AWC 願い 1      リーベルG


        
#4502/5495 長編
★タイトル (FJM     )  98/ 6/ 1   2:56  (194)
願い 1      リーベルG
★内容

                 1

 鮮やかな夕焼けが、廃墟と化した街並みをオレンジ色に染め上げていた。
 妖精は楽しそうに鼻歌を唄いながら、人間の姿が消えた都市の中を散策してい
た。数日前までは東京と呼ばれていた大都市に人影はなく、都市の機能も次第に
沈黙しつつある。何カ所かで火災が発生していたが、もちろん消火活動などとい
う無益な行為に従事しようとする人間は一人もいない。資産や、芸術品や、文化
遺産を守る理由は数日前に全て失われていた。見る者が一人も存在しなくなると
いうのに、何を残す価値があるのだろう。
 いや、訂正しなければならない。見る者はいた。たとえば、今、廃墟を歩いて
いる妖精もその一人だ。だが、妖精もその同族も人類の遺産などには全く興味を
示さなかった。
 ふと妖精は足を止めた。公園の一つだった。奇跡的に破壊から免れ、木や草や
花が残っている。小さな池も健在だ。池の周りには遊歩道が設けられ、いくつか
のベンチが置かれていた。
 ベンチのひとつに一人の生きた人間がぼんやりと座っていた。妖精は目を細め
て、人間を観察した。人間の標準から言っても若い女の子だ。すでに三百年を生
き、さらに千年を生きるであろう妖精から見れば、赤子にも等しい年齢。一五か
一六か。一七才以上ということはないだろう。
 妖精は少しためらった。だが、文明の力は崩壊し、妖精が人間から身を隠さな
ければならない理由は何もない。それに生きた人間を見るのは、これが最後にな
るのかもしれない。言葉を交わしてはならない理由など何もない。
「やあ、何をしてるの?」
 少女は目の前に出現した妖精の姿を見て、驚いたように目を見開いた。妖精は
自分がどのように見えるかを思い出した。細長い手足を持った男の子の姿をして
いる。とはいえ、それほど真剣に人間を擬態しているわけではないから、少し注
意深く観察すれば、人間でないことはすぐに分かるだろう。
「あんた、誰?」少女は不思議そうに訊いた。「なんか輪郭がぼやけてるわ」
「誰だと思う?」
「さあね」少女は妖精の目を見たが、なかなか焦点が合わないようだった。「な
んか、変な目」
「人間じゃないよ、っていったら信じる?」
「へえ?」
「ぼくは妖精なんだ」妖精はもどかしそうに言った。「わかる?」
「ようせい?」少女はぼんやりと答えた。「ああ、ああ。妖精ね。ピーターパン
に出てくるやつね」
「妖精だって聞いても驚かないな」
「驚いてるよ。驚いてるけど……」可愛らしく肩をすくめて、少女はため息をつ
いた。「今さらって感じがしてさ。でも妖精にしては羽根がないじゃない。それ
にやけにばかでかいわ」
「はあ?」妖精は戸惑って訊き返した。「なんだい、それ」
「妖精って、このぐらいの大きさで」少女は両手を顔の前で少し広げた。「羽根
があって空を飛べるんじゃないの?」
「そりゃフェアリー族の方だ。ぼくはエルフ族なんだ」
「ふうん」
「少しは驚いてくれないかな」妖精は穏やかな非難を口にした。「ぼくらが自分
から人間の前に姿を現すことなんか滅多にないんだぜ」
「あ、ごめん。でも、人類が滅びようってときに、妖精だの何だの言われてもね
え。今さら、それが何なのって感じ。あたしが普通の中学生やってる時に出てき
てくれれば、もっともっと驚いてあげれたのにね」
「いや、べつに無理に驚いてくれなくてもいいんだけどね」やや失望したように
妖精は肩を落とした。「どうしてそんなに無関心なんだ?疫病のせい?」
「かもね」少女は興味なさそうにうなずいた。「妖精は病気にならないの?なら
ないみたいね」
「人間とは違うからね」
「ふうん。で?あたしになんか用?」
「用ってほどのことはないけど。とりあえず座っていい?」
「勝手にすれば」少女はまた肩をすくめた。
 妖精は、横に身体をずらそうとした少女を手で制すると、空中にふわりと浮き
