#4503/5495 長編
★タイトル (FJM ) 98/ 6/ 1 2:58 (113)
願い 2 リーベルG
★内容
2
シズカは歩き出した。妖精は空中に浮かぶのをやめて地面に降り立つと、シズ
カの後を追って歩いた。
「だけどね。元来、妖精族は人間にそれほど好意を持っているわけじゃないんだ
よ」
「そうなの?」
「そうさ」
「なんで?」
「考えてもみろよ。あれだけ自然を破壊しといて、他の種族が人間に好意を抱け
ると思う?」
「思わないけどね」シズカは歩きながら妖精を振り向いた。「あんたもあたしを
嫌いなの?」
「愛してるとは言えないね」
「へえ」冷たい視線で妖精を射る。「妖精って愛してもいない女の子を抱けるわ
け?あたし妖精って、もっと素晴らしい生き物だと思ってたんだけど」
「どんなふうに?」面白そうに妖精は訊いた。
「ふわふわと空に舞う、花びらで作られたベッドの上で、小鳥のさえずりを聞き
ながら、深く優しい愛を交わすとか」
妖精は思わず吹きだした。
「ロマンティストだね、シズカって」
「ロマンティストなのは妖精だと思ってたわ」
「あいにく、そうじゃないんだ」妖精は得意そうに答えた。「妖精族ほど現実的
で理知的な種族はいないよ」
「自慢にすることじゃないと思うけど」
「そうかな」
「それにしちゃ、三つの願いなんて気前がいいことするじゃない」
「ふむ。滅びゆく種族への最後の贈り物ってとこかな」
「それはそれはどうもご親切に」シズカはていねいに言い、次に声を荒げた。「
何様のつもりよ!哀れみなんかごめんだわ」
「プライドだけは高いのも人間だね」
「何ですって?」
「もうやめよう」妖精は曖昧に笑った。「きれいな黄昏だよ。見ないの?」
シズカは見た。
確かにきれいな夕焼けだった。高層ビルをゆるやかにだいだい色に染めていく
光は、今まで見たどんな光景よりも美しく幻想的で、まるで幼い子供の悲しい叫
びのようにシズカの胸を満たした。
息を呑んで見つめるシズカの耳に、妖精のつぶやきが届いた。
「こんな素敵な光景を見られるのも、後二回かと思うとなおさら素敵だろ?」
センチメンタルになりかけた気分を粉々に破壊されて、かんかんに腹を立てた
シズカは、幽鬼のような表情で振り向いた。
「ちょっと、妖精」
「何だい、人間」
「嫌がらせも妖精の特徴?」
「ぼくがいつ嫌がらせをしたって?」
「たった今したでしょうが!」シズカは叫んだ。「余計なこと言わないで黙って
なさいよ、ばか!」
「まあいいけどさ」妖精は肩をすくめた。「それより腹減らないかい?」
「あんたねえ……」シズカは怒りよりも疲れを感じた。「詩的な心ってものを持
ってないの?」
「ここ当分は持つ予定がないな。夕食にしようよ」
「ほっといてよ。ダイエット中なんだから」
「それ以上、どこを細くする必要があるのさ」
「うるさいなあ。女の子には女の子の事情ってものがあるの」
「ふむ。じゃあ、夕食はとらないわけだね?」
「あー、いや、その……」シズカは忌々しそうに顔をしかめた。「まあ、今さら
ダイエットしたってしょうがないし、あんたが何か食べるってんなら付きあった
げてもいいよ。別に」
「素直じゃないね」
「誰が?」
「君しかいないだろ」
「あたしはいつだって素直よ。それより食事に行くんじゃないの?どこ行くの?」
「何が食べたい?」妖精は街を見回した。「何でもいいよ」
「じゃあ、あたしのお薦めナンバーワンのお店に案内するわ」
「それは楽しみだね」
「これがシズカのおすすめナンバーワン?」妖精は呆れたように両手を腰にあて
た。「このケーキショップが?」
「そうよ」ガラスケースの中にずらりと並んだ、数十種類の色とりどりのプチケ
ーキを、シズカはよだれが垂れそうな顔で見回した。「へへ。一度、ここのケー
キ全種類一気食いってのをやってみたかったのよ」
「このあたりにはまだ電気が来ててよかったな。でなきゃ、せっかくのケーキも
腐ってたとこだぜ」
「日頃の行いがものを言うのよね、こういうときには」
シズカはトレイを持つと、ケースの左上から順番に一つずつケーキを取り始め
た。すぐにトレイの上には、二十個以上のケーキが並んだ。シズカは楽しそうに
テーブルに座ると、嬉しそうな顔でぱくつきはじめた。妖精は見ているだけで満
腹したような顔をしている。
「食べないの、妖精?」もぐもぐやりながらシズカは訊いた。
「気にしないでくれ」妖精は力なく答えた。「なあ、それより、そろそろ最初の
願いを言ってくれないかなあ」
「そおねえ」シズカはうわのそらでつぶやいた。「熱いミルクティーが飲みたい
なあ」
「はあ?」妖精はぽかんと口を開けた。「それが最初の願い?」
「何言ってんのよ、ばかね。三つしかないのに、そんなことに使えるもんですか。
あたしはただ、ミルクティーが飲みたいなって言っただけじゃないの」
「あ、そ」
妖精は鼻を鳴らして横を向いた。シズカはそれを見ながらにやりとした。
「でも、ミルクティーがあったら最初の願いを言ってもいいな」
「本当か!」
「ミルクティーが飲みたいなあ」シズカは繰り返した。「熱いやつ。ノンシュガ
ーで新鮮なミルクたっぷりのやつ」
「わかったよ」妖精はあきらめたように立ち上がった。「持ってくるよ」
「急いでね」
妖精はシズカをじろりとにらむと、音もなく消え失せた。
シズカはくすくす笑いながら、ケーキを口に運び続けていたが、ふと何かに気
づいたように顔を上げた。
どこかで風が鳴っていた。小さな、とても小さな音だったが、静まり返った街
の中では、どんな音でもよく響く。
なぜ、そんな風の音が気にかかるのか、よく分からないままシズカは食べかけ
のケーキを置いて立ち上がった。そのとき、妖精が戻ってきた。
「おまたせ」手にジノリのティーカップを持っている。「ミルクティーもってき
たよ。淹れたての熱いやつ……どうかした?」
「どこかで風が鳴ってるんだけど」
「風?」妖精はちょっと耳をすました。「別に聞こえないよ、風の音なんて」
「あんた、耳悪いんじゃないの?この音が聞こえないの?誰かがすすり泣いてい
るような音が聞こえるじゃない」
「ああ、あれか」妖精は肩をすくめた。「風の音なんて言うから。あれはすすり
泣いているような、じゃなくて、近くで赤ん坊が泣いているんだよ」