AWC 翼をその手に 〜飛空競争〜 5       永山


        
#4420/5495 長編
★タイトル (AZA     )  98/ 2/10  22:34  (199)
翼をその手に 〜飛空競争〜 5       永山
★内容
「はっはっは−−うん?」
 心配して見上げるケビンに気付いたか、ジェームズは取り繕うようなわざと
らしい咳払いをした。
「そうか。いかんな。ついつい、自分の尺度で考えてしまっていた。あいつに
は金がないんだったな」
 一人で納得したかと思うと、ジェームズはまたケビンに聞いてくる。
「だが、あきらめた様子はないんだな?」
「そ、それは、もちろん……です」
「となるとだ、今、あの男にできることと言ったら……設計図を描くぐらいだ
ろう。ケビンよ、おまえはフィリオの家に行ったことがあるか?」
「いえ、ありません。いつも、潅漑池向こうの草原で、レベッカやアルフ達と
一緒に会うぐらいです」
「じゃあ、フィリオが飛空機を造っている場所がどこか、知っているのか?」
「フィリオさんの家の裏手に、作業場があるって聞いています。納屋だそうで
すが……。でも、お兄様、そんなことを知って、どうされるんですか?」
 ケビンは実は、このとき、ある予感を抱いていた。フィリオにとってはよく
ない予感を。
「ふん。ちょっとな」
 曖昧に笑うジェームズ。
「お兄様。もしかすると、お兄様が今、やっていることと関係があるのではあ
りませんか」
 ケビンは、その台詞とは裏腹に、確信を持って尋ねた。
 ジェームズは感心したように目を丸くしてみせ、口笛さえ吹いた。
「当然だろう」
 小さい声で言うと、ケビンの肩を叩くジェームズ。
「弟のおまえが俺のためにできることと言ったら何か、口に出さずとも分かっ
ているだろう? ようく考えて、期待を裏切らないでくれよ。いいな」
「は……」
 ケビンは、どう返事していいか分からなかった。

