#4395/5495 長編
★タイトル (GVJ ) 98/ 1/28 21:50 (132)
銀の砂漠の盗賊(結) 赤木 錠
★内容
うも、このシャフルードという盗賊め、なにを考えているのだか理解に苦しむとこ
ろがありますなあ」
が、王は大臣のセリフをほとんどきいてはいないように、ぼんやりと宙をながめ
あげながらくりかえしていた。
「死者が、ない?」
と。
やがて、ようやく魂をとりもどしたかのような顔をして大臣の顔をながめ、いっ
た。
「どういうことだ。あれだけ強引な真似をくりかえしておきながら、ひとりも死者
をださずに――ひとりも死者をださずに、追撃をふりきったというのか、あの男は」
「はあ。まあ。そういうことになりますなあ」
大臣も、まるで不満でもあるかのような口ぶりでこたえた。
「なぜだ?」王はいった。「やつの噂は、血生ぐさいものばかりだとおまえはいっ
ていたはずだな。歩いたあとには死人の山をきずく、といったふうな。それがなぜ、
わざわざそんな真似をするのだ? それとも、噂が単にまちがっていただけなのか
?」
「いや、陛下。その点はわしも気になって、あらためてくわしく調べ直してみたん
ですがな。公式に、ジルジス・シャフルードなる人物がかかわった事件で、大量の
死者が記録されているものはかなりの数にのぼるようです。すくなくとも、噂はさ
してまちがってはいませんぞ」
「では、なぜだ?」もう一度、王はぼうぜんとつぶやき――やがて、自嘲したよう
にうすく笑った。「だが、それももう、どうでもいいことだな。ごくろうだった、
リダー。さがってよい」
力なくそういった。
「はあ」
と、要領をえない返事を、リダー大臣はかえす。
王は眉をひそめた。
「どうした。まだなにかあるのか?」
問いかけに、リダー大臣はためらうように口をぱくぱくさせていたが、やがてあ
きらめたような顔をした。
「その、これはいいにくいことなのですが、その。陛下。そのつまり、盗賊シャフ
ルードから、つい先刻、伝言がとどけられたのです」
そして、機嫌をうかがうようにそっと上目づかいに王の顔を見あげた。
瞬時、ザグラール王の顔貌に、怒りとも憎悪ともしれぬ凄絶な表情がわいた。
大臣は恐怖しながら、おもわず二、三歩、あとずさっていた。
が、すぐに能面のような無表情が王の顔を鎧った。
「きこう、リダー。申してみよ」
「はあ、その」しどろもどろになりながら、リダーは懸命に口にする。「つまり、
伝言はこうです。その、えー“瑕(きず)のある宝石に用はない。つつしんでお返し
する”」
王はそのまま無言でつづきを待ったが、大臣はそれだけで、申し訳なさそうな顔
をして口をつぐんだ。
おそるおそる、王の顔を下からながめやる。
ぼうぜんとしながら、王はつぶやいた。
「それだけなのか?」
はあ、と大臣は不得要領にうなずいた。
「それだけです」
王は眉根をよせてつぶやいた。
「瑕のある宝石……?」
そのまま、虚空をにらみあげて考えこんでいたが、やがて首を左右にふった。
「わかった。ほかには何もないな。ならばさがれ。おれはすこし部屋で休む。だれ
も入れるな」
ほっとしたように息をつきながらリダー大臣はうなずき、立ち去る王を見送った。
「瑕のある宝石……まさかな」
つぶやきながら王は居室にたどりつき、小姓たちにのみものをもってくるように
と申しつけ、それを受けとってからは着替えを手伝わせることはさせずにさがらせ
た。
みずからの手で着替えをすませて夜着に身をつつみ、飲料をのみほしてから寝室
へと歩みいった。
そして、そこで硬直した。
いるはずのない人物に直面したからだった。
ついにまぼろしを見るまでになったか。
