#4386/5495 長編
★タイトル (GVJ ) 98/ 1/28 21:16 (200)
銀の砂漠の盗賊(15) 赤木 錠
★内容
ジルジスは、むう、とうめいていやいやをするように虚空を片手でないだ。
それからふたたび寝息をかきはじめる。
見るからに太平楽な姿であった。
「もう」
とマヤはくちびるをとがらせる。その口もとに心なしか、好意的な微笑がうかん
でいるようにサフィーヤ姫には見えた。
「うえ」そんなサフィーヤ姫のようすには気づかぬまま、マヤは窓の外にちらりと
視線をやった。「下のヘビ、まだ元気に動いてるみたい」
「気にすんな」こともなげにラエラがいって、背後の壁に背をあずけた。「サフィ
ーヤ、わたしたちもすこし休みましょう」
「こんな、首もげたヘビが下であばれてるようなとこでおちついて休めるわけない
よ」
ぶつぶつとマヤが苦情を口にする。
心中同意するサフィーヤ姫のとなりで、ラエラは目をとじたまま苦笑した。
やがて、ラエラも寝息をたてはじめる。
あきらめたのか、眠っているのかどうかはともかく、マヤもまたジルジスに身を
もたせかけて目をとじていた。
野鳥の鳴く声が、破れた窓の外からきこえてくる。
下方からは、かすかに、なにか巨大な質量のものがどすんばたんと動きまわって
いる音もひびきわたってきた。
このひとたちは、こんな状況でよく寝ていられるものだ、とサフィーヤ姫は感心
した。
考えてみればたしかに、マヤもラエラも昨晩から一睡もしていないはずだ。
だが、サフィーヤ姫は酔って多少の睡眠をとっていた。
まとまった睡眠時間ではなかったかもしれないが、熟睡はしていたらしい。
その上、神経がたかぶっていた。とてもジルジスやラエラのように眠れそうには
なかった。
階段のところで、あのシヴァというひとも眠っているのだろうか、と考える。そ
れとも見はりでもしているのだろうか。
ため息をついて姫も壁に背をあずけ、ひび割れた天井や窓外に視線をさまよわせ
た。
夜は明けきって、空は真っ青に晴れわたっている。
“銀の夜”の、伝説の盗賊の登場でしめくくられたきのうのできごとが、ぼんやり
と頭のなかをめぐった。
そして、切なく、狂おしい炎を宿して自分を見つめる、ザグラール王の顔がうか
んだ。
それから、遠い思い出のなかの青年の顔も。
まぼろしの時間
「おれは、そなたの国とわが国とが手をとりあう日がくることを約束するぞ」
もう二年、いや、三年も前のことになるのだろうか。
ハイン大学のキャンパスの一角で、サフィーヤ姫をとなりにしてザグラールはそ
う語ったのだった。希望と理想に目をかがやかせた、やさしい笑顔がそこにはあっ
た。
姫君もまた、そうなればいいと心から同意し、がんばってください、ザグラール
さま、と手をとってそう呼びかけたのだった。
そのときの、てれたようなザグラール王子の笑顔を姫君はいまでも、目の前にし
ているようにあざやかにおぼえている。
そしてザグラール王子は頬を染めて視線をそらし、姫にとられた手をあわてたよ
うすでするりとすりぬけさせながら、こういったのだった。
そしてそのときには、おれは、そなたを――と。
つづく言葉を、姫は待った。
胸をときめかせながら。
だが、若き日のザグラールは、それからさきは無言のまま姫君から目をそらすよ
うに、ハインの青空をながめあげているばかりだった。
周囲には、フェイシスや連合出身の無数の若者たちが、まるで日向ぼっこをする
猫たちのように肩をよせあいときをすごしていた。
なかには、人目もはばからず濃密にくちびるを重ねあい、おたがいの肉体を狂お
