AWC そばにいるだけで 24−9   寺嶋公香


        
#4535/5495 長編
★タイトル (AZA     )  98/ 6/20  13:27  (193)
そばにいるだけで 24−9   寺嶋公香
★内容
 昼休みの間に相談して、こうしようと決めたのだ。
 鞄を小脇に抱えたまま立っていた相羽は、面食らったように半歩ほど後ずさ
る。本当にバランスを崩しかけたらしくて、少しよろめいた。
「あ、ありがとう……」
 平常の態度を保つためか静かな調子で言って、手近の椅子に座った相羽。鞄
を机に置き、前髪を一度かき上げると、「参った」とつぶやく。
「調理部で一緒に頑張ってきたし、勉強とかも色々教えてくれたことへの感謝
も併せて、ね」
 町田は相羽の反応を楽しむかのように、にやにやしながら言った。
「はい、これ」
 トップを切って、井口がプレゼントを渡す。と、負けてなるものかという具
合に、富井が横合いから贈り物の箱を差し出してきた。
「どうもありがとう」
 この頃にはすでに平静を取り戻した様子の相羽は、左手で井口のプレゼント、
右手で富井のプレゼントをそれぞれ受け取った。
「これ、やっぱり当てなきゃいけないのかな?」
 冗談めかした口調の相羽に対し、富井と井口はぶんぶんと勢いよく首を横に
振る。音が聞こえそうだ。
「帰ってから開けて!」
「そうそう! あとのお楽しみってね」
 声を張り上げる二人に、純子は「もうちょっと静かにしなきゃ」と注意した
かったが、やめた。状況が状況だし、図書室内もテストが終わったばかりであ
るためか、真面目に勉強をしている人は見受けられなかったから。
(それにしても、いくら白沼さんと同じことしたくないからって、あんなに極
端な反応をしなくたっていいのに)
 おかしくって、口に指先を添え、くすっと笑った。
「−−ええっと、お二人からは何ももらえないんでしょうか」
 自分の鞄の上にプレゼントを置いてから、相羽は純子と町田を振り返った。
 いや、もしかすると、振り返った先に見据えていた相手は一人だったのかも。
「ざんねーん。何も用意してないのよ」
 町田が答えると、相羽は小刻みな瞬きをしてから、軽く息を吸い込み、次い
で大げさに肩を落としてみせた。さらに、面白おかしい口ぶりで「がっくり」
と声に出して言った。
 町田は歯を覗かせる笑みをなしてから、すました調子で告げる。
「まあ、私からはあとでケーキでも買ってあげよう。純は今渡すんでしょ」
「−−えっ?」
 うつむいていた相羽が、不意に面を上げた。その速さは、鞄から贈り物を取
り出そうとしていた純子が動作を止めてしまうほど。
「何をそんなにびっくりしてるのよ。目、ぱっちり開けちゃって」
 純子が指摘すると、相羽は即答を避けて咳払いした。
「その、富井さんと井口さんからもらえただけで充分だと思ってたのに……い
や、だから、町田さんが言ったのは町田さんと涼原さんは何も用意してないっ
て意味だと思ったから……」
「ど、どうしたの、ごちゃごちゃ言って。あんまり期待しないでよ」
 純子は急いで取り出すと、その小さな小さな包みを両手で相羽に差し出す。
 相羽の方はこれも慌てた風に立ち上がり、やはり両手で受け取った。繊細な
ガラス細工を扱うときみたいに、そっと覆う。
「ありがとう」
 押さえ切れずにこぼれ出したような笑顔で相羽は答えた。
(私の一番小さいのに、こんな嬉しそうにするなんて、変なの)
 純子は、「ほんっとに期待しちゃだめだからね」と念を押しつつ、そんなこ
とを思った。これに対して軽くうなずいた相羽。
「分かった。みんなも本当にありがとう。嬉しいな」
「そんなことよりも、時間は大丈夫?」
 いささか唐突な質問を発した純子。
「何が?」
