#4500/5495 長編
★タイトル (AZA ) 98/ 5/27 15:51 (200)
そばにいるだけで 23−7 寺嶋公香
★内容
その衝撃のせいだろう、奥にあった琥珀を入れたケースが、大きく位置をず
らす。白い小箱を急いですくい上げる純子の手。
手元の琥珀に目を凝らし、やがて安堵した。
「よ、よかったあ……」
両手で小箱を大事に包んだまま、膝を折り、ぺたんとへたり込む。
琥珀の無事を確かめ、純子はどうにか安心。だが、不安が完全に去ったわけ
ではない。
(このまま引き出しに入れておけないよ。机の上か本棚にスペース作って、飾
ろうかな。ううん、それよりも、防虫剤をお母さんからもらってくる……)
あれこれ対策を考える内に、純子は一つの結論へと行き着いた。
図書室の窓から見えるのは、大きな魚の尻尾。黒いのや赤いの、それに青。
(いつでも、気の早い家はあるものね)
椅子に座ったまま、ぼんやり眺める純子。図書委員を久々に外れたのに、気
分はまだ切り替わってない。ついカウンターにやってしまう目を、今し方、無
理に窓へと向けたところだ。
はためく布の音が聞こえてきそうな情景があった。地上近くの風はさほど強
くないけれども、高い位置で鯉のぼりが元気よく泳ぎ回るには充分のよう。
放課後、友達みんなで集まったのはゴールデンウィークの相談のため。ただ
し、純子はその頃家族で旅行に出かけるため、多くは付き合えそうにない。
「この日ならどう?」
町田からシャープペンシルの後ろで腕をつつかれ、純子は視線を落とした。
「え、と……映画に決まったの?」
「純、聞いてなかったのかい、全く」
髪をかきむしる仕種の町田へ、純子は手を合わせて頭を下げた。
「ごめん。気を取られちゃってた、外に」
「ほんとにもう……。折角、香村の映画を選んでやったってのに」
「私はドラマが楽しみなだけで、別に香村綸のファンてわけじゃ……」
純子が否定しようとするのに被せて、富井が大音量で抗議した。その矛先は
無論、町田。
「カムリンのアニメ、だよ!」
「それも正確じゃない気がする……」
遠野が対照的なまでの小声で説明を添える。
現在、彼女らの話題に上がっている映画は、『聖魂計画』−−セントソウル
プロジェクトと読む−−と言って、人気漫画のアニメ化作品。それだけでも観
客動員は見込めるが、香村を始めとする人気若手俳優が初めて声を当てること
も売りの一つだ。
「何でもいいわ」
町田はシャープペンシルの先で、手帳のカレンダーをつついた。
「私らはこの日が都合いいのよ。純はどう?」
「……多分、大丈夫」
手元を覗き込み、答える純子へ、みんなが怪訝そうな視線を向けてくる。
「多分? それって予定、決まってないとか」
自分のメモパッドを閉じた際の風で、垂らした数本の前髪が揺らいだ井口。
「決まってないと言うか……この日、予定が入るかもしれないってわけ」
「旅行とは関係なしに?」
「ええ。正直言って、いつになるか分かんない用事だから」
深く追及されたくない純子は、気軽く応じようとするあまり早口になった。
幸い、その「異変」に、他のみんなは気が付かなかったようだ。
「親類に危篤の人がいる、なんてのじゃないでしょうね」
町田の物腰は内容に似合わず真剣だ。冗談でなく、本気で言っているらしい。
おかしかったが、ともかく急いで手を振った純子。
「違うわよ。相手の人の都合で、いつになるか分からないってだけ」
「分かった。とにかく、頭数に入れとくわね」
「うん」
予定がようやくまとまると、話題はそのまま香村綸その他の芸能関係へとス
ライド。当然のごとく、『天使は青ざめた』が真っ先に取り上げられた。
さすがに「ハート」のコマーシャルは初オンエアから二ヶ月ほど経ったこと
もあり、口のはしに上らなく……なってはいなかった。
「気になるよねえ、あの男の子」
「芙美の情報網でもだめ?」