しくまさぐりあっているような、ふたりにとってはあまりに過激すぎる姿もあった。
まぶしくもあり、すこしうらやましくもある光景であった。
それでも、手をふれあうことさえ躊躇する、自分たちの関係もまた、かれらに負
けないくらい幸福なものであることを、サフィーヤ姫は信じてうたがわなかった。
まるで、まぼろしのような時間だった。
もう二度ととり戻すことのできない、まぼろしのような時間。
やがて、ザグラール王子が空を見あげたままこういった。
――サフィーヤ。おれはそなたの兄が好きだ。二度と得がたい、無二の親友だと
思っている。
あの言葉はうそだったのですか、と姫は頭のなかで口にした。
ふりかえったザグラールは、すでにあのときの理想に燃えた青年ではなく、精悍
で、そして凶猛さにみちた、姫を強奪にきたときのザグラール王の顔をしていた。
むかえにきたぞ、サフィーヤ姫。
そう叫んで王は姫を抱きあげ、風のようにトラッダドの宮殿をかけぬけ――
はっとして姫は目をひらいた。
頭の芯がぼうっとしている。
どうやら、いつのまにかうとうととしていたらしい。
ぼうぜんとして周囲を見まわし――
室内の雰囲気が一変しているのに、気がついた。
マヤも、ラエラも、一瞬で熟睡していたジルジスまでもが、緊張した面もちで窓
ぎわに立って、眼下に油断のない視線をおくっていた。
手にはそれぞれ、銃をにぎっている。
「追手ですか?」
ぎくりとして、サフィーヤ姫は半身をおこした。
「ああ」とジルジスがいった。「いま、廃虚に足をふみ入れるところだ」
姫は緊張した面もちで立ちあがる。
「外でむかえうつぞ。ここじゃ逃げ道がない」
短くジルジスがつづけた。
マヤもラエラも無言でうなずく。
「ラエラ、姫をたのむ。マヤ、こい」
「あー、やっとここを出られる」
口々にいいつつ、ジルジスとマヤはすばやい身のこなしで部屋を出た。
「さ、わたしたちもいきましょう」
ラエラにうながされて姫もあわてて身を起こす。
階段にはシヴァの姿はなかった。
とうぜんのようにジルジスもマヤもなにもいわず、階下をめざす。
一階の例の部屋では、いまだにヘビがどすばたと身をもがかせていたが、すでに
マヤも気にはしていないようだ。
入口では、やはり銃を手に油断なく外をうかがうシヴァの魁偉な姿があった。
四人は入口わきに立って無言でうなずきあい、それ以上言葉をかわすでもなく、
一気に外に走りでた。
「さ、サフィーヤ。こちらへ」
ラエラにかるく腕をとられて、サフィーヤ姫も小走りにあとを追う。
走りながら、街の入口方向に視線をやる。
だれも見あたらなかった。
建物の陰にあたる、樹木が複雑なかたちにからまりあった場所にふたりはころが
りこんだ。
サフィーヤ姫を背後にかばうようにして、ラエラは銃をかまえた姿勢で建物の壁
に身をよせ外をうかがう。
そのまましばし、待機のときがおとずれた。
姫はたかなる胸の鼓動を懸命におさえた。
そのまま、待った。
まったく動きがないまま、時間がすぎた。
「あの」
と息苦しさに耐えきれずに、姫は口をひらく。
はい、と視線を外部に固定したままラエラがこたえた。
ためらったあげく、姫はふたたび口にする。
「どなたが、最初にお気づきになったんですか?」
「なにがです?」
「あの……追手がきたことに」
「ジルジスです」
短くラエラがこたえた。
意外の感をサフィーヤ姫は禁じえなかった。
昨夜の登場の段ではともかく、ついさっきまでは、この盗賊たちの首領はその地
位にも伝説にもまるでふさわしくない、単なる怠け者ののんき者にしか見えなかっ
