#4497/5495 長編
★タイトル (AZA ) 98/ 5/27 15:47 (200)
そばにいるだけで 23−4 寺嶋公香
★内容
相羽はようやく切り上げ、教室右手の最前列の席に収まったところ。
と思ったら、立ち上がって、純子達のいる方向へ歩いてきた。
「ああー、いい運動になった」
冗談ぽく伸びをする相羽へ、唐沢は指差しながら忠告する。
「真面目なのはいいが、今日はほどほどにしといた方がいいぞ」
そして委員長に選ばれるかもしれないことを指摘する。
聞き終わった相羽は首を捻った。
「そうかあ? 新入生のときならまだ分かるとしても、去年一年間で大体知り
合ったんだから、関係ないだろ」
「甘い。その考えは甘いぞ」
座っている純子の頭上で、変な議論を始めた二人。
(何で、私の席のすぐ近くでやるのよ、もう)
嘆息していると、右肩を不意に叩かれ、純子はぴくんと背筋を伸ばした。
「−−郁江、遠野さん。おはようっ」
肩越しに顔を向け、相手を認めると、大きな声で言った。
「わーい。一年ぶりに一緒だねっ。嬉しいよぉ」
手を取ってくる富井に、そのまま両手をぶんぶん上下させられる純子。
「郁江が嬉しいのは、そっちの人がいるからじゃないの」
純子は顎を振って相羽を示した。
途端に富井は手を離し、自らの頬を両側から押さえる。
「やだあ、純ちゃんっ。言わないで」
「やだあも何も、もうばれてると思うけど。チョコあげたんだし」
「それとこれとは別だよー」
何が別なのか理解し難かったが、純子はあっさり引き下がった。
「遠野さんも嬉しいよね?」
「え? ……ええ、まあ」
照れたように口元を緩め、白い歯とともに笑みをこぼす遠野。以前は目立た
ない雰囲気だったのが、髪を伸ばし始めてから少し積極性が出て来たようで、
外見上も明るい印象だ。
「私、涼原さんと一緒のクラスで嬉しい」
「またぁ」
「ううん、本気。涼原さんといると楽しいし、頼れるし……」
遠野はポニーテールにした自分の髪を撫でた。
純子の方はむず痒い感じを受け、落ち着かない。
「そ、そう? で、でもさあ、楽しいかどうかなんて私に関係ないよ。クラス
全体で決まることだよ」
「いや、そんなことない」
唐沢が話に突然割り込んできた。ちゃんと聞いていたとは恐れ入る。
「何せ、フラッシュ・レディだもんな。あれのせいですっかり有名人だぜ、涼
原さんは」
「嘘ーっ。やだなあ、そういうので名前を知ってもらっても」
さっきの富井みたく、両頬を押さえる。そこへ相羽が追い打ちをかけてきた。
「加えて、推理劇の古羽役があったから、第二小のみんなには、二重の意味で
知名度抜群だ」
「そうだな。あっ、涼原さんも委員長に選ばれる可能性、大ありじゃないか?」
「うわあ、勘弁してほしい」
頬から上へスライドさせた手で、頭を抱えた純子。
(せめて、モデルの仕事が全然なかったら、委員長でも何でも引き受けるんだ
けどなあ。……そう言えばあの話、どこまで進んだのかしら)
この場で聞きたかったが、今は相羽をちらと見るぐらいしかできない。
そうこうしている内に人が増えてきて、教室内は瞬く間に賑やかになった。
「あ〜い〜ばクン!」
猫なで声を添えて相羽の肩を後ろからぐいと引っ張ったのは、白沼だった。
「白沼さんか。おはよ……と言いたいところだけど、遅かったね」
「それがね、聞いてよ。昨日の夜、眠る前にベッドの中で、相羽君と一緒のク
ラスになれるようにお祈りしてたら眠れなくなっちゃって」
「それで寝坊したのか」
直接的な物言いは、唐沢である。
白沼は不愉快そうな細い目を瞬間的に作ったが、一秒も経たぬ内にころっと
笑顔に戻る。
「その甲斐があったみたい。一年間、よろしくね、相羽君」
「はあ」
いくらか気の抜けたような返事をした相羽だったが、当の白沼はそれでも満
足そうにうなずく。
そして純子の後ろの席に着くため、富井にこう告げる。
「どいてくれない? そこ、私の席だから」
少なくとも一度は親しく言葉を交わした割には、冷たい響きの言い方だった。
