AWC 【OBORO】 =第3幕・散花哀詩=(7)  悠歩


        
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★タイトル (RAD     )  98/ 5/16  20:55  (198)
【OBORO】 =第3幕・散花哀詩=(7)  悠歩
★内容

 その胸の中に包まれた麗菜には、兄が震えているのが分かった。
「狂っている………」
 微かに動いた雅人の唇から、そんな言葉が聞こえたような気がする。その言葉
は、自分に向けられたものだろうと麗菜は思う。胸の中に抱(いだ)かれながら
も、親子で肌を重ね合った自分を、雅人は侮蔑されているのだろうと思う。その
胸の中という、雅人に最も近い場所は、最も表情が窺いにくい距離でもあった。
兄の温もりを感じる幸せの中、これが兄と過ごせる最後の時間であるのだろうと
予測し、麗菜は悲しくもあった。たぶん、明日から雅人は、麗菜を妹として見て
はくれない。
 全てを話したいまでは。
 麗菜は全てを話した。
 『儀式』と称して何が行われたのか。
 朧の血を守るため、行われたことを。
 麗菜自身が、それを全てに於いて理解していた訳ではない。ただ11歳の少女
では、父母に逆らうだけの力がなく、されるがままになっていただけのこと。そ
れでも麗菜は、自分が知る限り全てのことを兄に伝えた。
「ごめん、本当にごめん」
 今度ははっきりと聞こえた。雅人が麗菜へと詫びる言葉が。
「兄さま?」
 麗菜にとっては、予測もしていなかった言葉。それが聞き違いではないことを
確認するため、麗菜は顔を上げて雅人を見ようとする。しかし見れない。
 麗菜を抱く兄の手に力が込められたため、麗菜の顔は強く雅人の胸へと押し付
けられてしまったからだ。
「ぼくらが、朧という特別な力の使い手の血を引いていることは、なんとなく知
っていたけど………その血を守るため、そんなことが行われているなんて、全然
気がつかなかった」
「そんな、謝らないで。兄さまは、なにも悪くないもの」
「いや」
 雅人が頭を振ったのだろう。その振動が胸から麗菜にも伝わる。
「麗花が本家に売られてしまった時も、麗菜がそんな辛い思いをしていた時も、
ぼくは何も知らずに病院のベッド寝ていたんだ」
「だって兄さまは、お身体が悪いんですもの。仕方ないわ」
 わずかに雅人の腕の力が緩んだ。麗菜は雅人の目を見つめるために、その胸か
ら少し離れた。
「ありがとう。でもぼくは麗菜や麗花の兄なんだ。妹たちが苦しんでいるときに
何も知らず、何も出来ずにただ寝ていただけなんて………やっぱり許せない」
「違う………違うの! 私は兄さまがいたから、我慢して来れたんだよ。もし兄
さまがいなかったら、私、死んでいたわ。きっと」
「ああ、そんなことを言わないで、麗菜。もし麗菜が死んでいたら、ぼくだって
生きてはいないよ」
 雅人の手によって、再び麗菜はその胸に抱き寄せられる。
「あの………兄さま?」
 兄の言葉と態度に勇気づけられて、麗菜はそれまで躊躇われていた質問をして
みるとこにした。
「麗菜のこと、嫌いにならないの?」
「どうして。どうしてそんなことを訊くの?」
 麗菜の身体が、背中側へ軽く倒される。雅人がその手を緩めたからだ。これに
よって、二人は見つめ合う形となる。
 室内には窓からわずかに星明かりが射すだけで、ほとんど暗闇に等しい。けれ
ど麗菜には、澄んだ兄の瞳がはっきりと見えていた。
 麗菜はまだ11歳ではあったが、父が自分にした行為の意味は分かっている。
学校で一通りの性教育は受けていたし、雑誌や他のメディアでセックスについて
の知識は充分すぎるほどに得ている。
 自分の年齢でそれを経験してしまったこと。その相手が実の父であること。そ
れが如何に異常なことであるかも。
 自分は汚れてしまっている。
 セックスとは心から愛し合った男性との間のみに行われるべきもの。それもた
だその場の激情に身を委せるのではなく、その後のことまで充分に熟慮した上で
されなければならないもの。そう信じていた麗菜には、自分の体験はどんな理由
があったとしても、他の人からは決して認められないものと思っていた。
 あまりにも澄んだ雅人の瞳が恐かった。
