AWC 願い 4      リーベルG


        
#4505/5495 長編
★タイトル (FJM     )  98/ 6/ 1   3: 2  (198)
願い 4      リーベルG
★内容

                 4

「連れてく?この子を?」妖精はシズカの正気を疑っているような顔で、大げさ
に天を仰いだ。「本気で言ってるの?」
「あたりまえでしょ」シズカは赤ん坊の衣服をカバンに詰めながら答えた。
「あのねえ。君の人生がどれだけ残っているか忘れたわけじゃないだろう?」
「あたりまえでしょ」シズカは繰り返した。
「日数より時間で数えた方が早いぐらいなんだよ。その間、ずっとその子の世話
をして過ごすつもり?」
「誰かがやらなきゃいけないでしょ」
「誰かがね!確かにね!」妖精は叫んだ。「だけど、どうしてそれがシズカでな
きゃならないんだ?」
「他に誰がいるのよ?」
「そういうことを言ってるんじゃないよ。最後の何日かぐらい、もっと有意義に
過ごしたら どうかっていってるんだよ。自分のために。見ず知らずの赤ん坊の
ためじゃなくてね」
「うるさいわね。いやならついてこなくてもいいのよ」
「冗談じゃない!」妖精は文字通り飛び上がった。「君とは契約が残ってるんだ!
世界の果てまでだってついてくからね」
「誰が世界の果てまで行くなんて言ったのよ」
「じゃあ、どこへ?」
「寝られるところよ」シズカはカバンを閉めた。「眠いの」
「そうかそうか」妖精の顔に笑みが浮かんだ。「じゃあ、一緒に寝よう」
「スケベ。それはまだでしょ」
「早く次の願いを言ってくれないかな」妖精は空中に座って腕を組んだ。「ぼく
たちには時間がないんだから」
「あたしには、でしょ」シズカは素っ気なく答えた。「あんたには、いくらでも
時間があるじゃないの」
「それは、まあ、どうでもいいけどさ」妖精は両手を広げた。「で、どこに行く
の?シズカの家?」
「ホテルでも探すわ。部屋はいっぱい空いてるでしょうし」
「本当にそう思う?」
「どういう意味よ?」
「外に出てみればわかるよ」


