AWC そばにいるだけで 24−1   寺嶋公香


        
#4527/5495 長編
★タイトル (AZA     )  98/ 6/20  13:16  (155)
そばにいるだけで 24−1   寺嶋公香
★内容
 みんなで映画を観た帰り、立ち寄ったファーストフード店で純子は太股や腕
をしきりにさすった。知らない者が見れば、寒がっているとしか思えないかも
しれない。
(眠かった……。つねりすぎて、あちこちがひりひりする)
 映画がつまらなかったわけではない。純子の体調が、映画を観るには疲れす
ぎていただけのこと。
(昨日の振り付けのレッスン、長かったもんね。だからって、寝たらみんなに
悪いし……。ほんと、今日の映画、アニメでよかった。外国映画で字幕だった
ら完璧に寝てた)
 改めて目をこする純子。
 そんな気苦労も知らず、友達四人は観たばかりの映画について、話の花を咲
かせている。
「さっすが、カムリン人気。大混雑してた」
「そお? 公開間もないし、ゴールデンウィークに入ったばっかだからじゃな
いの」
「そんなことないよお。でもまあ、他にもヒットする理由あるのは認める」
「人気漫画が原作に加え、声優にあれだけのメンバー揃えれば、まあねえ。フ
ァンを充分呼び込める」
「もー、どうして芙美ちゃんは、そういうきつい、みもふたもな言い方するか
なあ!」
 富井が声を高くすると、町田は辟易した風に「へいへい」と首をすくめ、両
手の平を上に向ける。
「……ん? 遠野さん、元気ないじゃない」
「うん、思ってたより、うまくなかったから」
 富井とは好対照に、静かな口調の遠野は、ジュースのストローをじっと摘ん
だまま答える。
「香村綸の声が、元々そういう質なのかもしれないけれど、どう言えばいいの
かしら……香村綸の顔が浮かんでしまう感じだった」
 この意見に富井と井口は首を傾げたが、町田は違った。
「なるほどね。同感だわ。ま、人気タレントを声優に起用したら、よくあるこ
とよ。今日声をやってたタレントで、まあまあだったのは……加倉井舞美かな」
「え?」
 ぼんやりしていた純子は我に返った。ちょっと記憶に残る名前が耳に入った
せいだ。
「加倉井さ……加倉井舞美って、声、当ててたの?」
「……急にどうしたの、純?」
 町田に指差され、自分が身を乗り出していると気付く。心持ちうつむき、す
とんと座り直した。
「何でもない……ただ、この頃、加倉井舞美を少し気にしてたから、あは」
「ふうん。その割には何も知らないようだけど。パンフ見たら載ってるわよ。
ラミ役」
「ラミ」
 つぶやいて、どんな感じの声だったか思い起こそうとする純子。
(−−ええ? ラミって弱々しくて、はかなげで……あのときの加倉井舞美か
らは想像できないっ)
 それでも一応、テレビで見かける加倉井の声も思い出してみた。しかし、イ
メージはやはり重ならない。
(テレビではかわい子ぶった声してるのに、さっきの映画じゃ全然違う)
 純子の抱いた印象を代弁するかのごとく、町田が言った。
「役者やのぉって感じだわ。私、裏表あるのはあんまり好きじゃないんだけど、
演技として使い分けるのなら認めざるを得ないね」
「芙美ったら評論家みたいなこと言ってるー。えらそー」
 井口がけらけら笑いつつ言うのへ、町田は真面目な調子で返した。
「あのね、映画に限らずたいていのもんは金儲けを前提にするなら、一般人に
受けなきゃ意味ないのよ。評論家の顔色窺うぐらいなら、私ら素人を面白がら
せてみろっての。分かってるかな、そこんとこ」
「は、はあ……」
 呆気に取られる井口は、間を置いてから富井と一緒になって、
「大人びているというか……すでにおばさん」
 と、うなずき合った。
「どこがっ」
 町田が本当に気を悪くしそうなのを見て、純子と遠野が止めに入る。
「まあまあ、芙美。抑えて。冷静に」
「私は冷静ですよ」
 言って、ジュースを口に含む町田。どうやら落ち着いたようだ。
 その証拠に、ころっと笑顔になって、話題もころっと転換する。
「そうだわ。純、お土産頼むわね。期待してるから」
「いきなり何の話……ああ、旅行の」
 察した純子は真剣に考え込む。
「お土産って言われても、ドライブしてハイキングして終わり。何を売ってあ
るか分からない。記念になりそうな物……」
「そんな堅苦しく考えなさんなって。お菓子でいい。ねえ、みんな」
 町田の言い方は図々しかったけれど、おかげでいっぺんに気楽になったのも
事実。富井達もうんうんうなずいていたので、なおさら。
「純ちゃん、あのね。私、ケーキみたいなのがいい」
「お土産でケーキはあんまり見かけないんじゃない?」
 そんな風な会話を交わす内に時間は流れていった。

