#4460/5495 長編
★タイトル (AZA ) 98/ 4/ 2 23:19 (200)
そばにいるだけで 22−6 寺嶋公香
★内容
「久仁香。どういう意味よ、それ。心配したらいけない?」
「見ていてくどいんだもん、あなたの場合」
「それは……納得行かないときはね」
純子の返事に、井口は町田、富井と目を見合わせた。
町田が意地悪い目つきになり、唇の両端をにっと上向きにする。
「それにしたってねえ。『脱いで!』はよかったわねえ」
「さ、さっきのは、慌てていたから」
今また慌てる純子を置いて、富井が悔しそうに片手の拳を握った。
「あーあ。もし私がさっきの純ちゃんの立場だったら、セーターを無理にでも
取って、直してあげるのにぃ」
「何なら言えばよかったのに、さっき」
「そんなはしたない真似、できないよお」
「はしたない、ねえ」
いい加減切り上げたい純子は、強引に話題転換を図った。
「そんなことよりさ、お花見に行く話、本気で考えない?」
三月末に純子の家の郵便受けに届いた一通の手紙。
それは、どきどきし通しの手紙だった。
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前略、涼原純子様。
その節はいろいと、お世話になりました。本来ならもっと早くに、お礼の手
紙を差し上げるべきところでしたが、私も身辺何かと忙しく、遅くなってしま
った事をお詫び致します。
………なんてね。
私、長い間お友だちがいなかったから、いいえ、お友だちを無視してしまっ
ていたから、どんなふうに手紙を書いたらいいのか分からなくて。それでこん
なに遅くなってしまったの。いろいろと考えてみたんだけれど、やっぱりお友
だちに出す手紙は、軽い感じで書いた方がいいよね?
もし、「いきなり馴れ馴れしい子だ」、なんて気を悪くしたらごめんなさい。
その時は、すぐに教えてね。許してもらえるなら、次に手紙を書くときには直
すから。
涼原さん………なんかお友だちにしては、堅苦しい呼び方だよね? 馴れ馴
れしいついでに、名前で呼んでいいかしら。純子さん、純子ちゃん………純ち
ゃん。
じゅんちゃん、なんて呼んだら、美璃佳ちゃんのお人形と同じだね。
ごめんなさい。私、ばかなこと書いてる。
やっぱり涼原さんが許してくれるまで。そして私がなれるまで、涼原さんっ
て呼ばせてもらいます。
そういえば、藤井さんとマリアさん、結婚するそうですね。美璃佳ちゃんと
良太くんを自分たちの子どもとして引き取って。美璃佳ちゃんから、ハガキを
もらいました。
半分くらい、なんて書いてあるのか読めなかったけど。
そう言えば先日、近くのお店で『ハート』のポスターを見ました。知ってま
すよね? 最近、テレビコマーシャルが人気になっているジュース。変なこと
を言って、笑われるかも知れないけれど、あのコマーシャルの女の子、涼原さ
んと良く似ているような気がしました。テレビでは気がつかなかったけれど、
口もとの辺りとか。
雰囲気も違うし、まさかとも思うけれど、涼原さんって綺麗だからコマーシ
ャルに出ていても不思議じゃない。
ごめんなさいね、へんなことを言って。
新しい生活にも、やっとなれてきました。
叔母さんのお家の人たちもよくしてくれるし、学校のお友だちも、いい人ば
かりです。
いつか、涼原さんとゆっくりお話がしてみたいです。
相羽くんの好きな人、もう分かりましたか。西崎の名字はまだ変わっていな
いと、お伝え下さい。
それではまた、お手紙します。
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受け取った瞬間、読んでいる間、そして読み終わったあともこんなにどきど
きする手紙なんて、滅多にない。
最初のどきどきは、転向して行った西崎から、思いも寄らない手紙をもらっ
たことそのもの。加えて懐かしさ−−と言っても三ヶ月ほどだが−−も手伝っ
て、嬉しくなった。
それから中身に驚かされた。
自分の部屋で一人、立ったまま通読したのだが、そこに書かれてあること一
つ一つに対して、純子は百面相みたいに表情をころころと変化させた。
その原因は色々あるが、大きいのはやはりコマーシャル。
(ばれちゃった?)