(うーん、この二人が近付くことで、ややこしい事態にならないでほしい……)
純子は内心、どきどきものである。
富井にしても冷たさを感じ取ったらしく、目を見開き、一瞬ぽかんとしてい
た。が、すぐに飛び退き、道を開けた。語調は別として、白沼の言い分が正し
いのは事実。
ただし、純子へ次のように耳打ちするのを忘れなかった。
「負けないように応援してね、純ちゃんっ」
日差しはきつくなかったから、倒れる者はいなかった。代わりに、その陽気
は気持ちいいを通り越し、眠気を誘う。
始業式は退屈とまでは行かなくても、緊張感は一年前の入学式のときより減
っている。あの頃に比べたら、不安は少なくなったけれど、希望もほんのちょ
っぴりしぼんでしまった気がしないでもない。
でも、以前の自分達と同様に不安と希望を半々ずついだいた新入生を目の当
たりにして、また新しい気持ちになれる。
心理的に長い時間をやり過ごし、式が終わると当然教室へ。廊下の窓が一斉
に開かれており、清流を思わせる風がしずしずと躍り込んでくる。色を着ける
としたら、緑か透明感のある青だろう。
「新しく恋を始めるには、いい季節だよねえ」
道すがら、隣を行く富井が同意を求めてきた。
純子はその問い掛けに答えるよりも、別の点に興味を覚える。
「新しく……って、相羽君は?」
「もち、変えるんじゃないよー。念願かなって一緒のクラスになれたんだから、
気分一新して、力入れようってわけなの。この間のツーショット写真、お守り
代わりにしてさあ。きゃ」
富井は本当に楽しそう。頬は緩みっぱなし、声の調子も弾んでいる。
純子は意地悪い質問を思い付いた。
「久仁香とかはどうするの?」
「……頭痛いとこなのよねえ。友情も大切にしたいし」
富井がいつになく真面目な表情になったので、純子はちょっと意外に感じた。
(笑って、『しばらく一緒に追っかけるよー』なんて言うかと思ったら)
自分としては見守るしかないけれど、などと考えていたら、横の富井が急に
声のトーンを変えた。
「やっぱりぃ、みんなで共同戦線張ろうかな。クラスが同じなったのはチャン
スにするけれど、出し抜くのは嫌だし、できないと思うから」
「よくお喋りするようになったんじゃないの? 部活なんかも同じだったし」
「ああいうのは周りに大勢いるし、普通のお喋りだから気分重たくならなかっ
たのよ。一人で話しかけるのって、まだ勇気いるよぉ」
そういうものかしらと考えようとしたところで、教室に到着。各人の席に散
っていく。
新学期のスタートに当たってクラス単位で最初にすることと言ったら、やっ
ぱり、あれ。
「なりたい人がいなければ、選挙をします」
担任の小菅先生が、名刺の二倍ほどの大きさの紙を用意し、配り始めた。
クラス委員選挙だ。
ルールは一年生のときと同様。純子は、男子は唐沢が案外いいんじゃないか
と考えたが、立島の名前を書いた。
(唐沢君はちょっとふざけすぎるときあるもんね。それにデートで忙しいだろ
うし。あははは)
女子の方は、本当に迷った。知っている友達の中で、部活なんかで忙しくな
くて、委員長や副委員長に向いていそうな人が見つからないのだ。
(前田さんがいたら、簡単に決まるのにね。うーんと。遠野さんは真面目だけ
ど大人しすぎるから難しいかな)
散々悩んだ挙げ句、白沼に決めた。
(白沼さん、強引なところあるけれど、あれでまとめるのうまいし。−−あっ)
紙に記した二つの名前を眺めて、はたと気付く。
(このまま投票して、立島君と白沼さんが委員長と副委員長になったら、前田
さんに合わせる顔がないわ)
しばし黙考し、立島の名前を消しゴムで消す。
(代わりには唐沢君か……藤井君かなあ。あいつ−−相羽君も向いてると思う
けれど)
わずかに首を伸ばし、相羽の席を見た。
(部活の掛け持ちを始めるかもしれないんだし、おばさんの手伝いやるんだっ
たら、忙しくさせるわけにいかない)
最終的に、純子は唐沢にした。
やがて用紙が回収され、開票の始まり始まり。
