AWC そばにいるだけで 20−5   寺嶋公香


        
#4435/5495 長編
★タイトル (AZA     )  98/ 2/28  11:15  (199)
そばにいるだけで 20−5   寺嶋公香
★内容

           *           *

「恵ーっ!」
 友達の声に、家路を急いでいた椎名は振り返った。
「なぁに? 忙しいんだけれどな」
「今日忙しいってことは、恵もいよいよ、誰かにあげる気になったんだ?」
 追い付いた友達は、息を弾ませることもなく、微苦笑をした。
「当たり! 張り切ってまーす」
「へえ。誰に?」
「路子(みちこ)ちゃんでも、教えられないわよ。言っても知らない人だし」
「それってつまり……まさか下級生じゃないでしょ。他の学校の?」
「うん。他の学校と言えばそうだわね」
 椎名の返答に、路子は心底驚いた様子。元々大きな目を、さらに大きく、ま
ん丸にする。
「へえー! 男子嫌いの恵が、いつの間に」
「うふふ、まあねー」
「どんな子よ。教えろ、このー」
 歩きながら小突いてくる相手を、椎名は進む速さを変えることで避ける。
「説明するのは難しいわ。それにね、うふふ、あげる相手は二人もいるの」
「何ですって? 二人? 驚いた、びっくりした」
 激しく瞬きする路子。
「当然、片方が本命で、片方は保険か義理チョコ?」
「違うわ。両方とも本命よ」
 淡々とした調子で告げる椎名に、友人は後ずさりせんばかりの反応を示す。
「二人とも本命って、そんなこと許されるのかな?」
「しょうがないんだもん」
 目を細めて答え、口元で笑う椎名。
(古羽相一郎様……涼原先輩と相羽先輩、どちらが上かなんて、簡単に決めら
れないものね)

