#4524/5495 長編
★タイトル (CWM ) 98/ 6/19 14:47 (195)
妖精城のワルキューレN つきかげ
★内容
ブラックソウルは、ホロン言語による思念を呼び覚まし始める。ユンクの元で学
んだ高速の思考をもたらす言語。それは脳の内部にもうひとりの自分ができるのに
似ている。通常の言語で思考を行う自分。その自分は、夢の中の出来事を見るよう
にホロン言語で思考するもう一人の自分を見つめていた。
ブラックソウルはただ茫然と世界が輝き始めるのを、見つめている。それは麻薬
を吸引した時の感覚に似ていなくも無い。
光は虹のようにスペクトルに分解し、神々が降臨するその時のごとく晴れやかに
空から降り注いでいる。空気中に浮遊する分子が、宝石を思わせる煌めきを見せな
がら漂っていくのを感じた。
宇宙との一体化とでもいうべき感覚がブラックソウルに訪れる。全てが理解でき、
全ての動きが把握できるような感覚。例えば傍らにある木々の思考を読み取れるよ
うな気持ちになる。
ブラックソウルはそうしたものがある種のまやかしであることを、理解していた。
そういう意味では、この感覚はまさに麻薬のもたらす夢と似ている。
ブラックソウルはエリウスを見つめた。この神話に生きる神の子を思わせる少年
は、黄金の輝きを宿した瞳でこちらを見つめている。その思念はやはり同じように
高速の世界にあるようだ。
ブラックソウルの手から四枚の闇水晶の刃が放たれる。死をもたらす凶悪な四枚
の薄い羽。ブラックソウルは漆黒の水晶剣を片手で二枚ずつ操る。
その速度は通常の水晶剣を遥かに上回る速度で動いてゆく。おそらくブラックソ
ウルはこれまで一人の人間相手にここまでの技をふるったことは無かった。
四枚の黒い死の羽は、優雅といってもいい程美しい動きを見せる。四人の黒い妖
精が空中でダンスを踊っているようだ。
そして刃は四方よりエリウスを目指す。ブラックソウルは闇水晶を糸のコントロ
ールから解き放ち、ホロン言語で捕らえうる速度を越えた速さを与える。四枚の闇
水晶は四つの黒い閃光へと変化した。
その刹那。
透明に見える空気がほんのすこし揺らいだ。
黒い水晶の破片が風に飛ばされた花びらのように舞う。
エリウスは動いたようには見えない。しかし、少年のもつノウトゥングの剣は間
違いなくブラックソウルの剣を砕いていた。
(勝った)
ブラックソウルは勝利を確信する。ブラックソウルの予想した通り、剣を振るう
一瞬にのみエリウスには隙が生じた。その隙にブラックソウルは魔操糸術により、
糸を放っていたのだ。
魔道により空に穿たれた微細な穴。その穴を通して糸はエリウスの体の側に出現
する。エルフの紡いだ糸は、エリウスの首に巻き付いていた。
ブラックソウルは、微かに糸を引く。糸は確実に頸動脈を押さえていた。糸に圧
迫され脳に送られる血液が一瞬途絶える。すとん、とエリウスは膝をつき意識を失
った。
「命をとる必要は無いが」
ノウトゥングを持たせておくのは危険である。次に勝てるとは思えなかった。ブ
ラックソウルは無造作にエリウスに向かって踏み出そうとする。
「違う」
ヴェリンダは叫ぶと、ブラックソウルを突き飛ばす。ブラックソウルを突き飛ば
したヴェリンダの左手が地に落ちる。金属質の輝きを持つ血がしぶいた。
意識を失ったはずのエリウスがノウトゥングを振るったのだ。ブラックソウルは
反射的に糸を引いていたが、それも断たれている。ブラックソウルの口元に、苦笑
が浮かんだ。
「あきれたものだ」
断たれた左手を再び繋いだヴェリンダが言った。
「この子どもは魔道によって操られている」
「魔道だって?しかし」
この世界はエルフの造り上げた閉鎖空間であり、なおかつ今はウロボロスの力に
よって現世との接触を断たれているはずだ。どのような魔道であったとしても、こ
の世界との接触を保ち続けるのは不可能である。
「指輪だな」
ぽつりと、ヴェリンダが言った。
「指輪?」
「ああ。この子どもは不思議な指輪を持っている。私の知らないたぐいの魔道だ」
ブラックソウルは呆れ顔で笑う。
「おまえが知らないだと」