たからだ。
あれだけ熟睡していたのに、姿さえ見えない追手の接近を、いったいどうして察
知できたのだろう。姫にはそれがふしぎでならなかった。
そんな心中の思いがきこえたかのように、ラエラは姿勢をかえぬままいった。
「ジルジスの勘は、化物じみてますから」
それだけで説明はすんだ、とでもいうように黙りこむ。
しばしつづきの言葉を待ち、それがないと知ってようやく、なるほど、と姫は納
得した。
ラエラとは逃避行の最初からいっしょだった。姫にはまるで兆候さえつかめない
状態でも、ラエラが危険を察知してきた姿を現実に目にしている。
そんなラエラがいうのだから、よほどのものなのだろう、と姫は思った。
やはり伝説どおりのひとなのかもしれない。
あるいは――伝説以上のひとなのかも。
そのままさらに、時間だけがすぎていった。
もしかして、まちがいだったのではないか――と、ふたたび疑問が姫の頭の片す
みにうかびはじめたころ――
「きました」
ふいにラエラがいった。
姫は、え、と目をむいた。
思わず身をのりだそうとし、それは危険だしラエラの邪魔にもなるだろう、と思
いなおして自制する。
ほどもなく、銃声がなりひびいた。
ひどく遠い場所での音のように思えた。
つづいてもう一発。
呼応するように、連続した発射音がひびきはじめる。
そんな音をきいているうちに、姫君の胸の奥では、どうしようもなく不安がふく
れあがっていった。
「だいじょうぶでしょうか?」
ラエラの集中をそぐ、と危惧しながらも、言葉をとどめておくことはできなかっ
た。
「だいじょうぶ。わたしたちを信じてください」
そっけなくラエラがいう。
ふいに銃撃音がとぎれた。
静寂が、圧力をともなっておしよせてくるように姫は感じた。
目を見ひらき、両腕で胸を抱きながら狂おしく耳をすます。
ふたたび、二種類の銃撃の音がひびきはじめた。
ごくり、と姫は思わずのどをならした。
それをふりはらうように、サフィーヤ姫は首をはげしく左右にふった。
しっかりしなくちゃ――みずからにそういいきかせ、うん、とうなずきながら姫
は顔をあげた。
錯綜する樹木のむこうに、なにげなく目をやる。
ぎくりとした。
人が立っていた。
姫は悲鳴をあげながら、反射的に立ちあがっていた。
悲鳴に反応して、ラエラはふりむく。
なにが起こったのか確認するよりさきに――ひらめくものがあった。
後頭部、ぼんのくぼあたりに悪寒がはしりぬけたのだ。
危機的状況にはたらく、ラエラの動物的な勘だった。
とっさに身を伏せた。
音よりも、痛みのほうがさきにきた。
「ぐ!」
うめいた。
思わず手をちぢめる。銃をにぎった手の甲に、灼熱感がひろがったのだ。
光条の残像がまぶたに灼きつく。
銃撃をうけたのだった。
間のわるいことに、ラエラは反射的に銃をとり落としてしまっていた。
ひび割れた舗石の上にころがった銃に、ラエラは飛びつこうとした。
銃撃にはばまれた。
「動くなよ、この野郎!」
重なる樹木のむこうがわから、蛮声がひびきわたった。
ラエラは硬直する。
ほかにできることはなかった。
醜態だった。
「動くなよ、ええ? ちょっとでも動いてみろ。てめえの首から上が、ふっとんで
なくなるぜ」
よくひびく声音が、傍若無人な口調でいう。
砂色を基調にした軍服の胸部を、だらしなくはだけた髭面の男がそこにいた。に
やにやと口もとに凶暴な笑いをはりつけ、銃口をラエラの心臓にポイントしている。
カシム星佐であった。
密林の激闘
「歩兵ばっかりだね」
樹幹に身をひそめて銃をかまえたまま、マヤがいった。
ジルジスは無言でうなずく。