と、王はみずからの弱気におどろきの念を禁じえなかった。
そんな王の、あけっぴろげな驚愕の表情をながめあげて――サフィーヤ姫は、涙
を流しながら微笑んだ。
「陛下。いいえ。ザグラールさま」
姫君は、遠い青春時代のように、名前で王を呼んだ。
「お……」
と、うめき、ザグラール王はそれ以上言葉もでないまま、信じられぬように眼前
のサフィーヤ姫の小柄な姿を凝視するばかりだった。
そんな王にむかって姫君は、頬に涙の筋をつたわらせて微笑んだまま、さらにい
う。
「帰ってきました。あなたのおっしゃるとおり、わたくしの故郷はもう、ここでし
た」
「サフィーヤ」
と、なおもぼうぜんとしたまま、王は口にした。
はい、とこたえながら目をうるませ、姫君は手を胸の前で組みながら、一歩、二
歩とふみだした。
王の目の前に立ち、うるんだ瞳で下から見あげる。
「なぜ……?」
口からでた王の声はふるえていた。
「わたくしは、瑕のある宝石だそうです」サフィーヤはこたえた。「わたくしの心
には、愛するひとがすんでいる。それが瑕なのだ、とあのかたは――盗賊ジルジス
・シャフルードはおっしゃったのです。そんな瑕のある宝石には興味がない、と。
だからここに返されました」
「瑕のある宝石……」ぼうぜんと王はくりかえす。「そなたがか。瑕……愛するひ
と。……それはだれだ」
サフィーヤ姫は頬を染めながら、まっすぐにザグラール王を見つめた。
「もちろん、あなたです。ザグラールさま。わたくしの魂に瑕をつけたのは、あな
たです」
「おお」
王は、吐息のように口にした。
そして、たいせつな宝物を抱くようにして、サフィーヤ姫をそっと抱いた。
ゆっくりと――まるで急激に力を入れてはこわれてしまう、とでもいいたげに、
王は、姫を抱く手に力をこめていった。
ため息を、姫は王の胸にはきかける。
「愛しています、ザグラールさま」
ささやくように、王の胸にむかってそう告げた。
「おれもだ」
王はいった。
その両の目からは、涙がとめどなくあふれだしていた。
「おれも、そなたを愛している。おれも、そなたを愛しているぞ、サフィーヤ」
何度も何度も、王はそう口にした。
そうしてながい時間、ふたりはただ泣きながら抱きあっていた。
「あれでよかったのか、アリシャール」
シャハラザードのコンパートメントのひとつで、グラスのなかの氷をからからと
ならしながらレイがきいた。
「ああ」と、アリシャール王は遠い目をしておだやかにこたえた。「妹の考えてい
ることくらい、最初からわかっていたんだ。私はただ、そのことに気づいていない
あいつが、それを自覚するよう手伝いをしただけさ。要するにな」
それをきいてジルジスは無言で笑う。
アリシャール王もうなずきながら笑いかえす。
「あんたはバカだな。アリシャール」
レイの言葉に、トラッダド王は苦笑した。そしていう。
「ジルジス。レイ。くだらないことで、世話をかける結果になってしまったな。す
まなかった」
「なに」ジルジスはいった。「くだらなくはないさ」
ふん、とレイも鼻をならしながら微笑む。
「えらそうに」
ふふん、とジルジスも笑いかえす。
そしてアリシャールの手にした杯に、ちん、と杯をあてた。
王が目をあげると、伝説の盗賊が無言で、淡く、笑みをうかべていた。
アリシャールはさびしげに微笑みかえし、グラスを高くかかげていった。
「サフィーヤに」
レイがそれに杯をあてて、口にする。
「あんたの、ひとのよさに」
さらに、ジルジス・シャフルードが杯をチン、とならす。
「愛さ」
そうして三人の男たちは、目を見かわして笑いながら杯をほしたのだった。
銀の砂漠の盗賊――了