AWC 妖精城のワルキューレM つきかげ


        
#4523/5495 長編
★タイトル (CWM     )  98/ 6/19  14:46  (199)
妖精城のワルキューレM                              つきかげ
★内容
  漆黒の髪に、異界に開いた花を思わせる美貌を持った少年。その少年は春の日差
しのように穏やかな笑みを浮かべ、一礼する。
「エリウスといいます」
  少年は素直な声でブラックソウルに語りかける。ブラックソウルは、美しい花を
愛でるような瞳でその少年を見つめた。
「ああ、トラウスの王子だな」
「あなたが、オーラ参謀ブラックソウル殿、それにその妻ヴェリンダ殿ですね」
  エリウスは古くからの友人にむけるような親しげな笑みを浮かべていた。ブラッ
クソウルは野生の狼を思わせる笑みでそれに答える。
「その通りだよ。これから地上へ帰るところだ、王子。あんたも早く帰ったほうが
いいぜ」
  エリウスは花のように艶やかに笑う。
「ええでも、友だちが来るのを待たなければ」
「友だち?」
「バクヤ・コーネリウスですよ」
「なる程な」
「あなたも一緒に待ってもらえますね、ブラックソウル殿」
  ブラックソウルは獰猛な嘲笑でそれに答える。
「待つのは一人で充分だよ」
  突然、背後でヴェリンダが囁いた。
「気をつけろ」
  その時ブラックソウルは信じがたいものを見た。目の前の少年が変わって行くの
を、目の当たりにしたのだ。姿形はそのままであったが、そこにいる少年は同じで
は無い。古き邪悪な生き物である魔族に匹敵するような気配を漂わせている。
  エリウスの瞳が黄金色の光を宿した。それは中原でもっとも古き王国の伝説の王
の名を持つ者に相応しい、神秘的な輝きである。
  そこにいるのは人でもなく、魔物でもなく、魔法的な何者かでもない、不思議な
存在であった。ブラックソウルは自分の中に戦慄が生まれてくるのを感じる。それ
が彼にとって未知の感情といってもいい恐怖に繋がるものであるとは、理解できな
かったが。
「余を殺すか、オーラの間者。試してみるがいい。ノウトゥングに闇水晶で太刀打
ちできるものかをな」
  ブラックソウルは少年を見直す。
「おまえは誰だ」
「エリウスだ。さっき語った通りにな。愚かなことをしたな。ウロボロスを解放す
れば、地上も無事ではすまない。いや、無事ですまないというよりは、全ての秩序
は崩壊するだろう。次元の安定性が消失するのだから」
  ブラックソウルは不思議な笑みを見せる。なんの感情もこもらない、無機質な笑
み。
「そんなことはどうでもいいのさ。むしろおれにとっては好都合だ。おれの目的は
あらゆる秩序を崩壊することだ。ただ、ウロボロスのもたらすものは不完全だ。お
れはその向こうに行きたい。崩壊した世界の向こう側。あらゆる意味がその根拠を
失い、崇高な生命の燃焼だけが唯一の真実であるような所。それはウロボロスでは
無理だ。だからおれはここから逃げねばならない」
  エリウスは笑った。それは年を経た古きものにのみ可能な、邪悪な笑みである。
「面白いな、おまえは。ただ、生き延びさせるには少し危険だ」
  ブラックソウルは獣の笑みを浮かべ、漆黒の瞳に鋼の殺気を浮かべた。
「おれを殺すか」
「試すだけだ。おまえの運命を」
  エリウスはノウトゥングを抜いた。半ばで断ち切られた剣。ブラックソウルはそ
れが何物であるか理解している。金剛石の刃を持つ無敵の剣。ブラックソウルは両
手に闇水晶の刃を持つ。
  ブラックソウルは死を覚悟した。

「ウロボロスとは何か、今更説明する必要は無いだろう」
  赤銅色の肌をした魔導師は、傲岸とも見える表情で言い放った。フレヤは頷く。
「かつて金星の牢獄に、女神フライアの死体と、グーヌ神を封印する為死の神サト
スが造り出した次元渦動だな」
  老いたというよりは生死を超えた魔導師ラフレールは頷く。
「そうだ。しかし、その力は本来サトス神にすら制御できうるものでは無かった。
その次元渦動はフライア神がこの時空間に侵入してきた時に発生したものだ。フラ
イア神が侵入してきた時に、時空間に修復不可能な亀裂が生じた。それの拡大を回
避しようとしてサトスはフライアを殺した。それが世界最初の死だ」
  フレヤは皮肉な笑みを見せる。
「神話の講釈をするつもりか、人間にして、人間に在らざる者よ」
  ラフレールは、黄金に輝く無慈悲な瞳でフレヤを見つめる。
「まあ聞け、巨人よ。世界は本来一つの神の秩序に属する。世界は元来ひとつのも
のだ。アイオーン界も、通常空間もそれ以外の様々な次元界も結局はひとつのもの
の違う表現にすぎない。大本は同じ絶対者のものだ。秩序も結局は絶対者の意志と