 直視出来ず、麗菜は視線を逸らす。
「麗菜はぼくの大切な妹じゃないか。嫌いになる理由なんて、何もないよ」
 本当は麗菜が望んで止まなかった答えが、雅人から返って来る。
「兄さま!」
 嬉しさのあまり、麗菜は自ら雅人の首にと抱きつこうとした。が、それは実行
されなかった。兄の身体の異変に気がついた麗菜が、思わず身を退き、雅人から
離れてしまったのだ。
「あっ………」
 麗菜が離れて行った理由は、雅人にもすぐに分かったらしい。澄んでいた瞳に
翳りが射し、そのまま俯いてしまった。
「ご、ごめん………麗菜。ぼくは父さんのことを言えない」
 悲しそうな、悔しそうな雅人の声。
 自分が逃げてしまったために、雅人に辛い思いをさせてしまった。そう思うと、
麗菜もまた苦しくなった。しかしまともに直視することは出来ず、麗菜はちらり
と兄のほう、自分が身を退く原因となったものへと視線を送った。
 雅人の下半身の、熱い強張りに。
「にい……さまも、『儀式』がしたいの?」
「違う、そうじゃないんだ!」
 麗菜の問いに、雅人はぶるぶると首を振って否定する。興奮気味な雅人の声は、
静まり返った夜の家中に響き渡るようだった。その自分の声に驚いて、雅人は口
を閉じる。
「これは、麗菜があんまり可愛いから………その麗菜の体温を、近くに感じてつ
い………」
 詫びるように、そして泣くように雅人が言った。消え入りそうな声で。
 麗菜はどう応えていいのか分からない。父によって犯された麗菜にとって、い
きり立つ男性のそれは恐怖の対象でしかない。優しい兄は大好きだが、厚いジー
ンズパンツ越しに屹立した男性性器は無視出来る存在でなかった。
 沈黙が続く。
 二人が麗菜の部屋に入った直後と同じように、沈黙が続く。ただしその時とは
違って、麗菜も雅人も切り出すべき言葉を持たない。終わりの見えない沈黙。
 りりりりり、りりりりり。
 微かではあったが、沈黙に逆らう者が在った。
 虫の声。
 先刻までは全く存在すら感じさせなかった虫が、一匹だけどこか遠くで鳴いて
いた。
 その虫の音が合図になったかのように、無言のまま雅人が立ち上がった。激し
く自己を嫌悪し、首をうなだれて部屋を出て行こうとする。
 雅人をこのまま行かせてはいけない。そう思っただけで、何も考えなどなかっ
た。考えるより先に身体が動いていた。
「行かないで、兄さま」
 気がついたときには、麗菜は雅人の背に抱きついていた。
「麗菜………ぼくを許してくれるのかい?」
 振り向かずに雅人が訊ねる。
「兄さまだって、麗菜を許してくれたでしょ。それに、兄さまは何も悪いことな
んてしてないもの」
「けど………」
「ううん。だって男の人って、好きな女の人の前では、ああなっちゃうんでしょ」
 それは学校での性教育で教えられたことだった。いまの麗菜は、それが必ずし
も正しくないことを父の行為によって知らされた。けれど兄は父と違う。その言
葉は雅人を弁明すると同時に、麗菜自身の希望が込められていた。
「だから、あのね………」
 麗菜はゆっくりと、兄の背から離れた。
「兄さま、こっちを向いて」
 麗菜に応え、雅人が振り返る。その兄の視線に、パジャマを脱ぎ捨てた麗菜の
肌が晒された。
「れ、麗菜!」
 驚いた雅人が、半歩後ずさる。それを追って、麗菜は兄へと歩み寄る。
 無意識ではあったがまだ形を成していない、成すにはしばらく時間の掛かる胸
が雅人へと押し充てられた。
「兄さまもしたいんでしょ。だから兄さまのそれ、大きくなったんだよね」
 何かを答えようとして、雅人は口を動かした。しかし返す言葉がみつからない
のか、声にすることが出来ないのか、雅人の口は音もなく震えるだけだった。
「あのね………だったら、して、いいよ」
 俯きながら麗菜は言った。顔が熱い。たぶん明るいところで見れば、麗菜の顔
は真っ赤になっていたに違いない。いや、わずかに射し込む星明かりだけでも、
充分に分かってしまったかも知れない。
 既に性交を経験済みとはいえ、麗菜がその言葉を吐くためには、大変な勇気を
必要とした。どうにかそれを口に出すことが出来たのは、雅人を励ましたいとい
う気持ちも少なからずあった。妹の前で男性性器を勃起させてしまい、それを強
く恥じる雅人。自らが兄を求めることで、雅人の身体の変化を正当化しようと、
