AWC そばにいるだけで 20−1   寺嶋公香


        
#4431/5495 長編
★タイトル (AZA     )  98/ 2/28  11: 9  (199)
そばにいるだけで 20−1   寺嶋公香
★内容
 太陽は素気なくなり、風が刃物を隠し持つ−−そんな想像をしてしまう。
 二月に入ると、冷え込みはいよいよ厳しさを増したようだ。
 三学期、三度目の図書委員になっていた純子は、図書室がストーブで充分に
温まるのを待って、仕事を開始。今日は比較的大きな仕事がある。修理を要す
る本のチェック及び書架の整理だ。
 純子はその途中、棚の隙間から見えた閲覧席に相羽の姿を見つけた。窓に面
した席で、純子の方に背中を向けた形。
(今日は早く帰らなくていいのかしら)
 図書委員の仕事を進めつつ、そう考える純子。
 一度気にし始めると、ずっと残るものなのか、書物の整理整頓が終わる頃に
は、純子は、あとで聞いてみようと決めていた。
 足音を立てないよう静かに近付き、ひそひそ声で言う。
「何の本を読んでるのかな、相羽君」
 すると相羽は、よほどどきりとしたらしくて、椅子をがたんと言わせて肩越
しに振り返った。
「す、涼原さんか」
 彼のそんな表情が珍しくて、純子は笑いそうになるのをこらえるのに一苦労。
ここは図書室、静かにしなくては。しかも、純子は今学期もまた図書委員なん
だから。
「図書委員の仕事、終わったのかい?」
 純子の様子を不思議そうに見やりつつ、相羽が聞き返してきた。
「ええ、ひとまずね。−−冬山登山の本?」
 相羽の両腕の間にある本を覗き込むと、判断できた。
(意外。てっきり、昆虫か化石の本だと思ってた)
 本の種類は分かったものの、相羽が何の目的でそれを読んでいるのか、謎は
深まった。きっかけのため、軽い気持ちで尋ねたのに。
「まさか、どこかの山に行くつもりとか」
「そうじゃないよ」
 顔をほころばせ、やんわりと否定する相羽。
「昨日の夜、読んでた推理小説で登山道具が重要だったんだ。でも、何だかお
かしい。使い方を間違っているような気がして、調べたくなったわけ。おかげ
で昨日から寝不足……」
 ポーズなのか本当なのか、相羽は口元に手をやり、あくびをこらえる様子を
見せた。
「寝る前に読んだのね」
「そう、ベッドの中で。初めから読み終わるつもりだったから、寝不足は覚悟
してたんだけど、読み終わっても、登山道具のことが作者のミスなのかどうな
のか、気になって気になって。寝不足の二段重ね」
「よっぽど好きなのねえ。ほどほどにしないと、目が悪くなっちゃう……わよ」
 喋る速度がゆっくりになる純子。それを怪訝に感じたか、相羽は再度、本か
ら目線を上げた。
「どうしたの、まじまじと見ちゃって。顔に糸くずでも着いてる?」
 指で顔のあちこちを払う相羽。純子は急いで手を振った。
「あ、違うの。その、眼鏡をかけた相羽君、見てみたいかもって思って。似合
うかも。あはははは……はは」
「眼鏡か。今のところは必要ないよなあ。右が一.五、左が一.二だから」
「勝った! 私は左右とも一.五よ」
「別に勝ち負けじゃないと思う。でも、星好きにはちょうどいいね」
「だったら、三.〇ぐらいほしいなあ、なんて。ああ、だけどさ。近頃はあな
たや恵ちゃんの影響受けちゃって、私も推理小説を読むようになったから、目
が悪くならないか心配」
 片側の頬に手を当て、さも不安そうに頭を斜めにする。
「布団の中で読むとか明るくない場所で読むとかをしなければ、問題ないと思
うよ。あとは長く続けて読まないこと」
「そう言うけれどね、面白い推理小説って、途中でやめられないんだから。ほ
んと、大変な趣味が増えて参っちゃう」
「そう言えばもう一つの趣味――化石はどんな感じ?」
「どんなって言われても……なかなかチャンスないのよね。せいぜいデパート
の特別展示か博物館に行くぐらいで。街の中にある化石も、ほとんど見つけ尽
くした気がする。それより、もう少し大きくなって一人で旅行するのを許して
もらえるときが来たら、体験発掘に参加するんだ、私」
 話す内に目を輝かせていたことに、純子自身は気付いていなかった。
 相羽は本を静かに閉じると、噛みしめるように言った。
「ふうん、いいな。そういう話を聞くと参加したくなる」
「せめて相羽君が女か、じゃなかったら私が男だったらよかったのに。そうし
たら二人揃って行くって言えば、今の私達でも許してもらえたかも」
 残念でたまらない。
 そこへ相羽の笑い声が。
「はははは。いい考え! 僕は嫌だけどね」
「私と一緒じゃ嫌って?」
 純子が頬を膨らませじっと見据えると、その眼差しの先で相羽はゆるゆると
首を振った。
「違う違う。男のままがいいってこと」
「女の子になりたいって思うとき、全然ない?」
「それはまた話が別でしょ。生まれ変わりがあるんだとしたら、次は女がいい」
「あ、私もおんなじ。男に生まれて、思いっ切り暴れるの」
 微笑ましくなった。それはいいとして、どうも話がずれてきている。
「考えてみたら、随分長く行ってないわぁ。恐竜展に行ったのが六年ぐらい前
でしょ、それからあとは博物館というか科学館に何回か行ったけど、博物館て
展示がなかなか変わらなくて」
 脱線を元に戻す純子の前で、相羽は自分の手元を見つめる。指折り、何やら
数えていた。
「急に何してるのよ」
「……七歳頃に行ったのか」
「あ? ああ、その話。うん。かなり記憶が怪しいのよね。とにかく小さかっ
たから」
 また笑った純子だが、相羽は口数が減って、考えごとの最中のよう。
「やだ、黙り込んで。変なの」
 座っている相羽の肩を揺さぶる純子。
「あのさ、涼原さん。そのとき−−」
「ん?」
 相羽が指差してきたのへ、小首を傾げて言葉を待つ純子。
 ところが相羽は口の中で、
「……いや、そんなことあるわけない。場所が違うはず」
 と、ぼそぼそ言うのにとどまった。
「早く言ってよ」
「いい。ごめん。何もありませんでした」
 やけに丁寧に応じると、相羽は本を小脇に立ち上がる。そのまま、純子の方
を向く。その先にある壁時計を見たいらしい。
「あちゃあ、失敗。もっと早く帰るつもりだったのに」
「大変。じゃ、急がないと」
 きっとおばさんに関係しているのだろうと推測して、相羽を急かす純子。
「忘れ物ない?」
「ありません」
 含み笑いを残して、相羽は廊下に出て行った。

