AWC 【OBORO】 =第3幕・散花哀詩=(8)  悠歩


        
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★タイトル (RAD     )  98/ 5/16  20:55  (199)
【OBORO】 =第3幕・散花哀詩=(8)  悠歩
★内容
 一瞬、雅人が何を言っているのか分からなかった麗菜だったが、ほどなくして
その意味が知れる。
 鼓動。
 激しく脈打つ、兄の鼓動が麗菜の掌に感じられた。
 心臓に病を持つ雅人は、一切の運動を禁じられていた。走ることは疎か、急ぎ
足で歩くことでさえ。運動をして心拍数が上がることは、雅人の生命を死の危険
に晒すことになるのだ。
「兄さま!」
 麗菜は驚いて顔を上げ、兄を見つめる。いままで気がつかなかったが、雅人の
額には、玉のような汗が滲んでいた。
「麗菜と、こう、しているだけで………ぼくは、こんな、に………どきどきして
る………」
 笑みを浮かべたまま苦しげに囁くと、雅人の身体は麗菜の胸の中にれ落ちた。

「あのね、兄さま」
「ん」
 布団の上に並んで腰を下ろした二人。麗菜と雅人。
 雅人が倒れた後、麗菜は慌てて兄の寝室へと走った。父母を起こす訳にはいか
ない。静かに、急いで。
 兄の部屋から取ってきた薬を飲ませ、いまようやく雅人の容態が落ち着いたと
ころだった。
「あのね、兄さま」
 雅人の肩へと頭を預け、麗菜は繰り返す。
 もしもいま、二人を見る者が在ったとしたら、兄妹とは思わないかも知れない。
少し年齢の離れた、睦まじい恋人同士に見えたのではないだろうか。
「麗菜ね、中学校を卒業したら、働くの」
「どうして? 何かやりたいことがあるの」
「いっしょうけんめい働いて、お金を貯めて、兄さまとアメリカに行くの」
「アメリカ?」
「うん。アメリカなら、兄さまの病気、治せるんでしょ。だから、そのために麗
菜が働くの。そうしたら、兄さまと私、このお家を出て、二人で暮らそうね」
 麗菜は楽しげに語った。本当に楽しかったのだ。
 手術を受け、健康になった雅人の姿を想像することが。
 共に野山を駆け回り、川で遊び、同じ褥(しとね)で一夜を過ごす。麗菜の夢
語りであった。
「そうか………楽しみだな」
 嬉しそうに雅人が応えてくれた。その腕が、麗菜の細い肩を抱いた。
 今日ここで、兄に抱いていた想いを叶えることは出来なかったが、麗菜は幸せ
だった。二人の心が、同じところを向いていると知って。
 麗菜はまだ知らない。
 雅人に手術を受けさせるには、麗菜が十年間必死で働いたとしても稼げない費
用が掛かるということを。
 そして雅人の命が、麗菜の中学校卒業を待つのさえ、困難であることを。
 雅人はただ笑っていた。
 その温もりを感じながら、いつしか麗菜は眠りに落ちていた。



 寂しさに精神的、そして肉体的な苦痛が追い打ちを掛ける。
 今朝麗菜は、いつも通りの時間、いつも通りの自分の部屋で目覚めた。ただい
つもと違い、今日の朝の光はとても眩しく、暖かく感じたものだった。
 が、それも長くは続かない。
 間もなくして麗菜は、兄が家に居ないことを知った。
 母に尋ねると、雅人は今朝早くに体調を崩し、病院へと向かったのだと言う。
 やはり昨夜のことが原因なのだろうか。だとしたら、麗菜の責任だ。そう考え
ると、目覚めの爽やかさは跡形もなく消え、憂鬱さだけが残された。
 学校が終わったら、病院へ兄の様子を見に行こう。そう思った麗菜だったが、
父に言いつけられた用事のために、それも果たすことは出来なかった。別に今日
でなくともいい、些細な用事ではあったが、父の言い付けを無視すれば、麗菜に
はとても耐え難い折檻が待っている。
 結局兄の容態を気にしつつも、具体的には何も出来ず、分からぬまま夜が訪れ
た。そしていつも通りの『儀式』が行われた。
 『儀式』が終わると、半裸の父は一仕事の後のように、大儀そうに煙草をふか
していた。
 麗菜はと言うと、その父に背を向けながら『儀式』の後始末をしていた。股間
にテッシュを宛い、汚れを拭き取りながらどうしようもない不安に苛まれる。こ