麗菜なりに考えての行動であった。
 だがそれは、兄のためだけではない。麗菜もまた、兄を望んでいた。
 実の父親に抱かれた麗菜には、もはや近親間の交わりを禁忌(タブー)視する
理由はない。
 それならばせめて、自分が無垢な乙女であった頃に夢見ていたこと。愛する人
と結ばれるという希望を遂げたい。
 麗菜は気がついたのだ。麗菜にとって愛する人とは、雅人であると。
 肉親と結ばれる。『儀式』が行われるまでは、普通の少女として育ち、普通の
少女としての知識とモラルを身に付けた麗菜は、深い心の奥にその想いを閉じ込
めていたのだ。『儀式』によって箍(たが)が外れてしまったいま、想いを隠し
ている理由などなくなった。
 雅人から返事は返らない。麗菜の想いは拒まれてしまうのだろうか。けれど雅
人とて、麗菜を欲しているからこそ、性器を勃起させたのではないのか。やはり
禁忌を犯すことに躊躇いがあるのだろうか。
「やっぱり、本当は麗菜のこと、嫌いなの?」
 懸命な想いに対し、雅人が何も返そうとしないことに麗菜は不安を募らせる。
精一杯の勇気を振り絞って想いを伝えたのに、かえって兄に軽蔑されてしまった
のだろうか。
「ぼくらは兄妹なんだよ………」
 苦しげな雅人の言葉。
 短い言葉ではあっが、麗菜にはそれが自分の態度を否定してのものに思えた。
「でも、父さまは、したんだよ。母さまは、笑って見ていたよ」
 麗菜はその胸を、さらに強く、雅人へと押し充てる。縋るような気持ちだった。
 もしここで兄に拒まれてしまえば、打ち明けた想いだけでなく、これまでの兄、
妹としての関係さえ失われてしまう。そう思って。
「私ね、最初のセックスは、大好きになった人とするものだと思ってたの。でも
ね………そうじゃなかったから………だから、だからね………もう一度、最初の
人を、兄さまにやり直して欲しいの」
 麗菜の涙が、雅人の胸元を濡らす。濡れた雅人のシャツが麗菜の頬に触れ、冷
たかった。
「麗菜………」
 それまで棒立ちだった雅人の手が、麗菜の肩に載せられた。その手に促され、
麗菜は膝を折って布団の上にと跪いた。
 雅人の顔が、ぐっと迫って来る。
 目を閉じた麗菜の唇に、熱くて柔らかいものが重ねられる。
 それを麗菜は、雅人が想いを受け入れた証と感じた。雅人が望むのなら、どん
な要求にでも応えよう。そう決めて、麗菜は目を閉じたまま次の瞬間を待ってい
た。
 麗菜の肩から雅人の手が離れた。
 緊張のため、麗菜の身体は硬くなる。けれど父との時のような、恐怖はない。
 しかし麗菜の期待していた、次の瞬間はついに来なかった。
 代わりに肩に柔らかいものが掛けられたのを感じ、麗菜は目を開いた。
 目の前にあるのは、優しい笑みを湛えた兄の顔。
 麗菜の肩に掛かっていたのは、脱ぎ捨てたはずのパジャマ。
「やっぱりダメなの? 兄妹だから? それとも、麗菜が初めてじゃないから?」
「そうじゃないよ………言っただろう。ぼくも父さんのことを言えないって。白
状する………ぼくもいつの頃からか、麗菜に妹以上の感情を持つようになってい
た。その………実の妹で、まだ子どもの麗菜に女を感じていたんだ。幾度となく、
麗菜と一つになることを夢想していた」
 恥ずかしそうに、しかし何か吹っ切れたように、雅人が語った。
 麗菜の想いは、一方通行ではなかったのだ。麗菜の心の中に、安堵と喜びが生
まれる。けれどまだ、充分なものではない。言葉だけではなく、雅人がその気持
ちを態度で示すことを、麗菜は求めていた。
「だったら、お願い。麗菜がまだ子どもだからとか、兄さまの妹だからとか、関
係ないの」
「ダメだよ」
 しかし雅人は否定する。優しい微笑みを湛えて。
 麗菜を傷つけまいとして、言葉だけを合わせているのではないだろうか。本心
では雅人を求める麗菜のことを、軽蔑しているのではないだろうか。
 麗菜は俯く。
 そんな麗菜の右手を、雅人がつかんだ。
「兄さま?」
 何も言わず、雅人は麗菜の手を自分の左胸へと導いた。そして麗菜の手を、雅
人の両掌が包むように抱き込んだ。
「ほら、分かるだろう」
「えっ」




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