AWC 翼をその手に 〜飛空競争〜 14      永山


        
#4429/5495 長編
★タイトル (AZA     )  98/ 2/10  22:50  (169)
翼をその手に 〜飛空競争〜 14      永山
★内容
 号令に合わせ、走り出すアリス達。皆、懸命に、しかもどこか楽しさも残し
ながらロープを引っ張っていた。
 一度、ロープがぴんと張りつめた。
 が、引いているみんなが立ち止まることなく駆けると、そのまま今度は小屋
の木壁に大きな変化が現れる。
 木を切り倒す際に、最後に聞こえる音に似ていた。
 壁はいくつかのひびが走ったかと思う間もなく、脆く乾いた土のように崩れ、
引き続いて屋根の丸太ががらがらと落下する中を、フィリオの飛空機がその勇
姿を表した。
 口を大きく開け、ついでに目も見開いている祖父の前を、フィリオは瞬く間
に疾走し、手造りの機体ごと前触れもなくふわりと浮き上がった。
 アリスや子供達が、前につんのめりそうになったり転んだりしながらも、歓
声を上げ、手を振っている。御者や同じ馬車に乗り込んできた子爵家の連中ら
に至っては、ぽかんと見上げるばかりだ。
 操縦席のフィリオは、気を抜くことなく片手で軽く合図を送った。
「頑張ってー!」
「やったぁ!」
「ご主人様を頼む!」
 そんな歓声に混じって、フィリオの耳には祖父の胴間声も聞こえた。
「この、大馬鹿者がっ!」

 ジェームズは浮遊感の中にいた。
 現実に浮遊しているせいばかりでなく、心の内から湧き出てくる誰も頼れな
いという孤独と不安とが、彼の精神を足場のもろいものにする。
(俺はジェームズ=ウッド。名誉と誇りを重んじる子爵家の跡取りだ。騒ぎ立
てるわけにいかん)
 何回もこみ上げてくる衝動−−助けを求めてわめきたい気持ちを、その都度、
自分自身に言い聞かせて抑え込んできた。
 が、それにも限界が近付いている。
 そもそも、すでに助けを求めて当然の状況に置かれているのだ。
 取るに足りない事柄であれば、ジェームズも何のためらいもなく「俺のため
に何とかしろ」と言えたであろう。
 だが、現在は事情が特殊だ。簡単に弱味を見せるのは恥だ。羞恥心と恐怖心
とが激しく戦っており、またその均衡は長く続いている。
 これが奇跡的にいい方向に作用し、はたまた幸運もあるのだろう、ジェーム
ズは迎神機の姿勢をどうにか制御し続けていた。もっとも、それはただ単に落
ちないでいるという制御であって、たとえるならば荒馬から振り落とされずに
いる、そんなレベルの話だ。こちらの幸運にもやがて限界が来よう。
(もう一度だけ、降り方を試してみるか)
 ジェームズは恐慌を起こしそうな頭の中で、できる限り冷静に考える。
 着陸を試みかけたのはこれで四度目。
 しかし、どうも最後の決心ができないでいる。
(あやつらめ、逃げ出しやがって……俺様を詐欺にかけるとはいい度胸だ)
 こんな思いも当然ある。そしてそれ故、
(あのくそ忌々しい者どもが言っていた着陸方法、本当に大丈夫なのか?)
 という疑惑は打ち消せない。
 事実、下降をしようとすると一気に機体が沈み込む感覚に襲われるのだから
たまらない。とてもではないが、着陸を実行する気にはなれなかった。
「あいつらめ……ただでは済まさん!」
 そしてそのためには無事生還してみせるぞと固く誓うのであるが、ジェーム
ズの意志とは裏腹に、機体は一向に安定しない。せめて徐々に高度を下げてく
れるのなら何とかなるかもしれないが、上下運動が激しい今はいかんともしが
たかった。気のせいか、振動音が激しくなったようでもある。
「−−む?」
 ゴーグルの下の目が細くなった。燃料計を気にしつつ、耳を澄ませるジェー
ムズ。
「……空耳か。誰かが俺を呼んだと思ったが」
 眉間に寄ったしわを解除しながら、視線を下に向ける。
 判然としないが、上空を指差している姿がぼんやりと見える。干し草がうず
高く積まれているようだが、空から眺めると実に頼りない。
(救助は期待できぬ。ならば)
 と、そのとき彼は奇妙なことに気付いた。
(連中はどこを見ているのだ?)
 下にいる人々の指が、ジェームズの方に向いていないのだ。
「何なんだ?」
 首を勢いよく動かすジェームズ。村人達が指差す先に、何かが見えた。
 が、正体を確認する前に、その何かはぐんと上昇してしまった。
 いや、違った。迎神機の方が沈み込んだのだ。操縦桿を握る手だけでなく、
全身に力が入る。
「くそ、このおんぼろがっ」
 背筋を走った寒気を否定し、ジェームズはあれほど自慢にしていた愛機をこ
き下ろした。蹴飛ばしたかったが、それは寸前でやめる。
 機体が暫時の安定状態になったと見て、ジェームズは改めて先ほどの影を確
認しようとする。
「ジェームズ! 無事か?」
 騒音に混じって、声が今度ははっきりと聞こえた。
「−−フィリオ」
 つぶやくように応じる。
 ジェームズから見て斜め上方、フィリオの飛空機が近付いてくる。
 と思う間もなく、迎神機の上を通過。
 飛空機は一所に止まることができないため、やがて円を描くような動きを始
めた。その中心はもちろん迎神機だ。
「何の真似だ、フィリオ」
 そう言ったジェームズだったが、相手には聞こえなかったらしい。操縦席の
フィリオが片手を耳に当て、首を傾げている。
「何の真似だ!−−と聞いているんだ!」
 あらん限りの叫びを振り絞り、鼻息も荒く返事を待つ。
 フィリオの方は一瞬、怪訝そうにしかめっ面になったが、やがて張りのある
返答をよこしてきた。
「助けに来た!」
「助けだと。そんなもの、いらん! 誰がおまえの助けなぞ」
「強情を張るな、ジェームズ!」
 このときになってジェームズはようやく気付いた。呼び捨てにされていたこ
とに。だが、そんなことはどうでもいい。
「おまえの世話にはならん!」
「死ぬかもしれないんだぜ? 違うのか?」
「……ここで助けを求めては、おまえに完全に敗北したことになる。そんなも
のは認められんのだ!」
 威勢よく吠えたのはいいが、怒鳴るのに合わせたかのごとく、迎神機が上昇
する。次の瞬間には、また下降をして結局元の位置に戻った。
「そら見ろ」
「うるさい! 貴様に勝つまで、救いは求めんからなっ」
「−−俺に勝ったら満足なんだな?」
 自らに親指を突き付けたフィリオの表情には、笑みがふっと宿ったように見
える。
「だったら、ジェームズ。あんたは勝ってるぜ! 迎神機の記録した高さには
かなわねえよ!」
「何だと?」
「さっき、お天道様に届きそうだったじゃないか! 覚えてないのかい?」
 思わず、太陽を見上げるジェームズ。
 浮沈を激しく繰り返したせいで、しかとは覚えていない。だが、現時点より
も高く飛んでいたような記憶もあるにはある。
「高さではあんたの勝ち。それでは不満か?」
「−−ふん」
「早くしてくれっ。こっちもいつまで保つか分からないんだ!」
「不満は残るが、とりあえず納得した。……助けてくれ」
 最後まで威厳を保とうとするジェームズであった。