「ええ。完璧に正体不明だわ。おっかしいのよね、芸名さえ分からないなんて、
ただごとじゃない」
友達のそんなやり取りを適当に聞き流している風を装いながら、純子はしっ
かり意識を向けていた。
(おばさんも市川さんも、まだ伏せてるんだ。事務所が始まったら、こういう
わけに行かなくなるのかしら? 名前が出た途端、関心持たれなくなるのも嫌
だなあ。折角やる気になったんだから、一つぐらいお仕事、来てね。お願い)
軽く目を瞑り、心の中でそう唱えた純子は、ふっと、視線を感じた。
「−−遠野さん?」
瞼を起こすと、遠野と目が合った。
「何なに? 何か着いてる?」
ほっぺたを触りながら聞くが、遠野の方は瞬きを数度して、首を傾げるのみ。
「遠野さん」
「え? は、はいっ。何」
もう一度呼び掛けて、やっと反応してもらえた。ぴたっと揃えた両膝に突っ
張った腕を乗せ、背筋を伸ばした姿勢になっている。
純子は微笑みながら聞いた。
「さっきからこっち見てるから、何なのかなあと思って」
「え……と、理由はないの。何となく、見取れちゃって」
「それって、私を?」
自らを指差す純子の表情は、微笑みから苦笑へ移る。
「私って、女の子が見取れるほど男顔なのね」
芝居めかして、息を大きくついてみせた。
ところが遠野も否定はしなかったから、純子は本気で嘆息したくなる。
「今さら何言ってんだか。一年生のあの子に懐かれてるから、分かってたこと
じゃないの」
町田もからかい口調で追い打ちをかけてくれる。
純子は、この話はもうおしまいとばかり、胸の前で両手をクロスさせる。
(何か他の話……そうだ)
思い付くまま、口を開いた。
「グループ交際はどうなったの? てっきり、連休中に第一弾というか、とに
かく実行するんだとばかり」
「どこへ行っても人が多いからね、ゴールデンウィーク。てな冗談はさておき、
はっきり言ってスケジュールの都合。普通の土日の方が予定を立てやすいのよ」
町田の言葉に遠野が首を傾げた。彼女はこれに先立つ話を知らないのだった。
改めて説明を受けて、興味を示す遠野。当然のごとく、他の四人も歓迎。
「そうしなよ」
「−−でも、私が入れてもらったら、男子も一人増やさなくちゃいけないんで
しょう? やめた方が」
「気にしなくていいって」
引き留めにかかったのは純子一人。
もしかすると自分以外のみんなは、ライバルが増えるのを好ましいとは思っ
ていないのかもしれない。
(芙美はどう考えてんのか見えないけど)
そこまで配慮し、純子は自分の都合も鑑み提案する。
「四人にこだわるなら、私が抜けるから問題なし」
「そんな」
泡を食ったのは遠野だけでない。他の三人、特に町田が過敏なまでに強い語
気になった。
「だめよ、純っ。何のために……」
と言いかけて、不意に口をもごもごさせる。
「何、芙美?」
「いや、独り言。とにかく! あんたが抜けることはまかりならーん」
くだけた口調になって、町田は「わはは」と笑い声を立てる。友達のそんな
変化ぶりにきょとんとした純子。ともかく理由を尋ねてみることに。
「どうしてー? 抜けたっていいじゃない。芙美達と遊ぶのは、他のときにす
ればいいんだし」
「それは……こほん」
どこから見てもわざとらしい咳払いをし、間を取る町田。皆が注目する中、
しばらく経って、ゆっくりと喋り始めた。
「すでに男子の何人かに声を掛けちゃってるんだよね、これが。こっちの顔ぶ
れには純も含まれていることになってるんだから、あんた目当てに都合つけて
くれる男子がいたら悪いでしょうが」
「え、でも……他の男子は、相羽君に決めてもらうんじゃあ」
「そ、そういう話もある」
純子の反論に町田は一転、早口になった。彼女にしては稀なことに、目もき
ょときょとして落ち着きがない。さらに、自らへ言い聞かせるように、同じ意
味の台詞を繰り返した。
「それとこれとは別の話なのよ、うん」
「いいこと思い付いたわ」