 夜が地上を支配していた。数日前まで、都市が放つ人口の光が闇を押し返し、
人類の存在を誇らしげに主張していた。今は別の光が都市から発している。
「燃えてるわ」
「消火する人間なんか残ってないからね」妖精は周囲を漠然と手で示した。「こ
こ何日かは雨も降っていないし乾燥している。この家にもそのうち火が回るよ」
 シズカは行くつもりだったホテルに目をやった。一度は泊まりたいと思ってい
た高級ホテルである。すでにその近くの建物まで火が回っていた。
「これじゃ泊まるのは無理ね」
 がっかりしてシズカは座り込んだ。腕に抱いている赤ん坊が、シズカの失望を
感じ取ったように身動きし、小さくあくびをしたが、すぐに眠りこんだ。
「ねえ、その子を何とかして、残った時間を二人で楽しもうよ」妖精が空中から
提案した。「夕焼け雲の中をふわふわと漂ってもいいし、深い海の底を散歩して
もいい。月の上を宇宙服なしで歩くことだってできるよ。望みさえすればね」
「そーね……」シズカは妖精を見ずにつぶやいた。「それもいいかもね……」
「じゃ、早速そうしよう!」妖精は空中で宙返りした。
「その前に、この子を何とかしなくっちゃ」
「その辺に寝かせとけば?」
「ばか!何言ってんのよ。凍え死んだらどうするのよ!」
「疫病で苦しみながら死ぬより、凍死した方が幸せかもしれないよ」
 シズカは険悪な表情で妖精をにらんだ。
「あんたって血も涙もないの?」
「血は流れてるし、涙だって流すよ。なに怒ってるのさ」
「とにかく」シズカは声を張り上げた。「この辺に放り出しておくなんて、絶対
にダメよ。冗談じゃないわ。せっかく良くなってきたってのに」
「無駄なことをするんだねえ、ホントに」呆れたとも、感心したともとれる表情
で、妖精は手を広げた。「もう少し合理的になったらどうなんだろうね。そうす
りゃ、人類絶滅だって避けられたかもしれないのに」
「何のこと?」
「疫病のこと。患者がまだ少ないうちに、徹底的に隔離して殺してしまえばよか
ったのさ」妖精の声は平静だった。「どうせ治療方法なんかなかったんだから。
患者を治そうとする努力の半分でも、感染者を除外することに向ければ、全世界
に蔓延しなくてもすんだんだよ。そうしてれば、今頃その子だって……」
「うるさいわね!」シズカは叫んだ。「黙りなさいよ!あんたに何がわかるって
のよ!それが人間ってもんじゃない!無駄だってわかってたって、最後の最後ま
で諦めないのが人間なのよ」
「ロマンティストだよね、たいていの人間は」かすかに嘲笑がまじった。「たと
え、人が死んでも自分のロマンティシズムが満たされれば、満足ってわけだね」
「むかつく言い方ね」シズカは低い声で応じた。「あんたにヴァージンあげるな
んて、何だか耐えられなくなってきたわ」
「それは残念だね。でも、最初の願いをかなえちゃったからね。契約破棄はでき
ないよ」
 シズカは薄笑いを浮かべて妖精を見た。
「もし、あたしが拒んだらどうするのよ。無理矢理奪っても意味ないって言って
たわよねえ?」
 妖精は肩をすくめて、薄笑いを返した。
「そのときは、最初の願いの効果を取り消すだけさ」細い指が、シズカに抱かれ
ている赤ん坊を指した。「その子が死の一歩手前まで戻ることになるね」
 シズカは憎悪のこもった視線で妖精を突き刺した。妖精は平然とそれを受け止
め、じっとシズカの顔を見返している。
 押しつぶされるような沈黙は、赤ん坊がむずがる声で破られた。
「おお、よちよち」シズカは赤ん坊を軽く揺すって囁いた。「どうしたの?お腹
空いたの?」
「おむつだよ」妖精が言った。「濡れてるんだ」
 シズカは妖精をにらみ、それから赤ん坊を見てつぶやいた。
「おむつを探さなきゃ……その辺のコンビニにあるかな?」
「ほら」妖精はどこからか、紙おむつのパックを取り出すと、シズカに差し出し
た。「こいつはサービスにしとくよ」
 シズカは躊躇った。だが、ふっと息を吐くと、ぎこちない笑顔を浮かべて、そ
れを受け取った。
「ありがとう」
「どういたしまして」妖精はまじめくさって答えた。「替えかたわかる?」
「わかるわよ。やったことあるもん」
「へえ。シズカが子供産んだことあるとは思わなかったな」
「おもしろくないわよ、その冗談は」シズカは冷たい視線を妖精に向けながら、
赤ん坊のおむつを取り替えた。「これでよし。よしよし、いい子ね」
「話を戻すけど、これからどうするつもり?」
 シズカはにこりと微笑むと妖精を正面から見つめた。
「決めたわ」
「何を?」
「二つめの願いよ」
「本当?よかった、やっとその気になったね。何にする?」
「この子を両親の元に返してあげたいの」シズカは妖精を見つめたまま、ゆっく
りと願いを口にした。「今、どこにいるにせよ、そこまで連れていって。この子
を両親に会わせてあげて」

