AWC 翼をその手に 〜飛空競争〜 4       永山


        
#4419/5495 長編
★タイトル (AZA     )  98/ 2/10  22:33  (194)
翼をその手に 〜飛空競争〜 4       永山
★内容
「−−いたいた!」
 遠くで声がする。
 と思う間もなく、駆け足の音が地面を伝わってきた。
「今日は暇なのか、フィリオにいちゃん?」
 斜面になった草原に寝転がり、瞼を閉じていたフィリオは、頭上から降って
きた甲高い声に目を開けた。
「やあ。アルフ。バスも」
 そして上体を起こし、二人の子供へ向き直る。
「今日は二人だけか? 珍しいな」
「みんな、家の手伝いや勉強をさせられてるよ」
 アルフが口を尖らせながら答える。続いて、バスが抗議口調で始めた。
「フィリオにいちゃんのせいだぞ」
「僕のせい? 何で?」
 腹は立たず、思わず笑みがこぼれてしまう。
「この頃、にいちゃんはずっと忙しかったじゃないか。だから俺達だけで遊ん
でいたら、母ちゃん達が言うんだよ」
「そうそう。『遊んでないで、手伝いをしろ。勉強しろ』ってさ」
 アルフがうなずき、同調する。
「そのあとに続けて、『おまえ達の好きなフィリオが真面目に働き出したんだ
から、見習ったらどうだい』ってさ! おかげでいい迷惑だよ。レベッカとか
他の仲間も、たいてい用事を言いつけられてさ。なかなか時間が合わないんだ。
みんな、一緒になれないっ」
「ははは。そりゃあ悪かった、ごめんごめん」
 急に真面目なことをするもんじゃないなと、フィリオは重ねて苦笑した。
「でも、これは飛空機を造るためだから、やめられない。辛抱してくれよ、頼
むから」
「ん、まあ、それぐらい、分かるけど。なあ」
「うんうん」
 アルフとバスは腕組みをしてうなずき合った。普段、大勢でいるときはそれ
ほど仲がいいとは思えなかった二人だが、こうして彼らだけになるとやけに息
が合っているように見受けられる。
「それでフィリオにいちゃん。今日は仕事、ないの?」
「ああ。本当はあったんだけど、休みをもらった」
「疲れたの? 熱が出たとか……」
 急に心配げになる子供達に、フィリオは元気な笑みを見せた。
「違う違う。まあ、頭の痛い事情があるのは、本当なんだがなあ」
「頭痛? 薬、飲んだ方が」
「いや、だからね」
 この表現はまずかったかと反省しつつ、意味を説明したフィリオ。
「なあんだ。頭が痛いって、悩んでるってことか」
 説明が終わると、アルフが別の質問を発してきた。
「何を悩んでるのさ?」
「うーん。簡単に言ったら……」
 しばし間を取り、考えを分かり易くまとめる。
「アルフ、バス。子爵様の家の隣に、新しい建物ができたのは知ってるだろ?」
「うんうん。三日ぐらい前、変な工場みたいなのがいきなりできて、びっくり
したよ」
「僕らの間でも、何だろうって話題にしてる。新しく葡萄酒の工場を作るんじ
ゃないかとか……」
 なるほど、子供達の間でも噂になっているらしい。静かな村に突然、無骨な
物が現れたのだ。無理もない。
「あれは多分、飛空機を造るための場所だよ」
 フィリオがさらりと言うと、アルフとバスは一拍遅れて、大騒ぎ。
「嘘だぁ」
「まさか!」
「でも、ほんとだったら、フィリオにいちゃん、急がなきゃ」
「そ、そうだそうだ。僕ら、にいちゃんの応援をするから!」
 フィリオはありがたく感じながら、立ち上がり、両手を大きく広げて子供達
を静かにさせる。
「僕もまだ実際に見た訳じゃないんだ。だけど、間違いないと思う。あいつは
……子爵様は前に僕がちょっとだけ飛んだのが、どうしても気に入らないらし
い」
 アリスを再び狙っているからだとは、子供相手にさすがに説明できなかった。
