#4499/5495 長編
★タイトル (AZA ) 98/ 5/27 15:49 (200)
そばにいるだけで 23−6 寺嶋公香
★内容
「だったら郁江、あなたは誰を?」
「えー? 相羽君以外となると難しいよ。うんとね……藤井君でしょ、長瀬君
でしょ、近藤君、もちろん唐沢君や立島君も格好いいし」
指を折り始めた富井に、純子はため息をついた。
「郁江って結構、浮気性?」
「ひどい、ひどいっ。そんなんじゃなくて、これはきちんと優先順位を着けよ
うと思って」
「それも割とひどいと思うぞ」
町田が指摘するも、「そーかなー」と小首を傾げた富井であった。
「なーんか、誰でもよくなってきた感じだわ。久仁はどう?」
「相羽君と立島君を除くんなら、長瀬君かな」
「ほう。理由を聞こう、言ってみ」
「芙美はいなかったから知らないでしょうけど、ほら、白沼さんちのクリスマ
スパーティのとき、似顔絵を描いてくれたのよね」
井口の話に、純子と富井は「そうそう」「あった」と首を縦に振る。
「それがすっごくうまくてさ。いろんなタッチで描くのよ。絵の上手な人が近
くにいたら、楽しいと思うわ」
「なるほど」
町田は上目遣いになり、少し思案するよう。それもじきに終わり、口を開く。
「何にしたって、男子三名には相羽君から話を通してもらうことになるだろう
から。長瀬君とはどのぐらい親しいのかねえ? 話してるのはよく見るものの」
「あら、そういう条件も含めて選ぶの? だったら勝馬君と唐沢君じゃないか
しら。あいつと息が合っている男子のベストツーと言えば、この二人」
走り回る相羽を目で追いつつ、純子は言った。
「その見方には異議なし。でも、唐沢を入れるのはねえ」
町田はしかめっ面になって、その名を呼び捨てにした。
「何でそこまで嫌うの?」
「嫌いじゃないわよ。嫌いだったらスケートやお花見、キャンセルしてたわ。
ただねえ、何て言うか、あれがそばにいるといらいらする……ような気がする」
自分でも完全には把握していないようで、町田は頭をかいた。
「もしかすると、芙美」
「何、純?」
「これから言うのは当てずっぽうよ。……小学校入る前ぐらいに、唐沢君と何
かあったんじゃない? 家が近所だから小さい頃、遊んでたかもしれないでし
ょ。それで、とてつもなく悪い思い出があるとか」
気を悪くするんじゃないかと、冷や汗ものの純子。
が、探るような目つきで町田の表情を窺うと、存外さっぱりした様子でいる
のが分かった。
「当たってるかもね。恐らく、遊んでたのは間違いない。でも、ぜーんぜん記
憶にないの。完全に忘れるほど印象が薄かったのか、逆に、そこまでひどい思
い出だったのか」
「あの唐沢君が印象薄いなんて、考えにくいね。あははは」
「うーむ。謎」
今度は頭をかきむしり、町田は三たび、話題の修正を図ろうと人差し指を立
てた。が、純子達二人が横道に逸れている合間に、富井と井口はまたも応援に
熱を入れていた。
「もういいわ。三人は彼に適当に決めてもらいましょ」
「それがよさそう」
うなずき合った純子と町田も、ようようのことで身を入れてサッカーの試合
に集中する。
そんな話が進んでいたことなんてつゆ知らず、相羽はフィールド内を駆け回
っていた。
ちなみに試合終了後、白沼は相羽にタオルと缶飲料の両方を持っていった。
しかし、相羽は自分のタオルを用意していたので、飲み物だけ受け取った。
さらに余談。
白沼が用意した缶飲料は「ハート」だった。言うまでもなく、偶然である。
新しいアスファルトにはじかれて玉となった雨水には、油膜が虹色を描いて
いた。
傘を手にした純子は足元に注意を向け、慎重に進む。放課後、普通ならさっ
さと家に戻りたいものだが、今日は違う。書店に用があるのだ。
慎重になるのには他にも理由がある。知り合いに見つかりたくないので、と
