AWC 翼をその手に 〜夢の始まり〜 11     悠歩


        
#4414/5495 長編
★タイトル (RAD     )  98/ 2/10  22: 8  (200)
翼をその手に 〜夢の始まり〜 11     悠歩
★内容
 見れば納屋の戸は開かれている。昼間、フィリオが出たときには、確かに閉め
たはずなのに。
 中をランプで照らしたフィリオは絶句した。完成させたばかりの飛空機の翼が、
無惨にも折られていたのだ。機体の後方には、拳が楽に通るほどの穴も見られた。
「くそっ、誰が! アリス、犯人は見なかったか? どっちに行った?」
 興奮したフィリオは、アリスの肩を強く掴んだ。その勢いに気圧されるように、
アリスの指はある方角に向けられる。
「そっちか」
 フィリオはランプをアリスに手渡し、その方角へと駆け出した。
「ため! 危ないわ」
 後ろで叫ぶアリスの声も、もうフィリオの耳には入らなかった。



「なんだ、あれは。トンボのお化けか?」
 まるで結婚式にでも出席するかのような恰好をして、ジェームズは現れた。そ
の少し後方では弟のケビンが苦しげな表情で付き従っている。
 フィリオとアリスは並んで、このゲストを出迎えた。アリスがフィリオの横に
立っているのを見たジェームズの眉が、わずかに歪む。
「アリスよ、約束は覚えているな?」
 その問いに、アリスは無言で頷く。それからやや間をおいて。
「子爵さまこそ、約束をお忘れなく」
 と言った。
「ああ、そのお化けトンボが、本当に飛んだらな」
 あざ笑うかのように、ジェームズが応える。が、その笑いは長く続かない。
 アリスに抱かれていたフィルが、大きく翼を広げると「キーッ」と聞こえるよ
うな、威嚇の声をジェームズに向けたのだ。
「ちっ、死に損ないの風呼が」
 ジェームズは不快そうに吐き捨てた。
 フィリオは「お化けトンボ」と呼ばれた、自分の最新作に目をやる。なるほど、
トンボに見えないこともない。複葉の翼の上下を繋ぐ何本ものワイヤー。これが
今回のために施された、最新の工夫であった。ただし、効果のほどは全くの不明。
一度壊されてしまったものを直すのに今朝方まで掛かってしまったため、テスト
をする時間がなかったのだ。
「大丈夫。絶対に上手くいく」
 ジェームズに応えるのではなく、自分に言い聞かせるようにフィリオは呟く。
「さあ、とっとと始めろ。時間を引き延ばしたところで、結果は変わらんぞ」
 遠くにまで響き渡りそうな声で、ジェームズが言う。初めからこの賭けの勝利
を確信しているジェームズは、それを他の人々にも知らしめようとしているのだ
ろう。フィリオたちの周りには、子どもたちや、噂を聞きつけた大人たちが遠巻
きに、事の成り行きを見守っていたのだ。
「フィリオお兄ちゃん」
 消え入りそうな声が、フィリオの名を呼ぶ。ケビンの声だ。
 兄に逆らってフィリオを応援することは出来ない。けれど、ケビンはこんな事
態になってしまった責任を感じているのだろう。言葉にはならないが、その口が
「がんばって」と動くのが分かった。
 フィリオはそれに、ウインクをして応える。
「なにをしている? 早くしろ」
「分かってます」
 不安がない訳ではない。それどころか、一刻一刻不安は膨らんで行く。
 深く深呼吸をして、周囲を見渡す。
 アルフが、レベッカが、子どもたちがいる。親に何か言われているのだろう。
子爵の手前、応援することが出来ないようだが、手を合わせ祈るようにしている。
「フィリオ」
 アリスの声。
 振り向いたフィリオが見たアリスの表情は、穏やかだった。とてもこの飛空機
の結果に、その運命が委ねられている者の顔には見えない。
「傷は、痛まない?」
「ああ、こんなのたいしたことないよ」
 アリスの健気さに応えようと、フィリオも精一杯の笑顔を作る。笑うと少し、
頬の傷が痛かった。

