AWC 【OBORO】 =第3幕・散花哀詩=(2)  悠歩


        
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★タイトル (RAD     )  98/ 5/16  20:53  (185)
【OBORO】 =第3幕・散花哀詩=(2)  悠歩
★内容
 他に語る言葉もなく、二人は耳を澄ます。いつもはうるさいくらいの虫たちも、
今夜は早々に床へ着いてしまったのだろうか。
 三日前、客人であった優一郎が去り、この家の住人は女ばかりの四人へと戻っ
てしまった。優一郎が訪ねてくる前と同じに状態になっただけなのだが、なぜか
それ以前より家が静かになってしまったように思える。
 やがて姉妹三人となったとき、どれほど寂しい家になってしまうのだろう。麗
花は自分の消えた後の家の様子へ、想いを馳せた。
 時間は残されていない。もう麗花はいつ人としての心が失われても、不思議で
はない状態になっている。役目を果たしきれず、妹たちに残してしまう上に、自
らが負担になってしまうことだけは、どうしても避けたい。麗花が暴走を始める
前に命を断つ………それは美鳥が行う約束になっていた。だがたぶんその瞬間が
訪れても、美鳥には麗花を殺すことは出来ないだろう。
「夢を………」
 窓の外の、朧気な月を見つめながら、麗花は呟く。
「えっ?」
「夢をみたわ」
「夢?」
「そう………まだ私が幼かった頃、朧月の家に来る前の夢」
 麗花が夢の話をしたことに、目的はなかった。ただなにか、妹と話をしておき
たいと言う気持ちから、思い付いたことを口にしただけだった。
「ごめん………」
 頭を下げる美鳥。麗花にしてみれば、それは思いもしなかった反応だった。
「どうしてあなたが謝るの」
「だって………私に力がなかったから、お姉は朧月の家に引き取られることにな
ったんだもん。音風や、真月にしたって………」
 美鳥の言葉は途中で止まる。麗花の二つの掌が、その頬を包み込んだからだ。
「言わないで。私はね、あなたのことが大好きよ。音風も真月もね………あなた
たち三人は、私の大切な妹だもの」
 微笑む麗花の頬に美鳥の熱い雫が、二つ三つと降り注いだ。
「もう、仕方のない子ね………まるで赤ちゃんみたいだわ」
 横になったまま麗花は手を伸ばし、その源から妹の雫を拭う。雫は麗花の指を
伝わり、今度は唇の上に落ちる。切なく、懐かしい味がした。
「お姉………」
「さあ、もう私は大丈夫だから。美鳥、あなたもお休みなさい」
「ううん」
 麗花の言葉に、美鳥は頭を左右に振って答える。
「私、もう少しお姉のそばにいたいんだ………だから、私のことは気にしないで、
お姉は眠って」
 悲しげな笑顔が、麗花を見つめ返す。麗花に残された時間が少ないことを、美
鳥もよく知っているのだ。
「じゃあ、もう少しお話ししましょうか」
「うん………」
 麗花は思う。もう残された時間がわずかなら、せめてその中で自分の出来るこ
とをしておこうと。少なくとも麗菜………実の妹との決着はつけなければならな
い。刺し違えてでも。



「そろそろ行くわ」
 ルームミラーに映った、自分の瞳に向けて麗菜は言う。
『ああ』
 短く応える男の声が、麗菜ただ一人であるはずの車内で返って来た。
「兄さま………やっぱり私一人で………」
 決着をつける。そう言いかけた麗菜だったが、狭い車内には姿のない、しかし
極めて近くから聞こえて来る声に遮られる。
『前にも言ったはずだ。お前一人に押し付ける訳には行かない………これは俺た
ち兄妹の問題なのだから。それに、お前の心の痛みは俺の痛み………お前が一人
で片づけても、結果は同じだ』
「そうね、そうだったわ」