きたま顔を上げて辺りをきょろきょろ見回す。
(本屋まであと少し。せめて土砂降りにならないでよ)
人目を気にして書店に行くなんて、どんなケースがあるだろう−−男ならと
もかく、女が。
「いた。涼原さん!」
後ろで相羽の声がして、純子はびくりとした。おかげで右足を勢いよく地面
に付けてしまい、水しぶきが跳ねる。
傘の柄を握る手に力を入れ、じっと待っていると、程なくして足音が近付い
てきた。
「思った通りだ。当たった」
車道側に立った相羽の声が弾んでいるのは、駆けてきたせいかもしれない。
「書店に行くんだろ?」
「どうしてそう思ったのよ」
「雑誌の出る日だからね」
ずばり言い当てられ、純子は傘を傾け、肩に沿わせた。
(何であんたが覚えてるのよ)
ため息のあと、台詞は飲み込んで、そそくさと歩き出す。
「着いて来るの?」
「着いて来るというか……僕は元々、書店に用があって」
「変なの。さっきは私を捜してたみたいな口ぶりだった」
頭を傾け、疑問を率直に呈する。
「町田さんが捜してた」
相羽の返答も実にあっさりしたもの。
が、純子はよく飲み込めず、足の向きを百八十度換えると、傘同士がぶつか
りそうになるのも気付かないで、距離を縮めた。
「……でも、芙美はいないじゃない。代わりに捜してたわけなの?」
「いや、町田さんには黙ってた。雑誌の出る日だから涼原さん、書店に向かっ
たかもしれないと思って、もしそれが当たってるなら言わない方がいいだろ」
「……ありがと。でもね、そこまで気を遣ってくれるなら、相羽君も来ないで
ほしかった……なんちゃって」
純子はからかいとスパイス程度の親愛を込めて微笑むと、前を向きながら傘
をくるりと一回転させた。水滴が打ち上げ花火のように飛び散る。
腰を引き、逃げる海老みたいな姿勢でよける相羽。
「っと、危ないなぁ」
「え? ああっ、ごめんなさい。わざとじゃないのよ、許して」
「別に気にしてないけど」
「何買いに行くの?」
話題を逸らそうと思う。
「漫画。単行本が出たはずなんだ」
「相羽君でも漫画買うの? へえー」
「当たり前でしょ。家に来たとき、本棚にあるのを見なかった?」
「あ、そうね。それで、何ていう漫画よ」
「『ディノハンター』の三巻だよ」
その答を聞いて、無理をして前を見つめていた目線を、相羽の横顔に合わせ
る純子。
「それ、化石発掘の漫画でしょ。絵がとんがってるのが馴染めないけど、面白
いのよね。男子向けの雑誌に載ってるから、滅多に読めなくて」
「よかったら貸すよ」
「ほんと? 実は、前から気になってたの」
話を逸らす目的から離れ、思わぬ方向に傾いた。
小降りになる雨の中、ほどなくしていつも利用する学校最寄りの書店に着く。
天候のせいか、客足は遠い。今、一人が出て行くところだったが、それで店の
中にお客はゼロになる。
(お店の人には悪いけど、今の自分にとっては、いない方がいい)
そんなことを考えて、雑誌スタンドの前に立つ純子。探すまでもなく、視線
が吸い寄せられるように目指す雑誌を見つけた。家に直接届けられた分で、す
でに内容を知っているにも関わらず、やっぱり緊張する。
いっそ、書店まで足を運ばなくていいのにと思うこともあるのだが、一度は
店先で見ておかないと落ち着かないような気がしてならない。本当のところ、
書店に来ている人がどんな感想を持つのか、ちょっとでも知りたいという意味
合いが強いのかもしれなかった。
(きっと、こういうところも、まだまだ素人なのよね)
雑誌とは逆に、テレビコマーシャルは避けるようにしているのだが。
「きれいに写ってる」
不意に相羽がつぶやいた。純子の後ろ、肩越しに覗き込むような形だ。
その言葉で純子は、自分の出ているページをいつの間にか開けているのに気
が付いた。帽子を心持ち深く被り、サスペンダーを付けたジーパン姿。
