AWC 翼をその手に 〜飛空競争〜 15      永山


        
#4430/5495 長編
★タイトル (AZA     )  98/ 2/10  22:52  (200)
翼をその手に 〜飛空競争〜 15      永山
★内容
 一人が気付いた。
 唖然としながらも、迎神機の動きに見入る。
 やがてみんなも気が付いた。
 螺旋の軌跡を描いて落ちていくその機体は、徐々に左へ流れていく。そう、
湖の方へ。
「子爵様、しっかり!」
 そんな声援が飛ぶ。
 まだ望みは絶たれていない。
 湖面に届きさえすればもしかすると……。
 村人達は移動を始めた。湖を見渡すのにちょうどいい、崖先を目指して一斉
に走る。迎神機が頭上から降ってくるかもしれない、そんな危険なんて忘れ、
とにかく崖の突端へ。
 だが、誰一人としてそこへ到達しない内に、迎神機は湖面の上空に身を踊ら
せ、そしていまだ螺旋の降下運動を続けながら、絶壁の向こうに消えた。
 と、次の瞬間、地響きのような音がとどろく。太い木に固い物がぶつかる音
もしたようだ。
 それと引き替えに、回転翼の空気を切り裂く音が消えた。
 わあああぁぁ……。
 形容しがたいうなり声の塊とともに、見物していた者の大半ががけの上に集
まる。
 足の速かった十数名が半ば地面にはいつくばる風にして、崖下を覗き込んだ。
 そしてその中のまた数名が、偶然にも声を揃えて叫ぶ。
「見ろ! 引っかかってるぞ!」
 言葉通り、迎神機は崖のとある一点に、釘付けされたような状態で引っかか
っていた。ちょうど突き出していた太い古木にからめ取られた感じである。大
きな回転翼が停まっているのは衝撃故か、それともジェームズの判断なのか。
 崖はしかし、反り返っている。つまり、上からロープなどを垂らしたとして
も、おいそれと救出成功にはならない。
 それに確かに湖の上に到達はしたが、飛び降りるにはまだ高さがありすぎる
ようだ。
 最悪なのは、迎神機がゆらりゆらりとうごめいていること。かろうじて木に
すくってもらっている、そんな具合だ。古木が気まぐれを起こしたら、一巻の
終わりに違いない。今もまた、古木の根元付近から小石や土くれが剥がれ、転
がり落ちていく。長い間のあと、湖面に小さな波紋ができた。
「結局、フィリオしかいねえ」
 誰かがつぶやいた。
 それに誘われたかのごとく、多くの視線が取り残されたように飛び続ける飛
空機へと集まる。