して一つしかない。しかし、ウロボロスは秩序の外を造り出した。ウロボロスの元
型はフライア神がこの世界に侵入した時に発生した時空の亀裂だ。誰にも完全には
制御できない。サトスが金星をウロボロスで覆ったのは、誰も金星に立ち入らせな
い為であり、金星から外にグーヌを出させない為ではない。黄金の林檎はこの世界
の秩序の外に属するものだ。故に、ウロボロスと同一の世界に属する」
  フレヤは青く輝く瞳で貫くようにラフレールを見た。
「ウロボロスを制御するのは黄金の林檎のみということか」
「そうだ。かつて金星から脱したグーヌは黄金の林檎を利用してウロボロスの中に
通路を造り出した。私も黄金の林檎の力を利用し、一度はウロボロスを封印した。
しかし、もう私の力が及ばぬところまで、ウロボロスは来ている。見ろ」
  ラフレールは空を指差す。そこには邪悪な闇が広がる。
「アイオーン界には時間が無い。ここで我々が経験している時間は仮想的なもので
しか無い。そして通常空間での時間はここでは空間の距離として表現されている。
上空は未来。下方は過去。ウロボロスは降下している。ウロボロスが現在である我々
の今いる地平へ達した時、通常空間へもその力は及ぶ」
  フレヤは嘲るように笑う。
「通常空間を破壊するというのか」
「いや、そうでは無い。かつて金星が封印されたように、地球が封印されたと見る
べきだろうな。それはヌース神とグーヌ神が古に定めた約定に基づく賭けの範囲内
のできごとだ。つまり神々の意に反することではないため、神々の介入は無い」
  フレヤは冷たく輝く瞳でラフレールを見下ろしている。
「ではなぜ、おまえはウロボロスを封印しようとしているのだ」
  その逞しい若者の肉体を持つ魔導師は、真っすぐにフレヤを見つめる。その強力
な意志を感じさせる瞳を持った男に、フレヤはロキと通じるものを感じた。
「私は待っていたのだ。おまえをな」
「なんだと」
「一度ウロボロスを封印しようとしたのは、時が来ていなかったからだ。ウロボロ
スは何らかの破壊を地上にもたらすが、それは変化といってもいいものだ。魔族や
エルフといった魔法的生き物には耐え難いものかもしれないが、人間は適応できる。
人間は変化する存在だからだ。しかし、そうなったとしても人間はやはり太古の神
が作った約定に縛られる。黄金の林檎が地上にあるかぎりな」
  フレヤは、微かな戦慄を感じた。ラフレールの全身から怪しげな波動が立ち上っ
ている。それは今まで感じたことの無いものだ。あらゆる魔道と異なる不可思議な
気配がラフレールにはあった。
「ラフレールよ、おまえの望みとはつまり」
「そうだ、フレヤよ」
  ラフレールの瞳が強烈な輝きを放つ。フレヤは思わず剣に手をかけていた。それ
が無意味なことは知っていたが。
「私の望みは永遠に人間を神々の約定から開放すること。つまり、おまえと黄金の
林檎をウロボロスと共に永遠に封じ込めること。神々さえ立ち入ることのできない
あの次元の彼方へおまえを封印する」
  フレヤは剣を抜き放ち、叫んだ。
「おまえにはできない。おまえには」
「できるさ。私は未来を見た」
  ラフレールは厳かに繰り返す。
「私にはできる」
  ラフレールの体から黄金の光が放たれ、フレヤを包む。フレヤとラフレールは黄
金に輝く光の球体につつまれた。フレヤはその狂暴といってもいいほど強い光の中
で、意識を失う。
  黄金の輝きはフレヤとラフレールを包んだまま、上昇を始めた。やがてそれは速
度を速め、渦巻く邪悪な闇ウロボロスへと向かう。凶悪な闇はアイオーン界に突如
出現した、太陽のような輝きを飲み込んだ。

  バクヤは、想の意識を注意深く呼び覚ましていく。通常の意識より遥かに速い速
度で流れる意識がバクヤの思念を覆っていった。
  世界が凍り付いてゆく。空気の流れが目に見える気がするほどバクヤの意識は研
ぎ澄まされていった。全ての動きをバクヤは把握している。ほんの僅かな木の葉の
揺らぎ、宙を舞う花びら。そうしたものが全てバクヤの意識の中で明確に捕らえら
れ、ゆっくりと動いていく。
  ティエンロウは、美しい彫像のように止まっている。それは何の動きも予感させ
ないということだ。ティエンロウにはしかし、凄まじい緊張が漲っている。おそら
くバクヤのどんな動きに対しても、静かな湖面が羽毛が落ちることによっても波紋
を作るように、ティエンロウの動きを呼び覚ますことが予想された。
  ティエンロウの武器を既にバクヤは理解している。一挙動で銃弾を放てる武器だ。
間合いを詰めるのは困難だろう。どのような形でバクヤが動いたとしてもそれより
速くティエンロウは銃弾を放てる。
