AWC そばにいるだけで 25−2   寺嶋公香


        
#4537/5495 長編
★タイトル (AZA     )  98/ 6/20  13:51  (155)
そばにいるだけで 25−2   寺嶋公香
★内容
 レッスンがない日は貴重。部活の日に重なっていればもちろん出るが、それ
もなければ早めに帰って休むに限る。
 だが、身体が空いたときを狙ったみたいに、町田達が誘ってくる。レッスン
を受けていると知らせておけば、察してくれるのだろうけど、あいにくと秘密
主義を貫いている。
(きっと、私って塾通いには向いてない。みんなといる時間と同じぐらい、自
分の時間がほしい)
 今日はそのお誘いさえなく、完全にフリーになった。
 鞄片手に運動場の隅を横切り、足早に校門を目指す。本当は走って早く帰宅
したいのだが、夏を迎えるこの時季になると厳しい。
「あ−−涼原!」
 水飲み場の脇を抜けようとしたとき、名を呼ばれた。
 相手が誰だかすぐ分かったせいもあり、「急いでいるのに」と若干不機嫌の
虫が目を覚ます。それでもむげに過ぎ去る真似なんてできず、立ち止まった。
「何か用、清水?」
「用ってもんじゃねえけど。久しぶりだな」
 野球部のユニフォーム姿の清水は、首からタオルを下げて曖昧に笑った。袖
から覗く腕はいつの間にかたくましくなったように見受けられる。顔には汗だ
か水だか分からない滴がたくさんあった。
「拭けば……」
 純子の言葉に、清水は素直にもタオルで顔をごしごし拭った。
「コンビのもう一人は?」
「大谷は今日、部活を休んだ。大事なときだってのにあいつ、足、くじいちま
ってよ。間抜けめ」
「えっ、そうなんだ? どの程度?」
「様子を見てるとこ。大したことねえと思う。完全に直さないとあとに響くか
らって、顧問が休ませてんだよ」
「それならいいけれど。大谷−−君に、大事にしなさいよって元気づけてあげ
てよ。そう言えば、野球の練習、もう終わりなの? いつもより早いんじゃ」
 普段ならこの時間帯に、野球部員と遭遇するなんてなかった。
 清水はユニフォームの土を払いながら応じる。
「明日、試合があるから早めに切り上げ。もち、大谷は出られねえけどな」
「ふうん。じゃあ、せめて清水、あんたが頑張ってよね。学校の名誉もかかっ
てるんだし」
「そんなこと言うぐらいなら、応援に来てくれよ」
 水飲み場の台に片手を突き、気楽な調子でそう言ってきた。
「応援? してあげたいけれど……」
 内心、ちょっと軽はずみだったかなと反省しつつ、口ごもる純子。
「何だよ、だめなのか」
「試合って、放課後でしょ?」
「ああ。昼間にやる試合なら来れないってのも分かるが−−」
「ごめん。明日は忙しくて」
「何があるんだ? 部活は違う曜日だろ?」
「う、うん。他の用事」
 説明できないのがもどかしい。幸いにも、清水は追及しては来なかった。
「だったら、来週の水曜は?」
「えっと……あ、それも無理」
「……じゃあ、もうすぐ地区大会がある。緒戦は土曜だからいいだろ?」
「多分、それもだめかなあ……」
 純子は顔を下に向けたまま、上目遣いをして様子を窺う。
(怒ってるんじゃあ……)
 清水は確かにしかめっ面になっていたが、怒っていると言うよりもがっかり、
さらに呆れている雰囲気がある。
「何だよー、全然だめじゃねーか? 最近、涼原って冷たくなったよなあ」
「お、おかしな言い方しないでよっ」
 面を上げ、鞄を抱きしめながら抗弁する。夕日がそろそろまぶしい位置にや
って来た。
「元々、あんたには意地悪ばっかりされて……。ああ、もうっ。今だって、ど
うしてこんなに話し込んでんだか。帰るわ」
「待てよ。そう言う意味じゃねえって。クラスが変わってから、その、おまえ
と話すチャンスが減って、つまんねえんだ」
「話すチャンスじゃなくて、ちょっかいをかけるチャンス、でしょ」
「へへ。俺にとっちゃ、おんなじこと」
「全くもう、しゃあしゃあとよく言うわ。でも、本当に今は忙しいの。時間が
できたらみんなで応援に行くから」
 嘆息しつつ、答える純子。野球のことは全く詳しくないけれど、知っている
顔が参加していれば熱も入るもの。
「早く来てくれよ。おまえが来たら絶対勝てる気がするんだよな」
「何でよ? 全然根拠ないじゃない」
「だって、おまえの前で格好悪いことできねえもん」
 清水が目を逸らしながら言った。
 純子はくすっと笑って、励ます。
「エラーって言うの? 失敗したらしばらくからかってあげるから。そうなら
ないように頑張りなさいねっ」