「本当に幸運だったけど……参ったな」
 フィリオは、木に引っかかった迎神機の状態を確かめて以来、何度目かのフ
レーズを口に乗せた。
 低空飛行に入り、迎神機へ、ジェームズへとなるべく近付こうと試みる。
 だが、崖の迫り出しがどうしても気になってしまう。あの断崖にすり寄せる
ような飛び方は難しい。
「ちくしょう!」
 歯ぎしりをするフィリオだったが、何度かトライする内に感覚が飲み込めて
きた。緊張を持続しながら、慎重に機体を操り、そしてようやくジェームズに
声が届く距離まで来た。
「無事か!」
 空中停止ができないため、声による返事を聞く暇はない。
 一旦遠ざかりつつ、肩越しに様子を見やると、ジェームズが腕を真っ直ぐに
伸ばし、親指を立てて大丈夫だというサインをよこしてきた。
 それはいいのだが、助ける方法が思い付かない。
(飛び移らせるのが一番だが、じゃあどうやったら安全に飛び移れるか)
 大きな弧を描きながら考える。
(空中静止できたら、まだ簡単なんだがな。この飛空機じゃ無理……。真横を
通過するとき、うまいタイミングでジャンプ−−難しいっ)
 思わず操縦桿から両手を離し、頭を抱えたくなった。
(できる限り速度を落として、やってみるしかないか?)
 自分の技術に絶対の自信があるわけでなし、ジェームズの運動能力がいかほ
どなのかも知らない。一か八かで試すには、危険すぎるように思われた。
 だが、フィリオがそうして悩んでいる間にも、迎神機を抱く古木は嫌な軋み
音を発している。転がる小石の数も増えたようだ。
「やるしかない−−」
 覚悟を決めかけたそのとき、飛空機の真ん前を何かが横切った。小さくて白
い、空を飛べる物。
 フィリオがその物体をしかと視認したときには、茶色もうっすら混じってい
ると分かった。
「フィルか?」
 見覚えのある風呼鳥の姿に、その名を呼んだ。
 果たしてその鳥は本当にフィルだったのか、軽やかだが短い鳴き声で応える。
 さらに風呼鳥は、フィリオを導くかのごとく、ある振る舞いにより一つの事
実を示してくれた。
 フィリオがじっと見つめるその先で、フィル――そうに違いない――は滑空
を始めたのだ。そしてその優雅な飛行がしばらく続き――空中のとある一点ま
で来ると、身体全体がかすかに浮き上がる。
「上昇気流か?」
 最初はそう考えたフィリオだったが、どうもおかしいと気付く。
(フィルの奴……あの位置まで来ると、一瞬だが空中に停止しているような。
翼を全く動かさずに、宙に静止できるなんて……。ひょっとするとあの場所、
重力の枷が緩む特異点?)
 重力の枷が緩む特異点−−。
 鳥や昆虫の観察を続けてきたフィリオでも、潅漑池のほとりの他には、まだ
二箇所しか見つけられない。しかも人間たるフィリオが利用できるのは潅漑池
のほとりだけだ。
 そんな特別な狭い空間が、こんなところにあるなんて。この偶然を活かさぬ
手はないと考えたフィリオ。
「ジェームズ! 横付けするから、飛び移れ!」
 決意を声に表すや、フィリオは上昇を始めた。
 ジェームズが何か怒鳴り返してきたようだが、聞き耳を立てている暇はない。
「これぐらいでいいか」
 高さを稼ぐと、今度は横方向に移動。慎重に場所を定めた。
(降下して行って、あの特異点の上に乗れば、ほんのしばらくの間だろうけど、
空中静止ができる)
 確証はないが、それは実験をしたことがないというだけで、理屈の上では正
しいはず。
 ゴーグルの位置を直す。
「よしっ」
 フィリオは自分を信じ、降下の体勢に入った。

 アリスは急上昇した飛空機を、不安いっぱいに見つめていた。
(何をする気なの、フィリオ?)
 知らぬ間に、両手を胸の前で拝むように組み合わせていた。
(さっき、フィルが飛んで来たけれど……それが関係あるのかしら?
 ああ−−フィル、そしてイルナス様。フィリオに幸運をください、お願い!)
 お祈りをするアリスは両目を閉じ、手に力を込めた。
 次の瞬間、周囲の人達のはっとするような息を感じ、目を開く。
「フィリオ!」
 飛空機が鼻先を湖面に向け、急降下している。
 叫び、両腕を前に突き出したアリス。前方に数歩よろめき、崖から足を滑ら
せかねない位置まで来てしまう。
 恐る恐る−−そんな感情さえ消え、無我夢中で覗き込むと。
「よ……よかった」
 安堵するアリスの周りで大歓声が沸き起こった。
 フィリオの乗った飛空機は、崖の途中、ちょうど迎神機が引っかかっている
場所と同じほどの高さで静止している。
「早くしろ、ジェームズ!」
 フィリオの叫び声が吹き上げる風に乗って、しっかりと聞こえた。

