#4498/5495 長編
★タイトル (AZA ) 98/ 5/27 15:48 (200)
そばにいるだけで 23−5 寺嶋公香
★内容
どんなマジックを使ったのか、相羽が説くような調子で告げると、椎名はし
おらしく肩をすぼめる。他の二人へも目で合図を送り、大人しくなって席に着
いた。
ところがこれまでの騒ぎを聞きつけたらしく、新たに人が集まり始める。さ
すがに椎名のようにいきなり入っては来ず、窓や戸口から顔を覗かせるばかり。
ここぞとばかり、二年生部員で「呼び込み」をスタート。
まともに、「実習を行いますから、興味ある人、観てってね」と宣伝する部
員がいるかと思えば、「フライパン返しの妙技! オムレツの失敗しない焼き
方! 女子はもちろん、男子も覚えておいて損はない」等と大道芸人のごとく
朗々と謳う部員もいる。その口舌の信憑性は怪しかったが、人集めには拍車が
かかり、家庭科室は小さなライブハウスみたく、満員となった。無論、観衆の
九十九パーセントは女子。
「……ちょ」
さしもの部長も、やや気後れした模様が窺える。手に卵を持ったまま、とも
すればスローモーションに。
「やりにくいな、何だか」
二年生達を見やってきてから、南部長は意を決した風に唇をぎゅっと噛んだ。
確かに、名簿に記入する一年生の出足は、例年にも増して快調と言えた。
だが、効率がよかったわけでもないようだ。苦労して集めた割に、実習の披
露が終わると、大半は引き揚げてしまったのだから。
「ま、こんなもんかな」
仮入部も含め、ずらっと並ぶ名前に、南は納得した様子でうなずく。実習で
は卵の片手割りを一度失敗したものの、あとは問題なくこなし、内心胸をなで
下ろしたい気持ちだろう。
「私も頑張ったつもりだけれど、二人はそれ以上かもね」
と、純子と相羽の二人に順次話しかける。
誰もが後片付けに追われている室内で、純子は借りていた剣道着を畳み、相
羽は刻んだにんじんを透明なビニール袋に詰めているところ。
「これ、どうしましょう?」
剣道着を指し示しながら、純子は部長に尋ねた。
「置いといて。あとで返しておくから」
「こっちはどうなるんですか」
純子の身振りを真似たわけではないだろうが、相羽もまたビニール袋を指差
した。先ほどのにんじんの輪切りの他、キャベツの千切りも詰め込まれ、膨れ
上がっている。
「いつもの通り、基本的には切った人の物よ。相羽君、いるんだったら持って
帰ってちょうだい」
「はあ」
相羽は当初、何の実演もする予定はなかったが、一年女子のリクエストを受
け、男子でも一年経てばここまでうまくなる見本として、包丁さばきの披露と
相成った次第。幸か不幸か、元来の手先の器用さ故、包丁の扱いは格段に上達
していた彼が拍手喝采を浴びたのは記すまでもない。
もっとも、これにより男子部員が新しく入るかどうかは別問題で、恐らくゼ
ロである可能性が高いだろう。どちらかと言うと、女子の心を動かしたかもし
れない。
「トンカツかお好み焼き……にんじんは煮物……」
上目遣いになってぶつぶつ言いながら、ビニールの口を手際よく縛り、鞄に
仕舞い込む相羽。
(主婦感覚が板に付いてきたみたい)
心の中、くすりと笑う純子だった。
片づけが済んで解散となったのは、他の文化系クラブより少し遅いであろう、
午後三時半。
「相羽君、帰ろー」
部活が終わったあとの恒例行事、富井と井口が声を揃える。初めの頃こそ気
恥ずかしさと緊張で小さな声であったが、今やすっかり慣れた感じだ。
「悪い。これから用事があるんだ。立島や唐沢達と約束してて」
「えーっ。それって大事な用事なの?」
一緒に下校するのがどれほど大事なのかは棚上げし、井口は口を尖らせた。
さっさと廊下に向かっていた相羽は立ち止まり、困った風な表情で振り返る。