 じりじりするような説得の時間が終わり、フィリオはひとまずの安堵を得た。
(これだから貴族って奴は……)
 そんな思いも浮かんだが、現在の緊急事態下では悪口を並べる暇はない。
「どうやって助けるのだ?」
 ジェームズの声が届く。すかさず聞き返すフィリオ。
「着陸はできないんだよな?」
「当然だ。できるぐらいなら困っていない」
「高度を下げるのも、か?」
「できない!」
「そっちの行き先は風任せか?」
「忌々しいが、その通りだ!」
 フィリオはジェームズの周囲をなるべく接近して飛び続け、迎神機を観察し
た。
(やはり……想像していた通りか。出力、特に上昇するための力は凄いが、姿
勢の制御が全然なってない。今まで無事でいたのが不思議なぐらいだ。それに
着陸方法がまるで推測できないな。まさか頭の上の翼を逆回転させればいいっ
てわけでもなし)
 次いで、機体横に着いている二枚の翼に注目する。
(あれでは滑空は恐らく無理だ。回転翼を停めると落ちる)
 歯噛みしたフィリオだが、視線を向こうへ投げた。
「右の翼、少しでいいから、動かしてみて!」
「動かす? 羽ばたかせるのか?」
「そうだ! ほんの少しだぞ!」
 命令口調になっていたが、ジェームズは気にした様子は微塵もなく、むしろ
緊張した面持ちで左手を動かしている。
 連動して右の翼が小刻みに動いた。その動きが大きなものになる前に、迎神
機が左に曲がり始めた。
「ストップ、ストップ! 分かった!」
 フィリオの怒鳴り声と、ジェームズの「うおっ?」という驚愕が重なった。
迎神機の方向転換は、飛空機のそれと違ってぎこちない。
「方向を換えられるのは分かった。もう一度、同じ程度、右の翼を!」
「待てっ。何がしたいのだ、フィリオ?」
 ジェームズが肩で息をしている。先ほどのほんのわずかな動作だけで、精神
的な疲労を覚えているらしい。
 フィリオは左腕を突き出し、斜め前方に見える湖を示した。
「湖の上まで行く。水の方が土よりいいだろう! 迎神機は右の翼を動かせば
左に、左の翼を動かせば右に曲がる。もう一回右を動かして、どのくらいの精
度か、見たいんだ!」
「ふむ、納得した! やるぞ」
 ジェームズが再び右の翼を動かすための操作を行おうとしたその刹那−−。
「ジェ、ジェームズ!」
 迎神機が急速に高度を下げ始めた。

 胃の奥底が氷に触れたかのようにぞくっとし、声にならない悲鳴がこぼれる
息になる。
 それが一転、巨大な風船が破裂したみたいに強烈な悲鳴へ。
 草原に佇み、息を飲んで二機を見守っていた者は皆、不意にバランスを崩し
た迎神機に視線を固定させ、その落下する様を追っていた。
「……あれ?」

−−つづく




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