 五分後、ようやく妖精はわめくのをやめたが、口が疲れたためで納得したせい
ではなかった。
「何と言われようと、あたしの願いは変わらないわよ」
「どうして君は、そういう厄介な願い事ばっかりするんだよ!いやがらせか?え?
もっと女の子らしい願いを言ったらどうなんだ」
「女の子らしいって何よ」
「千着のドレスとか、全世界のありとあらゆる珍味とか……」
「はん」シズカは鼻で笑った。「ばっかばかしい」
「つまり、もっと自分のための願いをしたらどうだって言いたいんだよ」
「あたしの勝手でしょ」
「だいたい、その子を両親の元に連れていってどうしようって言うんだ?どこに
いるかもわからないのに」
「ふうん」シズカはバカにしたように妖精を眺めた。「わからないの?」
「む……いや、わかるよ。わかるとも。わかるに決まってるだろ」気を悪くした
ように、妖精は答えた。「人間には見えない絆のラインが、妖精には見えるんだ。
特に親子や恋人同士なら、そのラインは強いし。たとえどんなに遠く離れていて
も切れることのないラインだ」
「ふうん。何だかよくわからないけど。でも、脱出した人たちは、南へ行ったっ
て聞いたわ。オーストラリアか、ニュージーランドへ。そこまで連れていくこと
なんかできないでしょ?あたしたちを?」
「あたしたちって」妖精は驚いたように訊き返した。「君も行くの?」
「そうよ。あんたが、どこかその辺にこの子を捨ててくるかもしれないでしょ」
「ぼくはうそなんかつかない!」妖精は激昂した。「人間と一緒にしないでくれ!
妖精はうそなんかつかない。つけないんだよ!」
「わかった。わかったわよ」シズカはなだめるように手を振った。「落ち着いて」
「ぼくは落ち着いてる」
「あたしたちよ。あたしとこの子。ああ、もちろん」シズカは付け加えた。「来
たかったら、あんたも来ていいわよ」
「本当に行きたいの?」
「ねえ」シズカは片手を腰にあてた。「できないなら、できないって素直に言っ
たら?妖精だからってできないこともあるって」
「だれができないなんて言ったのさ」
「できるの?」
「できるに決まってるだろ」
「じゃ、頼むわ。第二の願いよ」
「本気なんだね?」妖精はあきらめたように念を押した。「取消はきかないよ。
第一の願いと同様に」
「本気よ」シズカは明瞭そのものの声で答えた。「Do it!」
「どうして人間ってこうバカなんだろうね。わかったよ。君の第二の願いは受理
された。その子を両親の元に連れていこう」


「まず、その子の両親の居場所を探さないとね」妖精は遠くを見つめながら言っ
た。「ちょっと失礼」
 妖精は音もなくシズカの方に手を伸ばした。シズカは反射的に身を引いた。
「何もしないよ。その子に触らせてほしいだけさ」妖精は肩をすくめた。「ライ
ンを読むためにね」
 シズカは恥ずかしそうにうなずいた。妖精はそっと赤ん坊の頬に手を触れると、
目を閉じて何かをつぶやいた。
「わかりそう?」
「しっ!ちょっと黙って」妖精はシズカを制した。「うん。確かに南の方にのび
てる……血の匂い……いや、そうじゃない海の匂い……潮の香りがする」
「海?」
「脱出した人間たちが乗っている船だ」妖精は目を開いてシズカをちらりとみる
と、すぐに瞑想するようにまぶたを閉じた。「大きな船だ……客船だったんだね。
ぎっしりと人間が詰め込まれてる。船室にも甲板にも……倉庫にもいっぱい……」
 妖精は言葉を切った。
「何?どうかした?」
「がっかりするような事を聞きたい?」
「まさか」不意にシズカは震えるような恐怖にとらわれた。「まさか……もう死
んでるんじゃ……」
「そうじゃないよ」非人間的な笑みが妖精の唇に浮かんだ。「だけど、それも時
間の問題だね。ほとんど発病している。その子の両親も……最後の症状が出はじ
めてるよ。あと二日ももたないだろうね」
 シズカは失望しなかった。
「じゃあ、急がないと。早く連れていって!今すぐ!」
「わかった」妖精は周囲を見回した。いくつもの建物が炎に包まれている。「だ
けどここからは飛べないな。まだ文明の力が残っている。ぼく一人ならともかく、
シズカとその子を連れて飛ぶのは、ちょっとつらいね」
「どこならいいの?」
「どこか広い公園がいい。まだ樹木や草花が残っているような。そうすれば、自
然の力を使える」
「こっちにあるわ」
 シズカは先に立って歩き出した。
「ぼくが抱いていこうか?」
「いいの」シズカは赤ん坊を抱きしめた。「疲れてないから」
 公園に向かう道は暗く、ひとけがなかった。もっとも街の中のたいていの場所
はひとけがなかったのだが。
 公園が見えてきたとき、不意に妖精がシズカを制した。
「ちょっと待って」
「なによ」シズカは足を止めて振り向いた。
「誰かがいる」妖精は前方の闇の中を指さした。「そっちの方だ」
「そう?」シズカはそれほど気に止めなかった。「別に不思議じゃないと思うけ
ど。他に誰か脱出しなかった人が……」
 突然、シズカの前に黒い影が飛び出した。





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