ちょっとした衝撃を受けて、便箋を持つ手が震える。
(そんなに長い付き合いがあったのでもないのに……。友達のことをようく見
てるんだ、西崎さんて。私も見習わなくちゃ)
次いで、相羽の名前が出て来たのにも、少なからず驚く。と言うよりも、ど
うしてわざわざ書いたのかなという気持ちが強い。
(伝えることはもちろん伝えるけれど、直接手紙を出せばいいのに。−−ひょ
っとして、相羽君の住所を聞いてない? お別れのとき、相羽君には住所を聞
かないのは、とっくに知ってるからだとばかり思ってた。
それにしてもあいつの好きな人って……分かんないよ。あーあ、こんなこと
も、西崎さんの方がよく見えてるってわけね)
嘆息し、続いて微笑をこぼす純子。
(新しい生活、うまく行ってるみたい。よかった。ただ……少し気になるのよ
ね。具体的な話が全く書かれてないなんて。考え過ぎかな。−−あいつに、相
羽君にこの手紙を見せられるんなら、何か言ってくれる期待があるんだけど、
勝手なことできないし)
純子は一旦唇を強く結んでから、首を横に振った。
「友達なんだから、ほんとに必要なときは、ほんとのことを伝えてくれるはず
だよね」
つぶやくと机に向かった。もちろん、返事を書くために。
封筒がポストの底に当たる音を確認して、純子はきびすを返した。
西崎への手紙を投函したついでに散歩して帰ろう。それも大回りで。
純子は頭の中に地図を思い浮かべた。
(桜のある公園までは、ここから線路を越えて……結構ある)
第一の行き先を決め、歩調を速める。
まだ春になり切っていないらしくて、三寒四温の言葉通り、気温が日毎に大
きく変わる季節。今日は平年並みだそうで、やや肌寒い。
それでも懸命になって足を前に運ぶ内に、暖まるどころか暑くなってきた。
歩道に沿って進み、線路を越え、アスファルト道を行き、やがてちらほらと草
花が生える、舗装の不完全な野道に出た。
こんなことなら自転車に乗って来た方がよかったかしらと後悔し出す頃、純
子の目に白みがかったピンクの一画が飛び込んできた。
「やった。独り占め」
小声で叫び、純子は両足を揃えて軽くジャンプして公園の中に入った。
町の北側に位置するこの公園には、距離の問題の他、施設の乏しさもあって、
滅多に足を運ばない。元々、利用する人が多いとは言えないみたいだが、少な
くとも今の時季、お花見気分をちょっぴり先取りできる点は長所に違いない。
周囲の緑のフェンスに手を伸ばし、降り積もった花びらをすくい上げた。
(露で湿っちゃってるかな)
手触りにそんな感想を抱く。でも、両手いっぱいにすくった薄桃色の花弁に、
純子は息を強く吹きかけた。湿っている割には案外、派手に飛び散らかった。
(入学式の頃には、もっと濃い色の桜があちこちで満開になるはず)
昔の自分を思い出した。
(小学校の入学式のとき、清水が私のお下げ引っ張ってきたのよね。あれから
ずっと調子に乗って。と−−嫌なこと思い出してどうするのよ)
かぶりを振り、記憶を一年前に切り替える。
(あのときは、あいつと一緒のクラスになって……口では反発したけど。少し
嬉しかった。今度も一緒になりたいな)
公園内で一番大きな桜の木を見上げつつ、そんなことを考えている自分に気
付き、純子はまた頭を左右に振った。髪に引っかかっていた花が、しばらく頑
張ったあと、ぱらりと落ちる。
「相羽君だけじゃないんだからっ」
目元辺りを赤らめ、心中で言い訳を続けた。
(あ、あ、あいつだけじゃなく、他の友達も、よ。郁江、久仁香、芙美、それ
から。そう、今日から中学二年生)
朝方、部屋のカレンダーの一番上を破り、新しい月にしたのを思い起こした。
(前からの友達はもちろん、今度一緒のクラスになる子とも、仲よくする。よ
し、気分を新しくして頑張ろうっと)
ひとまず落ち着いた純子はまた桜を見て回ろうとして、ふと、喉が渇いてい
