#4525/5495 長編
★タイトル (CWM ) 98/ 6/19 14:48 (197)
妖精城のワルキューレO つきかげ
★内容
そこにあるのは、暗黒へと下ってゆく螺旋階段であった。ラフレールは濃厚な液
体を思わせる闇の中へと下ってゆく。輝くように純白の鎧を身につけたフレヤも漆
黒の闇へ足を踏み入れた。
螺旋の階段は果てしなく続く。フレヤは星船の中心部に辿り着くのではないかと
思うほど、深くその螺旋階段を下って行った。
次第にフレヤは方向感覚を無くしてゆく。上に向かっているのか、下に向かって
いるのか判らなくなっていた。ただ闇の中を螺旋を飛ぶように通りすぎてゆく。
唐突に光の中へフレヤは出た。先に螺旋階段を抜けていたラフレールは、光の中
で待っている。光に目が慣れはじめると、そこがどのような場所であるか判ってき
た。
頭上はとてつもなく高く、光の柱が何本も立っており空のような輝きは見えるが
それがなんであるのかはよく判らない。足元は切り立った崖であり、一本の橋が前
方に伸びている。ラフレールはその橋の上にいた。
石のような材質でできているらしい橋はかすかに放物曲線を描いているようだ。
その僅かな曲線を描き上ってゆく橋の下には、海があった。
海というのが正確な表現であるのかは、フレヤにはよく判らない。それは蒼い光
を仄かに放つ不思議な液体である。いや、液体ですら無いのかもしれない。ただ、
その表面は海が波打つように微かに蠕動しているように思えた。
ラフレールはまた、目でついてくるようにと示す。フレヤは、幅が1メートル程
しか無いと思える橋を上っていった。
その放物線状の曲線を描く橋の頂点のところで、ラフレールは立ち止まる。そこ
で蒼く輝く海を見下ろしていた。傍らに立ったフレヤに向かい、ラフレールは足元
を指差す。
「見ろ、あれが巨人だ」
フレヤは、その蒼く輝く海を見た。その奥底にまさしく巨人と呼ぶべき巨大な姿
をした女性の姿を見る。その姿は、深海の底に沈んだ美貌の王妃の亡霊のように、
気高く美しかったが死せるもののように生気が無かった。
「巨人は魂をおまえたち人間に宿し、本体はここで眠り続けている。おそらく神々
が永劫ともいえる長き時をかけて戦いを始める前から」
フレヤは海の底で眠る美貌の巨人を見つめる。白く美しく輝くその裸体は海底に
沈んだ真白き女神の船を思わせた。その全長は二十メートル程はあろうか。フレヤ
はその水底に沈んだ美貌の巨人を見つめる。その顔には見覚えがあった。それは間
違いなく。
「その巨人はおまえだ」
フレヤは顔を上げてラフレールを見る。そこにいるラフレールはさっきまでのラ
フレールとは違った。その黄金に輝く瞳は、獰猛なまでの生気に充ち溢れている。
フレヤはそのラフレールは未来のラフレールであることを知った。その魔導師の
体内からは黄金の林檎が放つ波動を感じる。
「過去のおまえはどうしたラフレールよ」
ラフレールは笑みを見せる。さっきまでの彼が見せることは無かった凶暴な笑み
だ。
「地球へ送り返したよ。この場所でこれからおこることを、彼は見るべきではない
からね」
フレヤは剣を抜く。おそらく役にはたたないのだろうが、本能的な動作だ。
「ここで決着をつけるということだな、魔導師よ」
ラフレールは人間よりは魔族に近い、気高く美しい顔を真っすぐフレヤへ向ける。
その様は狂暴で孤独な獣が、遠い空を見つめる様を思わせた。
「そう考えていいぞ、最後の巨人よ」
剣を振り上げ、踏み込もうとした巨人めがけてラフレールは左手をつきだす。そ
の手のひらから金色の光がフレヤめがけて迸った。
「これは」
反射的にその光を右手で受け止めたフレヤは呟く。それは黄金の林檎であった。
それはこの世にあらざるものに相応しい、不思議な光を放っている。その輝きは全
てのものをまやかしに変えてしまうようだ。その光だけが真実であり、他の全ては
真実の影であり幻に過ぎないような気になる。フレヤはその輝きに心を奪われ、目
の前にいる魔導師のことを忘れて見つめ続けた。
「これで終わりだ。私の役目はここで終わる。フレヤよ、おまえも本来のおまえへ
と戻れ」
ラフレールは宣告を下すように語り終えると、一歩下がる。フレヤの足元の橋が
崩れた。フレヤはとっさのことに何をすることもできず、輝く蒼い海へと墜ちてゆ
