AWC 妖精城のワルキューレ完 つきかげ


        
#4526/5495 長編
★タイトル (CWM     )  98/ 6/19  14:49  (166)
妖精城のワルキューレ完                              つきかげ
★内容
  相手が人間であれば、いいかげん切れているところだろうが、指輪の王は辛抱強
かった。
『そのいいかげんな企てに、私が協力すると思っているのか』
「うーん」
  エリウスは、茫洋として答える。
「どうでしょう」
『のらざるおえまいな、その賭けに』
「え?」
『後ろを見てみろ』
  見るまでもなかった。強烈な殺気が背後にある。エリウスは前を向いたまま、殺
気に応える形でノウトゥングを振るった。
  漆黒の獣は、妖精城の屋上にある林の中に潜んだまま金属の触手を飛ばしたが、
殺気を隠せるほどの知能は無かったようだ。黒い触手はノウトゥングに斬り落とさ
れ、地面に消えてゆく。
 エリウスは、ゆっくりと振り向く。その口元には、春の日差しのもとで音楽を楽
しんでいる詩人のような笑みが浮かべられたままだ。金属の野獣は林の中から姿を
現し、鋭い牙の生えた口を広げて獰猛な唸り声を上げる。
「どうしよう」
  のほほんとしたエリウスの問いかけに、指輪の王が応える。
『死ぬぞ、このままだと。あいつは疲れることを知らない。間断無く攻撃を行えば、
おまえが受けきれなくなることを、あいつは知っている。そして一番やっかいなの
は、おまえがやつを殺せないことに、獣が気づいたことだ』
  エリウスはにっこりと笑った。
「それは困った」
  人間が相手をしていれば激怒していたかもしれないが、指輪の王は全く調子を変
えない。落ち着いた口調でエリウスへ語りかける。
『とにかく、私をあの獣に触れさせろ。そうすれば、おまえの心をあの獣に繋げら
れる』
「はあ、なるほど」
 エリウスが気の抜けた返事をすると同時に、漆黒の蔦を思わせる金属の触手が再
びエリウスに向かって襲いかかった。ノウトゥングを右手に持ち替えたエリウスは、
金剛石の刃を水にあたって乱反射する光のように走らせ、その触手を切り落として
ゆく。
 一本の触手がエリウスののど元へ伸びる。エリウスは、指輪をつけた左手で、そ
の触手を掴んだ。その瞬間、エリウスは金属の獣の心の中にいた。
  そこは底知れぬ闇である。黒い水で満たされた湖の底。そんな空間にエリウスは
居た。何も見ることはできなかったが、ただ飢えだけは感じることができる。殺戮
に対する飢え。
 あらゆるものに対する破壊衝動だけがあった。その激しい思念は、何も見えない
漆黒の空間に塗りたくられた現色の絵の具を思わせる。
 生々しい色で満たされた狂気の壁画。あたりを埋め尽くした黒い闇の向こう側に
はその激しさが隠れているようだ。
 それでもエリウスは、呑気に笑っている。そしてゆっくり、確信を持って進み始
めた。バクヤの心が隠されている場所へ向かって。
  エリウスはほとんど物質化していると思えるほど強烈な殺意を交わしてゆく。そ
の様はあたかも小さな燕が猛禽の攻撃を躱しながら飛んでゆくようであった。
 やがて、闇の渦巻く所へ辿り着く。その奥にバクヤの気配があった。エリウスは、
その獰猛な破壊衝動の渦と半ば一体化し、同時に巧みにその攻撃を躱しながら中へ
中へと入ってゆく。
  突然、無風地帯にでた。そこでエリウスは闇の中に咲いた一輪の白百合のような、
バクヤを見いだす。バクヤは全身を漆黒の鋼で縛りつけられており、その瞳は虚ろ
でどこを見ている訳でもなさそうだ。漆黒の鋼は口、鼻、その他体じゅうの穴から
バクヤの体内へと入り込んでいる。
  エリウスは、一瞬その縛り付けられているバクヤの額に触れた。エリウスの手か
ら光輝く何かがバクヤの体内に入り込んでゆく。それはホロン言語であった。
  そこまでが限界である。吹き荒れる嵐と化した暗黒の思念を躱しながら、エリウ
スは注意深くそして素早く撤退していった。
  突然、光に満ちた世界にエリウスは戻る。銀色に空が輝く妖精城の屋上で、エリ
ウスは漆黒の獣の攻撃をかろうじて躱した。ノウトゥングが雷光よりも素早く宙を
走り、蝶を絡めとろうとする蜘蛛の糸のように撒き散らされた触手を切断する。
  バクヤとの接触を断ったエリウスに指輪の王が問いかけた。
『おまえはその無謀な企てに勝ったのか?』
  エリウスは夢見るような笑みを浮かべたまま、答える。
「うーん」
  ほんの少し間を置いて、続ける。
「どうでしょ」
  黒い獣は猛々しく吠えた。しかし、攻撃は止まっている。何か迷いのようなもの
がその瞳の中にあった。突然、金属の獣だけ時間が止まる。
  メタルギミックスライムは、完全に動きを止めた。

