#4492/5495 長編
★タイトル (NKG ) 98/ 5/24 22: 0 (117)
【しすてむAI】恋と友情とミエナイキモチ (6/6) らいと・ひる
★内容
SIDE B(伊井倉 茜)
またやってしまった。
必要以上に近づきすぎることを嫌う藍に対して、余計な事を言ってしまう。いつ
もの事とはいえ、かなりの自己嫌悪。
わたしは昔の藍に戻ってほしいのだけど、それは自分勝手な願い事なのだろうか?
きっと明日になれば藍は、何事もなかったような顔をして私と話してくれるだろ
う。でも、それは私を許したのではなく、思考を止めてしまっているだけかもしれ
ない。
藍はいったい何を望んでいるの?
どうして自分を壊れていると決めつけるの?
訊きたくても訊けない事はたくさんある。
藍は言った「どうして人は人を好きになるのか?」と。好きになることは恋愛感
情だけではないことにあの子だって気づいているはず。もし私がそう言えば、それ
は人間が生き残る為の本能だと言うだろう。人は一人では生きてはいけないからと。
たとえそれが本能からくるものだとしても、好きになる気持ちを作られたシステ
ムと考えてしまうのは悲しすぎる。
藍は本当に人を好きになったことがないのか?
それとも誰かに裏切られるのが怖いだけなのか?
干渉という言葉を使い、他人との距離をとり続ける藍に、いったいわたしは何を
してあげられるだろう。もちろん、「してあげる」なんてあの子の前で言ったらま
た機嫌を悪くするだろう。いや、それ以前にわたしが何かをしてあげるなんて、傲
慢な考えなのかもしれない。
藍にどうこう言う前に、わたし自身の考えを改めなければいけないのだろうか?
それでも、わたしは藍に何かをしてあげたい。また、昔のようにあの子の心から
の笑顔を見てみたいから。
それは結局、自己満足なのかもしれない。
立ち止まって夕空を見上げる。
沈みかけた太陽の光が空に滲んでいる。夕色のグラデーション。
藍色に浸食されていく、寂しげな茜色の空。
そういえば誰かが言っていた。
夕刻と人の心との共通点を。
光と闇は同時に同位に存在できない。それは昼夜を問わず夕刻も同じ。
だけど、夕刻の不思議な空間は、光と闇がさも入り混ざって存在しているかのよ
うな錯覚をわたしたちに見せつける。
それはまるで、心の構造と同じなのだと。
陰と陽とが複雑に絡み合い、同位に存在する。何かを嫌う心、割り切れない想い、
温かい気持ち、理屈ではけして語れない人を好きになる感情、そして、温もりを求
める心。
そんな心の構造を機械的なシステムには置き換えたくない。
わたしがわたしであるのと同じに、人を人として好きになりたいから。
藍は忘れている。人は人と出会う事で人になり、人と触れる事で人としての生き
る道を知る事ができることを。
それがたとえ夢だとしても……それがたとえ彼女の言うようなシステムに縛られ
た感情だとしても……わたしは、人と人とを繋ぐ何かを信じていたい。
それがたとえ愚かでくだらない想いであっても、それが今のわたしの願いだから。
夜が始まる藍色になりかけた空に、わたしはそっと目を閉じた。
SIDE A(石崎 藍)
いったん家に戻ると、着替えて駅前のスーパーへ買い物へ出かける。今日は母親
の帰宅が早いので夕飯の支度をしなくてはならない。遅ければ外食か弁当で済まし
てしまうところだ。
スーパーへの近道であるいつもの裏道を早足で歩いていく。
曲がりくねった迷路のような道では、自転車では加速が出ないが、徒歩で行く分
には距離的に近いこちらの方が効率が良い。
ただ、傾きかけた弱い日の光は、迷路の難易度を少々あげていた。
黄昏時を「誰そ彼」と昔の人は言っていたのがわかるような気がする。
まるで光と闇とが入り交じった錯覚。そんな夕刻の空間は、人の姿は見えてもそ
れが誰であるかは確認しにくいものだ。
それは、言い換えれば、人を記号にしてしまうということ。
記号。
人間なんて、もともとそんな存在でしかないのかもしれない。
ふとそんな事を思い苦笑する。
――でも、時々、本当にそうなんだろうかと思考が混乱することがある。
茜や他の人たちに人間はシステムに縛られていると主張しながら、どこか矛盾し
た考えが私の奥底に眠っていた。
仕組まれているはずの夢に、心というシステムが揺れ動いている。
境界のない夕暮れの空間は、思考すらも惑わすのか?
裏道を抜けて、目の前がぱっとひらける。
夕刻の駅前広場。
今にも迫ってきそうな茜色の夕空を、私は一瞬だけ仰ぐ。それほど強い光でもな
いのに時々眩しくて目を背けてしまうこともある。
ターミナル駅とあって、この時間になると待ち合わせの人々で広場の噴水前は混
雑し始めている。その広場を通り抜けて、私は目的の店へと向かった。
いつもは気にならない待ち合わせの人々が並ぶ噴水前で、ふと一人の女性に目が
いく。
時計を見ながら、そわそわと改札口の方と気にしていた。
約束の時間をとっくに過ぎているのだろう。
彼女は、今か今かと来ぬ人を待ちわびていた。絶対来るはずだという確信を持っ
ているのだろうか? それとも、信じたいという気持ちが彼女をここにとどめてい
るのだろうか?
人間というのは都合の良い方を優先し、重要でない事柄は簡単に忘れることがで
きてしまう。絶対とは言えない。でも、可能性はいつでも潜んでいる。
それでも彼女は、信じようと願うのだろうか。
例えば恋愛というシステムの不完全さは、人間の生物としての機能の不完全さで
はないだろうかと私は思う。
子孫繁栄という種としての目的を制御するために、不安定な要素を取り入れてい
き、時には種の保存どころか、生物としての生命維持でさえ危険にさらす不完全な
システム。
不確定な要素に翻弄されながらも、人間は着実に時を進めていく。疑うことを罪
悪のように感じながら。
そんな人間の中に、私のような不良品が紛れ込んでしまっている。
壊れたシステムは、当たり前のことでさえ当たり前に考えられなくしてしまう。
だから、私はいつも不思議に思ってしまうのかもしれない。確定できない想い、
確定できない未来。そんな、目には見えないものにどうして心のシステムが反応す
るのか。
そして、どうしてそれを信じようとするのか。
見えないものを信じようとする心は、システムの作り出した幻影なのか。それと
も、組み込まれたプログラムのバグなのか。
思考の迷路に、今日も出口を見失って彷徨い続ける。
『どうして人間は……ミエナイモノヲ、シンジタガルノダロウ?』
呪文のように私は、その言葉を何度も何度も呟いた。
(了)