#4368/5495 長編
★タイトル (GVJ ) 98/ 1/19 18:56 (166)
お題>復活。(中) 青木無常
★内容
ヒゲ面の巨漢が野ぶとい声で呼びかけるのだ。それなりの迫力がある。御者は雷
にうたれたようにびくりとして馬を鞭うつ手を思わずとめた。
どうした、はようやれ、と馬車のなかから声がかかるところへ、イスナンディル
はもういちどわめいた。
「護衛はいらぬか? そろそろ陽もくれる。ぶっそうな盗賊に襲われぬともかぎら
ぬぞ」
勝手にアレンジまで加えた。むろん、ぶっそうな盗賊が自分たちであることなど
天から棚にあげている。
馬車の御簾がちらりとあげられ、神経質そうな顔をした身なりのよい男がのぞい
た。興味のない一瞥を一同の上にはしらせ、ふん、と鼻をならす。
「どいてくれぬか。わしはさきを急ぐ」
そっけない口ぶりでいい捨てるや、すぐに御簾をひきさげ、はよういけとくりか
えした。警戒にみちた視線を盗賊たちにそそぎながら、御者はふたたび馬に鞭をい
れる。
がらがらと遠ざかる馬車の背を見おくりながら、イスナンディルはぎりぎりと奥
歯をかんだ。
「くそう、あの乞食坊主! 何が富と権力だ」
吐きすてる。
手下のひとりがいう。
「こうなりゃ、いっそあの馬車を襲って金目のものでもふんだくってやりましょう
かい」
おうそれがいい、とほかの者たちも声をそろえてうなずきあい、イスナンディル
もまたそうしてやろうかと自棄気味に考えた。
が、場所がよくない。襲撃は簡単にできるだろうが、逃走するには不都合な位置
だった。市中をめざすと自警団の詰め所にいきあたる。市外にいくには門衛の誰何
を受けずにはいかない。一時でも身をかわすための非難所の確保も、坊主の与太話
を実行するにかまけてあとまわしになっていた。
あのくそ坊主め、くびり殺してくれる、とうめきながらしかたなくその場はあき
らめて立ち去ろうとしたおりもおり――
ぱたぱたと走りよってくる音に、一同はむけかけた背中を戻す。
さきの馬車に乗った貴族が、あわを食ってかけよってくるところだった。
よく見ると、その背後に黒ずくめのかっこうで、ずきんで顔をおおったあやしげ
な男が剣を手に貴族に追いすがっている。
「おい、助勢しろ」
わけのわからぬままイスナンディルがそう叫んだのは、護衛うんぬんとみずから
わめいた記憶が生々しかったせいだろう。ふだんなら金をつまれないかぎりそんな
めんどうな真似はしない。
けちな盗賊団とはいっても、そこそこには経験をつんできてもいる。手下どもは
いっせいに剣や短刀をぬき放ち、ひたひたと迫りくる黒ずくめの男に殺到した。
狼狽したのは一瞬、男はぎらりと目をむき白刃ひらめかせ、手下どものうち三人
までをあっというまに斬りふせた。
が、四人めとともにうちかかったイスナンディルの刃が、みごと男の頚部を断ち
割った。苦鳴ひとつあげず、黒ずくめの男は絶命する。
「おお、たすかったぞ。さきほどは失礼した。いや、あの御者は実はわしの護衛で、
腕もそこそこ立つ男だったので、そなたらなど必要なしとそう思っていたのだ。が、
この暴漢めが、おそろしい腕の冴えでな。あっというまにわが護衛を斬り捨ててし
もうた。いや、そこもとの剣の腕、まさしく鬼神のごとき手練のわざ。感服いたし
たぞ」
手放しの賞賛に気をよくするよりも、襲ってきた暴漢がそれほどの達人ときいて
イスナンディルはしばし青くなったが、貴族はそれに気づきもせずに黒ずくめの男
の死体を検分する。
顔をおおったずきんをはずして、やや、と口もとに手をあてながらあとずさり、
「こは、わが政敵のふところ刀といわれる剣士ではないか。これはかえって好都合。
この首をもってわがあるじたる王のもとへとおもむき、これこれこうと奏上すれば
労せずして目の上のこぶをとりのぞけるというものだ。これおまえたち、あらため
てわが護衛にやとわせてもらうぞ。まずは手はじめにこの男の首を切りおとし、わ
しについてまいれ」
わけがわからぬうちに、そのようなことになってしまった。その夜のうちにイス
ナンディルは、政変を目のあたりにすることとなる。
貴族の政敵は策謀の罪で五族までさらし首となり、ライバルを屠ったくだんの貴