く。
落下がもたらす幻惑の中で、フレヤの意識は空白になっていった。目の前に蒼い
輝きがある。それは揺らめき、波打ち、彼女を包み込んでいた。
フレヤは自分が蒼い海の中にいるのに気がつく。世界は凍り付いたようにゆっく
りとした時間の流れの中にある。そして遠く頭上からもう一人の彼女、彼女自身の
肉体であり閉ざされた意識を持つもう一つの人格が墜ちてくるのを感じていた。
フレヤは今は、巨大なものの一部となったような気がしている。いや、おそらく
それは正しく言い当てていない。元もと彼女の内側に隠されていたものがすべて開
放され、自己のより深い部分へ自意識が辿り着いたというべきなのだろう。
彼女の心ははっきりと感じとることができた。死せる女神の存在を。そしてこの
宇宙へ墜ちてきた理由を今こそはっきりと認識することができた。
彼女はこの宇宙を、孤独な閉ざされた狂った魂を救済するためにこの宇宙へと降
りてきたのだ。しかし、今は無力である。彼女は殺され狂った世界と同化している
のだから。フレヤは心に悲しみが満ちていくのを感じる。全て失われた。救済はな
されなかった。目的は果たされなかった。そして永遠に彼女の魂は癒されることな
くこの海の中で、漂い続けるだろう。
その時フレヤは白い羽ばたきを見た。純白の鷲、妖精王の仮の姿。
フレヤの意識が戻る。フレヤは馴染みが無いもののように、純白の鎧につつまれ
た自分の体を見た。フレヤは巨大な白い鷲に両肩をつかまれ、蒼い海の上を飛んで
いる。半ば崩れ墜ちた橋の上からラフレールがこちらを見つめていた。
「黄金の林檎は手に入れたのか」
白い鷲の背から声がする。黒衣の男、ロキであった。ロキは妖精王の化身である
純白の鷲の背に跨っていた。
「林檎なら我が手にあるぞ、ロキよ」
フレヤは改めて自分の手を見る。左手には長剣、右手には光の林檎があった。
「それは重畳」
ロキは自らの使命であったものを手中にしたにしては、随分あっさりとした言葉
を放つ。フレヤは少し苦笑しながら妖精王である鷲に語りかけた。
「ラフレールの上に落としてくれ。ここでけりをつけたい」
フレヤは自分の手にある黄金の林檎が、自分に大きな力が与えているのを感じる。
今ならばラフレールを斬れると思った。
白い鷲は旋回すると、フレヤを掴んだままラフレールの頭上へと舞い上がる。そ
して鷲はフレヤを放した。
フレヤは橋に向かって落下しながら、左手に持つ剣を振り降ろす。剣はラフレー
ルの右の鎖骨から鼠蹊部へ向かってはしり抜けた。ラフレールの体は文字通り、両
断される。
橋に降り立ったフレヤの足元で風が巻いた。風は意志を持つもののようにラフレ
ールの両断された身体の上にとどまる。フレヤの背後でロキが叫んだ。
「気をつけろ、おまえが切ったやつの体はまやかしだ」
風が突然激しくなる。両断されたラフレールの胴に昏い暗黒が顕れた。そして暴
風の渦巻くその暗黒の向こうからラフレールの真実の姿が現れる。
暴竜フレイニール。それがラフレールのもう一つの姿であった。フレイニールは
黄金に輝く巨大な姿でフレヤを見下ろす。
「おまえは奇妙な存在だな、フレヤよ。なぜ同化しないのだ、死せる女神の化身た
る巨人と」
「私は私だからだ、竜よ」
フレヤは傲岸に言い放った。
「私は生であり、真冬の雪原を渡る白き風だ。荒れた大地を焼き尽くす真夏の太陽
だ。ここで眠りにつく存在ではない」
竜と化したラフレールは狂暴に笑った。
「おまえを封じるのは失敗したが、黄金の林檎を与えるつもりは無い」
疾風がフレヤを襲い、その体が宙に舞う。その両肩が鷲によって掴まれ、フレヤ
の体は風にのまれなかったが、金色の光が暴竜フレイニールの体へと吸い込まれて
ゆく。黄金の林檎はフレヤの手からラフレールへと戻った。
妖精王の背からロキが叫ぶ。
「ラフレールよ、いつまでその重荷を抱え込むつもりだ。それは人で無きものであ
る私にまかせろ。人間としての生をまっとうするがいい、偉大なる魔導師」
「できぬな」
巨大な竜が答える。竜の回りには闇が出現しつつあった。狂暴な闇。飢えた獣の
ように狂った闇。それはウロボロスの闇であった。
「私も既に人間とはいえない存在になっている。これはウロボロスの輪の奥へ封じ
る。私自身とともに」
世界は闇に呑まれた。フレヤは再び、あのウロボロスの造り上げた神聖なる暗黒