上がってあぐらをかいた。
「空気の上に座れるんなら、わざわざあたしの許可を求める必要なんてないじゃ
ない」
「妖精の礼儀なんだ」妖精は膝の上で頬杖をついた。「さて、少し話していいか
な?」
「もう話してるじゃない」
「ひょっとして邪魔だったかい?ならば消えるけど」
「別に邪魔だなんて言ってないわよ。話したきゃご自由にどうぞ」
「ありがと。名前を訊いてもいい?」
「訊いてどうすんの?」少女は沈もうとしている夕陽に目をやった。「それより
先にあんたが名乗るべきじゃないの?」
「妖精は人間に本当の名も、第二の名も、名乗っちゃいけないことになってるん
だよ」妖精は困った顔で答えた。「相手が魔法使いだったりすると、ぼくを操る
力を与えることにもなりかねないからね」
「女の子はね」少女はすぐに答えた。「滅多に他人に名前を教えちゃいけないこ
とになってるの。最近は、変なヤツが多いから」
 妖精はくすくす笑った。その魅力的な笑い声を耳にして、少女の無表情な顔が
少しほころんだ。
「あんたも魔法使えるの?」少女はちらりと興味を示した。「この病気治せる?」
「それは……ちょっと無理だな。この疫病のウィルスは自然のものじゃないから
ね。どこかの国が生物兵器として合成したものだから。妖精の魔法の中には、確
かに病気を治すような呪文もあるけど、こいつに対してはちょっとね」
「ふうん。そうなの」
「役に立てなくて悪いね」
「別にそれほど期待してたわけじゃないけどね」少女は妖精を見た。「あたしの
ことはシズカって呼んで」
「シズカ」妖精は嬉しそうに繰り返した。「いい名前だ」
「どうも」
「ところでシズカ。ここで何をやってたんだ?」
「別に」シズカは目をそらした。「何にも。死ぬのを待ってたのよ」
「ここで?」妖精は周囲を見回した。「危険じゃないか?」
「危険って何が?」
「まだ何人か生き残りがいる」妖精は指摘した。「中には危ない奴らもいると思
うよ」
 シズカはくせになってしまったように肩をすくめた。その仕草は、人生の倦怠
感を知った大人のような印象をシズカに付け加えている。
「どうだっていいわよ。どうせ長い命じゃないんだしさ」
「いつまでの命?」
「最初の発熱があったのは……」シズカはちょっと考えた。「……先週の火曜日
だから、あと三日ってとこかな。七二時間」
「危ない奴らに見つかったら、七二時間どころか一時間だって残らないかもしれ
ないじゃないか」
「どういう違いがあるのよ」シズカは嘲笑するように訊いた。「七二年と一年な
らともかく、七二時間と一時間じゃね。あたしから奪っていける時間なんて微々
たるものよ」
「そうとは限らないんだけどな」妖精はつぶやいた。
「ちょっと妖精」シズカは苛立った。「何がいいたいのよ」
「実はシズカからもらいたいものがあるんだ」
「何なの?命ならいつでも上げるわよ。それとも魂でも欲しいの?」
「そんなんじゃない」
「じゃなに?」
「怒らないでくれるか?」
「言いなさいよ」
「ヴァージニティ」妖精は囁いた。
 シズカの白い頬がさっと染まった。
「あんた、何考えてんのよ!変態!ロリコン!」
「まあちょっと聞いてくれないか」妖精は必死で手を振って、シズカの激昂をな
だめようとした。「ただで、とは言わないよ、もちろん。礼はする」
 シズカは険悪な表情を浮かべて、宙に浮いている妖精をにらんだ。そのまま立
ち去ろうとするかのように何度か腰を浮かしかけたが、結局立ち上がりはしなか
った。だが、表情まで緩めたわけではない。
「ちょっとはっきりさせようか」シズカは頬を染めたまま言った。「つまりあん
たは、あたしとしたいわけ?その……」
「セックスを」妖精はうなずいた。「簡単に言うとそうなんだ」
「じゃ難しく言うとどうなのよ」
「ああ、ええと……」妖精は言葉を探して頭をかいた。「……君たち人類が滅亡
した後、地球を支配するのは、ぼくたち妖精族とその他いくつかの種族になるん
だ。少なくともその予定なんだ」
「それで?」
「その中の一つにユニコーンの一族がいる」