 麗菜は笑う。他の誰よりも身近に居ながら、決して姿を見ることの出来ない兄
に向かって。力無く。
「静かな夜だわ」
 車のドアを開けるわずかな音が、鼓膜を大きく響かせる。その後訪れた静寂が、
耳に痛い。
 あの日もこんな夜だった。
 麗菜は思い出していた。麗菜と兄、雅人がこんな形で一つとなってしまった日
のことを。息が苦しくなる。
『忘れろ………と言っても無理か』
「ええ、忘れられはしない。でも私は後悔してないのよ。お顔は見れなくなって
しまったけれど、大好きな兄さまと誰よりも近い関係になれたのだもの………も
う私より兄さまに近づける者はないのだもの」
 麗菜は自分の胸を抱く。自らを抱くことによって、その中の兄を抱擁しようと
して。しかし決して麗菜が兄を抱くことは出来ない。誰よりも近くに在りながら、
一番遠い存在。それがいまの麗菜と雅人の関係だった。
「そろそろ行くわ………」
『ああ』
 腕の中にその温もりを感じられぬと、改めて知らされた麗菜はゆっくりと車か
ら降りた。
 風はない。
 見上げると空には薄暗い月が浮かんでいる。
「陰岑(いんしん)な夜だわ………朧が滅びるには相応しい夜ね」
 自分の放った言葉の冷たさに、麗菜は震えた。
(陰岑:奥深く薄暗い)



 嫌な空気の流れを感じて、麗花は浅い微睡みから目覚めた。
 夢を見ていた覚えはないのだが、まるで悪夢の直後のように鼓動が激しくなっ
ていた。
「美鳥!」
 言い知れぬ不安に駆られ、麗花は半身を起こし、妹の姿を探す。
「ん………あ、何かあったの?」
 美鳥はすぐ近く、自分の部屋に戻らず麗花の枕元でうたた寝をしていたらしい。
「何か………感じない?」
 惚けたような顔を見せていた美鳥だったが、緊張した麗花の声を聞くと、その
表情が引き締まる。
 二人は闇の中で耳を澄まし、目を凝らす。
「お姉、あれ!」
 美鳥が窓の外を指さした。
 そこに見えたのは、朧気な赤い光。それが次第に、濃い色へと変わる。
 炎。
 それは炎のゆらめきだった。
「か、火事だよ」
 上擦った美鳥の声。
 異形の怪物たちに対しては、果敢に立ち向かって行く美鳥が、普通の少女と同
じように動揺を顕にする。
 無理もない。麗花も美鳥もその身体に流れる朧の血によって、音風ほどに早く
はないが異形の出現は前もって察知することが出来る。しかし一般的な災害や事
故に対しては常人となんら変わらず、予め予測することは不可能であるのだ。
「ど、ど、どうしよう………お姉………家が燃えちゃう」
 あるいは普通の女の子以上に、美鳥は動揺していたのかも知れない。電話だ、
消火器だと口にはするが、具体的にそれを行動に移せない。ただ部屋の中を忙し
なく、右往左往するばかりだった。
「落ち着きなさい、美鳥」
 そんな妹の両肩をがっしりとつかみ、麗花は強い口調で叱りつけるように言っ
た。
 幸い火の手は、麗花の部屋から見て西側の端で起きている。音風や真月の部屋
からも、離れた場所だ。速やかに対処すれば、小火(ぼや)程度で収まるはず。
「あなたは音風と真月を起こして、家から出なさい。ご近所の方にも知らせて、
なるべくここから離れるの。分かったわね?」
「う………うん」
 まだ些かその目には動揺の色が残っていたが、美鳥は麗花の言葉へ素直に頷い
た。
「でも、お姉はどうするの?」
「消防署に電話をして、それから火の様子を見てみるわ。消せるものなら、消火
器で消してみる」
「でも、一人じゃ危ないよ………私も………」
「あなたまで一緒に来たら、誰が真月たちをみるの? いいから早くなさい」
 問答をしている時間はない。美鳥に対して有無を言わせぬように、麗花は激し
く睨み付けた。
「分かった………でも、無理しないでね」
