AWC そばにいるだけで 22−7   寺嶋公香


        
#4461/5495 長編
★タイトル (AZA     )  98/ 4/ 2  23:21  (200)
そばにいるだけで 22−7   寺嶋公香
★内容
「誰か男の子と遊びに行く予定はないの? 余計なお世話は承知の上よ」
「それだったら、スケートに行ったけれど。あ、あと、お花見にも行くかもし
れない」
 不服ある?とばかり、胸を反らした純子。
 国奥は一時的に感心した様子で瞬きを忙しなくしたが、不意に質問を重ねて
きた。
「それって一対一?」
「何が?」
「だからぁ、男子と二人きりだったのかってこと」
「まさか。そんなんじゃないよ。友達と一緒だった。スケートのときはみんな
で八人。えっと、女四人で男四人ね」
 純子が笑い飛ばすと、国奥はさらに誰々がいたのかを聞いてきた。そして純
子以外の七人の名前を知ると、少し安心したのか、目つきが穏やかになった。
「特に優しくしてくれる男子って、いない?」
「変な質問。まあいいけど。そうね……みんな優しいのよ、近頃。うふふ」
 純子のジョーク混じりの返答に、国奥は訝しげに「は?」と聞き返す。
「えっとね。芙美――町田さんに言わせると、バレンタインデー前に、私に本
命がいないのを知って、男子の中の奇特な人達が義理チョコ目当てに行動を起
こしたんだって。あは、そんなのってあるはずないよねえ」
「……そうは思えないわ」
 国奥の真顔での否定に、純子は肩をすくめた。
「国奥さん、もしかして怒った? 別にうらやましがらせようなんて気はこれ
っぽちもなくて、ただ」
「怒ってなんかないわ。でも……ちょっとね」
 立ち話にしては、長くなっている。
(川に行ってたら、暗くなるかも……。国奥さんも時間、大丈夫なのかしら?)
 純子はそろそろ頃合いかなという気分になっている。
 だが、国奥は違った。
「いい? もう一度聞くよ、涼原さん」
「はい?」
「男子の誰からも告白されてないのね?」
「え、ええ」
 戸惑いを覚える純子。
(変なの。これで何回目? どうして知りたがるのよ)
 そうして相手の言葉を待ったが、随分と間が空く。
 ただ、国奥の独り言がかすかに聞こえた。「悪いけど、私から言うわ」とか
どうとか。
(何のことだろ……全然、意味が分からない)
 やがて、国奥が口を開いた。
「決心した。−−涼原さんのことを好きな男子の名前、教えてあげる」
「ええっ? 国奥さん、何て……」
 ますます戸惑いの度合いが高くなる。
 国奥は純子の台詞に直接答えることはせず、重ねて言った。
「私が知る限り、あなたを一番想ってるのは……相羽君よ」
 ひゅるるという音が聞こえた。
 風がもし目に見えるとしたら、地面すれすれに弧を描いていたに違いない。
 純子は口を開けっ放しにして、しばし呆然としていたが、国奥がじっと見つ
めるのを見て、遅ればせながら答える。
「何を言って……あはは、やだなあ。国奥さん」
「そうは思わないの、涼原さんは?」
「え、まあ、優しいわよ。でもそういう、国奥さんが今言ったみたいなことじ
ゃないわ」
「どうして?」
「どうしてって、だったら国奥さんこそ、何か根拠あって言ってる? どうし
て国奥さんに分かるのか、不思議よ」
 語気は詰問調になったが、純子はあくまで笑顔を絶やさない。だって、冗談
としか思えないから。
「それは……」
 国奥もさすがにたじろいでいる。
 その態度を見て、純子は瞬時に閃いた。
「ああ! 分かったわよー。国奥さんて案外、人が悪いんだあ」
「はい? 何なに? 何のことだか」
 今度は国奥が戸惑う番。純子は自信たっぷりに指差した。
「危うくだまされるところだったけど、残念でした。引っかかりませんよーだ」
「だますって」
「とぼけちゃって、この。今日は四月一日だってこと、やっと思い出したわ」
「え、あ」
 目を丸くして、片手で口を覆った国奥。
 純子はそれも演技だと思った。
「うまいから、すっかりだまされるところでした。ただ、嘘があまりにも突拍
子なかったから、気付いちゃった。あはは」
「あ、涼原さん、あのね」
「だめー。今さら何を言っても、決して油断しないわよ。だますのなら、他を
当たってね、なんて」
「だから……はぁ、もういいわ」
 力が抜けたらしい。国奥は肩を落とし、大きなため息をついた。「言ったら、
やっぱり彼に悪いし」というつぶやきとともに。