族は権勢をほしいままにしはじめた。むろん、偶然とはいえ腕を買われてめしかか
えられた形のイスナンディルも、たいした働きもしないのにどんどん抜擢をうける
こととなり、ついには国軍をまかせられるまでになる。
調子に乗ったイスナンディルは、おのれの権力をいいように使いまくり、目ざわ
りな人間を反逆の罪をかぶせてつぎつぎに屠りまくり、屍体の山を築きあげた。そ
の山のなかには、かつての盗賊団の手下であった者たちも混じっていた。おのれの
権勢に、過去を知る者どもの存在が邪魔になってきたからだった。うたれた首は市
中にさらされ、虫がたかって白骨がのぞくようになるまで放置された。
だが、やがて幸運はつきる。
王の宰相にまでのぼりつめたくだんの貴族が、賢者と名乗るあやしげな幻術使に
たぶらかされてあることないこと吹きこまれ、次第にイスナンディルをうとんじる
ようになりはじめたのだ。
狼狽したイスナンディルの周囲を、暗殺者がうろつきはじめる。
そんな矢先であった。市中にかまえた屋敷に、邪法師が再訪をはたしたのは。
得体の知れない乞食坊主だ。いまや一国の将軍となりあがったあるじの体面を考
え、屋敷の門番はけんもほろろにウラデクを追いかえそうとした。偶然通りがかっ
たイスナンディルが門番を思うさまうちのめして叱責し、拷問のすえ首をとばして
市中の川へ捨ててこいと腹心の部下にいいふくめることとなる。
その仕打ちをせめるどころか満足げに見やりながらウラデクは、案内されるまま
に豪奢な屋敷の奥へといざなわれ、山海珍味をふるまわれた。
かつての盗賊団の親玉は、もとから食いものに関しては意地汚い性格をしていた
が、権力を手にしてそれが高じていた。虚飾華美をとりわけ好み、食いきれぬほど
の豪奢な料理がつねづね食卓に山と供された。特別の客人ともなればいよいよそれ
が度をこす。百人の人間をまねいた大宴席のごとき仰々しさで、十国からとりよせ
られた美味が食卓を過剰に装飾した。邪法師は豪華な料理にはまるで興味を示さな
かったが、イスナンディルはそんなことなどまるで気にしなかった。
さてウラデクどの、これこれこういうわけでせっかくつかんだ地位どころか命ま
で危ういのだ、どうすればよかろう、と酒肴をひとりで食いちらかしながらイスナ
ンディルがかきくどくように訴える。邪法師はにたりと笑った。
「そろそろそのようなことになっていようと訪ねてきたわけさ。なに、案ずること
はない。おまえさんほどの地位にもなれば、王に内密で目どおりをうかがうくらい
はわけないだろう? そこで王に進言するのさ。この私は何もかも知っております、
とな」
うむ、それで? と身をのりだすイスナンディルに、ウラデクはそれだけだよ、
といいおいてつと席を立つ。そのまますたすたと、昔日の山道での邂逅のおりと同
様に、なにごともなかったように立ち去ろうとする。
あわてて追いすがったが、柱の陰をひょいとまわったとたんに、ウラデクの短躯
を見失った。宙に消えたか、と背筋をふるわせながら、家人を総動員して屋敷中を
捜索させたがまさしく煙のごとくあとかたもない。
しかたなく、邪法師の助言どおりに実行する。
軍をたばねる将軍といい、たしかに王に声をかけられたことも少なからずあった
が、気楽に話をできるほどには近しくもない。あいだには必ずくだんの貴族が立っ
ていた、ということもある。だから内密の話などと直接アプローチするだけで、背
筋のふるえる思いであったが背に腹はかえられぬ。
ところがどうだ。うろんにとられるどころか、王のほうがまるでその話を待って
でもいたように、とびつくごとくイスナンディルを王宮の私室にまで招いてよこし
たのである。目立たぬように、と秘密めかした指示までついて、イスナンディルは
わけもわからずおっかなびっくりで巨体を縮めながら王をたずねた。
私室にいたり、椅子をすすめられてもおそれおおくて腰をおろすわけにもいかず、
床に額をこすりつけて顔すらあげられぬ状態でウラデクにいわれたとおり「この私
は何もかも知っております」とふるえる声で口にした。
とたん、
「おお、そうであろうとも。あのいやらしい宰相めの片腕とまでうたわれたおまえ
