#4496/5495 長編
★タイトル (AZA ) 98/ 5/27 15:45 (200)
そばにいるだけで 23−3 寺嶋公香
★内容
椎名が喜んでくれるかどうか確実性はなかったが、星のことなら純子は話題
豊富なのでリードできると考えたわけ。
椎名は星々への関心半分、ロマンチックな雰囲気に浸る気持ち半分といった
具合で、途中、純子の方へ頭を傾けてきた。
一瞬、「あらら、寝ちゃった?」なんて思った純子だが、椎名が目をぱっち
り開けているのを確認して、相手の行動の意味を悟る。苦笑をこらえ、肩を貸
してあげた。
とまれ、これも正解だったようだ。
「とーっても、よかったです」
プラネタリウム上映室を出て、同じ建物の最上階にある展望食堂へ向かう道
すがら、腕を絡めてくる椎名に、純子は笑顔でうなずく。
「喜んでもらえてよかったわ。……じゃない、『喜んでもらえてよかった』」
純子が慌てて言い直すと、椎名はくすっと小さく吹き出した。
「もういいです。女言葉に戻してください」
「そ、そう? 最後までやってもいいよ」
「いえ、本当にいいですから。私ったら、錯覚しそうになって……」
「え? それ、どういう意味?」
螺旋階段の中途、純子は顔を相手に向けた。
ブロック状に組まれたすりガラス越しに、夕日が射し込んでくる。それを受
けてまぶしそうに目を細めた椎名。
「えへへ−−涼原さんが男の人だと錯覚しそうになるっていう意味」
「……ひどいわ。こんなかわいい子をつかまえといて」
冗談で切り返すと、一際大きな笑いが二人の間で生まれた。
先に食券を自動券売機で購入してから食堂に入り、カウンターに出す。
二人ともデザートセットをトレイごと受け取ると、席を探す。当然、窓際を
選んだ。黄昏時とは言え、充分に楽しめる眺望が三百六十度展開されている。
初めて来た椎名は、ここでも感嘆の声を上げた。
「あ、涼原さん。ほらほら、あそこの神社の桜、金色がかってて面白いですよ。
あっちが学校のある方向かなあ……。あーっ、飛行機雲!」
なかなかに騒々しい。
洋梨のタルトをフォークで切り崩しながら、純子は、おねえさんぶって注意
した方がいいかなという考えも頭をよぎったが、
(目立ってるわよねえ、私達。他のテーブルでもお喋りしてるからいいような
ものの……。恵ちゃんも喜んでるみたいだし、いいかっ)
と、半日の出来事を振り返り、お目こぼし。
椎名もまたケーキを口に運びながら、顔を笑みで埋め尽くす。
「あっという間に過ぎちゃった。何か、もったいない気分」
「楽しかった? それなら私も一安心」
胸をなで下ろす仕種の純子に、椎名は大きくうなずくと、フォークを持った
まま手を合わせ、急に目を輝かせた。そして、今思い付いたばかりらしい問い
掛けをよこしてくる。
「今日回ったコースって、涼原さんの普段のデートコースですか?」
「−−」
予想外の質問のせいで、ケーキの欠片が喉を通る際に辺りをくすぐった。お
かげで純子はけほけほとせき込み、焦って、ジュースを口に含む羽目に。
「だ、大丈夫ですか」
「−−ん、ええ。大丈夫」
テーブル備え付けの逆三角形の容器に入った紙ナプキンを取り、口元を拭う。
呼吸を整えてから、改めて喋り始めた。
「恵ちゃん、それってどういう意味かな? 私がいつも男の格好をして、女の
子を誘ってる−−」
「とんでもない! そうじゃないです」
驚きと苦笑が解け合わさった風に、椎名の目はおどおどと泳がせ、唇はにん
まり上を向く。
「涼原さんがボーイフレンドと一緒にデートするときの は な し 。男子にし
てもらったことを参考にして、今日、私にしてくれたのかと思った。だから、
聞いてみたんです」
「そういうこと、ね」
一時の嵐は去った。が、純子はまだ気に入らない。
(誤解よ、誤解。男子とデートなんてしたことないんだからねっ)
ストローでグラスの中のジュースや氷をかき混ぜながら、言い聞かせるよう
に始めた。
「恵ちゃん。今日のことは、私が自分で考えたんだよ。男子とのデートを参考
にだなんて、とんでもない」
「じゃあ、別のコースがあるんですね? 涼原さんが連れていってもらうお気
に入りの場所が」
「もう、完全に勘違いしてる。ないわよ、そんなのは。よく聞いてよ。そもそ