 どんな嘘をつこうか考えている内に、夜になってしまった。もはや友達相手
にエイプリルフールをやるのは難しくなってきた。
(お父さんやお母さんに嘘言っても仕方ない。……今から友達に電話する手も
あるかな)
 夕食を終え、お風呂の中でもまだ、純子はあれこれ策を考えていた。湯船に
浸かり、縁に両腕を乗せ、その上にさらに顎を引っかけるように置く。
(だけど、電話する理由がないのよねえ。いかにも用事があって電話したみた
いに見せて、その中に嘘を入れないと、すぐばれちゃう)
 考えあぐねて、上目遣いに天井を見た。湯気が水滴となってぽつぽつと小さ
くぶら下がっている。
(この時間に電話できるとしたら……)
 友達の顔を脳裏に浮かべつつ、身体を肩まで湯に沈めた。
 その折に一人、思い付いた。
「相羽君ところなら、いけるかも。事務所の話がどうなったか聞きたがってる
ことにして」
 なかなかいいアイディアだわと自画自賛し、つい口に出す。
(やるんだったら、どんな嘘にしよう? 喜ばせといてがっかりさせるよりも、
驚かせといてほっとさせるのがいいんだけど……。言葉だけで伝わる嘘と言っ
たら)
 このとき純子の頭の中に閃いたのは、昼間の出来事。
(国奥さん、うまかったなあ。本当にあと少しで完全に引っかかってたわ。よ
うし、あれをもらおうっと。『私……相羽君が好き』、なあんちゃって!)
 電話の向こうで相羽が戸惑うさまを想像し、純子はくすくす笑った。
(何たって、あいつにはキス事件の恨みがあるもん。いくら仕方なかったから
と言っても、私、あのとき凄くショック受けたんだから! お嫁に行けないっ
て落ち込んで。そのお返しを今やってもいいじゃない、ねえ)

