AWC 願い 6      リーベルG


        
#4507/5495 長編
★タイトル (FJM     )  98/ 6/ 1   3: 5  (143)
願い 6      リーベルG
★内容

                 6

「待てって言ってるだろうが」
 凝縮した怒りを秘めた声が届き、ヨシハルはばっと振り返った。シズカは妖精
が立ち上がっているのを、ヨシハルの巨体の陰からみた。
「妖精!」
「やあ、シズカ」妖精は手を振った。「ちょっと待っててくれよ。こいつの寿命
を少しばかり縮めてやるから。危ないから下がっててくれないか」
 シズカは言われたとおり、小走りにヨシハルから離れた。
「どうしても邪魔しようっていうんだな」にこやかな表情を蜃気楼のように消し
て、ヨシハルは低い声でうなった。「よほど死にたいらしい」
 妖精は冷酷に微笑んだ。
 怒りがヨシハルの目に走った。次の瞬間、ヨシハルの巨体が跳躍した。
 その巨体からは想像もできないスピードで、ヨシハルは獰猛な鮫のように妖精
に迫った。空中でくるりと身体が回転し、とてつもない破壊力を秘めた太い足が
うなりを上げて襲いかかる。
 だが、妖精は少しも焦らず、むしろ物憂げな様子で首を巡らして、ヨシハルの
蹴りを避けた。間髪を入れず、ヨシハルの腕が振り回される。強烈なバックハン
ドが、妖精の顔面に叩きつけられる直前、妖精は身をひるがえした。
「このやろう!」
 ヨシハルがそれを追ってつかみかかった。妖精は闘牛士のように、ひらりと身
をかわすと、たたらを踏んだヨシハルの鼻先でパチリと指を鳴らしてみせた。
「ほら、こっちこいよ」妖精は嘲るような笑い声を発すると、ふわりと宙に浮か
び上がった。
「なめやがって」
 ヨシハルは低い声でつぶやいた。その手が服の内側に消える。抜き出された手
には、黒光りする拳銃が握られていた。
「こんなものは使いたくないんだよ」ヨシハルは弁解するように言った。「卑怯
だし、おもしろみがないし、第一すぐ死んじゃうもんな。でも仕方がない。早く、
あの子の目玉を喰わないと病気にかかっちゃう」
「そんなものでぼくが殺せると思ってるのか?」宙に浮いたままの妖精が訊いた。
「もちろんさ」ヨシハルは驚いたように答えた。「この銃はね、M29っていっ
て、拳銃としては世界でも最強の部類に入るんだ。かすっただけで相手を倒せる
し、直撃すれば本当に風穴が空くんだよ。頭に当たったりしたら、スイカみたい
に粉々になっちゃうんだ。腕に当たれば腕がちぎれるし、足に当たれば足がちぎ
れるんだ。すごいと思わないか」
「救いようのないバカだな」妖精はつぶやいた。
「ま、そういうわけだから」
 ヨシハルはM29の撃鉄を起こし、妖精の顔に狙いをつけた。銃器の扱いに不
慣れな様子はみられない。明らかに訓練を積んでいるのだ。
「悪く思わないでくれ」
「バカだな」妖精は繰り返した。「本当にバカだ」
 落雷のような銃声が轟いた。シズカは思わず目を閉じた。硝煙の臭いが鼻を刺
激する。
「無駄だよ、ヨシハル君」
 妖精の声が少し離れた場所から届き、シズカはおそるおそる目を開いた。妖精
は宙に浮いたまま、十メートルほど移動していた。ヨシハルの撃った弾丸は当た
らなかったらしい。
「なるほど」ヨシハルは落ち着いて撃鉄を起こした。「空を飛べるのか」
 こいつの頭がおかしいのは間違いないわ、とシズカは確信した。
「でも君は、弾丸をよけたわけじゃないようだ」ヨシハルの声は冷静だった。「
おれが引き金を引く直前に動いたものな。ぎりぎりのタイミングでね。つまり、
君は空は飛べるかもしれないが、それ以上の力はない。弾丸を弾き飛ばしたり、
受け止めたりはできないってことだね」
「ふうむ」妖精は感心したように腕を組んだ。「ただのバカじゃなさそうだね」
「ということはだ」ヨシハルは妖精に語りかけるというよりは、自分自身に確認
しているように喋り続けた。「適当なフェイント、意図的なタイミングのずれ、
動きの予測で対応できそうだ」
「そう思うか?」
「うん。思うね」
「ふむ。試してみるんだね」
「試すとも」
「あんたら、バカじゃないの!?」耐えきれなくなってシズカは叫んだ。「下ら
ない殺し合いはやめてよ。何の意味があるのよ!」
 妖精がちらりとシズカに視線を投げた瞬間、ヨシハルが第二弾を発射した。シ
ズカは悲鳴を上げたが、妖精はヨシハルの方をろくに見もせずに、やすやすと弾
道から離れていた。
「逃げたってダメだよ」ヨシハルは狙いをつけながら言った。「そのうち逃げ切
れなくなるときが来るよ。それに君の動きはだんだん読めてきた」
「へえ。そうかい?」
 ヨシハルが発砲した。妖精はまたそれをかわしたが、相手を嘲弄するような笑