もね、私にはボーイフレンドなんていません」
「えっ。相羽先輩はどうなるんですか」
心底意外そうな目をする椎名に、純子は頭を抱えたくなった。
「相羽君は友達よ」
「だったらボーイフレンドでしょう? まだ英語は習ってないけど、男の友達
はつまりボーイフレンドだって……」
「えっと、そのまま訳せばそうなるけれど……要するに、彼氏と呼べるような
相手はいないってこと。分かった?」
「話は分かりました。けれど、それじゃ、涼原さん、もてないんですか」
正面切って言われると、「うん、もてないの」とは答えたくない。
純子が髪先をいじって時間稼ぎしていると、椎名が重ねて聞いてきた。
「中学生になったら、誰でもそう言う関係になるんだと思ってるんですけど、
違うのかな……」
「それ、何かの影響を受けちゃってる。そういうことはないわ。絶対ない。き
ちんとした、その、カップルっていうのはほとんどできないのよ」
「本当ですか? 何だあ、私、中学入ったらどうしようか悩んでたんですよ、
涼原さん」
もはや悩みはすっきり解消されたとばかり、熱したフライパン上で弾けるポ
ップコーンみたく、元気いい口調で答える椎名。
「だって、嫌でも男子とカップルになるのって、恐かったから」
「男子嫌い、少しは直ってきてるんでしょ」
「ほんの少しだけです。涼原さんが男の格好してくださるから、だいぶ慣れま
した。でも、やっぱり同級生の男子じゃ頼りなくて、私には合わない」
「と……年上ならいいの?」
一応迷ってからこの質問を発した純子。
「年上なら誰でもって訳じゃなくて……たとえば、相羽先輩みたいな。最高は
古羽相一郎ですね!」
「恵ちゃんたら、いっつもその答なんだから」
ため息をまじえて微苦笑する純子に、椎名は抗議口調で答える。
「だって、親しく話せる男子って、相羽先輩しかいません」
「私のことを気にするぐらいなら、恵ちゃん自身の心配をした方がいいんじゃ
ない? うふふ」
「−−涼原さんの意地悪。知らないっ」
椎名は下を向き、ジュースとケーキに専念し始めた。ストローを吸う音やフ
ォークが皿をこする音が、さっきよりも大きく聞こえる。
純子は頬杖を左右ともつき、正面に座る後輩をかわいらしく思った。
二年生と三年生の新クラスは、校内の掲示板で知らされる。ただ、一箇所だ
と混雑して仕方がないので、廊下の白壁にも一覧を記した紙が点々と張ってあ
った。
始業式を控えて純子が足を止めたのは、職員室前。教職員の出入りが多いの
は当たり前だけれど、それと反比例するみたいに生徒の数が少ないから、背伸
びする必要なしに確認できる。
(えっと……)
ひとまず一年のときのクラスということで三組から始め、次に二、一と視線
を移す。右手の人差し指を立てて、ざっと見ていったが、自分の名前はない。
今度は四組以降を見ていく。
なかなか見つからないので、もしかして三年生のを見ているのではという懸
念を脳裏に浮かべたその矢先、馴染んだ文字がようやく視界に飛び込んできた。
「十組かぁ」
これまでとは反対側の階段を使わなくちゃ−−。おかしくも、真っ先に考え
たのはそんなこと。二年十組が二階の端っこにあるのを思い浮かべてから、も
う一度紙を見る。
「担任は……小菅先生? わあ、偶然」
去年のクリスマスを思い出し、手を合わせた純子。
(あの先生、優しそうだからよかった。だけど、クリスマスのときのことを言
われたら、ちょっと恥ずかしいかも)
それから最初にある名前−−男子の出席番号のトップ−−に意を留めた。
暫時、口をすぼめ、それからきゅっと音がしそうに頬を緩める。
「縁はなかなか切れないみたいね」
苦笑し、つぶやいたのは、相羽信一の名がそこにあったから。
そうなると気になるのは……。
(これで郁江や久仁香が別のクラスだったら、また恨まれるかも)
苦笑の度合いが濃くなる純子。ぼちぼち人通りも増えてきたので、急ぎ、探
しにかかる。ほどなくして、結果は出た。
(……久仁香、かわいそうに。郁江だけでも一緒のクラスになったのは、まあ
まあよかったにしても)
そう、井口は別のクラスだった。
(芙美とも離れ離れだわ。他に一緒なのは、遠野さんと……あっ、白沼さんも
いる!)
