AWC 翼をその手に 〜飛空競争〜 13      永山


        
#4428/5495 長編
★タイトル (AZA     )  98/ 2/10  22:49  (184)
翼をその手に 〜飛空競争〜 13      永山
★内容
 ジェームズは絶え間ない振動に戸惑いつつも、その不安を遥かに凌駕する喜
びを得ていた。振動のおかげで分からないが、ジェームズの身体自体も打ち震
えているかもしれない。
 その間にも迎神機は高度を上げていく。機体は前後左右にいくらかふらつく
ものの、確実な上昇である。
「それにしてもやかましいな」
 ジェームズのつぶやきは、彼自身にも実に聞き取りにくい。
「これでは地上からの歓声がまるで聞こえん。つまらんぞ。二号機は防音性を
高めるよう、言ってやる」
 少し余裕が出て来たジェームズは、首をひょいと斜め右に突き出し、下を眺
めた。回転翼の吹き下ろす風がきつく、肌がほんの少し痛い。
 それでも、人の姿が小さな印のように見える光景に、大いに満足した。もっ
とも、今自分のいる高さがどれぐらいなのか、目測ではさっぱり分からなかっ
たが。
「……ん?」
 指示を待つ気持ちから、ウィップル達の乗る車を探してみるが、すぐには見
つからない。
「どこだ」
 ジェームズはわずかに焦った。本人に自覚はなかったが、焦ったのは間違い
ない。
 ともかく首を巡らせ、ようようのことで車を発見した。バリアントの運転す
る高級車は、随分とスピードが乗っているようだ。迎神機から見て左手およそ
四十五度の方角へ、ぐんぐん進む。さして深くない緑の草原に、二本の筋――
タイヤの痕が明瞭に描かれていく。
「あんなに離れた場所から指示をよこすのか?」
 訝しがるジェームズ。若干の不安がまた浮かんだ。
 拍車を掛けるかのように、機体の振動が増したようだ。上空の風は地上のそ
れと比べると、やはり気まぐれなものらしい。安定飛行とは言い難い状況にな
ってきた。
「そろそろ前進をしないことには−−話にならんぞ!」
 大きく肩で息をしつつ、ジェームズは指示を待つ。
 が、沈黙を保つスピーカー。
 ジェームズも決して気が長い方ではない。無線機に怒鳴りつける。
「おいっ! 早くしろ!」
 すぐに耳を澄ませたが、雑音がかすかに聞こえるのみだ。
 伝わらなかったかと考え、再度声を張り上げようとしたとき。
「金をたんまり、ありがとさん。あとは好きにやってくださいな、子爵様!」
 ウィップルの嘲るような口調が、続いて二人組のばか笑いが鮮明な音として
伝わってきた。
「−−な」
 一瞬、わけが分からずに問い返そうとするも、ジェームズが冷静に立ち戻っ
て台詞を紡ぎ出す前に、また別の雑音がした。
「ん……? おい! まさか貴様ら」
 −−無線を切った?
 のどがからからに渇いていく。だが、ジェームズに自覚はない。ただただ、
目線を下界へさまよわせた。
 車は草原を抜け出し、山道に乗り入れていた。白い土煙が高く舞い上がって
いる。ウッド子爵家に仕える数名の者が、そのあとを追いかけようとしていた。
 だが、ジェームズにはその様子までは目に入らない。
 現在の自分の置かれている状況が把握できず−−あるいは認めがたく−−、
荒い呼吸を繰り返していた。彼の両目は計器類の方を向いていたが、その目盛
りを読み取ってはいなかった。