その時、エリウスが立ち上がる。その瞳には光が宿っていた。しかし、その瞳は
ブラックソウルたちを通り過ぎている。
「なんと愚かな」
エリウスの呟きを聞いて、ブラックソウルは思わず振り返る。そこにいたのは、
鋼鉄の獣と化したバクヤであった。
漆黒の獣は咆哮する。ブラックソウルはヴェリンダを抱え飛んだ。宙に放った糸
が魔操糸術により、神殿の先端に絡み付いている。その糸を使って、ブラックソウ
ルは神殿の高窓に辿り着いた。そこから神殿の内部へと身を踊らせる。
後に残ったのはエリウスと金属の獣だった。二人は無言のまま、対峙する。
フレヤは闇の中で気がつく。それは轟音をあげながら渦巻く、原初の闇であった。
狂暴で破滅的な闇は、広大なスケールを持ってフレヤの周囲で荒れ狂っている。
そして、それは宇宙そのものであるかのように巨大で果ての知れぬ闇であった。
フレヤはその闇が何であるか、次第に理解し始める。
それは死であった。あるいは死の具現化というべきか。この世界の理の内側にい
るものにとって決して理解したり、体験したりできぬもの。理解を拒絶する広大な
無限。それがこのウロボロスの闇であり、また、ウロボロスの闇は自らが死である
が故に凶悪な負の思念を呼び寄せることになる。
死は常に暗黒の想念を招き寄せた。しかし、死そのものはいかなる邪悪さとも無
縁な、思念を超越したものである。ウロボロスはまさに死そのものであり、ウロボ
ロス本体にはいかなる邪悪な想念も存在していない。凶悪な思念は空を覆う暗雲の
ように、ウロボロスを包んでいるだけだ。荒れ狂う雷雲を突き抜けると、その遥か
上方の空は常に静謐さに満たされているように、ウロボロスそのものは宇宙のよう
に静かである。
フレヤがそのことを理解したのは、彼女自身が狂暴な荒れ狂う思念を抜け、ウロ
ボロス本体に近付きつつあるからであった。フレヤは無限におもえる程の彼方に、
螺旋を感じる。その螺旋こそ、邪竜とよばれるウロボロスの本体であった。
本来は無限に伸びてゆくはずの螺旋が、閉じている。それはフレヤには理解でき
ない形であったが、その両端が結びつき閉じられていることは理解できた。
閉ざされた螺旋。フレヤはゆっくりとその身噛みの蛇が形成する輪の中へと入り
込んでゆく。
フレヤは狂暴な思念の渦巻く闇を抜けきった。そして無限に広がりながらも閉ざ
された輪であるウロボロスの領域へと入り込んでゆく。
フレヤは薄闇の中で目覚めた。身を起こすとあたりを見回す。そこは古代の遺跡
のように巨大な石で築かれた建物の内部を思わせる空間である。
フレヤは立ち上がった。あらためてあたりを見てみる。闇に馴れたせいか、次第
にものが見え始めた。
頭上を覆う半球形の天蓋に、一個所窓があいている。そこが唯一の光源らしい。
フレヤはその天窓の下へ歩み寄る。
天窓の向こうに輝くのは青く光る月であった。しかし、フレヤはそれがおそらく
月と呼ばれるのに相応しい星ではないと感じた。それはおそらく。
「それは、おまえが思っている通りの星だよ」
フレヤは振り返る。気配は感じなかったが、さほど驚くことはなかった。出会う
であろうと予期した人間であったためだ。その輝く瞳をもった男は、ラフレールで
ある。
「それは地球だ」
「ここはどこだ」
フレヤの問いにラフレールは怪訝な顔をした。
「自分がどこにいるのか判っていないのか。ここは、月とよばれる場所。あるいは
星船とも呼ばれるものだ」
ラフレールは輝く瞳でフレヤを見つめている。
「おまえは、自ら望んでここへ来たのでは無いのか」
「星船にくるのは、望みではあった。しかし」
フレヤは薄く笑う。
「ここへ招いたのは、おまえだろう」
「待て。混乱があるようだな。おまえは私が誰か知っているのか」
「魔導師ラフレールだろう」
ラフレールは不思議なものを見るようにフレヤを見つめる。
「どうやらおまえは、別の次元界での私とであったらしい。私はおまえを知らない」
フレヤはあることにようやく気がついた。目の前にいるラフレールは黄金の林檎
を身につけていない。
「私はどうやら過去に辿り着いたようだな。私の出会ったラフレールはおそらく未