           *           *

 そろそろ出発しようかなという頃合いに、純子は電話に足止めさせられた。
母から送受器を渡される際に「お友達からよ」と告げられたものの、訝しさと
疎ましさが渦巻く。
「−−なーんだ、久仁香だったの」
 電話口に出た純子は相手を把握するなり、一転、友達の用が何か気になる。
「どうしたの? 声、変だけど」
「えーん。風邪ひいちゃった」
 聞き取るのは問題ないが、井口の声はかすれ気味である。
「ほんと? 昨日は何ともなかったのに……学校は?」
「休む……。さっき、お母さんが電話してくれた」
「それで久仁香は、電話なんかしてていいの? 寝てなきゃ」
「どうしても頼みたいことがあって」
 声が小さくなる久仁香。何か言い淀んでいる様子だが、純子としては早く言
ってほしい。時間が気になる。
「折角買ったのが無駄になるの、惜しいから……純子、通学路の途中で、私の
家の近くを通るでしょう? そのとき、取りに来てほしい……」
「何のこと? 惜しいって?」
「今日、バレンタインよ。相羽君にあげるつもりだったの」
「そっか。だけど明日でもいいんじゃあ……」
「今日じゃないとだめだよ。第一、明日になったら治るとは限らないじゃない」
「そうかもしれないけど……私でいいの?」
「純子、誰にも渡さないって言ってたから、頼みやすいかなと思って。それに
相羽君と同じクラスだし。迷惑?」
「ううん、そんなことない。いいよ。時間ないから、あとは家に寄ったときに」
 話を切り上げ、純子は慌てて支度にかかった。
 それでも結局いつもより遅い時刻になってしまい、駆け足気味に家を出る。
寒いけれど、去年みたいな雪はない。
 途中まで普段の通学路を行き、半ばほどで脇道に逸れる。
(久仁香の方が学校に近い……いいなぁ)
 などと詮無きことを羨ましがりつつ、ゆるやかな上り坂を行く。小走りして
きたせいで、身体は暖まっていた。
 玄関に立ち、呼び鈴を押すと、ほどなくして井口の母親が登場。慌ただしそ
うでないのは、どうやら純子が来ることを娘から聞いて知っていたのだろう。
「おはようございます。あの、久仁香さんから」
「涼原さん、わざわざごめんなさいね」
「い、いえ。久仁香−−さんの様子はどうなんでしょう?」
「一日も寝ていれば大丈夫だとは思うけれど……あの子、どうして今日に限っ
て学校に行きたがったのか不思議なのよね」
 顎の横に右手を当て、考える風に上を向く井口の母。
 純子が時間を気にしていると、察してくれたらしく、廊下の隅に立てかけて
おいた布製の手提げ鞄を取り上げた。
「これが宿題。今日提出の大事な宿題があるんですって?」
「は……はい」
 一瞬、呆気に取られた純子。だが、調子を合わせて返事しておく。
(クラスは違うけど、今日は大事な宿題があったとは思えないわ。ということ
はつまり、バレンタインチョコのことをお母さんに内緒にしてるのね、久仁香
ったら)
 思わず苦笑がこぼれそうになるのを、どうにかこらえる。
「じゃ、お預かりします。久仁香さんにお大事にって伝えてください」
 頭を下げて、方向転換。
「お願いね、涼原さん。気を付けて」
 井口の母の声が背中に届いた。
 それから懸命に歩いて、たまに走って、純子は遅刻せずに済んだ。学校の大
時計で確かめてみると案外余裕があったので、ほっと一息。
 玄関から入ると当然、男子の下駄箱に注意が向けられる。各人の靴入れのス
ペースは小学校のときと同様に蓋が付いているので、普段は中を見ることはか
なわない。
(久仁香に頼まれた物、いつ入れようかしら。私が入れてるとこ、誰かに見ら
れたら面倒−−)
 さっき、学校に着く寸前、信号待ちしているときに手提げの中を覗いて、き
れいにラッピングされた薄桃色の小箱と、それに添えられた「相羽君の下駄箱
か机の中に入れておいて! お願い! by 久仁香」と記したメモを見つけて
いる。小箱には差し出す当人の名前がなかったものの、まさかこのメモ書きを
添付したまま出してくれというわけではあるまい。
(当然、中に久仁香の手紙が入ってるわよね)
 指示通り、下駄箱のプレートに相羽の名前を発見すると、純子はその前に立
ち、周囲を見回した。
(知らない子ばかり。よし)
 そう判断して行動に移す。手提げから預かった小箱−−多分、チョコ−−を
取り出し、相羽の靴入れに。気持ちが急いていたためか、箱を手提げの布地に
引っかけて、手早くとは行かなかったが無事に置けた。すでに数個、小箱が置
いてあったが気にかける心の余裕はない。
(うまくいった……かな)
 そそくさと足早にその場を離れ、自分の靴入れの前に移動。上履きを取ろう
と下駄箱の蓋を開ける。
「−−よかった」
 何も入っていない空間に、胸をなで下ろした。
(万が一にも、また何か入っていたら叫んでいたところだわ)
 去年の同じ日、二つも贈り物が入っていてびっくりさせられたのを思い出す。
今年はそんな異変もなく、平穏に過ごせそう。
(けれど、恵ちゃんから今日会いたいって言われてるのよね。弱ったなあ)
 右頬を指先で意味もなくかきながら、純子は履き替え終わって、教室に向か
った。

           *           *

「圭君、もらって」
「ありがとう」
 朝から同じことが何度も繰り返されている。
 少年の机には赤、白、黄といった色とりどりの箱が小山のようになっていた。
(負けるもんですか)
 特別に用意した手提げから、藍は八角形の箱を取り出した。
 リボンのゆがみを直し、圭君の席に向かう。
「これ!」
 押し付けるようにして渡す。机にはもはや置くスペースがない。加えて、小
学二年生の彼ら彼女らにとって、両手で持ってもはみ出すような大きさの箱だ。
「あ、ありがとう……藍ちゃん」
 戸惑い顔でチョコの箱を抱える圭君に、藍は満面の笑みを返した。
「どういたしまして!」
 それから机上の小さな箱達を眺めやって、「勝った」と思った。
「いっぺんに食べると虫歯になるから、ゆっくり食べて。私があげたのだけで
もいいからね」
 言い置くや身を翻して、自分の席に駆け戻る。顔がほころんでしまって仕方
がない。
(印象に残ったのは、間違いないよねー)
 両こぶしを口元に当て、くすくす笑う。
(お小遣い全部使っちゃったけど、惜しくないもんねー。圭君たら、一年前も
いっぱいもらうんだから。これぐらいしないといけないわ。義理チョコあげて
た子達に渡せなかったのは、かわいそうかしら)
 一通り考えてから、また頬を緩ませる少女だった。
(あ、そうだ。涼原のおねえさん、どうなったのかなあ。もうとっくに引っ付
いたのかなあ?)