 風に煽られ、鍔広の帽子が少し歪んだ。
(案外、定番なのね)
 待ち合わせ場所の正面にある大きな立て看板にある地図を眺め、純子は改め
てそう感じた。
 それから後ろの柵に手を掛け、後ろを右から振り返る。そこにある水色のポ
ールの先には、大きなアナログ時計。
「早すぎたかな」
 帽子をきゅっと被り直す。生地の色の淡いピンクが肌を照らした。
(みんなが遅れるのは毎度のこととしてもよ。企画した本人は、早めに来るべ
きだと思う)
 相羽の姿はまだない。純子が数分前にやって来たとき、この場には誰もいな
かった。
(いつも通り、時間ぴったりに来るんだろうな、きっと)
 息をついて、街景色に目を転じようとしたそのとき。
「涼原さん? おはよう」
「え。あれ?」
 右に十度ほど視線をずらすと、相羽がいた。チェック柄のシャツにジーパン。
ベルトには何やら細いチェーンが着いている。
「おはよ。相羽君、ほんとに早いじゃない」
「そっちこそ。いやぁ、まさか負けるとは思わなかった」
 横に立ち、純子と同様に柵に手を掛けた相羽。
「珍しいよね、あなたが時間より早く来るのって」
「それはまあ、幹事役としてね」
 言いながら、相羽は先ほどの鎖を引っ張った。ジーンズのポケットに隠れて
いたその先が覗く。丸いメダルのような銀色の物が現れた。
 一箇所、出っ張った部分を相羽が押すと、それはコンパクトのように開き、
時計の文字盤が見えた。懐中時計だと知れる。
 相羽は手元と後ろにある大時計を見比べ、時刻が合っているかどうかを確か
める素振り。やがて「よし」とつぶやき、ポケットへ戻す。
「また珍しい物を見ちゃった」
「え?」
 純子が微笑みながら言うと、相羽は不思議そうに振り向いた。
 歯を覗かせ、帽子を取ってから応じる純子。
「だって、時計持ってるんだもん」
「ああ。さすがに今日は持っていないと、みんなに迷惑かけるかもしれないだ
ろ。家に腕時計がなかったから、これ」
 と、懐中時計の収まる小ポケットを指差す。
「それで何分待った?」
「そんなに経ってない。三分ほどよ」
「はあ、助かった。それぐらいなら許してくれる?」
「許すも何も……早く来たのは私なんだから」
 呆れて嘆息すると、純子は状況にはたと気付いて、距離を少し取った。
(引っ付きすぎてると、勘違いされるかも)
 約束の時間まであと五分余り。まだ他の顔ぶれは一人も姿を見せない。
「色々考えてもらっておいて言うのは悪いけれど、遊園地だなんて、相羽君に
してはありがち」
「うーん、他に浮かばなかったこともないんだけど、全員に喜んでもらえそう
なところとなったら、遊園地ぐらいしか思い付かなくてさ。唐沢みたいな経験
もないし」
 前を向いて、照れたように片手で髪をかき上げる相羽。
 その横顔を見て、純子はもう少しからかってみたくなった。
「うふふ。じゃあ、唐沢君に聞けばいいのに」
「それはちょっとできません。頼まれたのは僕なんだから。せめて、唐沢が今
日来ないんだったら、考えたかもしれないけれどね」
「ああ、なるほどねえ。だったら次は唐沢君に企画してもらおうかなっと。経
験たっぷりの人とそうでない人がどれだけ違うか、比べるの」
「厳しいな」
 相羽が続けて何か言おうとしたところへ、みんなが現れ出した。
 まず、遠野が一人で。それから町田と唐沢。富井と井口。最後に勝馬がやっ
て来たのは十時を六分経過していた。
「当日になって言うのも何だけどな。わざわざ駅前に集まらなくても、直接遊
園地前に集合すればいいと思うのだが」
 唐沢が告げると、相羽はかすかに首を傾げる。
「遊園地よりも駅の方が慣れてるから、迷いにくいんじゃないか? ほら、あ
そこって出入り口がたくさんある」
「そうか。一対一ならともかく、グループだもんな」
「それに、寄りたい場所があったんだ」
「どこ? さっさと済ませて行こうぜ」
 唐沢の気忙しげな口調に対し、相羽は首を水平方向に振る。
「みんなが来る前に行ってきたから」
 その台詞に「えっ」と言いそうになる純子。実際、口にしたかもしれないが、
他のみんなはぞろぞろと移動を始めていたので聞こえなかったよう。
(ということは、あいつ、私より早く来ていた? 誰も来ない内にその用事を
済ませたってわけ?)
 確証はない。でも。
(黙ってるなんて……相羽君ならありそう)
 七人の背中を追いかけながら、純子はそんなことを考えた。


−−つづく




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