 湯上がりの身仕度をゆっくり時間を掛けて済ませ、時計で時刻を確認してか
ら純子はまず台所に向かう。
(長く入りすぎた……)
 のぼせかけた純子は、冷蔵庫を開けて牛乳を探した。一〇〇CCほどをコッ
プに取って、二口ほどに分けて飲み干す。冷たさが喉に、頭の芯に染みてくる。
「−−っはあ」
 一息ついて、コップを洗ってから、電話機のある方へ。
 さて、送受器の上に両手を置き、まだ湯煙の向こうにあるような、ぼーっと
している頭で再検討にかかる。
(嘘でも『好きです』って言うなんて、さっきは気楽に考えてたけど、よくよ
く思い返すと……)
 一度は収まった火照りが、ぶり返してきたかもしれない。純子は頬に右手を
添えた。頬がひんやりするよりも、手の平が熱を感じるのが上回る。
(やめた方がいいかな……アイディアはいいのにね)
 電話から純子の左手が離れたそのとき――呼び出し音がした。
 瞬時、びくりとした純子は、奥の部屋にいる両親に向けて「出るわよ」と断
ってから、送受器を取り上げる。
「涼原さんのお宅でしょうか」
「あ、はい」
 純子は内心、息を飲んだ。
(相羽君だ。なんて偶然!)
 思わず黙っていると、向こうから声がかかる。暗がりで手探りするような、
不安の色濃い喋り方だ。
「す、涼原さん? 僕、相羽……なんですけど……」
「はい、うん、分かってる。私よ、涼原純子」
 滑稽なやり取りをしてしまったせいか、もうしばらく沈黙が続いた。
「あの、こんな時間にごめん。いい?」
「平気よ。実は今、こっちから電話しようかなと思ってたところ」
 答えた直後に、しまったと悔やむ純子。
(わざわざ言うことなかった!)
「本当? ちょうどよかった。涼原さんの用事は何?」
「えっ! い、いい。大したことじゃないから」
 必要以上に慌てて、目の前に相羽がいるかのごとく、激しく片手を振った。
 その様子は回線を通じて伝わった。相羽は疑問を引っ込めると、自身の用件
に入った。
「じゃ、こっちから。お花見の話なんだ。どうする?」
「あっ。もちろん参加!」
 スケートからの帰りに相談して、花見については相羽が話を進めることにな
っていた。
「日はいつがいいんだろ。そうだ、あの子−−恵ちゃんからの連絡はもうあっ
た? 重ならないようにしないといけない」
「ううん、まだ。多分、入学の準備で忙しいんだと思うわ。それでも、念のた
めに土曜と日曜は避けた方がいいかもね。あとで連絡もらって重なったら、や
やこしい」
「それじゃあ……今までのところ、みんなの都合がいいのは、四日か五日」
「待って。みんなって誰?」
「君が最後だよ」
 相羽が言うには、長瀬はどうしても無理らしい。他の顔ぶれは、男子が唐沢、
立島、勝馬。女子はスケートに来た面々に加え、前田と遠野。
「随分大勢で行くことになったのね。特に女子が増えてるけど、あなたが声を
掛けたの?」
「ちょっと違う。遠野さんはスケートに来られなかったの残念がってたんだろ
う? それで電話してみたら、今度は大丈夫だって。前田さんは、立島が来る
から。立島を誘ったら、前田さんもいいだろって言ってきたんだよ」
「ふうん、納得。それにしたって、えっと−−全員で十人? まるで遠足ね」
「自転車で行くつもりなんだけどな。遠足じゃなく、サイクリング」
「そういう意味じゃないってば」
「分かってる。それで涼原さんは四日か五日で大丈夫?」
「どっちもオッケーよ。できたら四日がいい」
「どうして?」
「五日は『天使は青ざめた』があるでしょ。あのドラマ、欠かさず観るように
してるんだ。お花見帰りだと疲れて寝ちゃうかもしれないから。あは」
「ふむ、了解しました。四日にしよう。多分、桜も見頃」
 それから花見のときの細かいやり取りをした。純子はメモ書きし、復唱して
確認した。
「涼原さんの方の用事は、ほんとにいいのかい?」
「え、ええ。まあ……嘘をつこうと思ってただけ」
 言わないでいるとしこりが残るかも。そんな風に憂慮した純子は、あっさり
白状した。
 すると当然、相羽は怪訝な口調をなす。
「嘘?」
「今日、何日か分かってる?」
「……ああ。でもさ、わざわざ電話してまで、嘘を言おうと思ってたわけ?」
「う、うん」
「ひょっとして、僕じゃないとだめなような嘘なんだ? 他の女の子に電話し
ないってことは」
 なかなか鋭い相羽。純子はこれ以上話していると、どんな嘘を考えていたの
かまで言わされてしまいそうな気がした。
(これだけは言えないわ)
 送受器を握る手に力を込め、純子は早口になる。口から出た台詞は、一種の
嘘に違いなかった。
「あ、お母さんが呼んでるわ。そろそろ切り上げなくちゃ」
「ああ、ごめん。長話になって。えーっと、お花見の話に何か変更があったら、
そのとき知らせる。あと、母さんから伝言があって、事務所の話は少し手間取
っているから、もうしばらく待ってください、だってさ」
「分かったわ。あの、おばさんによろしく伝えてね」
「うん。じゃあ、これで切るよ。えー、この時間の挨拶は……おやすみなさい、
かな?」
 相羽のとぼけた調子に、純子はつい笑い声を立てた。
「あはは。そうね、おやすみなさい、相羽君」
 通話が終わってから、純子はしみじみ感じ入る。
(勢いだけで、変な嘘を言わないでよかった。言うとしたら来年ね。もっと準
備をして、効果満点で驚かせてあげようっと。待ってなさいよ、相羽君!)

−−『そばにいるだけで 22』おわり




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