「大事というか……春休み、思ってたほど、男子だけで遊べなかったから」
「何して遊ぶ気?」
「サッカー。二十二人も集まらないだろうけどね」
時間が気になる様子の相羽を前に、井口と富井は顔を見合わせ、さらに町田
や純子を手招きした。
「何?」
「時間あるなら、見て行こうかと思ってぇ」
ひそひそ話でも甘えた声をやめない富井。それも道理で、顔を見ると、目尻
を下げている。よっぽど楽しみなのだろうか。
井口も同様で、さっきから相羽の方をちらちら見て気にしている。
「見ればいいじゃない」
町田は袖を手繰って、腕時計を覗かせた。
富井は「そうじゃなくって」と首を振る。
「芙美ちゃんも純ちゃんも行こうよお。いいよね?」
「……一緒に帰る約束だったからね。純が行くなら、私もいいわよ」
決定権を託された純子は、即座に反応。
「行く。急がないと相羽君に悪いわよ、待たせちゃって」
それから約三分後、グラウンドの一画に相羽達は集まった。
「観客がいるとなれば、やる気が出るぜ」
純子らを見て、力こぶを作る唐沢。その後方にいた清水が後頭部を小突く。
「女の観客、だろう」
「その通り」
臆面もなく認めると、軽い調子のまま重ねて言う唐沢。
「男の声援受けて張り切れるかいってんだ」
「真実ではあるな」
清水だけでなく、大谷や勝馬といったこの場にいる大方の男子まで一様に同
調した。女子を連れてきた相羽や、同じく前田と一緒の立島だけは無反応だ。
「時間の無駄はやめて、始めるぞー」
立島のかけ声で、チーム分けのジャンケンからスタート。
前田を加えた女子五名はグラウンドから出て、校庭脇の芝のスペースに腰を
下ろした。富井と井口の二人は早速応援に精を出す。
「相羽君、頑張れーっ!」
前田も負けじと声を張り上げた。
「立島君、いいとこ見せてよ!」
応援合戦の様相を呈する。ただし、相羽と立島は同じチームなのだが。
「こういうことになると、前田さんもはた目を気にしないのねえ」
町田が呆れたように肩をすくめる。
ふと周囲を見れば、他にも二年生の女子が集まっている。前田達の声援が呼
び水となったらしい。しかも、プレーしているメンバーの中に唐沢がいるとな
れば、そのまま試合を見入る確率は高い。
「凄い騒ぎになってきたわね」
試合を追うよりも、周りの人達に目を移した純子。
「あ……白沼さんもいる」
「どこ? ああ、ほんと」
純子達のいる場所のちょうど反対側、澄ました風に身体を斜めに向け、それ
でいて相羽がいい動きを見せるときちんと黄色い歓声を上げる。比較的色白の
白沼の顔が赤く見えるのは、きっと太陽のせいばかりでなく、必死になってい
るからに違いない。
「あの白沼さんがこのあとどういう行動を取るか、簡単に予想できるわね」
立ち上がった応援を始めた井口と富井を見上げつつ、町田が唄うような調子
で言った。
純子は、反応を求められていると感じて、言葉を探す。
「……うーん、試合が終わってからなら、想像できる。タオルか冷たい飲み物
を相羽君に手渡すの。いいと思うな」
「いいと思うんだったら、純がやれば」
「何でよ」
「その……二人はそこまで気が回らないみたいだし」
と、富井と井口を顎で示す町田。
「白沼さんの独走を食い止めるのは、あんただけよ」
「だったら、芙美が行けばいいじゃない」
何だかおかしくなって、純子は町田の腕をぽんと押した。
町田は体育座りの膝に顔をうずめ、
「私は一歩引いたからねえ」
と、ため息のようにこぼす。かと思えば、その姿勢のまま表情だけ純子へ向
け、にっと口元に笑みを作った。
「ま、何にしたって、白沼さんがモーションかけてくるのは間違いない。久仁
はともかく、郁は同じクラス。目の当たりにして穏やかでいられなくなるかも
ね。そこで純、あなたの出番てわけ」
「それはまあ、郁江を応援するのはもちろんよ。だけど、白沼さんの邪魔をす
るのは……。選ぶのはあいつだし」