  始めは、遠いところで鳴る音楽に気づいたような気持ちであった。ホロン言語は
バクヤの心の中で独自に動き始める。
 それは生き物のように、バクヤの心の中に一つの領域を確保した。元々バクヤは
ユンク流剣術とよく似たラハン流格闘術を身につけていた為、ホロン言語はなんの
違和感もなくバクヤの中に吸い込まれていく。
 バクヤは、それを見つめているのに気がついた。むしろそれを見ている自分がい
ることに、気がついたというべきだろうか。
  それをどう例えるべきだろう。バクヤは自分の心の中で起こっていることに対し
て形容できる言葉を持っていなかった。
 突然時間が逆戻りして廃墟が繁栄する都市へと変化してゆく。あるいは、真冬が
いきなり終わり、夏の盛りに切り替わってゆく。
  そんな言葉で例えられるようなことが、バクヤの中で起こりつつある。
  それまで荒涼として何もなかった部分に、いきなり複雑な構築物が出現したよう
だ。それは機械にも似ている。水晶と光の管によって構築された複雑な機械。ある
いは透明で光の音楽を奏でることのできる楽器。
  その何者かが、バクヤの心の中を思念で満たしてゆく。バクヤはただそれを見て
いた。その何者かが彼女の心を整理し、闇を駆逐してゆくのを。
  バクヤは突然気づく。自分の目の前に巨大で獰猛な獣がいることに。さっきまで
自分はその獣と一体化していた。今は違う。ホロン言語によって造り出された思念
が、獣の輪郭を明瞭に示している。
  バクヤは、その獣に命じた。おれに従えと。
  その巨大な獣は姿を変えてゆく。左手へと。闇色の左手へ。

  バクヤは光の中にいた。妖精城の屋上である。
  バクヤの視界に彼女を見守る者たちが入ってきた。
 妖精の王ペイルフレイム、そしてその妻シルバーシャドウ。
 漆黒のマントを纏ったロキ。
 白衣のフレヤ。
 そして、春風駘蕩とでもいうべき平和な笑みを浮かべたエリウス。
  みんなバクヤの前にいた。
 エリウス以外は信じがたいものを見る目でバクヤを見ている。バクヤは無邪気な
笑みを見せ、闇色の左手を上げた。
「よっ、ご苦労さんだね、みんな」
  そしてバクヤはエリウスに眼差しを向ける。暫く見つめた後、すこし照れたよう
に言った。
「ま、ひとつ借りということやな、王子」

「ご苦労であったな、エリウス」
  バクヤと別れ、師であるユンクのもとにエリウスは戻った。平和な春の日差しに
満ちたユンクの小屋の前で、エリウスは師に出迎えられる。
「ただいま、先生」
「エリウスよ、ところでおまえに聞きたいことがある」
「なんですか」
「おまえの心の中には、おまえとは違う何かが居るな」
「うん」
「その何かと話がしたい。できるか」
「うん」
  エリウスは、優しい昼下がりの日差しの中であっさり答える。
「できるよ。今呼んでみるね」
  突然、エリウスの表情が変わる。そして瞳の奥底に、金色の光が宿った。エリウ
スは老いたもののように落ち着いた声で語る。
「私に何か用かね」
  ユンクはその長き年を経た魔導師を思わせる存在をじっくりと見つめる。そして
静かに言った。
「おまえは何者かね」
「指輪の王と言っておこうか」
「おまえは魔法的な精霊の類なのかね」
「いや、もっと人間的だよ、私は。太古の王国が繁栄していた時代には、ごくあた
り前の存在だったがね。まあ人前に出るのは久しぶりかな」
「もっと具体的にいってもらえないかな、自分が何者かを」
「いうなれば、知の集積体だよ。王国が建国されると同時に延々と積み重ねられて
きた知識の集合。それが私かな」
「王国の再建を助けるつもりなのか」
「さて」
 暫く沈黙が支配する。そこを満たすのは心地よい春のそよ風だけ。日は空に輝き、
小鳥が唄を囀る。
  ユンクが沈黙を破った。
「おまえの目的はなんだ」
「どうでもいいだろう。おまえは私を利用したいようだな。何しろこの王子は、何
だか型破りすぎるしな。私ならこの子どもを名君にできる。その反対にするのも簡
単な話だけどね」
「もう一度聞く。目的を言いたまえ」
「私は利用できないよ。さてどうするね。私を消すか」
「王国の為にならない存在であれば、斬るしかない」
  ユンクは剣を抜く。それはノウトゥングと同様の形をしていたが、色が漆黒であ
った。鍔も柄もぬばたまの黒。ただ半ばで断ち切られた刃だけが、暖かな春の日差
しを受け怜悧な輝きを見せている。
「なるほど、ノウトゥングと双子の剣、モーンブレイドか。黒金剛石の刃を持つそ
の剣であれば私を斬れるかもしれない。しかし、どうかな」
  再び沈黙が支配する。
  エリウスは剣を抜かなかった。
  二人ともただ立ち尽くす。
 静かな春の昼下がり。
 蒼穹は無限の高さで二人の頭上に広がる。
 空駆ける獣のように雲が流れていった。
 世界は何事もなく平和でただ時だけが過ぎて行く。
 日は次第に陰ってゆき。
 西に沈んでゆく太陽は、空を黄金色に輝かせる。
 遥かな空の高みで青が深まり、地上に佇む二人の影が濃度を増した。
 黄昏の女神がヴェールを広げたように、地上を薄闇が覆う。
  そして、エリウスが言った。
「どうしたんですか、先生」
  指輪の王は消えていた。ユンクはため息をついて剣を納める。
「いや、何でもない」
  ユンクはゆっくりと繰り返す。
「何でもないよ、エリウス」




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