  ただ、バクヤにはメタルギミックスライムの腕があった。むろん、バクヤはその
腕を完全に制御しきれる訳では無い為、ティエンロウの魔力を秘めた銃弾を受ける
のはとても危険だ。その魔力が封印を破り、メタルギミックスライムが暴走するの
は間違いない。
  銃弾を躱し間合いを詰める。極めて困難なことだ。しかし、メタルギミックスラ
イムを上手く制御すればできるかもしれない。その生きた金属の腕を操り鞭のよう
に変形させることができれば、遠い間合いからティエンロウを攻撃できる。
  銃を抜き撃つ。その間に間合いを詰め、鞭と化した腕でティエンロウを打つ。バ
クヤに可能な攻撃はそれだけであった。
  バクヤは意識を研ぎ澄ませていく。世界は輝いているように思えた。光のスペク
トルが見える。虹色となった光が自分の体やティエンロウの体を覆っている。
  空気は、水晶でできているかのごとく澄んで冷たく乾いていた。バクヤは自分の
心を空白にし、世界と同一化していく。限りなく速く、限りなく自然に動く為に。
  そしてバクヤは動いた。風のように、陽炎がゆらめくように。
  バクヤの意識の中で空気が恐ろしく重く感じられる。個体化したような空気が轟
音と共に体の側を吹き抜けてゆく。
  バクヤの狭まってゆく視野の中で、ティエンロウはゆっくりと手を銃へ伸ばす。
本当は凄さまじい速度でその手は動いているはずだが、バクヤの思念の中では這う
ように見える。
  バクヤの左手が変形していく。流れる水でできているかのごとく、滑らかに変わ
ってゆき鞭の形態をとろうとする。
(間に合う。銃が抜かれた時には間合いへ入る)
  バクヤは間合いの際まできた。その時ティエンロウは、ようやく銃把に手がかか
ったところである。抜かれた時には、ティエンロウは死んでいるはずだ。
  ティエンロウは銃把を握る。その時、銃声が響いた。
  バクヤは愕然として、その轟音を聞く。ティエンロウはホルスターに納められた
ままの状態で銃を撃ったのだ。考える暇は無かった。まさに魔法のように、目の前
に6発の銃弾が出現した為だ。
  想の意識の中にいたからこそ、その銃弾を把握できたが、そうでなければ頭を撃
ち抜かれていた。それでも躱せる距離ではない。バクヤはメタルギミックスライム
の腕を動かす。
  一瞬にして元通りになった左腕で、6発の銃弾を掴む。それと同時にメタルギミ
ックスライムの左手が弾けた。銃弾に込められた魔力の効果だ。左手は縦に裂け、
無力化する。バクヤの頭の中で何かが壊れた。
  既に弾倉の交換を終えたティエンロウは膝をつき放心状態のバクヤに向かい、銃
口を突きつけ歩みよる。ティエンロウは白面の美貌に冷たい笑みを浮かべていた。
「拍子抜けだな、バクヤ・コーネリウス。もっとも」
  ティエンロウは動けないバクヤの側に立ち止まる。
「こう、うまくいくとは思わなかった。簡単な術でね、魔操糸術と同じように魔道
で開けた穴を通して銃弾を飛ばす。普通ならなんのこともない平凡な技だが、何し
ろウロボロスの影響下にある。うまくいくとは思えなかったが、どうやら低レベル
の魔道は使えたようだ」
  バクヤの耳にティエンロウの声は聞こえていなかった。何かがバクヤの頭の中で
笑っている。狂った狂暴な笑い。それが津波のようにバクヤの心を覆ってゆく。抵
抗する気力がもう、バクヤには残っていなかった。
「うう」
  微かにバクヤが呻く。ティエンロウは怪訝そうにバクヤを見る。
「うう、ううううう」
  バクヤの呻きは高まってゆく。
「うううう、ううぉ、ううおおおおおお」
  バクヤは咆哮した。
「うるお、うるるるおおおおおお、うるおおおおおおお」
  ティエンロウは反射的に引き金を引いていた。しかし、その銃弾はバクヤの全身
を覆った金属の鎧に弾き飛ばされる。
  バクヤの全身はメタルギミックスライムに覆われていた。その姿は魔獣である。
燃え上がる金属の炎がバクヤを包んでいるように見えた。炎が空へ伸びるかのごと
くバクヤの背に幾本もの金属の角が生える。
 狂暴な唸りをあげる金属の魔獣。黒い鉄の蛇が身を捩るように尾がのたうつ。
 バクヤの意識は完全にメタルギミックスライムに乗っ取られていた。人間として
の思考を失ったバクヤの脳裏に閃いていたのはめくるめく快楽である。
  ティエンロウは後ずさる。しかし、遅かった。魔獣の腕の一振りで、ティエンロ
ウの頭部が吹き飛んだ。漆黒の鋼の獣は心地好さそうな咆哮をあげる。
  金属の魔獣は、神殿を見た。そして首の無い死体を後に残し、ゆっくりと神殿へ
向かって歩き始める。




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