「ふむ。そうよねえ」
どことなく意味ありげな首肯をしてから、町田は突然腕を突き上げ、次に立
ち上がった。
「久仁、郁。ちょこっと相談」
「−−何なに?」
ワンテンポ遅れたがともかく興味を示した二人を、町田は座らせる。無論、
彼女自身も座り直した。純子も含めて小さな車座の完成である。
「だいぶ前、グループ交際できたらいいって言ってたわな、二人とも」
目線を富井、井口と送る町田。二人は順番にうなずいた。
「もち、相羽君が入ってなきゃ意味ないけど。ねえ」
井口が言って、富井と手を取り合う。
「んなことは言われなくても分かってる。二年生になったのを機会に、それ、
現実になるよう努力しようじゃないの」
町田の言葉を、純子はぼんやり聞いていた。
(何のために加わってるんだろ、私)
歓声が一際大きくなった。にわか仕立てのフィールドを振り返れば、敵陣ゴ
ールポストの近くで相羽が絶妙のパスを上げ、立島が受け取ったところ。
前田の叫び声が聞こえる。
が、立島の放ったシュートは、相手ディフェンダー−−そんなに厳密に役割
分担しているとも思えないが−−の背中にはじかれる。
と、そこへ来るのが分かっていたかのように滑り込んだ相羽。
ぽーんと浮き上がったボールは緩い曲線を描き、キーパーの目一杯伸ばした
手の先をすり抜け、白いゴールポストの枠内に収まる。
「やった」
感心して両手を合わせた純子。
だけどその瞬間、後ろにいた富井と井口の「きゃーっ!」だの「格好いい!」
だのと喜ぶ声がステレオになって押し寄せてきたから、思わず背筋をすくめる。
「−−鼓膜が痛いんですけど」
体勢を元に戻して抗議しても、今の富井達は聞く耳を持ってない。先制ゴー
ルを決めたヒーローへ歓声を送るのに忙しいようだ。
その当人は、空手か何かで気合いを入れるときのようなポーズを見せてから、
立島とハイタッチをした。
「ルールはよく分からないけど、うまいねえ」
町田もまた感心した風に言う。
「今さら。体育の授業で見てるし、この間のお花見では一緒にやったよ」
純子が促すと、町田は「そうだね」と短く答え、話を元に戻そうと試みる。
「そのお花見やスケートのときみたいな感じでいいのなら、割合簡単に実現で
きると思うわけよ、グループ交際」
「最初はああいうもんじゃない? うん」
話の輪へは、井口が先に復帰。名残惜しそうに見守っていた富井も、ようや
く満足したらしい。膝立ちを解除して、ちょこんと座り直した。
「じゃ、残る大きな問題は、相羽君以外の男子三人を誰にするか、だね。よう
く考えないと」
「−−三人?」
純子が心持ち首を前に突き出して聞き返す。
「どこからその数字が出て来たの」
「決まってるでしょ。女子四人に男子四人。やっぱ、数は揃えなくちゃ」
「わ、私も入ってるのね」
「当たり前でしょうが」
純子のうろたえぶりと町田の落ち着きぶりが、見事なコントラストを展開。
「変だと思った。どうして私が話に混じってるのか、不思議だったのよね。こ
れで分かったわ」
「もっと早く気付け、このー」
肘を当てる仕種をしてから、町田は口調を改める。
「では、純から聞くね。誰がいい?」
「誰って……ああ、男子三人の」
「そう」
「別にいない。誰でもいい」
「清水や大谷でも?」
意地悪い光を帯びた町田の目。
純子は慌てて首を横に何度も振った。髪は一つに束ねたままだから、まさし
く元気のいいポニーの尻尾みたく、激しく揺れる。
「そりゃあ、あの二人はねえ。悪い奴じゃないと分かってても、一緒に何かす
るとなると……」
「でしょ。当たり障りのないところでいいから、言ってみなさいな」
「……唐沢君は他の子の相手で忙しそうだし、立島君は決まった相手がいるし」
「藤井君は? いい感じだよお」
富井が推薦してきた。どこか他人事といった調子ではあるが。
−−つづく