「のんびりしてる場合じゃないよ!」
「でも、まだ資金が……」
 子供らの前で、お金の話はしたくない。が、ごく簡単なその信条さえ失念す
るほど、切羽詰まった気持ちになっているフィリオ。
 そこへ、女の子の声がした。
「あ、フィリオ! やっと出て来てくれたのね!」
 レベッカだ。スカート履きなのも気にしない勢いで、坂を駆け降りてくる。
そしてフィリオの目の前で急ブレーキ。
「会いたかったわ、フィリオ。本当に、久しぶりなんだから」
 レベッカは両手を腰に当て、つんとすまし顔。
 フィリオは最初、うつむいて苦笑いをしていたが、無理してそれを嬉しそう
な表情に変え、面を上げる。
「こっちも会いたかったよ。レベッカだけじゃなく、みんなに」
 その言葉に嘘はない。ただし、レベッカが期待する意味からは、少し離れて
いるだろう。
 ジェームズの工場のことが、昨日からずっと頭を占めている。根を詰めて考
えすぎたせいで眠れず、頭痛までしてきてしまっていた。子供達と一緒になっ
て、ひとときでも何もかも忘れて騒げれば、少しは吹っ切れるかもしれない。
そんな考えがフィリオにはあった。
「ところでアルフ、バス。何の話をフィリオとしていたのよ」
「レベッカに言ったって、どうにもならないさ」
「まあ、何よ、それ」
 アルフが決め付けるように言うと、レベッカは口角泡を飛ばして、悪態をつ
き始めた。
「あんた達にはどうにかできるっての? できないんでしょ、どうせ。なのに、
私だけ除け者にして、ばっかじゃないかしら。だいたい、アルフもバスも私よ
り子供のくせして、大人ぶらないでちょうだい。前にも、いい格好をしようと
して木に登ってて」
「レベッカ、話がどんどんあっちの方向に行っちゃってる」
 フィリオは女の子と男の子の間に穏やかに手を差し出し、割って入った。
「だって、フィリオ」
「説明なら、僕がしてやるよ」
 フィリオは、さっきアルフとバスにした話をレベッカにもしてやった。
 どんな些細な物事においても、仲間外れにされたとちょっとでも感じれば、
この子はひどく怒るのだ。それを分かっていながら、フィリオが先手を打てな
かったのは、やはり飛空機のことを吹っ切りたい気持ちが、頭のどこかにある
ために違いない。
「−−これだけのこと。分かったかい?」
「うん。確かに、私達じゃあ、どうにもできないけれど、応援はいっぱい、い
っぱいする。フィリオ、頑張って」
「もちろん、そのつもりはある。あるんだけど……」
 先立つ物がないんだという言葉は飲み込んだ。二度も三度も聞かせたくない。
それに、これを言っては今アルバイトを休んでいる自分と矛盾してしまう。
「よーし」
 両腕を天に向かって大きく突き出し、立ち上がるフィリオ。
 結局、気晴らしに専念しようと決めた。
「いつもと比べたらだいぶ人数は少ないけど、何かして遊ぶか?」

 ケビンはしばらく、別荘の門の外に出ていなかった。
 兄の目を気にして、なかなか抜け出せないのだ。
 無論、始終見張られているわけではないから、いつでも外出できる。だが、
もし外出したとジェームズに知られたら、間違いなく根ほり葉ほり聞かれるだ
ろう。どこに行ってた、何をしてた、怪我はしなかったか、フィリオや村のガ
キどもと遊ぶな等々。
(それはいいんだ)
 机に両肘をつき、顎を乗せて、ぼんやりと三階の窓から外の景色を見る。
 ケビンだって、兄に怒られるのが恐いだけで、アルフ達と遊ぶのを遠慮して
いるのではない。
(僕が村の子達とどろんこになって遊んだり、フィリオさんの飛空機に興味を
示したりしたら、お兄様はきっと不機嫌になる。悲しまれる。それは絶対に避
けなくちゃ)
 前にフィリオが飛んだ−−確かに飛んだ−−とき、ジェームズは頑なまでに