 掃除の時間、バケツの水を替えようと運んでいたら、手に掛かる重みが不意
に軽くなった。
 純子は呆気に取られて、バケツの持ち手に新たに加わった拳に沿って、その
人の顔を見上げる。
「あ……勝馬君」
「えへへ、手伝うよ」
 勝馬は普段以上に頬を緩ませ、笑っていた。
「でも、勝馬君、当番じゃないじゃない? どうして?」
「いやー、暇だから」
 やりとりしながらも、水道口に向かう。
 よどんだ水を捨て、新たに注ぎ始めた。カランを捻ったのは勝馬。
「悪いわ。これぐらい、一人で平気よ。じゃなきゃ、班の他の子に手伝っても
らってるから」
「いいのいいの。気にしないで。手伝いたいんだ、何となく」
 笑みを絶やさぬ勝馬は、帰りも一緒に持ってくれた。
 ところがバケツを運び終えると、急に傍観者と化す。てっきり、掃除を手伝
ってくれるのかなと想像していた純子は、奇妙に感じる。
(変なの……)
 それからも黙々と掃除を進め、最後に机や椅子を元通りに並べる段階になっ
て、また勝馬が手伝い出した。
「何だ、勝馬?」
 これには相羽達、班の他の面々も気付く。
「何だと言われましても……。いいだろ?」
 純子が運ぶ机の前後を、勝馬は運んでいく。
「それはまあ、邪魔にはなってないけどな」
 唐沢もそう言いながら、怪訝そうに見やる。
 純子は相羽に近付き、そっと聞いてみた。
「相羽君、このあと勝馬君と何か約束してるの?」
「ううん。何にもない」
 首を横に振った相羽。
 純子は「ふうん」と応じ、嬉々として机運びを手伝う勝馬を見た。
 その後も勝馬は純子の先回りをするかのように、バケツの水捨てやごみ捨て
をしようかと申し出てきた。
 そして掃除が終わると、特に話しもなく、どちらかと言えば逃げ出すように
教室から去ってしまった。
「……何だったんだ?」
 掃除に当たった班の全員が、不審に思って顔を見合わせた。