急に手を叩いたのは井口。音が案外と響いたので、純子は反射的に注意して
しまう。
「久仁香、もうちょっと静かに」
「はは。それよりも聞いてよ、私の解決策。純子が男装すればいい」
「はい? あ、分かった。女子は遠野さんを入れた四人で、男子は相羽君達三
人プラス私って言うんでしょ?」
「正解っ」
へなへなと力が抜けるのを感じた。事実、机に伏してしまう。
「全く解決になってない気がする……」
「かなあ? 人数は元のままでしょ。相羽君以外の男子に誰が来たって私と郁
江には関係ないし」
「悪くないかも。何たって、男子が少なければ少ないほど、目移りしなくて済
むんだもんねえ」
富井も賛成の意向を表した。
「芙美ちゃんはー? どう思う? いいと思うんだけどぉ」
「全く……どうでもよくなってきたわ。私の努力は何だっての」
肘を突き、疲れたため息とともにこぼす町田。
「でも、純に男の格好させるのは反対。そんなことするぐらいなら、最初から
女五、男三と考えればいいのよ」
「芙美だけだわ、私のこと女だと認めてくれるの」
目だけ起こし、ふてくされた調子で言う純子。
途端に、町田はいつものペースを取り戻したようで、にかっと歯を覗かせる。
「そりゃあもちろん。目覚めの遅い純子ちゃんに、ちょうどいいボーイフレン
ドを見つけてあげたくて」
「……どうせそうでしょうとも」
純子は再度、顔を伏せた。
「それは置いといてさあ。五月の中頃の日曜ぐらい、行けるかなあ」
富井が空想するように斜め上を見つめながら、いささかのんきに言うのに対
し、町田は首を横に。
「残念なことにテストが迫って来るのだ、その時期は」
「そうかぁ、忘れてた」
「だから、早くても五月末から六月頭ってとこかな」
「……五月末で思い出したけど」
言いながら顔を上げる純子。
「相羽君の誕生日、二十八日だったよね。みんな、何かあげるの?」
みんなも当然覚えているものと、疑いもしないで口走った。
「あっ、そうだわ」
ところが反応はこの通り。「何それー?」と突っ込みたくなる純子だったが、
薮蛇にならないようすんでのところで飲み込んだ。あとはもう、富井らのお気
楽なお喋りに、黙って耳を傾ける。
「去年は白沼さんに先を越されたもんねえ。今年は逃さずに……」
しばらくはダンスや声楽といった芸能レッスンを受けることになる−−。
そう聞いた純子はかすかに表情を曇らせた。
「大変かもしれないけど、頑張って。先生方は丁寧に教えてくださるから」
正面、金属の枠にガラスをはめ込んだテーブルを間に挟んで座る市川は、純
子のそんな変化を読み取ったらしくて、急ぎ口調で付け足してきた。加えて、
両方の手を伸ばして純子の肩をふんわり包む。
「いえ、レッスンが嫌だなって思ったんじゃなくて」
純子もまた急いで首を振った。
(調理部に折角入ったんだから、きちんと参加しようと考えていたのに、難し
くなったかも)
「お稽古事の代わりだと思えば、少しは気が楽になるんじゃない?」
右隣に座る母が微笑みかけてきた。最初の頃に比べて、随分乗り気になって
いる。と言っても、娘のやることに口出しするほどではない。何かあったとき
のためにしっかり関わっておきたい、そんな感じだ。
「うーん、まあ……」
曖昧に返事する純子を置いて、母と市川は契約の話に舞い戻った。
支出と予想される収入がどうだの、パーセンテージがこうだの、制限される
業種はこれこれだのと、細かい話がさっきから続いているのだ。
(段々退屈になってきた……)
天井を見上げると、蛍光灯がまぶしかった。昼間なのに、どうしてブライン
ドを降ろしているのか不思議だったので、この部屋、「Hibik」事務所ビ
ルの一室に着くなり、聞いてみた。
曰く−−企画等の企業秘密を盗む人がいる。近くのビルから覗く輩がいない
とも限らないので用心しているのだとか。
(大げさだなぁ。ばれたっていいのに。お日様の下の方が好き)
−−つづく