 お昼のあと、みんなで買い物に出る話もあったのだが、純子は断った。疲れ
が抜けきらないので、早めに帰って休もうと思った。
「残念ー」
「一人で帰れる?」
 などと心配してくれるのが、身に染みて嬉しい。
 ただ、疲れている理由を話せる立場にまだなかった。引き続き、タレントモ
デルを始めることは隠し通してほしいと言われているから。
(こんなに隠してどうする気なのかな……ちょっぴり不安。友達に喋るぐらい、
いいと思うのに)
 そんな気持ちを抱くものの、芸能関係の世界について右も左も分からないか
ら、素直に従っている。
「大丈夫。こっちこそごめん。また遊ぼうね」
 別れてから、一人駅に向かう。
 そのとき、初めて気が付いたことがあった。街に出るとき、いつも通る駅は
騒がしかったが、今は少し違う。落ち着いて見渡せたから、気付いたのかもし
れない。
 陸橋の壁には、ポスターが整然と貼られている。その内の二枚に目が吸い寄
せられた。純子自身が写っている二枚。これまではまともに見られなくて、伏
し目がちに駆け抜けていたのに。
「……ひどい」
 手近のポスター、男バージョンの真ん前に立ち止まった純子は顎を引き、緩
く握りしめた右拳を口元に持って行く。
 ポスターの「少年」の両目には、画鋲が押し込んであった。
 嫌な予感を持ったまま隣に目をやると、「少女」の方は鼻がやられていると
知れた。目が腕に隠れているから鼻にしたというところか。
 いつやられたのか分からない。とにかく気付きたくなかった。
 喉元や胸に痛みを覚える。
 こらえようとすると、肩がぶるぶると勝手に震えた。
(何でこんなこと)
 感情を声に出したいのか出したくないのか、自分でも分からない。
 くすんと鼻を鳴らし、ため息をこぼす。
(何も、こんな疲れてるときに、知りたくなかったよ……)
 肉体的な疲労に加え、精神面も落ち込んでしまったのが嫌というほど自覚で
きた。足を動かそうにも、その元気が湧いてこない。
「−−もうっ」
 突然、純子は手を伸ばし、画鋲の頭を指先で摘んだ。
 精一杯力を込めるが、固くて簡単には抜けない。
(く−−悔しい!)
 やっと一つ、抜き取ることができた。無論、ポスターには小さな穴が開いて、
その部分だけ黒く見えるが、刺さったままよりはましだ。
 こうなったら意地。頭が痛いのも忘れて、残り三つを抜きにかかる。
 不思議なもので、二つ目を抜く途中からこつを掴んだ。冷静になればすぐ分
かるのだが、回してやれば取りやすくなる。
「−−終わり! っと」
 抜き取った四つの画鋲を、掲示板の隅っこにまとめて刺し直すと、純子は手
をはたいた。少し、気分は晴れたが、苛立ちは興奮を伴ってまだ収まりそうに
ない。
 純子はきびすを返し、真っ直ぐに走り出した。
 ついでとばかり、この駅構内にある「ハート」のポスター全部を見て回るこ
とに決めた。

「純子? 帰ったの? 早かったのね」
 自宅にたどり着くと、母親が不思議そうな調子で声をかけてきた。ただいま
の挨拶をするため顔を覗かせると、母は仮縫いの真っ最中だった。
「ただいま。疲れちゃって、早めに帰って来た。昨日、寝足りなかったみたい。
映画館では辛抱してたけど眠くて眠くて」
「だったらお昼寝したら?」
「そのつもり。お父さんは出かけてるの?」
「ええ。職場のお友達と」
「ふうん」
 そうして二階の自分の部屋へ行こうとしたら、呼び止められた。
「あ、待って。一時間ほどしたら買い物に出かけるんだけれど、あなたはどう
する?」
「行かない」
 あくびをこらえつつ、首を水平方向に振る。
 母が微笑するのが分かった。
「よっぽどだわね。まあ、休めるときに休んでおきなさい。ただし宿題、忘れ
ちゃだめよ」
「はぁい」
 気持ちよく寝かせてよと内心文句を唱えながらも、純子はテンポよく階段を
駆け昇った。ベッドが待ってる。
 部屋着に替えるのが面倒だったけれど、仕方がない。できるだけ素早く済ま
せて、髪を整えると、ベッドの上に転がった。
 くすぶっていた睡魔が一気に活発に動き始め、純子を眠らせるのに二分も必
要としなかった。

−−つづく




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