「だって、今日は誕生日でしょうが。去年みたいにあなたのお母さん、ごちそ
う作って待ってくれてるんじゃないのかなって」
「ああ、それなら平気。まだいいよ。……何だか、他にも話があるみたいだ?」
「そのことにつきましては、私から」
 どことなく司会者然とした物腰で、町田が口を開く。
「テストも終わったことだし、話を進めないとね」
「と言うと……」
「この間、約束したじゃない、遊びに行くって。あれの予定を立てるのよ」
「ん、思い出した。友達何人かに声を掛けたら、みんな行きたがってたよ。は
ははは」
「そうでしょうとも」
 当然と言いたげに、頭を縦に大きく振った町田。
「日を決めないと確定しないけれどさ、勝馬と長瀬はいつでもオッケーらしい」
「なるほどね」
「他に唐沢のやつが、『その日の予定が詰まってなかったら行ってやろうかな』
と言ってたぜ」
「む。嫌味ね」
 一瞬、表情を不機嫌そうに曇らせた町田だったが、すぐさま元通りになる。
「まーったく、よっぽどデートにお忙しいようで」
「あとは、芝垣とか……。そうだ、悪いんだけど、清水と大谷にも聞かれてし
まってさ。ひょっとすると来るかもしれない」
「ええっ!」
 ただ一人大げさに反応した純子は、ここがどこだか、はっと思い起こし、口
を押さえた。
「純子、そんなに嫌だったの?」
 よっぽど純子が嫌そうな顔をしたのだろう。井口が心配げに眉を寄せた。
「そ、そうじゃないけれど。昔から意地悪されてると、条件反射になって」
「あのさ」
 相羽が割って入る。
「付け加えておくと、清水達二人って、休みはたいてい野球部の練習や試合が
あるから、難しいって言ってた」
「それを早く言ってよー」
 ほっとする一方で、ちょっと感心もした純子。
(あの二人も意外と頑張ってるんだわ。レギュラーになれたのかしら?)
「まあ、そういうことだから、日を早く決めてほしい」
 相羽が要望を言うと、町田は手帳を取り出し、六月のカレンダーがあるペー
ジを開く。
「六月は雨が多いのが心配だけど、学校行事は少ないから予定を立てやすいの
よね。今んところ、候補はこれだけよ」
 相羽にカレンダーを示す。六月の土日のほとんどに赤丸が入っていた。
「……もっと絞り込んでほしいんだけどな」
「それは無理よお」
 富井と井口がハーモニーを奏でる。
「だって、行き先を決めるのは相羽君達だから」
「何だって?」
 口をぽかんと開けてしまった相羽。
(うふふ。当たり前だけど、困ってるみたいね)
 こみ上げるおかしさを我慢して、肩が震えた純子。
「連れて行けって言われても……僕は唐沢じゃないから、適当な場所が思い付
かない」
「唐沢気分を味わわせてあげようってのよ。行き先はそっちで考えて」
 学校の二年生男子の中では上位を争う唐沢を掴まえて、呼び捨てにした上、
なかなかひどい言い様である。
「しかし、そんな大勢で行くところなんて、急に言われても……」
「そうかしら。本当に行くのは六月中でいいのよ」
 町田が案外、譲歩をしないので、さすがに純子は心配になってきた。
「芙美。無理に頼んだら悪いわ」
「−−無理なのかな、相羽君?」
 純子の言葉に耳を傾け、そのまま相羽に質問する町田。
「うーん、難しい感じ。罰ゲームの約束だから行くことは絶対に行くけど……
少し考えさせてほしい」
「もちろんよ。ただし、なるべく早くね」
 すっかり主導権を握った町田は、得意げな視線を純子や富井、井口に向けた。
 困り顔の相羽だったが、じきに破顔一笑。
「あはは、強引だ。じゃ、何か考えるよ。スケートやお花見とはまた違った感
じのやつがいいね」
 約束を交わす相羽の嬉しそうな笑みに、純子達もつられて笑った。
(気が進まなかったのが、楽しみになってきたような気がする。期待しちゃお
うかしら?)