 十二月下旬の日番も寒かったが、二月の日番も寒い。
 それでもお昼には日差しが戻って来て、窓さえ閉めていれば教室はそこそこ
温もってきている。
 純子は給食をできる限り早く食べた。先生から、配る物があるので日番は給
食後、職員室に来るように言われたため。少しでも早く済ませて、みんなと遊
びたい。
 教室に比べると日が射さないため、廊下は肌寒い感じがする。
 職員室に到着し、次の時間の先生のところに向かう。
「あれ? 女の子だったの」
 社会科の女性教師は、人のよさそうな笑顔をわずかばかり曇らせる。五十代
に差し掛かった頃で、腰を悪くしているという話だ。
「結構、重たいのよ。クラス委員も呼べばよかったかしら」
 先生の言う通り、机の下の段ボール箱には、授業に使う資料がたっぷり詰め
込まれていた。当然、人数分あるのだろう。
 純子は中を覗いてから質問する。
「あの、これ、箱ごと持っていってかまわないんでしょうか?」
「ええ、あなたのクラスで最後だから」
「じゃあ、大丈夫です、運べます」
 言うなり、しゃがんで箱の底に指を掛ける。
 踏ん張って持ち上げると、身体が少しよろけた。
「あ、ほら」
「い、いえ。平気。最初だけですから」
 苦笑いして、純子はちゃんと持ち直した。
「悪いわね。ゆっくりでいいから。お願いするわ」
 先生はそう言って、職員室のドアを開けてくれた。
 教室に戻る廊下を急ごうとした純子に、男子が一人、近付く。壁にもたれて
いたのが、純子が出て来ると同時に弾かれたように行動を起こしたことから、
どうやら待っていたらしい。
「重そうだね、涼原さん。手伝うよ」
「あ? ああ、長瀬君」
 バランスを取ろうと、箱の縁を顎で押さえつけていた純子は、目だけ斜め上
に向けた。
「どしてここに?」
 下顎を固定しているので、どこか舌足らずな、変な口調になっている。
 長瀬は箱の片側に下から手を添えると、前進しながら軽く肩をすくめた。
「だから手伝いに来たんだよ」
「日番の仕事よ」
「他のクラスの友達に、重たいって聞いてたからさ」
 確かに重い。長瀬が手を貸してくれなかったら、こんなに軽い足取りでは行
けなかったろう。
「あ、ありがと」
 礼を言って小さく頭を下げた。
 と、そこへ、新たに男子三人が現れる。階段を駆け下りてきたようだ。
「手伝ってやるぜ」
 清水はぎりぎりまで駆け寄ると、無理にでも箱を持とうとした。
「おいおい、無茶すんなよ。三人だとかえって運びにくいぜ」
「じゃあ、おまえ、どけ」
「それこそ無茶苦茶だな。涼原さんにどいてもらうならまだしも」
「な、何を言ってんの、二人とも」
 驚くと言うよりも、呆れた。
(何で手伝いたがるのよー?)
 そう疑問に感じつつも、純子はあとから来た男子の残り二人に目をやった。
 勝馬と、違うクラスの大谷までがいる。

−−つづく




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