るのを意識した。財布は持ってきていないが、缶ジュースを買える程度のお金
はポケットに入っている。
「自動販売機−−」
まだあるのかどうか自信なかったが、探してみると機械の箱は公園外の道路
脇に残っていた。
歩いて近寄っていくと、ちゃんと作動していると知れた。ディスプレイはい
くらか汚れて曇っているが、新製品が並んでいるから大丈夫だ。
赤いのや青っぽいの、グラスに入った飲み物自体を写真プリントしたやつに
派手なイラストの物と、様々な缶が並んでいる。人差し指をぴんと立て、どれ
にしようか迷う。
と、その指が端っこで止まった。
「……『ハート』」
飲んだことはもちろんある。美生堂からもらった物だけれど。
(好きな味なのに、飲む気がなかなか起こらないのは、コマーシャルのせいな
のよね、うん)
腕組みをして、一つうなずいた。
(でもまあ、今日は誰も周りにいないし)
自分の気持ちに融通を利かして、純子は『ハート』を選んだ。
公園に戻り、スカートを折り込みながらベンチに座る。木のベンチはそれだ
けで感触が違う。ここにも花がふんわり積もっていた。
時間をかけてその甘すぎないジュースを飲みながら、じっくり周囲を見渡し
た。桜だけじゃなく、自然や景色を。
「さあてと。そろそろ行こうっと」
純子は立ち上がり、頭や肩に載った桜の花をゆるやかに払った。
公園をあとにして、川辺に続く道を歩いていると、後方から声を掛けられた。
「涼原さん!」
足を止めずに振り返ると、声の主までは遠かったが、誰なのかはすぐに分か
った。相手が私立学校の制服を着ていたからだ。
「国奥さん。わぁ、凄い偶然。久しぶりねっ」
お互いに駆け寄って、真ん中で遭遇するや、手を取り合う。
「元気にしてた、涼原さん?」
「ご覧の通りよ。一番の取り柄は元気!」
力こぶを作るときのポーズをしてみせ、純子は微笑んだ。つられて笑う国奥
に聞き返す。
「国奥さんも元気そうだね」
「もちろん。今日だって、新入生歓迎式の準備をするために、みんなで集まっ
て相談してたの」
「へえ、そういうのがあるんだ? 生徒会主催ってやつ?」
「ご名答。自分達が入学するとき、楽しくしてもらったから負けないように張
り切ってるというわけよ」
「面白そう。こっちは公立のせいかな、何だか固くって、あははは」
両手を後頭部にやった純子。
「それで、涼原さんはどうしてここにいるの?」
「え? あっ、そっか。この辺りって、丞陽女学園の近く……」
再び周りを見渡す純子に対し、国奥は呆気に取られた風に息をつく。
「やっぱり、知らないで来てる。さっき、凄い偶然だなんて言うからおかしい
って思ってたわ」
「あ。あは、ははは……すみません。用事があって来たんじゃないのよね」
頭を軽く下げ、散歩しに来ただけと伝える。
「−−それでね、これから河川敷の方に行って、地層が出ているところがある
から、見てみようかなって」
すると国奥はまた呆れたような目をする。
「折角の休みを、散歩してるだけなんて、もったいない」
「もったいなくないわ。散歩って、意外に楽しいのよ」
「散歩が悪いと言ってるんじゃなくて」
額に右の手の平を当て、小首を傾げる国奥。
彼女が次の言葉を探して悩んでいる様子なのに対して、純子もまた首を傾げ
た。こちらの方は、相手の言わんとすることが飲み込めなくて。
二人の少女の合わせ鏡のような状態は一分ほどで幕を閉じ、国奥が頭を起こ
して話し始めた。
「あのね、涼原さん。会う度に言ってることだから、うんざりするでしょうけ
ど、怒らないで聞いてね」
「怒らないけど……察しが付いた気がするわ」
警戒して、眉を寄せた純子。
(恐らく、男子がどうこうっていう話ね。女子校に行くと、男子のことが普通
以上に気になるのは分からなくもないんだけどな)
果たしてこの予想は当たった。
−−つづく