 あの晩、納屋に侵入して翼を壊した犯人を、フィリオは追った。三百ミットほ
ど走っただろうか。フィリオは、夜道をよたよたと走る男に追いついた。
「ちょっと、あんた」
 フィリオが声を掛けると、男は止まるどころか走る速度を上げた。だがおぼつ
かない足どりで逃げる男に追いつくのは、さほど困難でもなかった。腕を掴み上
げると、勢い余って男とともにフィリオも夜露に濡れた草の上に倒れ込んでしま
った。
「知らん、俺は何もしていない」
 フィリオが何も訊かないうちから、男はむきになって否定をする。この男が飛
空機を壊した犯人だと、フィリオは確信した。馬乗りになったフィリオは、両肩
を押さえ付けて男の顔を見た。
「あんたは」
 見覚えのある顔だった。もっとも、この村に住む者なら知らぬ顔は、ほとんど
ないのだが。
 いまフィリオの下にある顔は、三年ほど前にふらりと現れて、村外れの小屋に
住み着くようになった男だった。村に来る前の経歴については、知られていない。
鍛冶屋の真似事をしてはいるが、評判は芳しくなく仕事を頼む者も少ない。アル
コール中毒の気があるらしく、たまに得た収入もほとんど酒代に使っているとい
う噂だ。
 しかしフィリオは、この男とは関わりを持った覚えはない。盗みに入ったとい
うのなら、まだ理解出来る。しかし飛空機を壊して、男に何の得があるのだろう
か。
 フィリオは、男の傍らに何か小さな袋のようなものが落ちているのに気がつい
た。手を伸ばして拾い上げてみると、意外に重たい。袋の口から、銀色に輝くも
のが見えた。
「お金………銀貨か」
 男が落としたものらしいが、かなりの金額がありそうだ。ほとんど仕事のない
男が所持しているのには、あまりにも不自然な金額。
 フィリオの注意は、男から逸れていた。袋を掴んでいたため、男の片手が自由
になっていることも忘れていた。さらに肩を押さえている手の力も、緩んでいた。
「お、俺の金だ。返せ!」
 男の声に気づいたときには遅かった。何か固い物が、顔に当たる。フィリオは
その軌道を見ることさえ出来なかったが、どうやら男の拳だったらしい。
 怯んだフィリオの身体が、下から大きく跳ね上げられる。腹部に一発蹴りが入
り、手から袋がむしり取られた。
「あばよ、イカレ小僧」
 男が笑っているのがフィリオにも分かったが、どうすること出来ない。そのま
ま走り去っていく足音を、ただ悔しい思いで聞くだけだった。
「まさか………あの子爵の差し金か……?」
 証拠は何もない。
 問い詰めようにも、翌日、男の姿は村から消えていた。

「余計なことは、考えないで。私ね、空を飛ぶために、一生懸命になってがんば
ってるフィリオの顔が好きなの」
 そう言って、アリスは微笑んだ。
 無理をしているに決まっている。自分の運命が掛かっているのだ。本当は不安
で、不安で、仕方ないはずだ。
 朴念仁なのかも知れないが、フィリオだってそれくらいのことは分かるつもり
だ。
 それなのにアリスは、笑っている。
 そんなアリスの気持ちを思うと、不思議に気持ちが和らいだ。逆に気負いにな
りそうなものだが、なぜか楽になっていく。
「飛ぶよ、ぼくは。これがあるからね」
 フィリオはゴーグルを目に充てる。アリスが作ってくれたゴーグルを。
「おい、まだなのか?」
 急かすジェームズには応えず、一瞥をくれるとフィリオは飛空機へと乗り込ん
だ。