の『儀式』について。
 父がその性欲のはけ口としてだけ、麗菜を抱いているのならまだ良かった。し
かし『儀式』の目的は、朧の血をより強く引いた子どもを生み出すこと。麗菜を
妊娠させることにある。従って父が避妊具を使うことはなかったし、麗菜が用い
ることも許されていない。
 このまま『儀式』を続けて行けば、麗菜は中学校の卒業を待たずして妊娠して
しまうだろう。
 考えるだけで恐ろしい。
 狂った父の子ども。
 そんなことになってしまえば、兄とともにこの家を出て、一緒に暮らすという
麗菜の夢も、本当に夢のままで終わってしまう。
 夢を守るためには、決して妊娠してはならない。父や母に気づかれず、何か避
妊をする方法を考えなければ。そう言えば服用して避妊が出来る薬があったはず
だ。それならば、父や母に気づかれず、避妊出来るのではないだろうか。しかし
小遣いを貰っていない麗菜には、それを買うためのお金がない。必要なものがあ
れば、その都度母に話してお金を貰い、後で品物と伝票を見せることになってい
た。そしてそれは、逐一母から父へと報告されていた。
 それにお金があったとして、麗菜のような子どもに店が売ってくれるだろうか。
いろいろと詮索されるかも知れない。学校や家に連絡されてしまうかも知れない。
 友だちや先生に相談することも出来ない。
 いくら考えても、麗菜には打つべき手が見つからない。憂鬱な気持ちをさらに
深め、下着を身につけようとしたとき、父から声が掛けられた。
「待て麗菜、まだパンツを履くんじゃない」
「えっ」
 下着に掛けられたままの、麗菜の手が止まる。
 これまで、『儀式』が一晩に二度以上行われたことはない。麗菜が下着をつけ
ることを止めさせた父の意図が分からず、言い知れぬ不安に襲われる。
「今夜はな、お前のために特別な趣向を用意してあるんだ」
「しゅこう?」
 振り向いた麗菜は父の顔を見て、思わず身震いをしてしまった。父は笑ってい
たのだが、それは微塵の優しさも感じさせるものではない。もし見知らぬ人であ
っても、その笑顔の裏には良からぬ企みを想像したであろう。
「おい、もういいぞ」
「はい」
 父の呼びかけに応えたのは母の声だった。
 いつもなら『儀式』の最中、部屋の隅で麗菜が父に抱かれているのを、微笑み
ながら見守っている母。それが今日に限って、その姿を見ることが出来ず、麗菜
の不安を掻き立てる要因の一つとなっていた。
 母の応える声と共に、使われていない隣の部屋との仕切りになっていた襖が開
かれた。
 麗菜は息を飲む。
 襖の向こうから現れたのは、正座をした母と、病院にいるはずの兄だった。
「に、兄さま………どうして………」
 やっとのことで、麗菜はそれだけの言葉を口にした。
「目を逸らすな!」
 あまりにも痛々しい兄の姿に、思わず視線を逸らそうとした麗菜へ、父の叱責
が飛ぶ。
「しっかりと見るんだ。さもなくばお前も雅人も、無事では済まんぞ」
 とても実の子に対してとは思えない言葉。明らかな脅迫。
 決して、単なる脅しではない。その言葉に従わなければ、父は本当に麗菜や雅
人に激しい仕打ちを加えるだろう。そう感じ取った麗菜は、抗うとこも出来ずに
兄の姿を見つめた。
 兄もまた麗菜を見つめていた。何か言いたげではあったが、その口が言葉を紡
ぐことはない。いや、紡ぐことが出来ない。雅人の口には、無数の穴の空けられ
たピンポン玉のようなものが咬まされていたのだ。そのボールはベルトが付いて
おり、雅人の口から外れないようにしっかりと固定されていた。
 雅人は自らの手で、ボールを外すことも出来ない。なぜなら、身体も縄で拘束
されていたからだ。背中に回された手首の辺りから、鈍い輝きが窺える。手錠を
掛けられているようだ。
 心臓に病を持つ雅人は、そのような拘束を受けることが相当な負担であるのだ
ろう。少し距離は空いているのだが、兄の顔色が芳しくないことは麗菜からも容
易に見て取れる。しかも健康な麗菜でさえ、肌寒く感じる夜の空気の中で、雅人
の身体を包んでいるのは拘束具の他に薄い上下の下着だけであった。
「どうして………どうしてこんな酷いことを」