 アリスはがっかりしてしまった。
(フィリオ、この頃元気がないと思ったら、そんなことで悩んでいたのね)
 子供達から彼の様子を聞かされて、夕焼けが黒ずんできたにも関わらず、ア
リスはフィリオの家に走って向かった。
「フィリオ! いる?」
 もちろん、真っ直ぐに納屋へ向かったアリスは、叫びながら戸を開けた。
「むん?」
 くぐもった声だなと思ったら、振り返ったフィリオの顔を見て納得。釘だか
ネジだかを口にくわえていた。その上、ところどころ、油で黒く汚れている。
「アリス、どうした? そんなに息を切らせて」
「……飛空機造り、再開したの?」
「ああ、いや、これは」
 と、言いにくそうに目を伏せると、鼻の頭を手の甲でこするフィリオ。黒い
模様の形が変わった。
「村長の家の人に修理を頼まれた自転車だよ。スポークが歪んでしまったみた
いで、乗りにくくてかなわないって」
「飛空機はどうしたのよ、飛空機は?」
「だから、前にも言ったろ」
 怒ったアリスに対し、フィリオも不服そうに声を高くした。
「資金が底を突いたから、しばらくアルバイトに専念するって。この修理もそ
のためだ」
「それは分かってるけど、今朝、ヨアンさんの手伝いを休んだそうじゃない」
「誰から……ああ、レベッカ達から?」
「そうよ。そのとき、愚痴をこぼしたそうね。飛空機造りで、子爵様に追い抜
かれるのが恐いって」
「そ、そんなこと、言ってないぞ?」
 工具を取り落とし、フィリオは立ち上がった。アリスとの間が縮まる。
「レベッカ達、話に尾ひれを付けやがって……」
「そうかもしれないわね。だけど、そんな風に話に尾ひれが付くってことは、
言葉に出さなくても、あの子達にフィリオの弱気が伝わっちゃったんじゃない
のかしら?」
「弱気? 僕がか?」
「違う? 以前と変わらないって、断言できる?」
 アリスがきっ、と目線を上げると、フィリオは口だけ開けて、しかしすぐに
は答えず、考える様子になった。
 やがて、フィリオは改めて言った。
「かもしれないな」
「ほら」
「でも、待ってくれ。普通の意味の弱気じゃない。少なくとも自分ではそう思
ってる」
「普通とか普通じゃないとか、どこが違うっていうの? 私は一つのことに打
ち込んでいるフィリオが−−」
「単に先を越されるだけならいいさ」
 アリスの台詞をかき消す風に、フィリオ。
「安全に空を飛べる物を造るのは、僕の夢だったから。もうすぐ実現しそうな
夢を、横からかっさわれそうになったら気分よくないけど、それはそれで仕方
ない。ただ……ジェームズの奴の目的が気に入らない」
 子爵の名を呼び捨てにしただけならまだしも、「奴」と言い捨てるのを聞い
て、アリスははっとした。そのことを指摘する言葉を差し挟む間もなく、フィ
リオは続ける。
「君も知ってるだろう? 僕が飛空機を造ろうとしているのは、村と街とを短
時間で行き来できるようにしたいからなんだ。そりゃもちろん、鳥みたいに自
由に飛び回ることへの憧れもあるけど、でも、それ以上に」
「分かってるわ」
 アリスは小さな声で返事した。その胸の内で、思い起こす。
 フィリオのお父さんとお母さんが亡くなって、もう何年になるだろう。あの
とき、フィリオは飛空機を造ろうと心に決めたに違いない。
 彼の両親は、荒天によって引き起こされた自然災害に巻き込まれ、事故死し
たと聞いている。アリスもまだ幼かった頃だから、詳しいことは教えてもらえ
なかった。
 ただ、災害に巻き込まれた時点で、もしも設備の整った街の病院に運べてい
たら、命を取り留めた可能性が高かったらしい。
 しかし、そのとき、街へ続く唯一の山道は、土砂崩れによって埋まってしま
った。とてもじゃないが、数刻で復旧できる状態になく、フィリオの両親はや
むなく、村の開業医の小さな診察所で最大限の治療を受けた。それも空しく、
二人は逝ってしまった。
 フィリオが飛空機を造ろうとするのは、村と街を短時間で結べるようにする
ため。事故以来、自動車が急速に発達したが、それでも道が塞がれば役に立た
ない。空を飛ぶ乗り物こそ、フィリオの目標−−。
「ジェームズは多分、僕と張り合う気持ちと、ちょっとした名誉のためだけに、
空を飛ぶ乗り物をこしらえようとしている。あまり……許したくない。うん、
結局、先を越されたくないんだ」
「だったら!」
 両手を広げ、声を張り上げるアリス。
「うだうだと気にして、アルバイトを休んだりなんかしてないで、最高の努力
を尽くしたらいいじゃない」
「だから、こうして自転車の修理……」
 フィリオが車輪を指差すのへ、アリスは首を横に振って応じた。
「だめ。まだ吹っ切れてない。顔を見れば分かるんだから」
「そうか?」
 また手の甲で顔をこするフィリオ。
「こうやってる間にも、子爵様に先を越されたらどうしよう−−そんな感じよ」
「気にならない方が、おかしいだろ」
「だったら、その目で確かめてきなさいよ」
「確かめるって、どうやって」
 フィリオの手が、自転車修理から完全に離れた。
「のこのこと出向いて、見せてくださいって頼むのかい? はい、どうぞって
見せてくれるはずがない」
「そんな、真正面から行けなんて言ってない。いい考えがあるわ。何だか知ら
ないけど、子爵様はまだ私に気があるみたい。だから、私の家の葡萄酒をお贈
りするってことにして、届けるの」
「な……」
「届ける役を、フィリオ、あなたがするのよ。アルバイトとして雇ったと言え
ば、向こうだって文句言えないわ」
「反対だ」
 得意になって喋っていたアリスを、フィリオの低い口調が押し止める。
「どうしてよ」
 頬を膨らませたアリス。対して、フィリオは唇を尖らせ、理由を述べた。
「嫌だから。たとえふりだけでも、絶対に嫌だ。アリスがあいつに贈り物をす
るなんて」
「−−フィリオ!」
「わっ、よせ」
 抱きつこうとしたアリスだったが、フィリオは身を引いた。
「服が汚れてしまうよ」
「いいのよ、そんなこと! 嬉しいんだから!」
「よくない。……それよりも、代わりの案が浮かんだ」
「え、ほんと?」
 アリスは腕を宙に浮かしたまま、目をしばたたかせる。少し寂しかったが、
フィリオの言う代わりの案も気になった。
 フィリオは確信に満ちた面持ちでうなずいた。
「ああ、アリスのおかげ。これで、ジェームズがどんな物を造ろうとしている
のか、垣間見ることができるかもしれない」