 相羽のバースデーに振り回された感のある一日の最後に、純子は当の相羽か
ら電話をもらった。
「なあに? 言い忘れたことでもあった?」
 時計を見ると、夜の九時ちょうど。
「忘れたんじゃなくて、新しく付け足し。ありがとう、気に入ったよって」
「はい? 何のことだか」
「プレゼント、開けたんだ。ミサンガをくれるなんて、意表を突かれた」
「そうでもないでしょうが」
 やたらと大げさな調子だと感じた純子は、さめた口ぶりで言った。
「サッカーやってるんだから、ちょうどいいじゃないかと思って。それで選ん
だだけなのよ」
「うん、分かる。でも、とにかく嬉しかったから、改めてお礼をしとこうと思
った。お邪魔だったら切るけど」
「ううん、邪魔なんかじゃない。それにしてもまめね。もらったときにお礼を
言って、開けたときにまたお礼。それもわざわざ電話だなんて。全員にやって
たら大変でしょ」
「……全員じゃないから、そうでもない」
 早口で言うと咳払いをする相羽。そのまま話題を転じてきた。
「あ、それから、母さんから聞いた。歌手デビューするんだって?」
「え、ええ。知ってるでしょうけど、決まったわけじゃなくて、そういう話が
出てるってだけよ」
「決まったら、おめでとうって言っていいのかな」
「……さあ?」
 自分でも変な受け答えよねと感じつつも、そう言うほかない。
「芸名は決まった?」
「まだよ」
 見えるはずもないのに、首を横に振る純子。
「名前がないのに、どうやって売り込んでるんだろう?」
「『ハート』のCMに出てる子で通用するらしいわ。−−もう、あなたのお母
さんの方が詳しいでしょっ」
「それが、母さんに直接聞くとあれこれ聞き返されて……そんなことよりさ、
えっと、芸名の候補さえないの?」
「市川さんはりょうって付けたがっているみたい。涼原の『涼』一文字でね」
「一文字だけの芸名か。目立つかも」
「杉本さんは片仮名でピュアがいいって言うのよ。どう思う、相羽君?」
「ピュアって、純粋のピュアかい? 悪いとは言わないけれど……片仮名って
いうのはなあ」
「でしょう? AR**や美生堂の人達は、何でもいいから姓名判断をすべき
だって。でも、私は星とか石とか入れたいのよね」
「−−なるほど、星座と化石だ?」
 いつも察しがいい相羽に、純子は拍手したくなった。電話口でそんなこと、
本当にはしないが。
「三つまとめて、石星涼なんてのはどう?」
「そんな節操のないのは嫌」
「節操がないとまで言いますか。……いっそのこと、古羽相一郎は」
「あのねっ、冗談聞いてる暇はないのっ」
「それじゃあ本気で言おうか。本名が一番だと思う」
 相羽の物腰には特別な情感が込められていた。が、次の瞬間、その言葉を自
ら打ち消した。
「でも、だめか。本名だとみんなに確実に気付かれるもんな」
「本名だったらサインも覚えやすかったのにね。……ね、今度のAR**の撮
影に相羽君、来るの?」
「え? ああっ。そのつもりだけど、まずいかな」
 少々戸惑い気味の相羽の声音に、純子はゆっくりと応じる。
「ううん。去年みたいに楽しくなればいいなって思ったから、聞いてみただけ」
「ほっ、そう言ってくれたら助かる。涼原さん達の話し相手っていう名目で、
同行するのを許可してもらってるものだからさ」
「おばさんと一緒に旅行できるチャンスだもんね」
 純子がからかい半分に告げると、相羽からの返事はしばらく間が空いた。
 が、程なくして答が届く。
「……違う意味でもチャンスだから、一緒に行けてこんなに嬉しいことはない
よ。あはは。じゃ、また。ばいばい」
 純子が意味を問い質す前に、電話は忙しなく切れた。
 握りしめた送受器をじっと見つめ、純子は疑問に思う。
(……最後のは一体何だったのかしら)

−−『そばにいるだけで 24』おわり




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