 麗菜自身、それがはっきりと声になったのか分からなかった。自らが発したは
ずの声なのに、麗菜の耳には届かない。だが実際には、明確な声として発音され
たらしい。その言葉に、父が反応を示した。
「酷い、だと?」
 立ち上がった父が、抵抗出来ない雅人を足蹴にする。
「あっ!」
 声を出せぬ兄に代わり、麗菜が悲鳴を上げた。
 腹を痛打された雅人は、ボールの穴からしゅうしゅうと音と唾液を漏らし、前
屈みに倒れ込んだ。
「兄さま」
 兄を助け起こそうと、麗菜は駆け寄る。が、兄の元へは辿り着けない。直前で
父が軽く腕を振るっただけで、小柄な麗菜の身体は後方へと倒されてしまった。
「俺の許可なく動くな。殺すぞ」
 狂気のみを溢れさせた視線が、麗菜を射抜いた。蛇に睨まれた蛙、と言うのは
まさにこのことであろう。仰向けに倒れていた麗菜は、竦んだ身体を起こすこと
さえ出来なくなってしまった。
「こいつはなあ………」
 父に髪をむんずとつかまれ、雅人の身体が引き起こされる。
「俺に言いやがった。『麗菜に酷いことをするのは止めろ。あれは人間のするこ
とじゃない』ってな」
 さらに髪を強く引かれ、雅人の顔は天を仰ぐ形となる。雅人の顔を覗き込むよ
うに、父の顔が寄せられた。鼻と鼻とが触れあうほどに。
「金ばかり喰って、何の役にも立っていない病人が、父親に意見するとは偉くな
ったモンだよなあ」
 例えどんな理由があったとしても、それを父親が息子をしつけるための仕置き
と思える者などいないだろう。ぶちぶちと嫌な音を立て、雅人の髪が抜かれて行
く。
「酷いことってぇのは何だ? セックスのことか? 自分の娘を抱くことか? 
答えてみろ」
 鼓膜を破ろうかとでもするように、父は雅人の耳元でがなり立てる。答えろと
言われたところで、雅人が答えられようはずもない。ただ気丈にも父を睨み返す
だけだった。
「くっくっくっ」
 笑った。
 父が笑ったのだ。
 猛り狂った父が、自分を睨み付ける雅人の視線に怒ることなく笑ったのだ。麗
菜には、それがかえって恐ろしかった。
「おい」
 つかんでいた髪を離すと、父は何やら母へと合図を送る。
「私がするまでもありませんでした。この子ったら、父さまと麗菜の『儀式』を
見ていただけで、ほら」
 無感情に応えた母は、自由の利かない雅人の下着の合間から男性性器を引き出
した。臨戦態勢を整えたペニスが、外気へと晒される。
「くっくっくっ、立派だなあ、雅人よ。言葉も立派だが、ちんぽこも随分と立派
じゃないか!」
 恥辱のためか、それとも苦しいのだろうか。雅人の顔は朱に染まり、目尻から
は涙が溢れている。
「それが貴様の正体なんだよ。偉そうことをぬかしやがって、てめぇだって妹の
セックスを見て、ちんぽこを勃起させてんじゃねえか。なあ? 変態雅人よ」
 下劣な言葉を吐きながら、父はもう一度雅人の髪を鷲づかみにする。そして雅
人の性器を、脚で小突く。身じろぎして逃れようとした雅人だったが、縄で拘束
された上に髪をつかまれていてはそれもままならない。
「雅人よ、貴様は罵りやがったが、俺はいい父親だ。可愛い息子の望み、叶えて
やるよ」
 そう言った父は、卑猥な笑いを麗菜へと向けた。
「麗菜、口でしてやれ」
「………えっ」
「聞こえなかったのか? 雅人のちんぽこを、しゃぶってやれと言ったんだ」
 おぞましい科白を平然と言ってのける父。
 震える麗菜の唇は、言葉を返すことが出来ない。ふるふると首を振り、拒絶の
意志を示すだけで精一杯だった。
 そんな麗菜の態度に、父は顔から笑みが消える。
「いまさら純情ぶるつもりか? ああん、この淫売娘が」
 怒鳴ることはなかった。麗菜には淫売の意味は分からなかったが、静かな父の
口調が、かえってその怒りの大きさを表すようで恐ろしい。
「あまり待たせるなよ。このまま雅人の首をへし折るのも、簡単なんだからな」
 父はつかんでいた雅人の髪を下、背中の方へと引く。そして空いていたもう片
方の手を雅人の顎に掛け、軽く押す。雅人の銜えていたボールの穴から飛沫とな
った唾液が放たれ、苦しげな音が漏れる。




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