           *           *

 昼休み、唐沢がいつもの倍ぐらいの速さで給食を片付けたのを見て、純子は
驚かされた。近くの席のみんなも同様らしく、立ち上がった唐沢をぽかんと見
上げている。
「随分早食いだなぁ。どこ行くんだ?」
 横を通った唐沢に相羽が尋ねる。
「ちょっとな。袋か何かを買って来ようと思ってさ」
「袋なんか買ってどうする?」
 その質問を待っていたかのように、唐沢はにんまりとした。
「よくぞ聞いてくれた。鞄に入りきらないと分かったのだぁ!」
「……こっちはわけ分からん」
「いやあ、もてる男はこんなことでも苦労するんだなあ」
「ふむ。もういい」
 相羽が肩をすくめて食事に再び取りかかると、唐沢は鼻歌混じりに行ってし
まった。
「何だったの?」
 気になって確認をする純子。
 相羽は唐沢が教室を出て行くのを見やりながら、呆れた口調で応じた。
「チョコだろ。たくさん受け取って、鞄に入り切らなくなったってさ」
「ああ……そうですか」
 何と答えていいのか言葉に詰まる純子を置いて、有村が口を挟んできた。
「私もあげたんだよ。どんだけ大勢いても一人一人喜んでくれるから、いいの
よねえ」
「はあ」
「相羽君も袋を買った方がいいんじゃない? たくさんもらってるでしょう?」
 有村の質問の矛先は相羽へと移ったらしい。
 相羽は後ろを向いて、手を顔の前で振った。
「そこまでする必要、ないない」
「どうかしらねえ、怪しい。でも、てことはそれなりにもらった……でしょ、
でしょ?」
「……少しだけだよ」
 曖昧模糊とした口調で答えると、相羽は逸らした視線を純子へ一瞬向け、最
終的に元のように足を机の下に収めて座り直す。
 それからしばらくして給食も済んだ頃、相羽の席に勝馬が近寄ってきた。
 にやにや笑っている友人に、相羽は怪訝そうに目線を上げた。
「何だか気持ち悪いな」
「今年の成果はどうかなと」
 勝馬は相羽の机に両肘を載せると、興味深げに尋ねる。
(男子のやることって、一年前と変わんないんだから)
 呆れつつも、純子もまた多少なりとも興味を覚えた。教科書をぱらぱらと見
ている風を装い、聞き耳を立てる。はっきり言って関心の対象は、相羽が好き
な相手が誰なのか、そしてその人からもらえたのかという点に尽きるのだが。
「勝馬は?」
「へへ、一個だけ。人生で初めてのバレンタインチョコ。と言っても部活関係
なんだから、本気じゃないに決まってるけど、嬉しいのだ」
 相好を崩して、いささかしまりのない顔つきになった勝馬である。
 相羽の方は唇を尖らせ、どうコメントしていいのか、困っている風。なまじ
自分がたくさんもらうだけに、「よかったな」とも言いにくいと見える。
「まだ午後があるから、もっと期待できるんじゃないのか?」
 ようようのことで反応を示した相羽。

−−つづく




前のメッセージ 次のメッセージ 
「長編」一覧 永山の作品
修正・削除する         


オプション検索 利用者登録 アドレス・ハンドル変更
TOP PAGE