それを認めようとはしなかった。内心ではどうか分からないが、少なくとも表
面上はそうだ。
(なのに、お兄様、この頃、空を飛ぶことに情熱を燃やし始めたみたい……分
からない)
 ケビンは当然、工場が何のために建てられた物かは知らされていた。ただ、
中を見せてはもらえてない。
(何を考えているのかは分からないけど、フィリオさんの飛空機について僕が
口にしたら、お兄様は怒るに決まってる)
 ケビンの沈思黙考は、出かけにくい状況を確認しただけに終わった。
 勉強でもしよう、と、ノートを開いたそのとき。
「ケビン、いるな?」
 せわしないノックの音とともに、ジェームズの声がした。
「は、はいっ」
「話がある。入るぞ」
 ケビンの了解を待たずに、ジェームズは入ってきた。いつものことであるし、
ケビンからジェームズへ抗議できるはずもない。
「何をしてたんだ−−おお、一人で勉強か。感心だな」
「い、いえ、別に」
 開いたばかりのノートを閉じ、椅子から立ち上がるケビン。
「それより、お兄様。お話があるって……」
「そうだった。……ケビン、おまえは最近、出かけていないようだが、どうし
たんだ?」
「え? えっと」
 質問の意味を測りかね、ケビンは口ごもった。
「村のガキ……子供達とは友達になったんじゃないのか?」
 続く兄の思わぬ言葉に、ケビンの頭はますます混乱した。徐々にではあるが、
目線が下がってしまう。
「あ、あの、……ごめんなさい」
 よく分からないまま、謝っていた。
 するとジェームズは、不可解そうに唇を尖らせ、次に笑い出した。
「はは、ケビンよ。おまえ、何を謝っている? 俺は何もおまえを叱ろうとし
てるんじゃないぞ」
「え? そ、そう……」
 とてもそうは見えない、恐い顔つきだと言いたかったが、見ると今のジェー
ムズは本当に笑っていたので、ケビンは口元を結んだ。
「同じ年頃の仲間と遊ぶ、いいじゃないか。大いに結構。身分なんて気にしな
くていい。おまえの歳なら、それで当たり前だ」
「は……はい……」
 ケビンの心はすでに恐慌を起こしかけていた。
(ど、どうしたのかな、お兄様は? こんなことを言うなんて……全然信じら
れない!)
 そんな弟の情動をまるで気にせぬ様子で、ジェームズはさらに言った。
「フィリオのところにも行っていいぞ。まあ、前みたいに怪我をしたら大変だ。
怪我だけはしないよう、よく注意するんだ。おまえは外ではしゃぐことに慣れ
てないんだからな」
「はい、気を付けます……」
「それで、ケビン。俺がいない間に、フィリオのところには何度か行ってるん
だろう?」
「そ、それは……はい」
「顔を上げろって。怒りはしない。で、あいつの様子はどうだった?」
「よ、様子って?」
「だからだな」
 そう言って、しばらく静かになるジェームズ。次の言葉を探しているようだ。
 やがて唇の端を片方だけ曲げながら、ゆっくりと言う。
「フィリオは相変わらず、飛空機を造っているんだろうな? この間の中途半
端な代物を、せっせといじって」
「い、いえ。それが」
「ん?」
 否定の回答が予想外だったらしく、目を細めたジェームズ。
 ケビンはたじろぎつつも、勇気を出して口を開く。
「フィリオさんは当分、飛空機造りはできないみたいです。と言うのも、あの
ときの飛空機が落下の衝撃で、ほとんど壊れてしまって、それを直すためのお
金を稼ぐために、色々とお仕事をしなくちゃいけないんです」
「……なるほどな、あっはっはっは!」
 突然、大笑いをするジェームズに、ケビンはまたも頭を悩ませなくてはなら
なかった。
「あのう、お兄様……?」

−−つづく




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