みは消えていた。
 逆にヨシハルは余裕しゃくしゃくに笑いながら、シリンダーを外して空薬莢を
地面に落とした。ポケットからスピードローダーを出して新たな弾丸を装填する。
滑らかな動きであり、この操作が呼吸と同じぐらい自然になっていることを思わ
せた。
「そろそろ余裕がなくなってきたんじゃないのか?」ヨシハルはにたりと唇をゆ
がめた。「どこまで逃げても一緒だよ」
 最後の言葉と同時に、ヨシハルは発砲した。妖精は空中でとんぼ返りを切って
逃れたが、髪の毛の一部が破裂したようにパッと散った。
「妖精!」
「そろそろあきらめたらどうなんだ」ヨシハルは歯をむき出した。「人間はあき
らめが肝心だ」
「あいにく人間じゃないんでね」
「何でもいいよ」
 ヨシハルは無造作に発砲した。弾丸は妖精の右腕に着弾した。
「妖精!」シズカは悲鳴を上げた。
 妖精はほとんど苦痛の色を見せなかった。ずたずたになり、筋肉組織や骨が剥
き出しになった右腕を持ち上げ、興味深そうにつぶやく。
「全く人間の身体なんてもろいものだな」
「そろそろ終わりにさせてもらう」ヨシハルが宣言した。
「そうだな」妖精はふわりと地面に舞い降りた。「周りを見てみろよ」
 シズカははっと気づいた。いつのまにか三人は公園の真ん中に移動していた。
樹木や草花が彼らを取り囲んでいる。
 ヨシハルは不審そうに首を巡らせたが、すぐに妖精に視線を戻した。
「何にもないじゃないか」
「君たちには見えないだろうね」天井の音楽に耳を澄ませているように、妖精の
目は閉じられていた。口元にはうっすらと笑みが戻っている。「君たちには聞こ
えないだろうね。若葉が囁く大地の唄が、木々の中に息づく小さな脈動が、渦巻
く大気が示す生命の真実が、夜の闇が秘める原初の魔法の秘密が……」
 シズカとヨシハルは等しく息を呑んだ。44マグナムで撃ち砕かれた妖精の右
腕が、みるみるうちに再生していくのを目にしたからである。
「インチキじゃねえかよ」ヨシハルが言った。「ずるいぞ、そんなの!」
 M29が連続して咆哮した。動揺してはいても、ヨシハルの射撃は正確で、弾
丸はことごとく妖精の身体に命中した。
 にもかかわらず、妖精の身体からは一滴の血も噴き出さなかった。
「ここでは無力だよ。文明の力なんてね」妖精は握っていた手を開いた。ヨシハ
ルの放った弾丸は全てそこにあった。「大地も草木も花々も、空気すら独自の生
命と力を持っている。人間がそのことに気づいていれば、なす術もなく滅びの時
を迎えるようなことにはならなかったかもしれないのにね。まあそれはともかく
として……」
 妖精の手がヨシハルを指した。
「……君は生きるに値しないね」
 妖精の指がパチリとなった。とたんにヨシハルの手から、M29が弾き飛ばさ
れ、どこかへ消えていった。
「インチキだ」ヨシハルはつぶやき続けていた。「きたねえ」
「何とでも言えよ」
 妖精は冷酷に笑いながら、指で何かをひねるような動作をした。ヨシハルの身
体がふわりと浮き上がったかと思うと、ものすごい勢いで地面に叩きつけられた。
「うが……」
「頑丈なやつだな」妖精は再びヨシハルの身体を持ち上げた。「ほら」
 ヨシハルは肩から地面に落ちた。骨が砕ける音が響く。シズカは顔をそむけた。
 さらに数度、ヨシハルは空中と地面を往復し、その都度どこかの骨を砕かれた。
その顔は次第に恐怖に歪み、口から洩れるうめき声はだんだん大きくなっていっ
た。
「そろそろ苦痛に耐えきれなくなってきただろう」妖精は楽しそうに言った。「
そろそろ死を間近に感じてきただろう。叫び声をあげたらどうだい?」
「ねえ、ちょっと」シズカは地面で呻いているヨシハルから顔をそむけたまま妖
精に言った。「もう、それぐらいにしといたら?」
「いやだね」妖精はにべもなく拒否した。「何でこんなやつに、そんな情けをか
けてやらなきゃならないんだ?」
「病気でおかしくなってるのよ」
「あのね」妖精はシズカを見た。「こいつはシズカを殺そうとしたんだよ」
「わかってるわよ。でも、やめて。おねがい。逃がしてやってよ」
「だめだね」妖精は空中に座り込んだまま、超自然的な力でヨシハルの巨体を手
近の木の幹に投げつけた。ヨシハルは口から血を吐いた。
「やめて!」シズカは叫んだ。「おねがい、もうやめてよ!」
 妖精は哀れむように薄く笑っただけで答えなかった。ヨシハルの身体が、また
も宙を飛び木に叩きつけられる。
「やめてったら!」シズカは絶叫した。「三つ目の願いよ!そいつを殺さないで!
逃がしてやって!」





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