「平気よ、すぐあなたたちに追いつくから」
 麗花が笑顔で応えると、まだ不安そうな顔をしながらも美鳥は音風たちに火事
を知らせるため、部屋を出て行った。
「これでいいわ………」
 今生の別れななるかも知れない妹の会話だったが、慌ただしいばかりだった。
しかしそのおかげで、美鳥に悟られず済んだは良かったかも知れない。平常心で
あれば、美鳥は決して麗花一人を行かせてはくれなかっただろう。
 独り頷くと、麗花もまた火元に向かうため部屋を出る。
 この火事は、ただの火事ではない。
 麗花は感じていたのだ。微かに漂ってくる、異形の気配を。動揺が先に立って
いたせいもあろうが、美鳥が気がつかないのも無理のないほどわずかな気配。恐
らくは、かなり強い力を持った者の気配。
 通常、異形の放つ強烈な気配を、朧の能力に目覚めた者が見逃すことはない。
気配の強さとは、異形の力ではない。殺戮と破壊の強烈な欲求に駆られた異形に
は、その気配を隠すという器用な真似が出来ないのだ。気配を隠すことが出来る
ことは、単なる異形の成せる業ではない。高い知能を持ち合わせた者のみに出来
ることなのだ。すなわち、いまこの家に潜んでいるのは、麗花たちの恐れていた
存在、完全体である可能性が高い。
 そしてそのわずかな気配は、麗花にとって初めて出会うものではない。
 麗花はそのまま、炎の見えた部屋へと向かった。119番通報もせずに。
 美鳥に近所の家から消防署に電話するよう、言いつければ良かったかも知れな
い。麗花の手によって消火出来る程度のものであればいいのだが、そうでなけれ
ば近所の人々へも迷惑を掛けてしまう。
 しかし美鳥には自分が電話するといいながら、敢えてそれをせず直接火元へ向
かったのには理由がある。火より先にこの気配の主を排除しなければ、駆け付け
た消防隊員をも危険にさらすことになるからだ。
『今度こそ、本気の戦いになるのね?』
 火元となっていたのは、つい数日前まで陽野優一郎が使っていた客間であった。
が、麗花はその部屋にたどり着く前に足を止めることになる。
「うっ!」
 思わず腕で顔を隠した。熱風が麗花の横をすり抜けて行く。
「思ったより、火の回りが早い!?」
 すでに麗花一人の手に負えるものでなくなっていた。障子から立ち昇っている
炎を、麗花はただ茫然と見つめることしか出来なかった。
「ふふ、やっぱり一人で来たのね………もっとも姉妹揃って来ても、構わなかっ
たんだけど」
 切迫した状況にそぐわない、落ち着き払った声がした。麗花の立っている廊下、
庭に面した方から。いつもはきちんと閉められている雨戸が、今夜はされていな
い。優一郎の滞在中、彼のために開けていた習慣で、つい忘れてしまったのだろ
う。
「その声、やっぱりあなただったのね………麗菜」
 声のした方、庭に植えられた潅木の茂みに向かい、麗花は言った。
「ええ、私たちの過去に、決着をつけに来たわ」
 炎に照らされ、赤い影となったもう一人の麗花、いや、麗花と同じ容姿もつ実
の妹、麗菜がゆっくりと現れた。
「ちょうど良かった。私もあなたを探そうと思っていたところよ………人類のた
め、なんて大きなことは言わないけれど、妹たちのためにあなたを倒す!」
 そう言い放ち、麗花は身構える。その手に光輝く弓矢を出現させて。
「妹たち………そうね、いまのあなたと私たちは他人、敵同士ですものね。でも
あの坊やなしで、あなたは私たちに勝てなくてよ」
 麗花は麗菜を妹とは呼ばない。
 麗菜も麗花を姉とは呼ばない。
 二人は共に微笑んだ。
 それが二人の、最後の戦いへの合図となった。




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