その結果は、純子があれだけ思い悩んで投票した行為を、全く無にするもの
だった。そう、相羽が男子の中で一番得票したのだった。
それに加えて、唐沢のもう一つの予言まで的中したのである。
「……委員長になりました、涼原純子です……」
廊下には、二人か三人組、あるいはそれ以上のグループで行き交う一年生が
目に着く。両側の壁には、虹のような色彩を用いたり、勢いのある文字で勝負
したり、様々な趣向を凝らしたポスターが存在を主張していた。
中学で初めての給食が終わったら、新入生の好奇心は部活動へ向けられる。
一年生がわくわくどきどきしているなら、二年、三年生は気合いが入ってい
る。「先輩」と呼んでもらうため……だけではないとしても。
新入生勧誘のチャンスは、大雑把に言って二回ある。入学式直後に、朝礼台
(もしくは体育館の舞台)に部の代表が立ってスピーチするのが一度目。
二度目が、今現在のフリータイムだ。今日の午後一杯、新入生は各部の活動
を自由に見て回れる。
当然、部の方では見学にやって来た一年を逃がすと、新入部員を得る確率が
がくんと落ちるわけで、気合いが入るのも無理からぬところ。
「何で僕が身だしなみを整えなくちゃいけないんですか」
家庭科室の隅っこで椅子に座らされ、必要以上にブラシをかけられたり、学
生服の埃を執拗に払われたりと、相羽は災難に見舞われていた。
「女生徒をつかまえるには、どんなことだってやります」
部長の南は腕組みをし、相羽の全身を無遠慮に眺める。
「何しろ、相羽君は調理部始まって以来の男子。幸い、二枚目だし、利用しな
いなんてもったいない」
「誰がですか」
ぶすっとして言うと、相羽はわざとなのだろう、変な顔を作った。唇の上下
を斜めに重ね、両目をきょろきょろと落ち着かなげに動かす。
そばに立ってあれこれ手を出していた他の三年生部員や、富井達二年生がど
っと笑った。
「そういう顔してもだめー」
「だよねぇ。逆効果。かえってかわいらしく見える」
先輩部員の中には、頭を撫でてくる者までいる。
相羽はあきらめの息をついた。
「僕はまだましだから、我慢しないといけないか」
そうつぶやき、ちょうど対角線の先、やはり部屋の隅っこに立っている純子
へ視線をやる。
名前だけでもと誘われた純子は、四月から調理部の正式部員になっていた。
それとは無関係に、この日の勧誘式典はお邪魔する予定だったのだが、家庭
科室に到着するなり、ある言い渡しをされた。不承不承ながら受け入れた結果、
純子は古羽になった次第。髪をまとめるのは簡単にできたが、衣装を揃える間
はなかったため、剣道部から借りてきた着物の上下を身に着けている。
「一歩間違えると、何の部か分からない」
比較的冷静な−−つまり悪のりの度合いが低い−−町田が、ため息混じりに
つぶやく。そして純子の肩を叩いた。
「ま、フラッシュ・レディじゃなかっただけ、ましだと思いなさいな」
「慰めになってない、それ」
壁から離れ抗議しようとした矢先、部屋の前の廊下が急速に騒がしくなって
きた。いよいよ到着か。
(部のことはよく分からないから、喋らないようにしなくちゃ)
純子が再び端っこに寄ったのと同時に、出入り口を通って入ってきた影がい
くつか。全然遠慮していないその様子が、ちょっと不思議。
「−−いた、涼原さん!」
知らん顔を心がけていた純子が声に振り向くと、椎名のはしゃぐ姿が目の前
にあった。
「め……」
「ここだったんですね。予想できてましたけど、嬉しいっ。−−あ。わあい、
その格好」
喋るいとまをもらえないまま、椎名に抱き付かれてしまった。
一年生の畳み掛けるような行動に周りも唖然として、しばし声も掛けられな
かった。が、どうにか一人、相羽が立ち上がる。
「先輩方は実習の準備をお願いします」
そう言い置いて、椎名とその友達らしき二人へ接近した。
「椎名さん」
「あ、相羽先輩。えっと、ご無沙汰してます」
「それはいいから、他の人の迷惑にならないように頼むよ」
−−つづく