「こーゆーのを見てきれいだなんて言われても、大して嬉しくないんだけどな」
「何で」
「どちらかと言えばこれ、男の格好だし、帽子被ってるから顔の半分は見えな
いし……」
「それでもかわいらしく写ってる、ってことでどう?」
「あのねえっ」
相羽の答に、純子は心のむずがゆさを我慢できず、振り返った。
(臆面もなく、よくそういう台詞が……見え透いたお世辞)
続いて、心中の言葉を口に出そうとしたが、振り向いた先にあった相手の表
情を見て、急に萎える。
冗談ぽく言ってるのだから、顔にも笑みが浮かんでいるに違いないと思って
いたのだが、そうではなかった。相羽は真剣−−と言うよりも、普段のままの
顔つきである。
口ごもった純子へ、相羽が目をぱちくり瞬きした。
「……どうしたの?」
「ううん、何でもない」
再び紙面に目を落とすも、それは形ばかり。気持ちはちっとも集中できない。
他にお客もいないことだし、あっさりページを閉じた。
「もう終わり?」
「そっちこそ、早くすれば? 漫画のコーナーに行きましょ。付き合う」
相羽の二の腕辺りを押すようにして、中に入った。
平積みにされている新刊の中から、相羽は手早く一冊を取り上げる。裏返し
て価格を確める動作を見せた。そしてすぐさまレジに向かい、会計を済ませる。
「素っ気ないの」
「え。だって、君が、早くすればって言ったから、こうして急いで」
戸惑いと不満がつばぜり合いしているような相羽の顔。掲げた漫画本が、所
在なげに揺らされた。
(確かに言ったわ。まさか、それを真に受けるなんて……)
疲れたとばかり、息をつく純子。頬が自然と緩んでしまうが、純子にその理
由まではしかと意識できない。
「相羽君、一緒に帰りましょ」
純子は傘立てから自分のを抜き取り、先に出た。
道行き、話題にしたのは買ったばかりの漫画のこと。
「最近の連載は全然読んでないから分からなくて……今、どんな話?」
「化石の話」
「もうっ!」
純子が傘を軽くぶつけると、相羽の方の傘から、雨粒がいくらか跳ね散った。
「あんたと漫才やってるんじゃないのよっ」
「はいはい。えっと、琥珀に封じ込められた化石を巡る話で、二つに別れた琥
珀をどちらも手にすれば、何か幸運がもたらされるっていう流れだよ。ディプ
ロは学術的価値から、ユーラは金銭的価値からそれぞれ追いかける」
「ふうん。琥珀」
興味を一層かき立てられた。
(今度買ってみようっと)
そう思う純子の耳に、相羽の声が続いて聞こえた。
「いつも通り、ストーリーの所々に色んなまめ知識を挟んでくるし、今回も期
待できそう。いや、面白いのは間違いなし」
「まめ知識って、どんなのがあった? 教えて」
「うーん、少し待って。思い出すから……」
相羽は指を眉間に当てた。しばらく経ってから口を開く。
「琥珀の保管方法が出て来たっけ。琥珀って、虫に弱いんだってさ」
「虫?」
蝶やてんとう虫を思い浮かべた純子。
(昆虫が琥珀をどうするのかしら?)
彼女のそんな思考を読み取ったみたいに、相羽は説明を加える。
「虫と言ったって昆虫じゃなく、服なんかにつく虫。タンスの引き出しの奥と
かに仕舞い込んでいると、虫がつきやすいからやめた方がいい。でなければ、
虫除けを置く必要があるんだって」
「−−引き出し」
目をしばたたかせ、純子は復唱した。頭の中が白くなる。
「ど、どうしよ……」
「ん? 一点を見つめて、どうかした?」
「あ、あの、相羽君。私、用事を思い出したわ。先に帰るね。ごめんっ」
相羽が何か聞き返したそうに片手を上げたが、それに応じる間も惜しくて、
純子は駆け出した。
足元がぱしゃぱしゃと音を立てていた。
−−十数分後。
帰宅するなり、ただいまの挨拶もそこそこに二階へ駆け上がった純子は、自
分の机の引き出しを勢いよく開けた。
−−つづく