 太陽が地面を照りつける昼前に、ウッド家の別荘の門を叩いたのは、意外な
人物だった。
 無論、別荘側の人間から見ての感情であるのだが。
 その男−−フィリオ=ハートの来訪は、普段は冷静沈着を完璧にこなす執事
でさえ、目を白黒させたほどだ。
「な、何のご用でしょう?」
「ご注文いただいた物をお届けに上がりました」
 帽子を取り、快活な声で、フィリオ。その表情は笑み一色だ。
「注文とは、一体……」
「ああ、申し遅れましたが僕、いえ、私はヨアン=ウールリッチのところの者
です。先日は、バターとチーズのセット並びにハムとソーセージの詰め合わせ、
さらにはヨーグルトをご注文いただき、ありがとうございます」
「……確かに、そういう注文をしたと、聞いております。しかし、届くのはも
う少し先になると伺っていましたが」
 記憶を辿り、執事は尋ねる。
 フィリオは自信満々に答えた。
「一日でも、いえ、一刻も早く、お届けした方がよろしいかと思い、参上した
次第です。ご都合が悪いのでしょうか? 食物倉庫が狭くて、置き場がない、
とか……」
 これには執事もいくらかむっとしたが、抑えた声量で応じる。
「いえ、別荘と言えども子爵様のお住まいになるところ。充分に広さはありま
す。どうぞ、運んでもらいましょう」
「どうも!」
 フィリオは頭を下げると、帽子を被って、運び込みを始めた。

(ケビンから聞いておけばよかったかな)
 天井の高い廊下を、柱に身を隠すようにして行きながら、フィリオは思った。
正直なところ、後悔していたとも言える。
(だけど、あの小さな子に、スパイみたいな真似をさせるのは気が引けるもん
なあ。スパイは自分一人で充分……)
 乳製品の類は、そのほとんどを調理場近くに運び終えてしまった。今、フィ
リオの手元にあるのは、ヨーグルトの入った小さな容器のみ。
 予想していた以上に、別荘の中は広かった。どこをどう行けば、作業場に出
られるのか、なかなか分からない。作業場のある方向だけは分かっているのだ
から、それを頼りに闇雲に進んでいるのが現状だ。
(別荘の人間に見つかったら、『このヨーグルトを届けようとして、迷ってし
まいました』でごかませる……かな。怪しいけど、それしかない)
 ポケットに突っ込んだヨーグルトを、布地の上から触るフィリオ。
 と、角を曲がると、勝手口らしき扉が目に入った。
「お。もしかすると、あれが」
 思わずつぶやいてしまった自分に気付き、固く唇を結んだフィリオ。
 足音を殺し、駆け寄る。その内に、扉にはめ込んであるガラスを通して、向
こうの景色が見え始めた。
 陽の光を浴びていて分かりにくいが、鉄骨の柱が何本かある。金属製のロー
プや大きな機具も、部分的に見える。間違いない。あのドアの先に、作業場は
あるのだ。
(一目でいいんだ。別に細工をしようってんじゃないんだからな)
 まだ若干のわだかまりを抱えるフィリオは、この場に至って、心中で己に言
い聞かせる。
(そうさ。以前、アリスを賭けて造った飛空機を、ジェームズの奴は人を雇っ
て壊しやがったんだ。それに比べりゃ、今、自分がやろうとしている行為なん
て、軽い軽い)
 思い出すと、胸の内で闘志の炎が燃え上がったような気がしてくる。
 踏ん切りを着け、深呼吸をして、ノブに手をかけた。

−−つづく




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