のことだ。反乱であろ? あの宰相めが、うさんくさげな道士と組んでこのわしを
亡きものにしようとたくらみおるのであろう? いやいや、みなまで語るな。わし
にはわかっておる。あの宰相めとおまえとが近ごろしっくりいかぬのは、ばかげた
造反の計画に反意を示したためなのだということもな。よろしい。イスナンディル
よ。近いうちにあの宰相めにしっぽをださせてみせるゆえ、その討伐の任はおまえ
にまかせたぞ。煮るなり焼くなり好きにせい」
王はかんだかい声音で一息にそういうや、ぱんぱんと手をたたいて私室に酒肴を
運ばせ、そのまま酒盛りとなった。最初はかちんこちんにしゃっちょこばって受け
答えすらまともにできずにいたが、酒盃をかたむけるにつれタガをはずしてあるこ
とないこと吹きまくり、ついに実在したかどうかもわからぬ宰相の悪辣きわまる反
乱計画は細大もらさず王の耳にもたらされることとなる。
一夜あけて宰相は、幻術使ともども禁封を命じられ、数日とたたぬうちにいいが
かりとすらいえぬような理由をつけられイスナンディルの誅殺をうけた。
かくて、わけのわからぬうちにイスナンディルは王国のナンバー2へとなりあが
ったのだった。
けちな盗賊あがりの男は権力に酔いしれる。秘密裏に兵を私兵化し、隠密組織を
編成して夜ごと善良な市民を拉致させては、耳をそぐ目だまをくりぬく胸えぐると、
人体実験とすらいえぬ粗暴なしかたで玩具化し、切りひらかれた屍体は腑分けされ
てひそかに展示された。阿諛追従を好んでまとわりつかせ、諌言を奏する腹心の部
下どもにはありもせぬ謀反の罪をかぶせて容赦なく断罪し、はりつけにしてかたっ
ぱしから刑場のこやしに変えていった。
だが栄華もながくはつづかない。
元宰相への疑念といい、もとよりそういう性質をもった男だったのか、あるいは
にわか同盟のかなしさか、王のイスナンディルへの信頼はやがて霧のようにまたた
くまに消え去って、かわりに疑惑の目をむけられるようになる。
かつての盗賊は、風のうわさにイスナンディルが反逆をたくらんでいるらしいと
まで耳にして、まるで身におぼえのないことゆえぼうぜんと目を見はるが、弁解す
ればするほど泥沼に落ちこんでいくばかり。
やがては元宰相と同様に禁封されたあげく、刑場の露と消えてなくなるかとの懸
念がいよいよ現実化しそうなおりもおり、みたびウラデクがおとずれたのだった。
いいふくめられていたか、それとも悲惨な最期をとげた門番の話がいい伝えられ
てでもいたか、こんどはみすぼらしいなりをした坊主とはいえ丁重にあつかわれ、
またも以前とおなじように山海の珍味でもてなされた。もちろん、意地きたなく食
いちらかすのはもっぱらイスナンディルだ。
さてウラデクどの、これこれこういうわけでせっかくつかんだ地位どころか命ま
で危ういのだ、どうすればよかろう、とイスナンディルが訴えると、今度も邪法師
はにたりと笑う。
「そうだろうともそうだろうとも。覇王の道にはイバラがしきつめられているもの
さ。なに、案ずることはない。昇りつめるまであと一歩というところまでおまえは
きているのだ。だいたい何をうろたえることがある? おまえは軍の実権を一手に
になっているのであろうが。一国に王はふたりいずともよい。そうではないか?
王の危惧は、杞憂などではないのさ。そうであろうが? ん?」
いわれて、いままでそのようなことなど露ほども考えていなかったことなどころ
りと忘れてイスナンディルはむらむらとその気になった。なるほどそうかと、肉片
をくわえたままやおらがばと立ちあがり、軍の主だっためんめんを急遽召集して密
議をはじめる。熱にうかされたイスナンディルの言葉に、将どもの半数は酔わされ
謀反を承諾、残りの半数は、あるいはおじけ、あるいは憤慨して席をけって立ち去
ろうとするところを首をはねられ、頓死した。
そのさまを柱の陰からのぞきながら、邪法師ウラデクはひひひと笑う。
「よいよい、これよ、この調子よ。走れ走れ暴走するのだ。おまえの身うちにどす
ぐろすものがどんどんどんどん蓄積されていくのが目に見えるようだぞ。いや、楽
しみだ。実にさきが楽しみだ」
舌なめずりしながらつぶやくのだった。