の空間にいる。そしてあの金色に輝く林檎が永遠の彼方へと墜ちてゆくのを感じた。
だれも触ることのできない宇宙の果て。
永遠よりも遠い宇宙の果て。思念のたどりつくことのできない、暗黒の彼方。そ
こへ向かって巨大な竜フレイニールは飛び続ける。
その両の翼を黄金に輝かせながら。
エリウスは金属の獣を見つめ続けている。斬ることはできない。獣とはいえ、そ
の肉体はバクヤのものだからだ。そして獣も動けなかった。おそらく目の前にいる
少年が、自分を殺す力を持った存在であることを、本能的に悟ったためだ。
突然、空の闇がさけた。闇の中から世界が出現するように、妖精城を覆っていた
暗黒が消え、銀色の空が輝きを取り戻す。
その時、漆黒の獣が動いた。無数の金属の触手が、黒い蛇のようにエリウスの体
へ向かって伸びる。同時にノウトゥングが透明の輝きを放つ。
金剛石の刃がメタルギミックスライムの触手を切断していく。切り落とされた触
手は地に落ち、黒い水のように溶けていった。
金属の野獣がエリウスとの戦いに専念している時、空の一角が激しい光を放つ。
その光の中から純白の巨大な鷲が姿を現した。妖精王である。
白く輝く鎧を身につけた巨人フレヤを足で掴み、漆黒のマントを身に纏ったロキ
を背負った白き鷲は、急速に降下してきた。金属の獣の上でフレヤを放す。フレヤ
は黒い獣に向かって降下していった。
「その獣を斬ってはいけない」
エリウスの叫びに、フレヤは剣を振り下ろすのを思いとどまる。フレヤは黒い金
属の獣の背後へ降り立った。巨大な鷲とロキもその後ろへ降り立つ。
白い鷲は、妖精王の姿へと変化する。それと同時に金属の獣は、両腕を獣の前肢
のように地におろすと走り去った。
「我々は彼女に警告したはずではなかったか、王子。彼女も自分の意識を失えば死
ぬことを納得していたはずだ。我々は彼女をアイオーン界へと封じる。それは我々
の義務だ」
「そうであれば」
漆黒の髪を持つ中原で最も古い王国の王子は、神秘的な黄金の輝きを秘めた瞳で
ペイルフレイムを見つめる。そして静かに言った。
「残念ながらあなたを斬らねばならない。妖精族の王よ」
ペイルフレイムはその性別や種族を超越したような神秘的美貌に潜む、死への強
烈な意志を読み取って戦慄した。そして魔道の力を呼び覚まし始める。静かにエリ
ウスの周りの空間が歪み始めた。
「やめろ」
黒衣のロキが、ペイルフレイムの前に立ちふさがる。ペイルフレイムの魔道が止
まった。
「王子は、何か手が残っているといいたいのだろう。まずそれを聞こう」
そしてロキはエリウスへ向き直る。
「王子、あなたには彼女を正気に戻す手だてがあるというのですね」
エリウスは少し微笑む。
「さて、どうだかね。とりあえず、彼女に手を出さないようにこの城のものに伝え
てもらえますか、ペイルフレイム殿」
妖精族の王は、蒼ざめた顔で頷くと姿を消す。フレヤは笑みを浮かべエリウスに
語りかける。
「なんなら手をかそうか、王子よ」
エリウスは首を振った。
「なんとかしてみるよ、一人でね」
そういい終えると、エリウスは走りだした。漆黒の金属で身を覆われた獣が向か
った方角へ。
エリウスは走りながら心の中に問いかける。その問いに答えるものがいた。指輪
の王である。
『どうするつもりだ、エリウス。何か考えがあるのか』
「うーん。どうしたものかねぇ」
『ではせめて自分の手で斬るとでもいう気か』
「まさか」
『では単に走っているだけなのか、何も考えず』
「うーん」
エリウスはあどけないといってもいいような笑みをみせる。
「そうだねぇ、それが一番あたってる」
『やれやれだな、私になんとかしろとでもいうつもりか』
「そこなんだよねぇ」
エリウスは神々ですら頬を染めそうな美貌を曇らせる。
「君になんとかしてもらうしかないんだけどね、指輪の王様」
『本気でいってるのなら大したものだな』
「君は人の心の中へ入り込むことができるよね」
『できないことはないな』
「でさ、僕の心と君が繋がっているということは君さえバクヤの心の中へ入り込め
れば僕とバクヤの心を繋ぐことができるんだよね、多分」
『それはできるが、あの獣の心と繋がったとしても、どうすることもできないぞ』
「うーん」
エリウスは暫く沈黙する。
「そこなんだよねぇ」