 思うような風が来ない。
 万が一にも失敗を許されない状況で、成功の確率を少しでも上げたいフィリオ
は、ひたすら有利な風を待った。
 わずかな燃料も無駄にしたくない。エンジンも切ったまま。
 あの晩、納屋に忍び込んだ男は、予備の燃料もぶちまけて行ったのだ。修理に
今日の朝まで掛かってしまったが、壊されたのが翼と機体の一部だけだったのは、
不幸中の幸いだった。もし火を着けられていたら、どうにもならなかった。男が
そこまでしなかったのは、知恵が回らなかったのか、アリスに発見されたのが早
かったためかは分からない。
 しかし幾ら待てど、風は来ない。この時期、この丘で風が止まることは珍しい。
だが吹かない。
「いい加減にしろよ。いつまで待たせるつもりだ? 下らない時間稼ぎはもうい
い。この勝負、俺の勝ちだ」
 ジェームズが高らかに叫ぶ。そしてアリスの元へ、歩み寄ろうとした。
「待って下さい、子爵さま! いま!」
 望んでいた風はないが、仕方ない。フィリオはエンジンを動かした。
(確率は下がるが………やるしかない)
 大きな音を立て、機体が小刻みに振動を始める。
「往生際が悪い………まあいい。さっさと終わらせてくれよ。俺とて暇ではない。
この後、いろいろと忙しいんでな」
 ジェームズの視線がアリスに向けられている。かあっと、フィリオは頭に血が
上るのを感じた。
「いけっ!」
 きぎっ、と軋みを上げ機体が前に進む。
(頼むぞ。飛んでくれよ)
 フィリオは祈りながら操縦管を握る手に、力を込めた。
「フィリオ」
「フィリオ兄ちゃん」
 子どもたちの声がする。
 飛空機の横を、走ってついて来ている。
 次第に速度を上げていく、飛空機。走っている子どもたちの姿も、徐々に後方
へと下がっていく。だがまだ飛空機は飛ばない。
 ぎりぎりと、嫌な音がする。強化した機体は、前回のように折れたりはしない
はずだが保証はない。それに男に穴を開けられた部分、補強はしたが不安は残る。
(とにかく、飛びさえすれば………)
 だが飛空機は、一向に浮き上がろうとする気配すら見せない。
(くそっ! せめて風さえあれば)

「フィリオ」
 祈るような思いで飛空機が走るのを見ていたアリスの手には、知らず知らず力
が入っていたらしい。腕の中で、ぴいと、フィルが苦しそうに鳴いた。
「あ、ごめんなさい。つい……」
 アリスは慌てて、力を緩めた。するとフィルは翼を広げ、アリスの腕の中で羽
ばたこうとする。
「どうしたの? あなたも飛びたいの?」
 アリスの問いに答えるように、フィルは二度三度と、羽ばたきを繰り返す。
「そう、あなたもフィリオに影響されたのね」
 そっとアリスの手が開かれる。
 待ちかまえていたかのように、フィルは飛び立った。

(駄目だ………このままじゃ!)
 フィリオの目の前には、あの池が近づきつつある。
 いまならまだ、回避することも可能だが、そうすればもう飛空機が飛び上がる
ことはなくなる。仮に機体が無傷で済んだとしても、二度目の挑戦をするには燃
料も足りない。第一、あのジェームズがそれを認めるとも思えない。一か八か、
このまま行くしかない。
(畜生、浮け! 浮いてくれ!!)
 その時、わずかに機体の先が浮かぶ。が長くは持たず、すぐに地についてしま
った。そんなことが、数回に渡って起きた。
(浮力は生まれて来ている………けど、まだ足りないんだ。速度を上げられれば
いいんだけれど、いまのエンジンではこれが限界。ちっ、やっぱり風がないと)
 ふうっと、上から何か白いものが、飛空機を追い越して行った。
(なんだ? フィルか!)
 それはアリスが抱いているはずの風呼鳥、フィルだった。
 前に出たフィルは、そのまま速度を飛空機に併せるように落とした。まるで飛
空機がフィルに先導される形になる。
(力を貸してくれるか、フィル)
 本気でそう思った訳ではない。ただいまは、どんな小さなものにでもすがりた
い気持ちだった。
(えっ?)
 目の前の草が、フィルを中心に割れたように見えた。フィリオの顔を打つ風が
強まる。それは滑走による空気の流れに、別の流れが加わったことを知らせてい
た。
 風が吹いたのだ。
(風呼鳥。風を呼ぶ鳥か……)
 あたかもフィルが呼び寄せたかのように、風は先を行くフィルから真っ直ぐに
吹いてくる。それまでの無風が嘘のように、強く。
 強い風が吹いてもゴーグルのおかけで、フィリオはしっかりと目を開けている
ことが出来る。
 ぎりぎりと翼が軋む。フィリオは手元の操縦管を操り、その角度を調節した。




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