「それは分かってるけど」
相羽の主張に一応、うなずく。
「強すぎる人がいると、やっぱり面白くならない」
「信一の代わりに、私が入ってあげようかしら」
前の席の相羽の隣にいたのは、相羽の母親。顔は見えないが、小さく笑って
いる姿が簡単に想像できる。
「あ、だったら、賛成!」
「その間、僕は何してたらいいのさ」
不服そうに口を尖らせる息子の言葉に、また母親の笑い声が重なる。
「三人で何かするんだったら、席を替わってもらったらいいわ。そこの三人掛
けの座席にいるのは、スタッフばかりよ」
相羽の母の提言に、どうしようと顔を見合わせた純子とルミナ。
「トランプの他にみんなですること、ある?」
「UNOとか。……喋ってるだけでもいいかもしれないけれど」
「手品やってもらおうか」
「種が見えちゃうんじゃない?」
長々と続く二人の話に、相羽は待ちくたびれたように音を上げた。ずっと後
ろ向きの姿勢でいるのはさすがにつらいらしい。
「何でもいいから、早く決めろー」
抗議の甲斐あって、場所は程なく移された。さっきまでいた席とは反対側の
窓際だ。早速話し始めたら、キャビンアテンダント−−スチュワーデスさんが
近付いて来るのが分かった。何だろうと見ていると、どうやら小さな子供への
サービスとしてプレゼント−−粗品とも言う−−を配っているらしかった。
年若い制服のおねえさんが、やがてすぐ隣に来て立ち止まる。
幾分甲高い声、しかも丁寧な言葉遣いで流暢に何か言われたが、実に聞き取
りにくい。でも、続いて何種類かの品物を見せられたので、そこから選んでほ
しいということは理解できた。
飛行機の絵あるいは写真のプリンとされた葉書のセット、駄菓子屋で売って
いるような発泡スチロール製のゴム動力飛行機、キャラクターの入ったカード
はハーブの香り付きとある。
「何にする?」
真ん中に座る相羽が、両側を気にして顔を左右に振る。
「別々の物をもらったらいいんじゃない?」
「それがいいよね」
簡単にまとまって、一種類ずつもらった。
「やっぱり、おもちゃの飛行機は相羽君ね」
「やっぱり……」
ルミナから受け取って、相羽は同じフレーズを繰り返した。
手元の組み立て前の飛行機をためつすがめつする相羽に、純子が尋ねる。
「え、嫌なの?」
「ううん、ほしかった。ただ、こうなるんだったら、最初から好きなのを取っ
てもよかったのにと思っただけ」
「ねえ、純子ちゃんはどっちがいい?」
相羽を間に挟んで、ルミナが持ちかけてくる。
「残ったのでいい」
「そんなこと言わずに。絵葉書はきれいだし、ハーブの香り、いい感じ」
せっかちでコミカルな態度で、葉書に目をやり、カードの匂いをかぐルミナ。
「迷わせるようなことを言われると、ますます……。ルミナちゃんはどっち?」
「私もどっちでもいい」
「だったら、ジャンケンして勝った方が……葉書ってことにしない?」
純子が持ちかけるのと同時に、くっくと漏れるような音で笑いが起きた。
真ん中の座席で居住まいを正して聞いていた相羽が軽く握った拳を口元にあ
てがい、吹き出すのをどうにかこうにか辛抱している。
「……何がおかしいのかしらね、相羽君?」
「だって、二人とも小学生みたいだ。どっちでもいいからジャンケン……おか
しくって」
「おかしいかなあ?」
純子が見やると、ルミナは首を横に振った。
「思わない」
「ほら。相羽君の方がおかしい」
「まあ、そういうことにしとこう。それよりさ、葉書、セットになってるんだ
からさ、みんなで分けないか? ハーブのカードはルミナちゃんがもらって、
涼原さんにはこの飛行機、あげるよ」
「え、ちょっと、あの」
わけが分からない内に飛行機の模型を手渡された純子。呆気に取られている
間に、相羽はルミナから葉書を受け取り、封を切る。
「絵柄を見るとまた迷うだろうから、適当に分けるよ」
手品を演じるときさながらの手さばきで、相羽は葉書を分配した。
プレゼント騒動が一段落したかと思うと、ルミナが唐突に始めた。
「二人とも、お土産って誰に買ったの?」
「誰にと言われても……両親」
先に答える純子。
「家族以外にはなし?」
「担任の先生にも。モデルやるのを大目に見てもらってるから、なんてね」
「ていうことはつまり、バイトなんか禁止なのね?」
「そうよ。ルミナちゃんの学校だっておんなじでしょ」
「まあね。相羽君のお土産は誰に行くのかしらね?」
いつものペースで、話の矛先をころっと変えるルミナ。
「特に誰と決めたわけじゃなく、友達に。クラブに持って行くやつ」
「それで二十何個入りのお菓子だったんだ? 純子ちゃんは友達には?」
「買ったけど。私達に聞いてばかりいないで、ルミナちゃんの方はどんな感じ
なの」
「だいたい一緒よ。特に家族の分は気を遣うから、ストレス溜まっちゃってね」
ルミナは自嘲気味に言って、兄の英弘の方をちらりと見た。英弘は気付かぬ
風で、他のスタッフと歓談していた。
「ま、そんな話は横に置いといて」
明るい口調でルミナが続ける。
「折角席を替わったんだし、トランプか何かしましょうよ」
「了解」
短く応じ、カードを取り出す相羽。彼が切る間も、ルミナは純子に話しかけ
てきた。
「仕事は入って来てる、純子ちゃん?」
「え。ほとんどなし」
苦笑いしながら答える。
「そお? タレントとモデルのどちらに力を入れてるのかしら」
「多分、タレントの方かな。事務所任せだから。あははは」
「まあ、今は挨拶回りとか色んなオーディションとかで精一杯ってとこか」
「そういうのは、あんまりやってないわ」
あんまりと言うよりも、全然やっていない。
(市川さん達が売り込んでくれてるとは聞いてるけど……私がついて行かなく
ていいのかなあ。何となく、市川さんが変わったこと考えてるみたいな気がす
るのよね。歌のレッスンも、低音にかける時間が増えたみたい)
ここ数日のことを思い起こしながら、そんな風に想像した純子。
「ルミナちゃんは?」
「ちょこちょこ雑誌のグラビアに出てはいるのよ。だけど、手っ取り早く売れ
ようと思ったら、メーカーに使ってもらわなくちゃ。AR**もいいんだけど
ね。テレビCMがないから」
CMと聞いて、純子は心がちくりと痛む。
(『ハート』のこと、ルミナちゃんにまで秘密にしておけだなんて……)
「仕事の話もいいですが」
不意に、相羽が言った。のんびりと言うよりも気怠い響きの声に、カードを
切る単調な音が重なる。
「何をするか決めてなかったので、配るに配れません」
純子とルミナの笑い声がさらに重なった。
−−つづく