心の中で叫んだ純子だが、自分が気にすることではないと思い直し、落ち着
こうと深呼吸した。
そのとき、職員室の扉が開いて、男子生徒が頭を下げて出て来るのが気配で
知れた。
「失礼しました」
相羽の声だ。
純子は振り返って確かめた。うさぎの耳みたいに二つに束ねた長い髪が、一
瞬だけ視界を遮る。
相羽もすぐさま純子に気付き、挨拶を投げかけてきた。
「あ、涼原さん。おはよ」
「相羽君こそ、早い」
応答したのに、相羽は立ち止まらず、どこかへ行ってしまう様子だ。
何故かしら意外な感じを受けながら、純子は跡を追う。
「どうしたの、朝っぱらから職員室へ用事?」
「これ」
前を向いたまま、相羽は左手を肩越しにかざした。その指には、オレンジ色
の札が着いた鍵が引っかけられている。
「−−ああ、教室の鍵」
「そういうこと」
角を折れて、階段へ足をかける。
見れば、相羽は鞄を手にしている。教室の戸がまだ開いていなかったから、
職員室まで鍵を取りに来たのだろう。
「あっ」
二階へ到着する頃、相羽が短く叫び、振り向いてきた。
ぶつかりそうになり、慌てて足を止める純子。足元がふらついた。
「な、いきなり−−」
「涼原さん。今年、じゃなかった、今年度も一年間、よろしく」
ひょいと頭を下げる相羽。起こした顔には、実に楽しそうな表情が張り付い
ている。まるで、クリスマスとお正月と誕生日がいっぺんに来たみたいな。
「あ、うん、そうね」
呆気に取られる格好になった純子も、手すりを掴んでバランスを保ちつつ、
もごもごと返事。その横を、一年女子の集団がにぎやかに追い抜いていった。
「と、ところで、どうしてあなたが取りに行ったのよ、鍵?」
歩き始め、話題を換えようと、適当に切り出した純子。
相羽はしかし、そんなことまで読み取れるはずもなく、真剣に答えてくれた。
「出席番号から言って、僕が日番だろうから」
「は、はは。なるほどね、一番最初。よく気が付いたわね」
「小学校のとき、なかった? 新学期になる度に、誰が鍵を取りに行くかでも
めるのって。昨日、それを考えてたら、最初は自分だよなあって思えた」
「ふふふ、変なの」
喋りながら二年十組の教室前に着いた。すでに来ている数名が壁にもたれた
り、棚に腰掛けたりと、待ちかねた様子だ。
「よっ」
鍵を開けた相羽に呼びかけたのは唐沢。二人はハイタッチをしたあと、何や
ら話し始める。
「こんな時間に教室にいる唐沢を見るのって、久しぶりだぞ」
「それが大失敗。てっきり、朝のミーティングがあると思い込んで来てみたら、
朝じゃなくて、昼からだったってわけさ」
教室に入ってからも、相羽は日番の仕事をこなす。「廊下側の列から、男女
別の出席番号順に座ってください」と板書したあと、窓を開けて回り、念のた
めにくずかごと花瓶の中を覗いて、一通り終わり。となるはずが、教卓の上の
埃が気になったらしく、雑巾で乾拭きした。
「よく働く……」
他に女子がまだほとんど来ていないこともあって、知らず、相羽の動きを目
で追っていた純子は、そうつぶやいた。
「ほんとほんと」
と、それに応じたのは、自分の席を離れて近くに来ていた唐沢。
「あんまり真面目なところを出してると、また委員長に選ばれちまうぜ。分か
ってねえなあ」
「あっ、そうよね。部活、掛け持ちしたいって言ってたくせに」
少々心配になって、相羽を見やる純子。
−−つづく