「どうなってんだ?」
「おかしいぞ?」
 周りの大人達が別の意味で騒ぎ出したのにはたと気付いて、アルフやレベッ
カらは、天を仰いでいた視線を元の高さに戻した。
「あ、あ。あれ」
 迎神機を作り、この実験でも重要な役目を負っていると聞いた二人組の車が
どんどん小さくなっていく。ほどなくして、小山の向こうに見えなくなった。
「行っちゃったわよ」
「うん」
 レベッカもアルフも、そして他の小さな子達も、事態を理解できないまま眺
めているしかない。
 正直なところ、ジェームズ=ウッドを好いている子供は皆無だ。そしてほと
んど全員が、フィリオの支持者でもある。
 だからジェームズが成功しなくてもいいと思っている。レベッカなぞ、飛び
始める前まで「飛ぶな、飛ぶな」と祈っていたほどだ。
 しかしその気持ちは、人ひとりがどうなってもいいということとは全く違う。
 それ故に、子供達は彼ら彼女らなりに、現在の異常事態を察しつつあった。
まだそれがはっきりとした形を取って心に現れないだけ。
「変な物が」
 バスが草原の一点を指差した。黒っぽい塊がぽつんぽつんとある。それぞれ、
人の頭ほどの大きさがあるだろうか。
 じっと目を凝らすが、それでもまだ何なのか分からない。いや、それらの物
を見たことはあっても、外でお目に掛かるような代物でないのだ。
 幾人かの子供が十歩足らず、とことこっと前に走り出てやっとのことで確か
められた。
 かつらと付け髭だった。
 どこかへ走り去った二人組が変装していたに違いないことは、子供達にも簡
単に推測できた。
「どうするぅ?」
 誰に聞くともなしに、アルフが不安げな声を出した。
「どうするって、そんなの、もう、決まってるでしょ」
 レベッカが応じる。元気よく喋りながら、続きを考えているように上目遣い
をなしていた。
「フィリオに知らせるのよ。だって、あの子爵……様の飛空機を造った二人、
偽者だったんだから、子爵様、落っこちない内に」
 レベッカの声はいささか大きすぎた。
 聞きつけた大人数名−−ウッド家に仕えている者であろう、身なりが特にい
い男数名が取り囲む風に集まってきて、頭ごなしに怒鳴る。
「滅多なことを言うんじゃない!」
「いくら小さな子供の戯れ言であっても、ことと次第によったら」
 そう言う男達の顔色だって、決して落ち着きのあるものには見えない。思い
も寄らぬ自体に慌てふためきたいところを、レベッカの「発言」を聞きつけた
のを渡りに船とばかりに注意に当たり、どうにか抑制している。そんな感じだ。
「だ、だって」
 背中合わせに輪を作り、言葉を少なくしていくレベッカ達。
「嘘じゃないもの……」
「フィリオにいちゃんが助けないと」
「そうだよ。どう見たって」
 バスが空を指差そうとするのを、大人の一人が手で制する。
「あれは無事に飛んでおられるのだ」
「け、けど……」
 そこへアリスが駆けつけた。地上近くの風も激しくなりつつあるためか、服
の布地がばたばたとうるさく音を立てる。
「突発事態じゃないんですか?」
「……」
「造った人達、どうして逃げ出したのかしらっ?」
「……分からんよ」
「無線機はないのですか?」
「何?」
「ジェームズ様、無線機を持ってらしたでしょうが! 連絡取るのよ!」
「ない。あの連中が持っていたのが唯一つ……」
 掴みかかりそうな勢いのアリスに、男は力無く首を横にする。
「だったら、フィリオの家に行って! 車でも馬車でもいいから、早く!」
「しかし、我々はジェームズ様の命令でないと」
「そのジェームズ様が今何を望んでいるのか、本人から言ってもらわないと分
からないんですか!」
「そ、そんなことはない。言われなくともお察しし……」
 最後のプライドを保つかのような返事。
「だったら、お願いしますっ。フィリオならきっと何とかしますから」
「それは分かった。しかしだな、失態を村の連中に見せるわけにはいかん。す
ぐに解散するよう命じる」
 アリスは子供達に二言三言囁いて向こうにやらせると、黙って相手の男を見
返した。
「な、何だ」
「動ける人は皆さん、家に帰ってますわ」
 アリスの言う通り、村人の半数近くがぞろぞろと草原を離れて行く。一様に
急ぎ足である。
「干し草を取りに行ったんです。山と集めればもしも落ちてきたとしても、ク
ッションになります」
「縁起でもないことを」
「ですから、今はそんなことを言ってる場合じゃ−−。とにかく、フィリオの
ところへ! あなた方が行かないのでしたら、私が行きます!」
 アリスはいきり立ったようにきびすを返した。

 村全体が浮き足立っている……そんな空気を感じ取って、フィリオは扉を半
ば蹴り開けて、小屋の外に出た。
 と、祖父に出くわす。
「客が来たぞ」
 いくら身内といっても無愛想すぎるんじゃないかと思えるほど、手短に告げ
た祖父に、フィリオは問い返す間もなかった。
 祖父の指差した方向には、子供達が鈴なりに乗り込んだ大きな幌馬車が、車
輪を軋ませながらやってくる姿があった。
「−−アリス!」
 山高帽を目深に被った御者のすぐ隣には、アリスが今にも飛び降りそうな姿
勢で座っている。
「フィリオ! 飛べる?」
 気付いたアリスが声を張り上げた。
「あ? ああ、どうにか!」
 今、一応の格好がついたばかりと続けて言おうとしたが、最接近した馬車の
蹄と車輪の音とで、かき消される。
「ジェームズ様が危ないの!」
 フィリオの腕の中に飛び込むようにして、アリスが降りてきた。
「今、どんな状況?」
 この質問に答えたのは、馬車にしがみついたままのレベッカやアルフ達だ。
「あっち!」
 子供達が一斉に人差し指で示したのは、遥か向こうの上空。
「あれが?」
 フィリオはほんの一瞬、うらやましいと感じた。
 ジェームズの乗る迎神機らしき機影は小さな点でしかないが、これまでのフ
ィリオよりも高い位置を飛んでいるように見えたのだ。
 だが、その影の動きを目で追うと、観察するまでもなくコントロールの取れ
ていないことが知れた。
「ぐずぐずしてられないな! −−じいちゃん、ごめん!」
 フィリオは斜め後ろにいた祖父に思いきり深く頭を下げると、一気に作業小
屋へ引き返す。
「みんな来てくれ!」
 フィリオの声に反応した子供達やアリスが、怪訝そうに顎を撫でるフィリオ
の祖父の真横を駆け抜けていき、小屋へと消える。
「何をしでかすつもりだ……?」
 つぶやきに対する回答は、待つことなしに得られた。
「前、誰もいないように! 馬車もどけて!」
 フィリオの鋭い声に小屋の正面−−と言っても裏も表もないような小さな小
さな建物だから、道に面した側を正面としよう−−は大きくひらけた。
「まさか、な」
 祖父の片手が顎から離れると同時に、アリスと子供達合わせて十数人が二手
に分かれて、小屋の戸口から現れる。その手にはロープが握られていた。
 機械の音がぐるんとした。
 間髪入れず、フィリオの凛とした叫び。
「行けーっ!」

−−つづく




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