来のおまえだ」
ラフレールは頷く。どうやらフレヤと同じ結論に達したらしい。
「未来の私は、おまえにこれから私がすることを見せたかったようだな」
「何をするつもりだ」
「巨人を目覚めさせるつもりだ」
「巨人だと?」
ラフレールは強烈な意志を秘めた瞳でフレヤを見る。フレヤは冷めた瞳で見つめ
返す。
「おまえは、自分だけが巨人族の生き残りだと思っているのか」
「私は記憶を失った存在だ」
「まあいい。私の考えを説明しておこう。私はかつて地球は巨人族のものであった
と考えている」
「地球を巨人が支配していたというのか」
「そうだ。先史時代の遺跡を調べると、明かに巨人が使用していたと思われる建物
等が顕れてくる。むろん、そう断言するには数が少ないが。しかし私は確信してい
る。地球はかつて巨人のものであり、神々は後からそこに訪れたのだと」
「では人間は」
「かつて巨人であった者だ。神々と呼ばれる存在が巨人を変化させ、人間を造った。
巨人はむしろ人間の本来の姿だと思う」
「しかし、それは神話と矛盾している」
「神話は所詮、神話に過ぎない。事実を模倣したものだよ」
フレヤは首を振る。
「神話は事実だ。魔族や竜たちに聞いてみるがいい」
「神話が事実に基づいたものであることに異論はない。ただ、それは断片的な事実
を反映したに過ぎない。人間はもともと魔族や神々の支配する次元界と別の次元界
に属していたのだ。人間の世界に神々が訪れたというよりは、神々の世界へ人間が
引き込まれたというべきかな」
「何のためだ」
「いうまでもない。賭けのためだよ」
ラフレールは皮肉な笑みを見せた。
「神々は自分たちが直接戦うことの危険性に気がついた。そのため別の次元界から
人間という便利な生命体を招きよせることを考えたのだ。神々でさえ未来を決定で
きない不安定な時間流に生きる脆弱な存在こそ神々の代理戦争を戦うに相応しい」
「待て」
フレヤの瞳には苛立ちがあった。
「ラフレールよ、おまえの説明は一応、判る。それではしかし、神話の巨人が何者
であるかは説明していない。巨人が人間の元の姿であるのなら、グーヌが造り出し
た巨人とは一体何だ」
「そこだな」
ラフレールは頷く。
「私は二種類の巨人がいるのかと考えた。しかし、それはありえない。グーヌが造
り出した巨人と人間の元型である巨人は同じ者でなければならない」
「ではどう説明するのだ」
「仮説ではあるが、こう考えている。神話の通りグーヌは巨人を造った。そして星
船に乗って金星よりこの地球へ訪れる。そしてこの地球上でグーヌの巨人と人間の
融合が行われた」
「融合だと?」
「そうだ。グーヌの造り上げた巨人は実体の無い、神霊的な存在だと私は考えてい
る。つまり、精霊と魔族の中間的な存在だといえばいいだろうか」
フレヤは冷たく冴えわたる瞳で、ラフレールを見た。
「私は人間であると同時に、神霊的な存在だというのか?その両者が結びついてで
きた存在だと。そして、今の人間はグーヌの造り上げた巨人と融合しなかったもの
たちだという訳か?」
「それはおまえ自身がよく判っているのでは無いか。しかし、今言ったことはただ
の仮説だ。私はそれが真実だと思っている。その確証をとる為に、この星船で眠る
巨人を目覚めさせたいと思っている」
ラフレールの顔は確信に満ちていた。フレヤは無表情でその顔を見つめている。
「おまえのいうグーヌが造り上げた巨人はこの星船の中に眠っているというのか」
「そうだ。巨人は人間と融合した。しかし、その本体は人間の中にとりこまれた訳
では無く、この星船の中で眠っている。見ろ」
ラフレールはドームの中央のあたりを指差す。そこには昏く地下への入り口が開
いていた。
「あそこからこの星船の地下へ下れば、眠る巨人に出会えるだろう。それは、おま
えの本体でもあるはずだ」
ラフレールは真っすぐフレヤを見る。
「おまえも私とともに来るか」
フレヤは頷いた。
「ここに私の本体があるというのなら、ここにこそ私の望むものがあるのだろう」
ラフレールは、眼差しでフレヤについてくるように示す。フレヤはラフレールに
導かれるまま、地下への入り口へと向かう。