「ユニコーンって、あの頭に角が生えている白い馬のこと?」
「実際には白いやつばかりじゃないけど」
「そのユニコーンがどうかしたの?」
「ユニコーンを捕まえる方法って知ってる?」
「何かで読んだことはあるわ。処女を使っておびき寄せるんでしょ?」
「そうなんだ。で、ぼくたち妖精族はユニコーンの一族と仲が悪い。下手をする
と戦争状態になるかもしれない。まあ、詳しい魔法の話は省くけど、人間の処女
と寝た妖精は、ある程度ユニコーンの魔力に対抗する力がつくんだ」
「そんであたしのヴァージンが欲しいってわけ?」シズカは顔をしかめた。「あ
たしがヴァージンかどうかなんて、どうしてわかるのよ。鼻の頭とか?」
 妖精は微笑んだ。
「わかるんだよ。ぼくたちには。詳しく訊きたい?」
「いいえ結構よ」シズカはあわてて遮った。「でも、魔法が使えるなら、あたし
に頼んだりしないで強引に奪っていけばいいじゃないの?」
「それじゃダメなんだ。これまた魔法がからんでくるから詳しいことは言えない
んだけど、女の子が自分から捧げてくれないと効果はないんだ。少なくとも同意
してくれないと」妖精はシズカの目を見つめた。「それに、もしぼくがそんなこ
とをしようとしたらシズカはどうした?」
「きっと、やられる前に舌噛んでたでしょうね」シズカは認めた。「今さら惜し
い命じゃないし」
「だろ?」
「じゃあ、仮に、仮によ。あくまでも仮定の話よ。あたしが、そのあんたに上げ
るとしたら、替わりに何をくれるの?さっき礼はするって言ってたわよね?」
「うん。何が欲しい?」
「はあ?」
「欲しいものを言ってみてくれないか?」
「願いでもかなえてくれるわけ?」
「三つまでね。ただし」妖精はあわてて付け加えた。「永遠に生きたいとか、時
間を遡ってこの疫病をくい止めたいとか、そういうのはダメだよ。妖精の力は万
能じゃないんだから。三つの願いを百個に増やしたいとかいうのもダメ」
「そういう話ってさ」シズカは皮肉な口調で言った。「たいてい人間の方が損す
るようにできてんだよね」
「ひどいなあ。妖精は嘘をつかないよ」
「どうだか」
「たとえ損をしたってどうだっていうんだ?」妖精は少し腹を立てた。「どうせ、
君には失うものなんか何もないだろ?」
「まあね」シズカは微笑んだ。「いいわ。わかったわ。その取引に乗ることにす
る」
「よし」妖精は喜んでくるりと回った。「じゃ、契約成立だ。さあ、願い事を言
っていいよ」
「そんなにあわてないでよ」シズカはにこりと笑った。「人生最後の楽しみなん
だから、じっくり考えさせてもらうわ」
「じっくりってどのぐらい?」妖精は警戒したように訊いた。
「これだ、ってものを思いつくまでよ」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ。タイムリミットまでには願いを言ってくれるん
だろうね?それに、ぼくがシズカのヴァージニティをもらうための時間もいるん
だから」
「わかってるって」
 シズカは悪戯っぽく笑うと、先ほどまでの物憂げな様子をすっかり吹き飛ばし
て立ち上がった。
「さあてどこへ行こっかな。街の中でも歩きながら考えよっと」
「もう夜になるよ。危ないよ!」妖精はそう制止したが、シズカはくすくす笑っ
た。
「あたしの処女が心配だったら、一緒に来ればいいじゃないの。生き残りに襲わ
れそうになったら守ってくれるんでしょ?」
「ちぇっ」妖精は悪態をついた。「人間ってのは、どうしてこうずるいんだ」
「言っとくけど、これは第一のお願いなんかじゃないからね」シズカはそう念を
押すことを忘れなかった。「あんたが勝手についてくるんだからね」
「わかってるよ。ぼくが正直な妖精だってことはわかっただろ?」
「なんで?」
「悪意があるんだったら、さっきの『そんなにあわてないで』ってセリフを、最
初の願いにしちゃうことだってできたんだぜ」
「そんなのインチキじゃない」





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