「早くしろ、ジェームズ!」
 フィリオが叫んでも、ジェームズはまだ躊躇していた。
「もっと近付けんのか……?」
 らしくない弱々しい声に、フィリオも焦りが頂点に達する。
「無理だ! 止まっていること自体、やばいかもしれないっ。さあ、これぐら
いの距離、跳べなくてどうする!」
「しかしだな、おまえ」
「子爵だったら、高いの飛び込み台からプールに飛び込んだこと、あるだろ? 
思い出すんだよ。ただし、目指すは下じゃない、こっちだ」
「……分かった」
 下で唇を湿らせるジェームズ。両手を突っ張り、身を乗り出した。
「泳ぐのも嫌いではない」
 そう言うなり、機体を思い切り蹴った。
 迎神機は大きく傾き、岩肌から落下する石は最早小さくない。木の枝が折れ
る音が立て続けに起こった。
 ジェームズが飛び込んだ先は……。
「ナイスジャンプだぜ、子爵様!」
 このときのために備え付けた後部座席にジェームズが上半身を突っ込んでい
るのを確認するが早いか、フィリオは飛空機を前進させた。
「行けーっ!」
 まさしく飛び退くと、つい先ほどまで飛空機のあった位置に、迎神機や折れ
た古木、それに大きな岩が次々と降り注いでいく。それらの大半は特異点の影
響を受けることなく、即座に星の引力に引かれて、水中へ没していった。
「間一髪だったな、ジェームズ」
 うまく行ったことで興奮している。そんな自覚はフィリオにもあった。
 遠くで歓喜の声が上がっているような気がする……と思ったら、それもその
はず、崖の先にいるみんなが大きく手を振り、飛び跳ねていた。
「ジェームズ、見ろ。みんなが歓迎してるぞ、あんたの生還を」
「……ふん。俺に対しての声援ではない」
 後ろを振り向くと、ようやくまともに座れたらしいジェームズが、苦虫を噛
み潰したようなくしゃくしゃの顔をしていた。この表情のどこかに安心感も浮
かべているはずだが、判然としない。
「そんなことよりもだ、フィリオ−−」
「あ、まずいな!」
 舌打ちをしたフィリオに、ジェームズの怪訝そうな響きの声がかかる。
「何だ?」
「高度がぐんぐん下がってる。二人乗りには、まだ出力不足らしい」
「お、おい。無責任だぞ!」
 身を乗り出したんじゃないかと想像させるほど、ジェームズの声は慌ててい
た。が、もちろん実際にはそんなことはない。
「心配無用だぜ。このまま湖に着水すればいいんだ」
「いいんだ……って、フィリオ、おまえなあ」
「落ちてるわけじゃない。滑空してるんだから、着水ぐらい簡単さ。ちょっと
衝撃来るだろうが」
「おいおい、本当に大丈夫か?」
 きょろきょろと左右を見るジェームズ。確実に下がってきている。崖の突端
なぞは遥か上空に見える。
「あとは機体がすぐさま沈まないことを祈ってほしい」
「ちっ。しょうがない!」
 それから二人は身構えた。

 一旦は喜びにわき返ったアリス達だったが、さらなる急降下を始めた飛空機
に、不安感が再び広がっていた。
「フィリオーっ!」
 何回そう呼び掛けたことだろう。
 しかしアリスの声に応えはなく、フィリオの飛空機はただただ小さくなって
いく。
 そしてついに、湖面に白い波が立った。
「フィリオっ!」
 何度目かの叫びのあと、固唾を飲んで見守る。アリスだけじゃない。レベッ
カらもヨアンも、ウッド家の使用人達も、ようようのことで駆けつけたフィリ
オの祖父も。
 耳に届くのは風の音ばかりだった。
 だが。
 どれぐらい待っただろう。
 いつの間にか、風の音に人の声が混じっていた。
 その声は間違いなく、湖に浮いた十字型の影から聞こえてくる。
「よくも呼び捨てにしてくれたな」
 ジェームズの声。
「緊急事態だったから仕方ないでしょう、子爵サマ?」
 フィリオの声。
 上から見ている者の気など知らぬげに、どちらものんきな調子だ。
「よかろう。俺を救助した功績に免じて、特別に許してやる。これからは遠慮
なく、ジェームズと呼べ」
「ありがたき幸せ。痛み入りますよ−−ジェームズ!」
 そんなやり取りに続いて、辺りには笑い声が広がった。
 空を−−ほんの少しだが−−制した男同士の、とても愉快そうな笑い声が。

          翼をその手に -Create the WING for us!-
                 〜飛空競争〜・完




前のメッセージ 次のメッセージ 
「長編」一覧 永山の作品
修正・削除する         


オプション検索 利用者登録 アドレス・ハンドル変更
TOP PAGE